#1 試験
サチはヴェルナとちゃんと話せないまま、一週間が過ぎた。
一方的な絶縁宣言をされて以来、ヴェルナはリーゼロッテの授業に顔を見せない。サチは温室に入れてもらえず、寮や食堂でもヴェルナはサチを避けているのか、姿を見ることすらできなかった。
ただ、完全に他人を拒絶しているわけではないようで、サチはクローディア伝いにヴェルナの近況を聞かされた。クローディアは「時間が解決する」と言ったが、サチの不安は募るばかりである。
そうこうしているうちに、サチたちは魔奏士試験の日を迎える。
魔奏士試験は二つの項目に分かれている。
一次試験は座学。魔法・魔奏についての知識を問うペーパーテスト形式の試験である。
二次は実地試験。学院周辺の敷地で行われ、チームを組んで山を踏破するサバイバルだ。体力や知識だけでなく、チームワークや状況判断力を要求される試験である。
二つの試験の両方で規定の点数を超え、なおかつ合計点が合格点に達して初めて資格認定となる、厳しい試験である。合格率も三割ほどしかないが、聖ロアノール音楽学院在学中は年に4回行われる試験を何度でも受験できるので、大半の生徒は四~五年生、早い生徒で三年生のうちに下級魔奏士の資格を得ることとなる。
サチにとって、筆記試験をあっさり通過できたのは驚きだった。寮の自室に届いた「一次試験結果」。通過の知らせを見て喜んだサチだったが、生憎サチの部屋には同居人がいない。ひとしきり喜んだあとで、サチは喜びを分かち合う相手がいないことに少しだけ寂しさを覚えた。
それから三日。サチの下級魔奏士試験二次試験が始まる。
「よろしく!」
「……ん」
「はい、よろしくお願いします……」
ロアノールの城の前、広場でサチは何の因果か、同じチームになったマウレン、ヴェルナと握手を交わしていた。
「はいはーい、聞こえますかー?」
広場に集った生徒十数名の前で、リーゼロッテが声を上げる。
「みなさん、下級魔奏士筆記試験の合格、おめでとうございまーす。
今から、二次の実地試験の概要を説明しまーす。まずは、4名でチームを組んでもらいました。試験中はその4人で行動すると思ってくださいねー」
サチは周りを見回した。ライラは長身で頭一つ出ているので目立ったが、別チームに入っているようだ。
そこにいるのはマウレンとヴェルナだけ。後の一人、合格通知に記されていた「リン・シュアンフー」なる生徒がいない。
「わーっ! 遅刻ーっ!」
寮の方から駆けてくる生徒が一人。
艶のある黒髪を後頭部で三つ編みに結んだ女子生徒である。制服のスズラン刺繍は五つ――――サチたちより、一つ上の学年の生徒だ。
「えーっと……あ!」
遅刻してきた女子生徒は、サチを見るなり大きく手を振ってとことこ近づいてきた。
まるで知り合いのような態度だが、サチもヴェルナも、マウレンも知らない顔である。
「……はーい。説明を再開するよー。
4人のチームで山に入ってもらいまーす。今から地図を配るので、そこに記されたルートを進んでくださいねー」
ロアノール生徒会の腕章を付けた生徒たちが、魔奏士試験の参加者に地図を配布した。
1チームに1枚、紙に印刷されたロアノール城近くの山々の地図である。そこに赤ラインで示されたルートをマウレンは指で測り、10キロほどあると目測した。
「途中、三か所にチェックポイントがありまーす。
それぞれのチェックポイントでは水と食料を補給できまーす。罠とかではないので安心してねー。
最後のチェックポイントは、試験のクライマックス! 上級魔奏士三人が、山林を徘徊しています! これを発見し、所持している魔奏器を奪えば合格、チェックポイント通過となりまーす」
すみませーん、と参加者の中から手が上がる。
「その、山を徘徊している上級魔奏士って、どんな魔奏器を持ってるんですか?」
「秘密でーす。
対象をよく観察し、戦力を分析し、適切な対処をする。それが試験の内容だからでーす。
ほかに質問、あるかなー?」
参加者はみな、チーム同士で顔を見合わせるだけで誰も手を挙げなかったので、リーゼロッテは「じゃ、がんばってねー」と言ってその場を去り、山へと入っていった。
どうやら、山にいる三人の上級魔奏士のうち一人はリーゼロッテのようである。
「改めて自己紹介しようじゃないか。僕はマウレン。マウレン・デルアローナ・ガルシア。魔奏器はこの――――」
マウレンは左手に構えたラウンドシールドを見せつけた。
色は深紅、金属製でシールドの円周からガントレットの拳部分が飛び出している。マウレンが左拳を握り込むと、ラウンドシールドから、左腕と平行になるように金属製の剣が突き出される。いわゆる、ランタンシールドであった。
「『カルメン』だ。前衛は任せてくれ」
「……ヴェルナ・ハンニネン。魔奏器は『新世界より』」ヴェルナは背負った楽器ケースを親指で指さした。「魔法薬を作れるの」
「サチ・ホシノ……です。魔奏器は『剣の舞』」サチは腰に差した『剣の舞』を鞘ごと引き抜いて皆の前に見せつけた。「特技は加速の魔奏です」
「最後はシャンだね」遅れてきた生徒は指ぬきグローブを付けた両手を胸の前で合わせ、小さく礼をした。「シャンは玲雙虎。双双って呼んでいいよ。魔奏器は『天国と地獄』」
リンが合わせていた平手を拳に握り替えて突き合わせると、グローブが変形して金属パーツが生成し、拳から前腕の一部まで覆うナックルが形成された。右手は全体が黒くて赤い光が走り、左手は白くて緑の光が走っている。
「破壊と癒し、二つの力を併せ持った魔奏器だよ」
「癒し、というのは?」マウレンが問う。
「いろいろだよ。怪我を治したり、心を落ち着かせたり。シャンのふるさとに伝わる、気功術も応用できる」リンが答えた。
「すごいわね。じゃあもう魔法薬いらないんじゃない?」ヴェルナが無表情で呟く。
普段だったら皮肉で流してしまうところだが、サチはヴェルナの真意が掴めなかった。
「そんなことないよ、ヴェルナ」マウレンがすかさずヴェルナの肩に手を置く。「魔法薬は何も、怪我の治療しかできないわけじゃないだろう? 煙幕を出したり、爆発物を作ったり。可能性は無限大さ」
「おやおや」リンが囃す。「そちらのお二人、随分仲良しさんなんだねぇ」
「ああ。僕はヴェルナと楽団を組んだんだ。シャンさんもどうです、僕らの楽団に入ってみませんか?」
「うーん、気持ちはありがたいけど」リンは笑顔で答える。「シャンはこっちがいいかな」
リンは突然、サチの両手を握ってきた。
「あなた、『NIGHT RAVEN』のサチ・ホシノだよね! よろしく!」
「え、あ。はい……」
「シャンも『NIGHT RAVEN』、入りたいなーって思ってて。ダメかな?」
「あ、ありがとうございます。でも、わたしの一存では決められないので」
「じゃあ、試験終わったら考えといてよ。お願いね!
よーし! じゃあ四人チームで、がんばろー!」
「おーっ!」
マウレンだけがリンの軽いノリに乗った。
ヴェルナは相変わらず表情がなく、サチを無視している。サチはヴェルナに何と話しかけたらいいのか分からず、重苦しい空気のそのままに実地試験に突入してしまった。




