166.副団長は罪な人
ミルコ視点から始まります
「――ミルコ様、今夜はこちらの部屋をお使いください!」
男爵自ら今夜の部屋に案内された俺は、その胡散臭い笑顔を不審に思いつつも、あえて素直に従うことにした。
見る限り、彼はそれほど極悪人というわけでもなさそうだ。
それよりも問題は、夫人のほうにあるように感じた。
彼女はエルガの母親でありながら、娘に対して憎しみを抱いているように見える。
その理由は、わからないが――。
扉が閉まった直後、外側からかちり、と音がした。鍵をかけられたようだ。
「では、ごゆっくり!」
「……」
やけに明るい声と足音が遠ざかっていく。
どういうことかと思った直後、部屋の中から声がした。
「――副団長?」
「エルガ」
振り返ると、彼女が驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。
いつも纏めている髪を下ろし、寝衣姿でショールを羽織っている。
ここはエルガの部屋ということか。
「どうして副団長が……あ! すみません、いますぐ別の部屋を用意します……!」
男爵の思惑を察したエルガが、慌てて扉に駆け寄るが――。
「無理だと思うぞ」
「開かない……!?」
「外から鍵をかけられている」
「そんな……」
普段落ち着いているエルガも、さすがに動揺を隠せない様子だった。
「こんなことをして、かえって無礼だとは思わないのかしら……本当に申し訳ありません」
自分の親の行動に、エルガが頭を下げる。
「俺は構わない。一晩静かにしているから、構わず寝てくれ」
「でも……!」
部屋はそんなに広くない。
……というより、娘の部屋にしては生活感が薄い。壁際には使われていない荷物が積まれていて、普段は物置代わりにされているのだろうと察しがついた。
いくらしばらく留守にしていたとはいえ、娘が帰ってくるのをわかっていてこれか。
「ソファを借りるぞ」
「なに言っているんですか、副団長はベッドを使ってください」
「ソファでいい」
押し問答を避けるため、さっさとソファに腰を下ろし、そのまま背を預けた。
「悪いが、諦めてくれ」
そう言って横になると、エルガはそれ以上の言葉を呑み込んだようだった。
彼女は賢い女性だ。俺に動く気がないのを、早々に理解したのだろう。
さすがに、男と二人きりで一晩をともにするのは好ましくないはずだ。
しかし、彼女は騎士団の寮母として数年、騎士たちの世話をしてくれていた。
ヨティのように、女性がいようと構わず服を脱ぎ散らかす男もいたが、エルガはいつも動じなかった。母親のような、堂々とした態度で場を収めてきた。
だから、こちらが動かなければ、余計な誤解も生まれないはずだ。
ただ静かに、一晩やり過ごす。それでいい。
そう判断し、俺はソファの上で目を閉じた。
*
副団長が婚約者のふりをしてくれたことには、心から感謝している。
……でも。
この人は、自分がどれほど女性を惹きつけてしまう存在なのか、まるで自覚がないのかしら。
「はぁ……」
小さく溜め息がこぼれる。
今夜、私の部屋に押し込められた副団長は、早々にこの部屋から出ることを諦めてソファで眠ってしまった。
……あんなに大きな身体で、ソファで眠って、疲れが取れるはずもないのに。
一見すると冷静で近寄りがたい人。
でも、その実、副団長はとても優しい人だということを私はよく知っている。
トーリにいた頃からそうだった。
あの外見で、あの性格。
そんな副団長を慕っている女性は多く、時折街に買い物に出ると、副団長のファンを名乗る女性から――。
『ミルコ様の好物はなにかご存じ!?』
『ミルコ様は休みの日はどう過ごされているのかしら!?』
『次街に来るのは、いつでしょう!?』
――等と、度々質問攻めに遭った。
私は借金を返すためにトーリにいたし、彼を含めたすべての騎士たちをそういう目で見たことは一度もなかったけれど。
「……」
今回、彼が婚約者のふりをしてくれたのは、聖女の侍女である私に、情けをかけてくれたからでしょうね。
「感謝しているけれど……」
そのことと、今胸が落ち着かないのは、別の話。
私は立ち上がると、本当にソファで眠ってしまった副団長の身体に毛布をかけるため、そっと近づいた。
近くで見るその寝顔は、驚くほど無防備で、整っている。
これまで多くの女性が、この人に心を奪われてきたのだろうということが、嫌でもわかってしまう。
「優しい人だけど……きっと多くの女性を泣かせてもきたのでしょうね」
きっと本人の気づかないところで、泣いた人もいるだろう。
もちろん、副団長はなにも悪くないけれど。
「罪な人だわ」
ふぅ、と短く息を吐き、毛布をかけようと身を屈めた、そのとき――。
「――ミー、コ……」
「……え?」
不意に伸びてきた副団長の手が、私の腕を掴んだ。
次の瞬間、ぐいっと引き寄せられ、視界が揺れる。
「…………っ」
バランスを崩した私は、そのまま副団長の胸元に倒れ込んでしまった。
想像以上に広い胸。
驚くほどしっかりとした身体と、微かに感じる体温。
さすが、第一騎士団副団長――って、今はそんな、シベルみたいなことを考えている場合じゃないわ!
「……ん? エルガ?」
そんなことを考えていたら、間近で低い声が聞こえた。
見上げると、半分だけ目を開けた副団長が、寝惚けた顔でこちらを見ていた。
「ち、違います……! その……あなたが、急に引っ張ったから……!」
彼はモテる人だから、私が寝込みを襲ったと思われたら、たまったもんじゃないわ!
そう思い、慌てて身体を起こそうとするけれど、うまく力が入らない。
それでも副団長は、私を抱き寄せていることにすら気づいていない様子で、ぼんやりしているだけだった。
「……?」
その無自覚さが、余計に私を困らせる。
この人はきっと、女性の扱いにも慣れている。
こういう状況になっても、動揺ひとつ見せないなんて。
……っていうか、ミーコって誰よ……? やっぱり、そういう人がいるのね?
私は一気に我に返り、落ち着いて距離を取った。
「おやすみなさい……!」
「ああ……おやすみ」
再び目を閉じた副団長は、もう何事もなかったかのように、毛布を顔の下まで引き上げて穏やかな寝息を立て始めた。
私はその寝顔をもう一度だけ見つめてから溜め息を一つつき、ベッドに潜り込む。
それからはもう、それ以上ソファのほうには一切顔を向けずに、きつく目を閉じた。
動揺するエルガさんはレア( ◜ω◝ )





