#4 生きて
「あああ゛ああぁぁあ゛あッ」
痛い。痛い。痛い。
鈍い痛みがどんどん鋭くなって、サチの右腕を貫いていく。サチはその場に倒れて、右上腕を左手でぎゅっと強く掴みながら、絞り出すような声で呻き、痛みに耐えるしかなかった。
「サチ!」
「これでもう剣は振るえないわねぇ」
シャリオは自分の首筋に食い込んだ『剣の舞』を引き抜いて、遠くに投げ捨てた。柄を握ったまま千切れたサチの腕もそこから離れ、どこかへ転がっていく。
「どうかしら、サチ・ホシノ。私を受け入れる気になった?」
「サチに近づくな!」
ムツミがシャリオに飛び掛かり、蹴りを入れて距離を離す。
両手をプラズマキャノンに変形させたムツミが、守るようにサチの前に立った。
「邪魔しないでくれる? 魔導人形」
「サチは私が守ります!」
「いいの? その子はいずれ『臓物』になる。人類の敵なのよ?」
「サチはサチです。もしサチが人類の敵になる存在だとしても、私は人類ではありませんから関係ありません」
「屁理屈ね」
「いいえ、違います。これは理屈では説明できないもの……『愛』です!」
「愛?」
「はい。私はサチを愛しています。サチがどんな存在であろうと、それは変わりません。
仲間たちも皆そうであると、私は信じています。だって楽団の、学院の仲間達は、人間ではない機械の私を、愛してくれた人たちなのですから」
「臭いセリフだわぁ。
まあ丁度いいわね。あなたとはいずれ戦わないといけないのだし、今日破壊しておくのも悪くないわ。さあ、かかってきなさい」
ムツミは踵で脛の甲に装備されている魔奏器『ヴルタヴァ』を叩き、加速の世界に入っていった。
『剣の舞』のないサチは、ただ影になってぶつかり合うムツミとシャリオの戦いを見ていることしかできない。だが、ムツミが押されているのはすぐに分かった。ムツミの単分子ブレードが、折り取られてサチの前の地面に突き刺さる。
ざざっ、とムツミが中庭の端に姿を現す。人工皮膚が大きく剥がされ、内部の機械が露出している。魔導プラズマキャノンのチャージが開始され、共振チェンバーが煙を吐き始めた。
対するシャリオは平然と中庭に立っていた。傷は一つもなく、また息も上がっていない。
魔奏器なしに、シャリオは加速の世界に対応している。
サチは手を抜かれていたのだ。サチと同等の加速の魔奏を操るはずのムツミが、手も足も出ないとは。
「これでッ!」
両腕のプラズマキャノンの最大チャージを放つムツミ。強い閃光が中庭に広がる。
だがシャリオは片手で展開した魔法陣でそれを簡単に弾いてしまった。プラズマキャノンのエネルギーが、無数の光弾になって中庭に降り注ぐ。
プラズマキャノンの光が収まった後、土煙の中でムツミとシャリオはにらみ合っていた。ムツミは焼け付いた共振チェンバーを強制排除し、腕を変形させて『1812年』を抜いた。
魔奏はシャリオの弱点。ムツミの分析に間違いはないだろう。だが、合奏なし、加速でもシャリオに及ばないのに、勝機はあるのだろうか。
「ムツミ……!」
もうやめて。サチは叫びたかったが、薄れかける意識では声を張り上げることはできなかった。
出血が酷い。このままなら、あと数分でサチは死ぬだろう。
それでいいのだ。サチが生きている限り、植え込まれた『因子』が『血球』や『臓物』を活性化してしまう。サチの覚醒は、シャリオの復活にとって重要なパズルのピースなのだ。
サチが死ねば、シャリオの計画は大きく遅れるはず。そうだ、死ねばいいのだ。いっそ、あの時も、セナに助けられていなければ―――
ぐしゃぁ。
視界の焦点が合わなくなったサチの前に、ムツミが落下してきた。
頭部を酷く損傷し、顔の左半分が完全に抉れている。落下の衝撃で手足は脱落して散乱し、頭と肩部だけになっていた。
「さ、チ……」
消えかけた主電源を振り絞り、ムツミはサチに語り掛ける。
「だいすきです、サチ……どうか、生き―――」
ぐしゃあ。
降ってきたシャリオの足が、ムツミの頭部を踏みつぶして完全に粉々にした。
散らばる機械部品。その中に転がったヘアピンを、サチは無意識に左手の中に取った。それは、かつてサチがムツミに「お守り」としてプレゼントしたものだ。
「大したことなかったわねぇ、この時代の魔導人形は」
「あ、あ……」
「『愛』だのなんだのをホザく機械なんて、薄気味悪くて寒気がするわぁ」
「あぁ……あああぁああぁッ!」
サチは叫んだ。ただただ、叫ぶしかなかった。
ムツミ。サチの大切な親友。
たとえ機械の体であっても、ムツミの存在はサチにとってかけがえのないものだった。
サチが困ったとき、苦しんでいたとき。サチの窮地を、ムツミは何度も救ってくれた。
それなのに―――。
ムツミは死んだ。
サチがムツミの『愛』に応えることは、永遠にできなくなった。
「ムツミ……!」
「ほら、早く。私の『器』になることを受け入れなさいな。私の力があればそんな腕、すぐに元に戻せるわよ」
「いやだ……。お前に従うくらいなら、わたしは……!」
「強情な子。まあ、そんなに死にたいなら、別にそれでもいいけどね。
私は次の『延髄』の因子持ちが生まれるのを、待っていればいいだけだもの。そこでゆっくり―――」
―――そうはさせないっ!
中庭に響く声。魔奏を載せた『声』に、シャリオは眉をしかめた。次の瞬間、崩れた校舎の残骸の中から、大剣を構えて突撃してくる人影。
ライラだ。『万物劈開』を振りかぶり、『竜の詞』を口ずさみながら。憤怒の表情のライラがシャリオに突撃してくる。
「ウチは熾竜の子、トロイライト・カルミナリア・ベルーシュ! 黒き魔女シャリオ! 我が竜剣士の刃、受けてもらおうッ!」
「今どき名乗りながら突撃してくるなんて。面白い子」
ライラの一撃はシャリオに防がれた。だが、その竜の魔法を纏わせた剣圧はシャリオを悠々吹き飛ばし、ロアノール城の外まで吹っ飛ばした。
「今のうちに!」
ライラの合図で、物陰からぞろぞろ制服姿の生徒がサチの周りに集まってくる。
先陣を切った人物には、見覚えがあった。マハーレ・ハイヤーン。魔奏楽団『Lapis:philosophicus』のリーダーであり、声で魔奏を操る女子生徒だ。




