#4 機密
楽団「ヘルメス・ワルキューレ」は、ハルクスス社の社長令嬢ユーレン・ハルクススを団長とする魔奏楽団である。構成員はユーレンとムツミのただ二人だけ。それもそのはず、「ヘルメス・ワルキューレ」はユーレンの所持する指揮棒型魔奏器『ワルキューレの騎行』によって、無数の魔導人形を指揮、運用している楽団で、ムツミ以外の魔導人形たちはただの「装備」として扱われている。
ヘルメスのギルドハウスは魔導人形たちの整備場も兼ねており、ハウス内には瞼を閉じた状態で安置された魔導人形が、壁沿いにずらりと並んでいた。しかもここにあるのは皆ムツミと同じ顔をしている――――つまり、ここにあるのは量産されたハルクスス社製魔導人形モデル623たちである。
細いロボットアームが魔導人形たちに光を当て、異常や劣化がないかどうか終始走査しており、不気味な風景である。その中でサチは、壁に目を向けることができず床しか見られなかった。
別個体と分かっていても。サチには、まるでムツミが検査されているよう見えてしまう。まるで、ムツミを機械みたいに――――
「これはなかなか。興味深い」
一方で。瓜花のほうはぴくりとも動かないモデル623に近づいて、しげしげと観察している。『魔王』を片手に目を輝かせている様は、まるで工場見学にやってきた小学生である。
「この人工皮膚は、なるほど、粒子を細胞大にした高粘性粉粒体コロイドアモルファスで構成しているんだな。だからこんなに、接触感が人間に近いのか」
「ホント、みんなムツミにそっくりね。これだけ同じ顔があると不気味だわ」
ついてきているクローディアは、さながら引率の先生である。
サチは「9つの音階」について意見交換の場に出るために、詳細を明かさずにクローディアにも同行を願った。なにせ相手は上級生ばかり、サチ一人では心細かったのである。
クローディアはそんなサチの気持ちを汲んでか、何を聞くこともなく快諾した。ここに来て部屋の中にヘレナとリーゼロッテがいるのを見て、何となくクローディアも何が行われようとしているのかを察したようである。
「皆さま、ようこそおいでくださいました」
ハウスの奥の扉が開き、ユーレンが現れた。
放課後だからか、制服は脱いでいる。代わりに着ているのは、深紅のイブニングドレスであった。
数歩後ろには、ムツミが控えている。壁にそって並んだ、制服姿の量産された姉妹とは異なり、ムツミだけはシックに落ち着いた、装飾の少ないメイド服に身を包んでいる。
「あらまー。ドレスコードがあるなんて知らなかったよー」
ヘレナの隣で、リーゼロッテが呟く。
「お気になさらず。これはこちらのおもてなしの意思に過ぎませんもの。ではどうぞ、こちらへ」
サチとヘレナ、そして二人の同行者たちは、ユーレンに導かれてギルドハウスの奥へ進んだ。
扉の先にあったのは、窓のない広い部屋に置かれた、大きな箱であった。
一辺が10メートルほどの大きな箱は、部屋というには少し小さい。窓はないが、扉が一つだけついている。その中に入るとき、サチは壁の横に「機密室」と刻まれているのを見た。
機密室の中には、円卓があった。部屋の奥には椅子が一つ、そこから円周を三等分した左右の位置にそれぞれ二つの椅子が置かれている。自然と、奥の椅子にはユーレン、右にはヘレナとリーゼロッテがつき、左の席にはサチたちがついた。最初、椅子をクローディアに譲ろうとしたサチだが、固辞されたので仕方なくサチと瓜花で座ることになる。
「狭い部屋で申し訳ありません。少々、想定していたよりも参加人数が多くなってしまいました」
「リゼのことなら大丈夫よ」ヘレナは腕組みをしている。「この子は信頼できる。秘密は絶対に明かさない」
「クローディアさんだって!」サチも声を上げる。「わたしの一番信頼できる人です!」
「まあいいでしょう。お二方は、ここで聞いた話は外では絶対にしないと約束して下さいますね?」釘を刺すユーレン。
「いいよー」軽く答えるリーゼロッテ。
「物々しいわね。何だか知らないけど、秘密にしたほうがいいことなのは分かるわ」クローディアも答える。
「はい。ではヘレナ会長から、妹さん……確か、リリアさん、でしたわね。彼女が発した『予言』についてお聞かせください」
「ええ」
ヘレナは腕組みを解いて円卓に両手を置いた。
校内ではよく一緒にいるモニカを、ヘレナは今日連れて来ていない。どうやら彼女は呼ばれていないようだ。
「リリアはずっと、『予言の魔法』の影響で眠り続けている。時折うわごとのように言葉を発して、その後短時間だけ意識が覚醒し予言を残す。今回の予言は二つ。『魔女の復活は近い』と『9つの音階を集めてはならない』。
魔女の復活については、リリアはこのところ毎回予言しているから珍しいことじゃない。けれど、もう一つの『9つの音階』は今回初めて出てきた言葉よ。それを聞いたのが私とそこのサチ・ホシノ、それからムツミ」
「私は、ムツミからそのことを聞きました」ユーレンがヘレナの話から繋ぐように話し始める。「ハルクスス社は魔道具研究部門も持っていますの。そこの研究資料に『9つの音階』について関連する情報がないかを探りましたけれど、過去300年分、どの資料にも『9つの音階』は登場しませんでした」
「……それでボクが呼ばれたわけか」次は瓜花が口を開く。「調査が手詰まりになったから、ボクの『魔王』を使って調べようっていうんだな。その『9つの音階』とは何なのかを」
「もし」ヘレナが口を開く。「もし『9つの音階』が魔女を復活させるための何らかのマジックアイテムなら、何としてもそれを探し出し、破壊しなければいけない。魔女の復活を望む、不埒な輩どもの手に渡る前に。
あるいは何らかの魔法なら、その反対呪文を開発しておく必要がある」
「『9つの音階』という言葉に聞き覚えはないけれど、魔女関連なら関連する可能性のある情報を読んだことがある。確かに、魔女シャリオは自身の死について研究していた。その回避の方法をね」
瓜花の発言に、機密室の面々は表情を強張らせた。




