170.心から一緒にいたい相手
その後、傭兵団によって男爵夫妻は王都へと連行されることが決まった。
王都で正式な裁きを受け、投獄されることになるだろう。
広間が静まり返った後も、そこで佇んでいるエルガさんのそばを、私は離れなかった。
彼女は背筋を伸ばして立っていた。けれどほんの少しだけ、その肩に力が入っているように見えたから。
「エルガさん……」
声をかけると、エルガさんはゆっくりとこちらを振り返り、やわらかく微笑んだ。
「大丈夫よ、シベル」
「……っ」
その優しい笑顔に、胸が締めつけられる。
本当に大丈夫なのか、私にはわからない。
エルガさんは本当に強い。実の母ではなかったと告げられ、これまで信じてきたものを一度に失ったのだ。
それでも、エルガさんは泣かなかった。
「さっき、殿下から聞いたわ」
「え?」
「ベーネ男爵位は、私が継げるそうね」
「はい……。でも、すぐに全部背負わなくてもいいんです。しばらくはヘルマンさんが領地を立て直してくださるでしょう」
その話し合いは、昨夜のうちに済んでいる。
ヘルマンさんには情状酌量の余地があり、事情聴取のための、ほんの少しの拘留で済むだろうとのことだった。
今後のベーネ男爵領のことも、しっかり考えなければならない。
「ええ、あの人ならきっと大丈夫」
エルガさんは頷き、少しだけ遠くを見るような目をした。
もしかしたら、お祖母様のことを思い出しているのかもしれない。
「だから私も、もうしばらくはあなたの侍女を続けられるわよね?」
「もちろんです!」
エルガさんのその言葉に、思わず声が弾んでしまう。
「私も、エルガさんの力になりたいです! ですから……これからは、なにかあったら、なんでも言って欲しいです」
「ふふ、ありがとう」
そう言って、エルガさんはくすっと笑った。
今は一人になりたいかもしれない……それも考えたけれど、こうして笑ってくれて、嬉しい。
「私、薄々気づいていたの。あの人は本当の母親じゃないって」
「……」
それは、私の心を読んだかのような言葉だった。
「だから、全部はっきりして、なんだかすっきりしちゃったわ」
「エルガさん……」
「もう大丈夫。私は自分の足で立って、自分の道を歩いていけるのよね」
エルガさんは、私をまっすぐ見つめてそう言った。
そう……これからは、借金のために嫌な仕事をしなくてもいい。
エルガさんが自分で選んで、自分で決めた道を、自分のために歩いていい。
もしそれが、この地を守ることならば、私は――。
「それに……あなたがそばにいてくれるでしょう?」
「……!」
エルガさんがこの地に残ることも覚悟した私だけど、告げられたその言葉と視線に、胸がきゅっと熱くなる。
「はい! います。エルガさんが望んでくれるかぎり、私がそばにいますよ!」
私は迷わず答えた。
エルガさんが心から落ち着けて、笑える場所を……これからも一緒に作っていきたい。
そんな私たちの様子を、レオさんをはじめ、騎士の皆さんがあたたかく見守ってくれていた。
「ありがとう、シベル。大好きよ」
「私も大好きです。エルガさん!」
「なんか妬けちゃうな~!」
ヨティさんが、いつものような明るい声をかけてくる。
「もちろん、ヨティさんや皆さんのことも、大好きですよ!」
「え? 俺のことも大好き? 聞きましたか、殿下! 妬かないでくださいよ~?」
「妬くか……っ!」
「ふふふ」
血の繋がりはなくても、生まれた場所が違っても。
これから先も、私はエルガさんと、姉妹のように並んで歩いていきたい。
そう、心から思った。
――大丈夫。エルガさんは強い。
そして、私たちはもう、孤独じゃない。
*
ヘルマンさんの話によると、男爵夫妻は結婚後数年間、子供ができなかったらしい。
医師の診察により、夫人は子供ができない体質であることが発覚した。
そのため、男爵は外で作った子供を屋敷に連れてきて、夫妻の本当の娘として育てることにしたのだとか。
それが、エルガさんだった。
夫人も納得したことだったとはいえ、内心では思うところがあったのだろう。
だからといって、エルガさんに対する行動は、許せないけれど。
優秀だったエルガさんの祖母の、実の息子として生まれた男爵は、甘やかされて育ったお坊ちゃんだったらしい。
祖母亡き後は、気の強い夫人の言いなりになり、私利私欲のために領地のお金を使い込むようになったのだそうだ。
この屋敷の使用人は、夫妻が捕まり、エルガさんが男爵位を継ぐことに、とても喜んでいたそう。
きっとエルガさんは、優秀だったお祖母様に似たのね。
ベーネ男爵領にも聖女の加護を付与した魔石を置き、私たちは再び王都へ向けて発つことになった。
その馬車の中。
「――でも、本当に副団長がエルガと結婚するって道も、あったんすかね?」
唐突に、ヨティさんが言った。
「!! ヨ、ヨティさん! そういうことは、ご本人のいる前では……!」
デリケートな話題に、なぜだか私が慌ててしまった。
「どうかしら?」
けれど、エルガさんは案外落ち着いた声で答えた。
「祖母は私に、『心から好きになった人と一緒になって欲しい』と言っていたわ」
エルガさんのお祖母様は、ベーネ男爵領のための政略結婚だったと聞いた。
「祖父はすぐに亡くなって、結局祖母が男爵を継いだけれど……祖母には、本当は慕っていた相手が別にいたみたい」
「え……そうなのですか?」
「ええ。でもその人は騎士をしていて、王都を離れるのは難しかったから」
「まぁ……騎士様ですか」
それなら、切ないわ。好きな人がいるのに、その人ではない人と結婚させられるなんて……。貴族の間ではよくあることとはいえ、やっぱり悲しい。
「祖母はね、いつかその人が迎えに来てくれることを信じていたの。結局、その人が来ることはなかったようだけど……」
「……」
相手の方がどんな人かはわからないけれど、きっと色々事情があるのだろう。
それを思うと、私がレオさんと結ばれたことには、本当に感謝しなくては。
「祖母は強い人だったけれど、意外と乙女らしいところもあったのね」
「そうなのですね」
エルガさんは、昔を思い出すように語ってくれた。
「じゃあ、エルガにもいつか白馬に乗った騎士が迎えにきたりして?」
やっぱりヨティさんが冗談を言うように、明るく言った。
私には、白馬に乗った騎士様が現れた。だから、同じようにエルガさんにも――。
ヨティさんの言葉に、私もそれを想像したけれど。
「……私は、王子も騎士もいらないわ。それよりも、一人でも生きていける強さが欲しい」
その頼もしい言葉に、ヨティさんは「さっすが、エルガ……!」と呟いた。
リックさんは、「俺はそれでいいと思うぜ」と静かに同意する。
「それに私が心から一緒にいたいと思える相手は、あなただしね」
「まぁ……エルガさん」
そう言って私にウインクをするエルガさん。
嬉しい。
いつかエルガさんも誰かと結婚する日が来るかもしれない。
そのときは、私が誰よりも一番祝福しよう。
だってその相手は、エルガさんが心から愛した人ということだから。
エルガさんは、なにかを想うようにそっと微笑んで、お祖母様の形見である聖女の魔石をぎゅっと握った。
「……」
言葉は発さないけれど、その様子を見たミルコさんが静かに微笑んでいた。
第四章、明日で完結です!





