#5 検索
「瓜花、今何て言ったの?」
クローディアが瓜花を問いただす。
「『回避の方法』って?」
「ああ。以前『魔王』で『死』を調べたときに読んだんだ。魔女シャリオの遺した研究ノートの一節を。魔女シャリオは『死』について研究し、それを回避する方法を発見していたんだよ。
通常、死んだ肉体から抜け落ちた魂は元には戻れない。元と同じように肉体を再構成しても、そこに宿るのが同じ魂とは限らない。だから死んだ人間が生き返ることはないんだ。死体を動かすことは出来ても、そこに宿るのは元とは違う、新たな魂になる。
なにせ、この世界は無数の霊魂で満たされているからね。広い海に放流した魚を、明日また同じ場所で捕まえるのは難しい。それと一緒さ」
「わかるような、わからないような……」
「だが、放流した魚が特定の餌を食べるように訓練しておいた場合はどうだろう。決まった餌を付ければ、同じ魚を釣り上げることができるはずだろ。
魔女シャリオはそう考えた。いつか復活する自分の肉体に、『帰る』ための道しるべをつけることにしたんだ」
「道しるべ?」
「その『道しるべ』が何だったのか、自分の肉体を復活させる方法は何だったのか、そこまではその時は特に調べもしなかったから、ボクも知らない。
だが、その『9つの音階』とやらが何かのヒントになるのかもしれないね。もう一度調べてみようか」
瓜花は手に持った『魔王』の背表紙をなぞる。
眠りを妨げられた猫のようにその体を震わせる『魔王』。金の刺繍の入った紫色の表紙がひとりでに開き、ページがぱらぱら、右へ左へせかせかと動き出す。
サチも瓜花の『魔王』閲覧は何度か見たことがある。だが、普段の様子とは何か、様相が違った。
「どうなの」急かすヘレナ。「何か書いてあった?」
「……何も」
瓜花はぱらぱら動くページを見つめながら呟く。
「何もない」
「何も?」クローディアが念押しする。「何もないの? 『魔王』は『9つの音階』について、何も記録していないっていうの?」
「その通り。記録されていないものは、調べようがない」
瓜花は小さい手で『魔王』の表紙をパタンと閉じた。
「アテが外れたね。てっきり魔女シャリオが研究していた、魂を肉体へ戻すための『道しるべ』……それこそが『9つの音階』だと思ったんだけど。どうやら『9つの音階』とはシャリオがやっていた『死』の研究とは無関係らしい」
「でもさー。こうも考えられるんじゃない?」リーゼロッテが髪をくるくる、指で遊ばせながら口を挟む。「『魔女シャリオは自分の研究を紙に記さなかった』。それなら『魔王』にも収録されないよね?」
「たしかに、その可能性はある」瓜花が答える。「だが、ボクはこっちの可能性のほうが高いと思う――――『9つの音階とは、何らかの現象を抽象的に表したもの』だとね」
「何らかの現象?」
「例えば、絶えず燃焼し続けている太陽には、周囲より温度が低いために光が弱くなっている『黒点』が存在する。その並びを五線譜に乗せれば、音符のように見立てることもできるはずだ。そうすれば『音階』ができる。
今のはあくまで例だけど、何らかの自然現象を『音階』に見立てて、それが9つ集まると魔女が復活する、と読むことも不可能ではないはずだ。
『9つの音階』がシャリオの研究していた何かの現象を暗示したものであるなら、『魔王』の検索には引っかからないだろう」
「それはどうかしらね」ヘレナは冷ややかに言う。「リリアはこう言ったわ。『9つの音階を集めてはならない』と。私に。
人には避けられない自然現象なら、忠告の言葉は『集まってしまう』になるはずよ。それを『集めてはいけない』になるのは、つまり人間が集めることが可能なものだってことでしょう」
「しかし、形のある、集めることが可能なマジックアイテム、あるいは聖遺物のようなものなら。『魔王』で検索できてしかるべきではありませんか?」ユーレンが反論する。
機密室に静寂が流れる。
サチも少しがっかりしていた。『魔王』を使えば、何かしら手がかりが掴めるのではないかと期待していたのだ。
「……何よ。結局何もかも手詰まりじゃない」
静寂を破ったのは、クローディアだった。
「どうしようもないわね。これ以上ここで顔を突き合わせていても無意味じゃない?」
「一理ありますわね」ユーレンも同調する。「では、この場は一旦お開きにしましょうか」
「そうね」ヘレンも応じた。「何か新しい情報があったら、また共有しましょう」
最初に席を立ったのはヘレンだった。続いてリーゼロッテも席を立ち、機密室を出ようとする。
サチの隣にずっと立っていたクローディアはつかつか、二人に近づいた。クローディアはこの二人を毛嫌いしている。サチは慌てて喧嘩を止めようと、立ち上がった。
「リゼ、ちょっといいかしら」
「ん、なーにかなー、『死神』さん?」
「魔奏士試験が近いじゃない? で、うちの後輩で試験受ける子がいるんだけど。二人ほど、お願いできないかしら」
「もー、しょーがないなー。いいけど♪」
リーゼロッテがサムズアップでクローディアに応える。
「バイト代、弾んでよね」「ええ」
「あ、あの」二人で話すクローディアとリーゼロッテにサチが割り込む。「クローディアさん。前に言ってた『先生の伝手』って、まさか……」
「ええ。紹介するまでもないと思うけど、リーゼロッテ・カールスルーエ。私の同級生よ。
リゼは教えるのは上手いわよ。性格は最悪だけど」
「一言余計なんだからなー、『死神』さんはさぁ」
にこにこ顔のリーゼロッテ。サチは驚いて固まるしかなかった。
クローディアはリーゼロッテを毛嫌いしていたはずでは……? サチは混乱して頭が痛くなった。




