167.それが一番厄介だけど
――翌朝。
「エルガさん、おはようございます!」
ベーネ男爵領主邸の朝は、やけに静かだった。
私は身支度を整え、レオさんとともに客間でお茶を飲んでいた。そこに、慌てたようにやってきたエルガさん。
「シベル……早かったのね。いえ、私が遅かったのかしら」
エルガさんのその表情が、いつもよりほんの少しだけ硬いように見える。
よく眠れなかったのかしら?
「いいえ、大丈夫ですよ」
いつも朝の支度はエルガさんが手伝ってくれるけど、私は一人でも準備できる。
「それより……なにかあったんですか?」
様子のおかしいエルガさんに、少し迷ってから私は小声で切り出した。
「……実は、昨夜は副団長と同じ部屋で寝て」
「「えっ」」
そして、予想外の返答に、私とレオさんの声が重なった。
「そ、それじゃあ、もしかして本当に……」
「まさか!」
私が最後まで言う前に、エルガさんはきっぱりと言い切った。
「父が勝手に副団長を私の部屋に押し込んで、外から鍵をかけたのよ。朝になって、ようやく使用人が開けてくれたわ」
「まぁ……そうだったのですね」
婚約者はふりだけのはずなのに、本当に婚約することになったのかと思ってしまった。
「それで、ミルコは?」
「まだソファでぼんやりしていたから、置いてきちゃいました」
「はは、ミルコは朝が少し苦手だからな」
エルガさんの言葉に、レオさんは苦笑した。
それにしても、ミルコさんって朝が苦手だったのね。なんでも完璧なイメージだったから、知らなかった。
「……それに、副団長には、ミーコっていう人がいるようだし」
「ミーコさん?」
続けられた言葉に聞き返すと、エルガさんは肩をすくめて答えた。
「ええ。私とその人を間違えて、抱きしめられたんだから」
「まぁ……!」
それはそれで、なかなか衝撃的な話だ。
私が言葉を失っていると、隣でレオさんが首を傾げた。
「ミーコ? なんか聞いたことがあるような……」
「レオさんも知っている方なのですか?」
「うーん……誰だったかな」
そのとき。
「猫だ」
「ミルコさん!?」
いつの間にかやってきたミルコさんが、淡々と答えた。
「そうだ! 君が一番最初に飼った猫の名だったな!」
今度はレオさんが思い出したように手を打つ。
「ああ。よく俺のベッドに潜り込んできた」
「ね、猫……。それじゃあ、猫と私を間違えたということね」
「?」
エルガさんの声が、目に見えてトーンダウンする。
当の本人は、なんのことを言っているのかわからない様子で首を傾げている。
ミルコさんは、そのことを覚えていないのかしら?
それとも、エルガさんがここまで気にしていることに、気づいていない……?
すると今度は、その微妙な空気を壊すように、後ろから明るい声が飛んでくる。
「くくく……、副団長やりますね~!」
「なにがだ」
ミルコさんの後ろで、ヨティさんがにやにやしながら口を挟んだ。
「俺がエルガにそんなことをしたら、ぶん殴られそうだけど」
軽く笑うヨティさん。その隣では、リックさんが「当たり前だろ」と呟いている。
そんなやり取りに、エルガさんは困ったように、でもどこか穏やかに、小さく息を吐いた。
そういえば、ヨティさんとエルガさん、それからリックさんの三人は同い年で、よく遠慮のないやり取りをしている。
まるで気心の知れた友達みたいに。
私には、そんなふうに言い合える相手はいないから、ちょっぴり羨ましくもある。
……でも、ミルコさんは、相変わらず涼しい顔のまま。
本当に、悪気がないのよね。
……それが一番厄介なのだけれど。
私は小さく苦笑して、心の中で思った。
エルガさんの問題も、きっと皆さんが一緒なら解決できる。
エルガさんだって、皆さんとは本当の家族以上に強い絆で結ばれているのだから。
ミルコさんは朝が苦手ᐠ( ◜▿◝ )ᐟ





