164.問題ない、任せろ
「は……?」
エルガさんの目が、大きく見開かれる。
「あ、別に本当に結婚しなくてもいいけどさ。一時的に、俺が婚約者になってあげよっか?」
いつもの調子で、にこやかに笑いながら告げるヨティさん。
……あまりにも突然で、びっくりしてしまった。
けれど、はっとする。
そうか。伯爵家の人間が婚約者だと言えば、少なくとも男爵夫妻は簡単には逆らえない。その間に、別の道を探すこともできるかもしれない――。
「おまえは伯爵家の嫡男だろ。エルガの家は婿を探しているんだから、無理だろうが」
でも、冷静な声で、リックさんが即座に切り捨てる。
「え~。じゃあ、リックも駄目だな」
確かに、ふりであっても、ヨティさんが伯爵家の嫡男であることはすぐにわかることだ。現実的ではない。
「殿下は当然論外だし……そうなると」
ヨティさんの視線に導かれるように、私たち全員の目が、ある人物へと向かう。
「辺境伯、シュミット家の次男! これ以上ない相手!」
「まぁ……そうだな」
――ミルコさん。
ヨティさんとリックさんは、どうやら同じ結論に辿り着いたらしい。
「ちょ、ちょっと待って! 一時的とはいえ、副団長に婚約者のふりをお願いするなんて――!」
その流れに、エルガさんが慌てて声を上げる。
「俺は構わない」
「……え?」
けれど、ミルコさんから返ってきたのは、あまりにも落ち着いた返答だった。
「俺には婚約者はいない。そして次男だ。確かにちょうどいい」
「そんなわけにはいきません! 副団長や、みんなに迷惑をかけるなんて――!」
「迷惑ではない」
エルガさんの必死な言葉を、ミルコさんは静かに、けれどきっぱりと否定した。
「……でも」
それでもなお迷うように視線を伏せたエルガさんに、私は少しだけ身を乗り出す。
「エルガさん。エルガさんは、もう一人じゃないですよ」
「シベル……」
エルガさんの気持ちもわかる。でも、エルガさんがこの数年間、どれほど必死に、自分一人の力でどうにかしようとしてきたのか――私は知っている。
私以上にエルガさんと付き合いの長いミルコさんやレオさんも、当然わかっているはず。
エルガさんは本当に強い人だわ。だからこそ、誰にも頼らず一人で全部背負ってしまったのでしょうけれど。
でも。
どうか、私たちがいることを忘れないで欲しい。
「シュミット辺境伯家との縁談であれば、男爵夫妻も断る理由はないだろう。ひとまず、それで進めるのはどうかな?」
レオさんも、落ち着いた声音でそう言った。
私だって、もし自分が男性だったなら、迷わず手を挙げていたと思う。
エルガさんの力になれるのなら、なんだってしたい気持ちだから。
それはここにいる全員がそうなのだと気づいて、なんだか私まで嬉しくなってくる。
「……本当に、よろしいのですか?」
「問題ない」
「……」
ミルコさんは間を置かずに即答した。
あまりに迷いのないその返事に、エルガさんはそれ以上、言葉を続けられなくなったようだ。
けれど、ふりとはいえ、婚約の噂が広まれば、きっと大変なことにはなるだろう。
ミルコさんのことが好きな貴族令嬢がたくさんいることは、私も知っている。
「その間に俺は証拠を集め、事実を調べる。この地には予定より少し長く滞在することになるだろうが……構わないか?」
「はい、もちろんです」
だからこそ、できるだけ早く、そして慎重に進めなければならない。
「でも、副団長がエルガの婚約者って……本当に大丈夫っすかね? 男爵夫妻に怪しまれないよう、演技できますか?」
ヨティさんが、少し心配そうに言う。
「大丈夫だ。任せろ」
短く、けれどはっきりとしたミルコさんの言葉。
それはとても頼もしく聞こえたけれど……。
「……」
本当に、大丈夫……よね?
私は胸の内でそう呟きながら、これから始まるであろう嵐の気配を静かに感じていた。
ミルコさんは優秀だからきっと大丈夫……( ˇωˇ )





