#3 合奏
真剣を構える二人を前にしても、『笛吹き』――――パトリック・ピアースは全く怯む様子を見せない。
「くーっくっくっく! これは面白ぇ!愛しあう二人を引き裂かんとするのが、実の姉だとは!」
「愛しあう二人……?」
「そうだぜ、サチ・ホシノ。
オレ様はリリア嬢をお迎えに上がったんだ。どうやってあの空間から出たのか知らねェが……オマエらなんか、お呼びじゃねぇんだ!」
両手を大きく広げた『笛吹き』こと、パトリック。
そのピエロマスクから放たれる眠りへ誘う波動が、部屋全体をねっとりと満たしていく。サチはその音を聞いてしまい、思わず足がふらついた。
音を聞かせるだけで夢の世界へ誘う魔奏。やはり防御は困難である。
「サチ・ホシノ! しっかりしなさい!」
「は、はいっ!」
ヘレナに喝を入れられ、サチはぶんぶんと頭を振った。
「こうなったら、練習なしの一発本番で行くしかない。私に合わせなさい!」
「はいっ!」
ヘレナはレイピアを目の前で構え、長い刀身を指でなぞった。震える刀身が魔奏を奏で始める。
サチも『剣の舞』の刃を指でなぞる。ムツミとの訓練で魔奏を奏でる技術は上がったが、ただ弾くだけでは合奏にならない。ヘレナに合わせる――――同じ音ではない。別の音、だが協調し、潰し合わない音。互いを高める和音を、体で覚えなければいけない。
「何のつもりか知らねェがッ!」
パトリックの足元で、『神経』の細胞体が大きく膨らむ。
弾ける『神経』から、飛び出した『魔女の血球』。サチは和音を諦め、飛んでくる血球からリリアを守った。
血球を斬れば魔奏が響く。だが、サチの腕ではヘレナとの和音を自在に奏でることはできなかった。
「サチ!」
横からローリングで飛び込んできたムツミが、サチの前でしゃがんだ状態で止まった。
ムツミは両腕両足、さらに背中も開いて内臓火器が露になっている。
「私が時間を稼ぎます。その間にサチは合奏を!」
「ありがとう!」
ムツミは全身のビーム砲やレーザー火器を全開放し、一気に解き放つ。部屋中に蠢いていた『血球』が次々と撃破され、部屋中に黒いシミを作っていった。
あらかた『血球』を片付けたムツミは、両腕から展開した単分子カッターの刃を構えて駆け出し、パトリックに迫る。
対するパトリックももう一度『神経』を召喚する。伸びる触手がムツミを捕らえようと動き、ムツミはそれを単分子カッターの刃で切り裂いていく。
「あなたの魔奏は、私には効きません!
私は夢を見ません。さらに、恐れるものもありません!」
「クソッ、機械のくせに! 人間の真似事なんかしやがって、生意気なんだよッ!」
「機械だからこそ、出来ることもあります!」
単分子カッターの刃を突き出すムツミ。だが、周囲から伸びた触手がそれを絡めとり、刃はパトリックまで届かない。
触手から染み出た溶解液が、ムツミの人工皮膚を溶かしていく――――じゅうじゅうとすえた臭いの煙が広がる。
もしムツミが人間だったら、体を溶かされる激痛に正気を失っていただろう。だがムツミは魔導人形であり、痛みを感じない。さらにはその超合理的思考は、何の躊躇もなく、自分の使い物にならなくなった腕を処分することを決めた。
すぱっ。
ムツミは左腕の単分子カッターで、自分の右肘から先を切断、放棄した。
内部の機密保持機能――――搭載されている爆薬の起爆も忘れずに。
どっ。
ムツミの切断された右腕が爆裂し、閃光がぞわっと部屋に広がった。
眩しさに顔を覆うパトリック。爆風で吹き飛ばされて床に転がった、片腕のムツミ。
「てめぇ……!」
ムツミを殺そうと、血球を召喚したパトリック。
勝利を確信した、その瞬間。
ずっ。
油断していたパトリックの前に、ヘレナが突然現れた。
加速の魔奏との合奏――――金色の薄いオーラに包まれたヘレナ。ムツミの時間稼ぎが成功したのだ。
「なっ……!」
ヘレナの突き出すレイピアの剣先が、パトリックのピエロマスクに触れる。マスクの発していた魔奏が打ち消され、召喚していた『臓物』や『血球』が一瞬にしてすべて消滅した。
だが、それだけである。
ヘレナの剣は魔奏を斬れるが、物体は斬ることができない。
「へへっ、生徒会長さんよォ。そんなナマクラで、オレが斬れるわけねぇよなァ」
「知ってるわ」
レイピアを突き出し、パトリックを弾き飛ばすヘレナ。
床を滑って着地したパトリックが体勢を立て直す。現実の『臓物』と違い、パトリックの操るそれは無尽蔵だ。いくら消されようが、もう一回出せばいい。意識を集中し、『神経』を呼び出そうとした、その瞬間。
ざざっ。
ヘレナと同じく、金色のオーラを纏った少女が、パトリックの懐に滑り込んできた。
サチである。
加速の世界に入ったまま、『剣の舞』を振り上げるサチ。その切っ先がピエロマスクをなぞると、マスクは真っ二つに割れてパトリックの顔から剥がれ落ちた。
「なッ……!」
よろけながら後ずさるパトリック。静かに残心を終えたサチは、「剣の舞」を鞘にカチンと納めた。
纏っていた金色のオーラが消えて、加速の世界からサチが戻る。
「なんで……この、オレ様が……? 負けた?」
「ありがとうございます、パトリック先輩」
サチはパトリックに背を向けたまま、冷たく言い放つ。
「あなたのお陰で、妹や両親にまた会えました。ずっと、ずっと悪夢だった家族の顔も……今日からはいい夢になりそうです。
あなたのお陰で、悪夢が終わりました」
去っていくサチに、パトリックは床にただどすんと尻もちをついて、何の言葉もかけない。
襲い掛かりもしない。見せたはずの「とびっきりの悪夢」を、サチに克服されては負けを認めるしかないのだ。




