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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 20. 旋慄 -Coda-
103/106

#1 光柱


「……サチ」


 自分の名前を呼ぶ声に、サチは微睡みからの離脱を試みる。

 まるで、深い深い湖の底に沈んでいるみたいに。サチの体は冷え切っていて、いくら藻掻いても眠気はサチを手放してはくれなかった。


「サチ、起きて」


 小さい、けれど優しい声だった。

 湖面に映る月光のように澄んだその声を頼りに、サチは微睡みの湖から脱出する。


「……ん」

「サチ」


 サチが瞼をゆっくり開くと。そこには、ヴェルナの顔があった。

 心配そうにのぞき込んでいるヴェルナ。サチは医務室のベッドに、仰向けで寝ていた。

 右を見る。左を見る。そこには、大の字に開かれたサチの両腕があるだけだ。クローディアの姿はない。


「あれ? クローディアさんは?」

「センパイなら……」


 ヴェルナは目を反らした。

 そうだ。私が―――。サチは両手で顔を覆った。


「うぅ……」


 なきじゃくるサチをヴェルナは抱き起して、その肩を強く抱きしめた。


「サチ……。ごめん、あたしが手間取らなければ、サチにこんなこと、させなくて済んだのに」

「…………っ」

「シェーヴォラ先生が慌てて来てさ、『神経毒を調合してくれ』っていうから。何に使うんですかっていっても、教えてくれなくて……。

 教えてくれない時点で、察するべきだった。センパイに、何かあったって」


 自分の死を悟ったクローディアは、シェーヴォラに安楽死を願い出た。シェーヴォラはそのための毒の調合をヴェルナに依頼しようとしたが、まさかヴェルナに本当のことは話せるはずもなく、押し問答があったようだ。

 サチはその短い間に、クローディアを訪ねてしまったのだ。


「サチ……っ!」


 ぎゅっと、サチの背中を掴むヴェルナの手に力がこもる。サチとヴェルナは二人、保健室のベッドの上で抱き合いながら、抑えきれずにわんわん泣いた。


 泣いて。泣いて。泣いて。

 泣き疲れた二人は、ベッドの上に並んで倒れていた。


「サチ、覚えてる? マウレンが死んだときのこと」

「……忘れるわけない」

「あの時さ、サチはあたしに言ってくれたよね。あたしの想いは、きっと届いてるって」


 マウレン―――。

 魔女の『骨髄』に取り込まれてしまった同級生。そして、ヴェルナと恋仲だった子。

 サチとヴェルナは、マウレンの死を看取った。『殺してくれ』と言ったマウレンの顔。今もサチの脳裏に、鮮明に焼き付いている。

 絶望、苦痛、諦観。精一杯の笑顔で、マウレンは死を願った。その最期の願いを、サチとヴェルナは叶えた。


 サチは途端に自分が恥ずかしくなった。

 あの時のヴェルナは、極めて冷静だった。マウレンの最期の願いを聞くために勇気を出していた。マウレンを喪った後も、ただ静かに泣くだけだった。それなのにわたしは―――。


「サチの想いも、きっとセンパイに届いたよ」

「そう……だといいな」


 ふぅ、と大きく息を吐き、サチは上体を起こした。ヴェルナに右腕を掴まれて制止されたが、構わず足を下ろしてベッドから出る。


「行かなきゃ」

「どこへ?」

「わかんない。でも、立ち止まってちゃダメ。そんな気がする」


 クローディアは、サチがここで泣き腫らすことを望むだろうか。

 いや、そんなはずはない。サチは思った。大好きな人に、泣いていてほしくない―――忘れもしない、あの日。クローディアはサチにそう言った。


 サチが『剣の舞』を手にし、『NIGHT RAVEN』を立ち上げたのは、クローディアのためだった。セナのやり残した仕事を全うする―――それがサチの、生きる目的になっていた。

 だが今は違う。

 サチはセナの代用品ではないし、『NIGHTMARE RAVENS』はクローディアのためだけの楽団ではない。『魔女の血球』、そして『臓物』の脅威から人々を守る。それが魔奏楽団の仕事であり、楽団を任されたサチの仕事なのだ。


 下級魔奏士試験が終わった後で、クローディアが言っていた言葉をサチは思い出す。

 魔奏士として生きる以上、仕方のないこと―――親しい人の死は辛いものだ。それも、自分が救うことができなかったというならば、なおさら。

 それでも、前に進まねばならない。それがクローディアに教わったことだ。


 保健室を出ると、サチは通信機をとりだし、瓜花を呼んだ。


『なんだい、サチ』

「一旦みんなで集まろうと思うんだけど。ハウスに来てくれる?」

『いいよ。ライラにはボクから伝えておく。いつがいい?』

「1時間後でどうかな」

『わかった。かいちょーさんもボクから伝えておくから、サチはクローディアとヴェルナと、それからムツミのほうを頼みたい』


 瓜花はクローディアの死をまだ知らないようだ。


「うん。じゃあ後でね」


 通信を切って保健室に踵を返す。

 ヴェルナはまだベッドに潜っていたが。サチが楽団のみんなで集まって話をしたい、というと、吹っ切れたように「わかった」と言ってベッドから出てきた。



  ☆   ☆   ☆



 ギルドハウスに集まった楽団のメンバー。最初は窮屈に見えた部屋も、6人になると急に広く見えた。

 集まるなりクローディアの不在に疑問を呈した瓜花だったが、サチが何も言わないのを見て、何かを察したらしかった。


「……いま、ロアノールの校内はめちゃくちゃです」


 セレブラント容認派と排除派で揺れ、学院内の治安は最悪の状況だ。

 ヘレナが戻ってきていざこざは収まっているものの、いつ衝突するか分からない状況である。


「みんな不安なんです。『臓物』の脅威はすぐそばに迫っている。だからこそ、わたしたちは戦わなきゃいけない、そう思うんです。

 戦って、戦って、戦って。人間は魔女の脅威になんか負けないって、示していかないと」

「つまり、だ」瓜花が机の上で指を組んだ。「皆の恐怖を払うために、分かりやすいヒーローが必要だ。そう言いたいのかい」

「うん、そんなとこ。

 なので、これからは積極的に校外活動をして、『臓物』や『血球』の討伐に当たりたいんです」

「ごめん」ヴェルナが手を挙げた。「あたしはあんまり協力できないかも。魔法薬の調合とか薬草を育てるのとか、忙しくてさ」

「うん。それはヴェルナにしかできない仕事だもんね」サチはテーブルを見回した。「ヴェルナを手伝ってくれる人もいたほうがいいかな」

「では、そちらはユーレンお嬢様に相談してみます」ムツミがヴェルナに言った。「人手が必要なら、お嬢様が何体か妹たちを貸してくださるかも」

「それは頼もしいね」ヴェルナはムツミの提案を受け入れたようだ。

「ウチはサッちゃん手伝う」

「助かるよ、ライラ」

「こんなときだからこそ、ウチの出番じゃけ」


 力こぶを作って見せつけるライラ。どんなときもライラは平常運転で、サチにはそれがありがたかった。


「じゃあみんな、一旦解散で。ユーレンさんと連絡をとって―――」


 ごごごごご―――


 集会の解散をサチが言い渡そうとした瞬間。ギルドハウスを地震が襲った。

 楽団のメンバー全員が、お互いに不安げの顔を見合わせる。中でも一番怯えた顔になったのは瓜花だった。

 突然頭を抱え、机に突っ伏して背中を丸めている。サチと同じ日本出身の瓜花は、地震そのものには慣れているはずだが。


「瓜花ちゃん、大丈夫?」

「うぅ……」


 あまりに顔が青ざめているので、ライラは自分のコートを瓜花に被せてやっていた。


「感じる……この揺れ。地震じゃない」

「え?」

「何か……何か強大なもの……そうだ」瓜花は左手で頭を抑えながら、右手で『魔王』を開く。「これは……そうだ、この『力』はっ!」


 楽団メンバーは椅子から立ち上がり、揺れる床と格闘しながら瓜花の開いた『魔王』のページに近づく。

 サチも見た。真っ黒に塗りつぶされたページ。そこに白抜きで書かれた文字―――“黒き煌きの魔女”。


 ドドドドド。


 ギルドハウスの外で、落雷に似た激しい音が響いた。

 一同は窓の外を見るが、雨は降っていない。その代わりに―――



 ぐしゃぁ、と扉を突き破って、巨大な岩や石がハウスの中に雪崩れ込んできた。


「何、何なの⁉」


 サチを先頭に、頭を抱えてうずくまる瓜花をおいて他のメンバーがハウスの外へ飛び出した。


 ロアノールの校舎、その一部が破壊され、瓦礫が空中に巻き上がっていた。

 学院中で悲鳴や怒号が飛び交っている。巻き上がる瓦礫の中心、天地を貫くように細い光柱があった。


「何あれ」

「……リリア!」


 最初に駆け出したのはヘレナだった。

 姿を見たのではない。その光柱の位置は、リリアの地下室の丁度真上にあたる。それをヘレナはよく知っているからだ。


 ヘレナを追いかけて、サチたちはロアノール城の中庭にたどり着く。

 そこかしこに転がる瓦礫、そして血を流し生気を失った死体の山。ヴェルナは口を手で覆ってうずくまってしまった。


「リリア!」


 光の柱の中に、人影が見えた。

 その寝間着姿には、サチも見覚えがある。やつれた顔、ぼさぼさの髪。でもどこか、高貴な雰囲気を纏っている。まさしくその少女はリリア・ロアノール。ヘレナの妹だ。

 セレブラントである彼女は、自身の制御できない『予言の魔法』によって眠り続けている。今もリリアは瞼を閉じ、安らかに眠るような表情をしているが。その体は空中に浮かび、両手を緩く広げている。


 ヘレナが近づくと、リリアはふわりと光柱の中から飛び出し、地面に降り立った。

 眠るような表情のまま、自分の足で。

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