#4 絶叫
例のピエロマスク――――魔奏器『Totentanz』を失ったパトリックは抵抗の意思を失くしたようだった。ヘレナがパトリックを縛り上げている間、サチはムツミとともにリリアの様子を見る。
かすり傷こそ負っているものの、呼吸も正常である。この騒ぎの中、まだ眠っているのが不思議なくらいだが。相変わらず、何かにうなされているのか眉をひそめている。
サチはリリアの無事を確認すると、ムツミに向き直った。
「ムツミ、腕……大丈夫?」
「ご心配頂きありがとうございます」ぺこり、とムツミは頭を下げる。「私は魔導機械人形。今はお嬢様がいらっしゃらないので手配できませんが、部品が届き次第、右腕部を修理いたします」
「そっか……でも、その手じゃ不便なこともあるんじゃない?」
首を傾げて数秒、ムツミは思考してから答えた。
「私の基幹機能には何も異常はありませんし、任務遂行にも支障はありませんが……?」
「どうしたの?」
「おかしいですね。なぜ私は今、『欠損した腕を早く修理しなければ』と思ったのでしょうか」
首を左右に傾けて何かを考えている風のムツミ。
彼女なりに「考えている」ときの人間らしい仕草を真似ているのだろうが、それがかえって滑稽になっている。
しばらくして答えが出たのか、首を戻してムツミはつかつかとヘレナに歩み寄る。
「ヘレナ会長。以前寄贈した『1812年』なのですが。返していただけませんか」
「……はい?」
「あれは私の姉、ルイスの遺品なのです。学院のデータベースによれば、『1812年』にはまだ次の奏者が選ばれていないはずですが」
「確かにそうだけど……」
「では、私が立候補します。是非とも、ご検討ください」
ぺこり、と頭を下げてヘレナとの会話を終えたムツミは、サチのところに戻ってきた。
「以前、ライラさまが仰っていました。『1812年』を姉が私に遺したその意味を考えろ、と。何となく、それが分かった気がします」
「何?」
「人はみな、ばらばらです。我々機械人形のように、画一化されたパーツで作られてはいない……だからこそ、力を合わせることに意味がある。サチと会長が見せてくれた、あの合奏のように。
私はずっと、自分を『兵器』だと位置づけています。人類守護のため、技術の粋を集めて作られた『最高の兵器』であると。今もその自負に変わりはありません。
ですが、私一人の力ではあの男に届かなかった。それを、お二人は力を合わせ、魔奏を重ねることで超えたのです。私の求める高み……『究極』へ至る道は、そこにあるのかもしれません。みなさんと心を通わせ、力を合わせて戦う道に」
「何言ってるの。わたしが合奏を練り上げられたのは、ムツミがあの時守ってくれたお陰なんだよ。二人じゃない。ムツミも合わせて、三人で力を合わせたんだって」
「サチ……!」
ムツミはいつもと様子が違う。
普段はじっと相手の目を見て視線を反らさず、不気味なほど無表情で受け答えをするのだが。今はなぜか、目は左右にきょろきょろ、口元もニヤついている。
「すみません、今私は早く腕を修理したい気持ちでいっぱいです。
サチのこと……すごく、お世話したいので」
「お世話⁉」
「起床から就寝まで……24時間見守りたいです。朝昼晩、三食作って差し上げたい。身だしなみを整えて、髪も梳かして差し上げたい。毎日。
でも、それをするには両腕が必要です。今のこの腕では……」
「じゃあ、ムツミが出来ない分はわたしが自分でやるよ。困った時には、力を合わせるのが仲間、だもんね!」
希望を見いだしたムツミとは対照的に、サチはこの戦いで、よりセナとの差を見せつけられたような気がした。
セナなら誰とでも合わせられた――――ヘレナの発した言葉。それが、今のサチにはまだまだ足りていないところ。
魔奏の技術だけではない。あの、人の中に深く入り込んでくるのに、それでいて不快感がないセナの人間性。それこそが「NIGHT RAVEN」に最高の仲間を集め、最強の楽団たらしめた理由なのである。
もっと、セナさんみたいに。追いかけても追いかけても追いつける気がしないセナの背中。だが、がむしゃらに走るよりは目標が明確な分、ずっといい。サチは「これから」のNIGHT RAVENに思いを馳せた。
――― 近づいている!
突然の叫び声に、サチとヘレナはぎょっと体を震わせた。
ほぼ同時に声の主を見つけたサチとムツミ。リリアである。だがヘレナは別の人物を見ていた。パトリックである。リリアとパトリックが、同時に同じ内容を、別の声で発していた。
「「近づいている……魔女の復活が!」」
「魔女の……復活?」
「「9……忌まわしき、9! 9つの血塗られた音階が集い、魔女の眠りを覚ます!」」
口角を吊り上げ、狂気の笑みを浮かべるリリアとパトリック。
「「はははは! 見よ! 世界を包む黒雲を! 平穏に刺激を! 平和に戦争を! 生なるものに等しく死を! はははは! はははははははははは……!」」
ヒャッ、と引きつった笑い声を出して、白目を剥いて同時にぱたんと倒れるリリアとパトリック。
何が起きたのか固まっているサチとムツミをよそに、ヘレナは素早くリリアに駆け寄った。
「リリア!」
「姉……さん」
さっきまで狂気の笑みを浮かべていたリリアが、怯えるようにがたがた震えながら、姉の腕にすがりつく。
「夢を、見たの……っ!」
「リリア……大丈夫、姉さんはここよ」
「魔女の復活……いけない! 姉さん。9つの音階を、集めてはいけない……!」
「リリア、教えて。『9つの音階』って何なの?」
「9つの音階は、必ず災いを呼び起こす……魔女の眠りを覚ます、の……ッ」
がくっ、とリリアが脱力する。
それきり、リリアは何も言わなくなった。いつも通り、難しい顔をしてヘレナの腕の中で寝息を立てている。
「これが例の予言、ですか」ムツミが問う。
「……ええ、そうよ」ヘレナが答えた。「この子が苦しみながらも、必死になって私たちにもたらしてくれる、貴重な情報」
「『9つの音階』って何なんですか?」サチが問う。
「分からないわ。初めて聞いた言葉……。魔女を復活させるための特別な呪文か、あるいは何らかのマジックアイテムのことか」
「……私の検索できる情報にも、そのような該当項目はありません。ユーレンお嬢様に、腕部破損の報告のついでに聞いてみようと思います」
「あと情報があるとすれば、図書館の中ね」
「今、夏休みで瓜花ちゃん外に出てるんです。戻ってきたら聞いてみます」
「お願い。でも……予言のことは、広めるべきじゃない。いたずらに恐怖を煽るだけだもの。
ユーレン・ハルクスス、それから望月瓜花。この二人以外には、絶対に話してはいけないわ。あなたたちも、二人にも絶対に守らせて頂戴」
「はい」
サチは見た。腕の中で眠るリリアの髪を、ヘレナが優しく撫でつけるのを。
妹――――巡璃が生きていてくれるなら、サチはどんな苦痛も耐えられると言うだろう。どんな状況になっても、生きていさえくれれば……。だが、苦痛は苦痛である。
目の前で妹がこんなに苦しんでいるのに、悪夢を見ないように睡眠薬を飲ませるくらいしか、ヘレナに出来ることはないのだ。身に染みる――――同じく妹を持つサチには、ヘレナの苦しみが痛いほど分かる気がした。




