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死神「君という未完のスケッチを聞かせてくれ」――いじめ自殺の少女から傲慢な殺人鬼まで、嘘が石へと変わる『境目』で己の魂と向き合う、美しくも残酷な因果応報の物語  作者: silver fox
第3章:極上の絶望をどうぞ。〜傲慢な殺人鬼のプライドが、死後の世界で徹底的にへし折られる話〜

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第1話:絞首台の落下と、極彩色の目覚め

自らを「神」と嘯き、他者の命を弄んだ連続殺人鬼。


彼が死刑執行の果てに堕ちたのは、天国でも地獄でもない、死神が管理する奇妙な『境目』でした。

肥大化したプライドと狂気が、絶対的なルールの前でどのように砕け散っていくのか——。


少しばかりダークで理不尽な、死後の世界へのご案内です。


「——それでは、執行に移行する」


 どこか遠くで、事務的な声が響いた。

 マイクを通したようなくぐもった音声が、灰色のコンクリート壁に吸い込まれていく。


 コツ、コツ、コツ。


 看守たちの硬い革靴の音が、背後で規則的に鳴っている。

 俺の両脇を固める屈強な男たちの、荒く、緊張を孕んだ呼吸音が耳障りだった。

 彼らの心拍数が上がっているのが匂いでわかる。馬鹿げている。これから死ぬのは俺なのに、なぜ殺す側の人間が怯えているのだ。


 俺の足元は、分厚い布で覆われている。

 目隠しをされ、手錠と拘束具で完全に自由を奪われた身体。

 それでも、足の裏に伝わる踏み板の感触だけは、異常なほど鮮明だった。

 冷たく、滑らかな金属の継ぎ目。これが、生と死を隔てる境界線。


「主よ、この者の魂に憐れみを……」


 教誨師の震える声が、うわ言のように頭上から降り注ぐ。

 カサカサと聖書のページをめくる乾いた音がした。

 俺は目隠しの裏側で、音を立てずに嗤った。


 憐れみ? 魂?

 そんなものは存在しない。

 俺がこの手で解体してきた七人の女たち。彼女らが絶望の淵で神に祈る姿を、俺は特等席で見てきた。

 祈りは届かない。奇跡は起きない。

 肉体はただの物質であり、生命は電気信号の明滅に過ぎない。俺の極めて優れた知能と論理が、それを証明し尽くした。


 ザリッ。


 硬く編み込まれた麻縄の輪が、頭から被せられる。

 太く、ごわついた繊維が、頸動脈の上の薄い皮膚を無遠慮に擦った。

 耳のすぐ下、頸椎の隙間に、巨大な結び目がピタリと収まる。

 看守の震える指先が俺のうなじに触れ、慌てて引っ込められる気配がした。


 静寂。

 いや、完全な静寂ではない。

 空調の低い唸り。誰かが無意識に唾を飲み込む「ゴクリ」という水音。

 そして、俺自身の胸の奥で、ドクン、ドクンと、やけに正確なリズムを刻む心臓の鼓動。


 恐怖はない。あるのは、この凡庸な儀式に対する果てしない退屈だけだ。

 社会という名の愚鈍なシステムが、俺という規格外の存在を処理しきれず、物理的な破壊によって無かったことにしようとしている。それこそが、俺の知能が彼らを凌駕したという何よりの証左ではないか。


 俺は息を深く吸い込んだ。

 拘置所特有の、埃と消毒液が混ざった無機質な匂い。

 これが、現世で最後に味わう空気だ。


 その直後だった。


 ——ガコンッ!!!!


 爆発音のような重低音が、足元から全身の骨格を突き抜けた。

 重力を支えていた床が、世界そのものが裏返るように、完全に消失する。


 胃袋が喉元までせり上がる強烈な浮遊感。

 空気を掻き抱こうとする本能。

 だが、落下は一瞬で終わった。


 ——メキッ、ゴキャァッ。


 自らの体内から響き渡る、生々しい破裂音。

 頭蓋骨と頸椎が強制的に引き剥がされ、太い神経の束がブチブチと千切れる絶叫のような音響。

 激痛を感じる暇さえなかった。

 首への凄まじい衝撃が脳を激しく揺さぶり、意識という名のヒューズが瞬時に焼き切れた。


 光も、音も、重力も。

 すべてが、ぷつりと途絶えた。



 ***


 完全なる無。

 それは、温度すら存在しない、絶対的な暗黒の空間だった。


 俺は思考の海を漂っていた。

 肉体という重い檻から解放され、純粋な意識体となったような感覚。

「やはりな」

 声帯を持たない俺の意識が、暗闇の中で自嘲する。


 地獄の業火に焼かれることも、血の池に沈められることもない。

 宗教が説くような陳腐な死後の世界など存在しなかったのだ。

 俺はただ、大いなる無へと還元されていく。物質的な死とは、意識の完全な消滅ではなく、このような情報空間への移行に過ぎなかったのだ。


 俺の仮説は正しかった。俺の勝利だ。

 そう確信した、次の瞬間。


 ——ジジジ……ジジ、ジジジジッ。


 鼓膜の裏側、脳髄のど真ん中から、耳障りなノイズが滲み出してきた。

 寿命を迎える寸前の、狂った蛍光灯が発するような低周波の電気音。

 それは無音の空間に亀裂を入れ、寄生虫のように這い回り、俺の意識を強制的に揺さぶり起こそうとしていた。


「なんだ……?」


 暗闇に、ヒビが入る。

 そこから漏れ出したのは、光。

 いや、光と呼ぶにはあまりにも暴力的で、おぞましい『色彩』だった。


 視界が、内側から弾け飛んだ。


「ぐっ、あああああッ!」


 失われたはずの眼球が、網膜が、焼かれるような激痛に悲鳴を上げる。

 暗闇に慣れきった意識に叩き込まれたのは、過飽和なネオンピンクと、毒々しいイエロー。

 二つの原色が、油膜のようにドロドロと混ざり合い、渦を巻きながら無限に広がっている。


「なんだ、ここは……ッ!」


 視覚だけではない。触覚が、嗅覚が、急激な速度で再構築されていく。

 足の裏に、べっとりとした不快な感触があった。

 見下ろすと、そこは地面ではなかった。

 熱でドロドロに溶け、半ば液状化したプラスチックの海だ。蛍光ピンクの泥沼のようなそれに、俺の靴が踝まで沈み込んでいる。


 鼻腔を突くのは、化学物質が焦げたような、ツンとした合成樹脂の悪臭。

 空気が重く、ひどく湿っている。息を吸い込むたびに、肺の中にピンク色の粘液がへばりつくような錯覚を覚えた。


 顔を上げる。

 周囲は、迷宮のように入り組んだ壁で覆われていた。

 壁もまた、黄色とピンクが混ざった溶けたプラスチックのような質感で、脈打つようにゆっくりと蠕動している。


 その時だった。


 ザザッ……バリッ。


 空間全体が、突如として激しくノイズを走らせた。

 目の前で脈打っていた壁が、地面が、空が。

 数万の粗い四角形、ピクセルのモザイク状にパキパキと砕け散ったのだ。

 極彩色のブロックが宙に浮き、無秩序に回転し、そして——。


 ズォン。


 たった今とは微妙に異なる配置で、再びドロドロの壁と地面として再構築された。


「……は?」


 俺は己の目を疑った。

 だが、現象は一度きりではなかった。

 五秒。

 心の中で五つ数えるたびに、空間は「ザザッ」という不快なノイズと共にモザイク状に崩壊し、再び歪な形で再構築される。

 まるで、処理能力の限界を超えてバグを起こし続けている、出来損ないの仮想現実(VR)空間に放り込まれたかのようだった。


「ふ、ふざけるな……」


 俺は溶けた地面から足を引っこ抜き、よろめきながら壁に近づいた。

 再構築を繰り返すその壁の表面に、何かがある。


「これは……」


 壁の奥底に、無数の『手形』が埋まっていた。

 苦悶に指を曲げ、壁を内側から突き破ろうとしているかのような、生々しい人間の手形。

 それらは一つ残らず真っ黒に焦げ付いており、指先からジリジリと黒い煙を上げて燻っている。


「シュー……シュー……」


 手形から立ち昇る煙が、怨嗟の囁きのような音を立てている。

 俺は一歩、後ずさった。

 その手形は、やけに小さく、華奢だった。

 女の手だ。


 脳裏に、俺が絞め殺した七人目の女の顔がフラッシュバックした。

 命乞いをし、泣き叫び、最後は俺の腕を力任せに掻き毟った、あの惨めな指先。


「……あはっ」


 俺の口から、渇いた笑みが漏れた。


「あははははっ! なんだこれは! 幻覚か? 脳の死滅に伴う、最後の夢か!」


 俺は両手を広げ、狂いかけた空に向かって叫んだ。

 モザイク状に砕けては戻るネオンカラーの空に向けて。


「やはり、裁きなど存在しない! 針の山も、エンマ大王もいない! あるのはこの、バグったプログラムのようなガラクタの空間だけだ! 俺は勝った! 神に、社会に、倫理という名の妄想に、俺の知性が打ち勝ったんだッ!!」


 俺の高笑いが、溶けたプラスチックの迷宮に反響する。

 自身の卓越した論理が証明された歓喜。罪悪感など微塵もない。あるのは、凡人どもを見下す圧倒的な優越感だけだった。


 俺の笑い声は、燻る手形の煙を散らし、極彩色の空間を支配した。

 ——かに思えた。



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