表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/171

170.心から一緒にいたい相手

 その後、傭兵団によって男爵夫妻は王都へと連行されることが決まった。

 王都で正式な裁きを受け、投獄されることになるだろう。


 広間が静まり返った後も、そこで佇んでいるエルガさんのそばを、私は離れなかった。

 彼女は背筋を伸ばして立っていた。けれどほんの少しだけ、その肩に力が入っているように見えたから。


「エルガさん……」


 声をかけると、エルガさんはゆっくりとこちらを振り返り、やわらかく微笑んだ。


「大丈夫よ、シベル」

「……っ」


 その優しい笑顔に、胸が締めつけられる。

 本当に大丈夫なのか、私にはわからない。

 エルガさんは本当に強い。実の母ではなかったと告げられ、これまで信じてきたものを一度に失ったのだ。


 それでも、エルガさんは泣かなかった。


「さっき、殿下から聞いたわ」

「え?」

「ベーネ男爵位は、私が継げるそうね」

「はい……。でも、すぐに全部背負わなくてもいいんです。しばらくはヘルマンさんが領地を立て直してくださるでしょう」


 その話し合いは、昨夜のうちに済んでいる。

 ヘルマンさんには情状酌量の余地があり、事情聴取のための、ほんの少しの拘留で済むだろうとのことだった。

 今後のベーネ男爵領のことも、しっかり考えなければならない。


「ええ、あの人ならきっと大丈夫」


 エルガさんは頷き、少しだけ遠くを見るような目をした。

 もしかしたら、お祖母様のことを思い出しているのかもしれない。


「だから私も、もうしばらくはあなたの侍女を続けられるわよね?」

「もちろんです!」


 エルガさんのその言葉に、思わず声が弾んでしまう。


「私も、エルガさんの力になりたいです! ですから……これからは、なにかあったら、なんでも言って欲しいです」

「ふふ、ありがとう」


 そう言って、エルガさんはくすっと笑った。

 今は一人になりたいかもしれない……それも考えたけれど、こうして笑ってくれて、嬉しい。


「私、薄々気づいていたの。あの人は本当の母親じゃないって」

「……」


 それは、私の心を読んだかのような言葉だった。


「だから、全部はっきりして、なんだかすっきりしちゃったわ」

「エルガさん……」

「もう大丈夫。私は自分の足で立って、自分の道を歩いていけるのよね」


 エルガさんは、私をまっすぐ見つめてそう言った。


 そう……これからは、借金のために嫌な仕事をしなくてもいい。

 エルガさんが自分で選んで、自分で決めた道を、自分のために歩いていい。


 もしそれが、この地を守ることならば、私は――。


「それに……あなたがそばにいてくれるでしょう?」

「……!」


 エルガさんがこの地に残ることも覚悟した私だけど、告げられたその言葉と視線に、胸がきゅっと熱くなる。


「はい! います。エルガさんが望んでくれるかぎり、私がそばにいますよ!」


 私は迷わず答えた。

 エルガさんが心から落ち着けて、笑える場所を……これからも一緒に作っていきたい。


 そんな私たちの様子を、レオさんをはじめ、騎士の皆さんがあたたかく見守ってくれていた。


「ありがとう、シベル。大好きよ」

「私も大好きです。エルガさん!」

「なんか妬けちゃうな~!」


 ヨティさんが、いつものような明るい声をかけてくる。


「もちろん、ヨティさんや皆さんのことも、大好きですよ!」

「え? 俺のことも大好き? 聞きましたか、殿下! 妬かないでくださいよ~?」

「妬くか……っ!」

「ふふふ」


 血の繋がりはなくても、生まれた場所が違っても。

 これから先も、私はエルガさんと、姉妹のように並んで歩いていきたい。


 そう、心から思った。


 ――大丈夫。エルガさんは強い。


 そして、私たちはもう、孤独(ひとり)じゃない。




     *




 ヘルマンさんの話によると、男爵夫妻は結婚後数年間、子供ができなかったらしい。

 医師の診察により、夫人は子供ができない体質であることが発覚した。

 そのため、男爵は外で作った子供を屋敷に連れてきて、夫妻の本当の娘として育てることにしたのだとか。


 それが、エルガさんだった。


 夫人も納得したことだったとはいえ、内心では思うところがあったのだろう。

 だからといって、エルガさんに対する行動は、許せないけれど。


 優秀だったエルガさんの祖母の、実の息子として生まれた男爵は、甘やかされて育ったお坊ちゃんだったらしい。


 祖母亡き後は、気の強い夫人の言いなりになり、私利私欲のために領地のお金を使い込むようになったのだそうだ。


 この屋敷の使用人は、夫妻が捕まり、エルガさんが男爵位を継ぐことに、とても喜んでいたそう。


 きっとエルガさんは、優秀だったお祖母様に似たのね。




 ベーネ男爵領にも聖女の加護を付与した魔石を置き、私たちは再び王都へ向けて発つことになった。


 その馬車の中。


「――でも、本当に副団長がエルガと結婚するって道も、あったんすかね?」


 唐突に、ヨティさんが言った。


「!! ヨ、ヨティさん! そういうことは、ご本人のいる前では……!」


 デリケートな話題に、なぜだか私が慌ててしまった。


「どうかしら?」


 けれど、エルガさんは案外落ち着いた声で答えた。


「祖母は私に、『心から好きになった人と一緒になって欲しい』と言っていたわ」


 エルガさんのお祖母様は、ベーネ男爵領のための政略結婚だったと聞いた。


「祖父はすぐに亡くなって、結局祖母が男爵を継いだけれど……祖母には、本当は慕っていた相手が別にいたみたい」

「え……そうなのですか?」

「ええ。でもその人は騎士をしていて、王都を離れるのは難しかったから」

「まぁ……騎士様ですか」


 それなら、切ないわ。好きな人がいるのに、その人ではない人と結婚させられるなんて……。貴族の間ではよくあることとはいえ、やっぱり悲しい。


「祖母はね、いつかその人が迎えに来てくれることを信じていたの。結局、その人が来ることはなかったようだけど……」

「……」


 相手の方がどんな人かはわからないけれど、きっと色々事情があるのだろう。

 それを思うと、私がレオさんと結ばれたことには、本当に感謝しなくては。


「祖母は強い人だったけれど、意外と乙女らしいところもあったのね」

「そうなのですね」


 エルガさんは、昔を思い出すように語ってくれた。


「じゃあ、エルガにもいつか白馬に乗った騎士が迎えにきたりして?」


 やっぱりヨティさんが冗談を言うように、明るく言った。

 私には、白馬に乗った騎士様(レオさん)が現れた。だから、同じようにエルガさんにも――。

 ヨティさんの言葉に、私もそれを想像したけれど。


「……私は、王子も騎士もいらないわ。それよりも、一人でも生きていける強さが欲しい」


 その頼もしい言葉に、ヨティさんは「さっすが、エルガ……!」と呟いた。

 リックさんは、「俺はそれでいいと思うぜ」と静かに同意する。


「それに私が心から一緒にいたいと思える相手は、あなただしね」

「まぁ……エルガさん」


 そう言って私にウインクをするエルガさん。

 嬉しい。

 いつかエルガさんも誰かと結婚する日が来るかもしれない。

 そのときは、私が誰よりも一番祝福しよう。


 だってその相手は、エルガさんが心から愛した人ということだから。


 エルガさんは、なにかを想うようにそっと微笑んで、お祖母様の形見である聖女の魔石をぎゅっと握った。


「……」


 言葉は発さないけれど、その様子を見たミルコさんが静かに微笑んでいた。



第四章、明日で完結です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ