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163.それなら、俺と結婚する?

 夕食は、驚くほど豪華だった。


 この土地の名産だという珍しい魚介に、外国から取り寄せたという香辛料をふんだんに使った肉料理。

 並べられた食器も上質で、借金に苦しんでいる家とは思えないほど整っていた。


 けれど――。


 故郷の料理を前にしても、エルガさんに終始笑顔は見られなかった。それどころか、料理にほとんど手をつけていない。


 男爵夫妻は終始上機嫌で、私たちに盛んに料理を勧めてくるけれど、エルガさんはどこかこの場から一刻も早く立ち去りたいように見えた。


「……そろそろ、お開きにしましょうか」


 そして食事が一段落した頃、エルガさんが静かに口を開いた。

 その声には、はっきりとした疲れと呆れが滲んでいる。


「そうだね」


 レオさんも、それ以上引き留めることはしなかった。

 男爵夫妻は名残惜しそうな様子だったけれど、私たちは席を立つ。


 広間を出て、ご両親の視線が届かなくなった、その瞬間。

 私は思い切って声をかけた。


「――あの、エルガさん」

「なぁに?」

「少し……お話しませんか?」

「……」


 私の言葉の意味を瞬時に察したのだろう。エルガさんは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく息を吐いた。


「ええ……そうね。私も、話さなければならないと思っていたわ」

「では、あちらで」


 レオさんがそっと示したのは、先ほどまで使っていた客間。

 私たちは静かに頷き合い、みんなでその部屋へと足を向けた。



「突然ごめんなさい。でも……大切なお話があります」


 向かい合うようにソファに腰を下ろした私とエルガさん。

 私の隣にはレオさんが座り、ミルコさん、ヨティさん、リックさんもそばに控えている。


「ご両親のこと、この領地のこと……どう思っていますか? まずはエルガさんの気持ちを聞かせてください」


 その問いに、エルガさんの指先がきゅっと握りしめられる。

 一瞬視線が揺れたけれど、エルガさんは目を逸らさなかった。


「もちろん、大切よ。私が生まれ育った故郷だもの。それにあんな人たちでも、私を育ててくれた両親だから」

「……エルガさん」

「でも――」


 言葉を区切り、彼女は続ける。


「この家の状況も、わかっているわ。もう、私だけの力ではどうにもならないことも」

「……」


 この地に向かっている間、エルガさんにずっと元気がなかった理由がはっきりした。

 エルガさんは、覚悟を固めていたんだ。


「だから私、結婚するわ」

「え――?」


 けれど次に告げられたのは、あまりに唐突な言葉だった。

 みんなも同じだったのか、一瞬空気が凍りつく。


「結婚って……誰とですか?」

「会ったことのない人よ」


 エルガさんは淡々と答える。


「高位の生まれで、奥様を亡くされた方。歳は私の倍ほど離れているけれど、この家の婿に入ってくれるそうよ。借金も、すべて肩代わりしてくれるらしいわ」

「それは……」


 言葉が続かなかった。

 本当に、それがエルガさんの望みなのだろうか。


 ――ううん、きっと違う。


 それしか道がないと、そう思い込んでいるだけ。


「家を継いでくれる人がいれば、領地は守れる。そしたら……両親には、罪を償ってもらうつもりよ」

「エルガさん……」


 確かに、そうすれば領地も、人々の暮らしも守られる。エルガさんが働く必要もなくなる。

 それでもご両親が捕まることは免れないけれど、それを覚悟のうえで、エルガさんは決めたんだ。


 けれど――。


「えー!? でもエルガが結婚したら、シベルちゃんの侍女を続けられないじゃん!」

「おい、ヨティ」


 場の空気を切り裂くように、ヨティさんの声が響いた。

 すぐにリックさんが低く制し、ヨティさんははっとして口元を手で覆う。


「ごめん……。いつかはそうなるよね。でも……!」


 誰もが、同じ気持ちだったはず。

 言葉にできない想いを、ヨティさんが代弁してしまっただけ。


「エルガ」


 今度は、リックさんが静かに問いかける。


「おまえは、本当にそれでいいのか?」

「……」


 エルガさんは答えなかった。


 いいはずがない。そんなこと、ここにいる全員がわかっている。

 エルガさんはこれまで、自分の力で借金を返そうと、必死に働いてきた。

 危険なトーリに行き、結婚相手も探さず。パーティーに参加することもなく。それからも、私の侍女を続けてくれていた。


 誰かに寄りかかることも、逃げることもしなかったエルガさん。そんな彼女が、ここまで追い詰められてしまったのだと思うと、胸が締めつけられる。


「……それでも、娼館に行くよりは……マシでしょう?」

「え……」


 ぽつりと落とされた言葉に、思わず私の口から声が漏れた。


「トーリに行くときも、そうだったのよ。娼館に売られるか、トーリで働くかの二択だった。今回も同じ。だったら、結婚したほうがまだいいわ」


 淡々と語られるその内容に、私は言葉を失った。

 実の両親が……まさか、そんな選択肢を突きつけていたなんて。

 私は両親に愛されて育った。もし両親が生きていて、うちに借金があったとしても、私の両親は決して私を売るような真似はしなかったと思う。


 けれど、世の中には、そうではない親もいるんだ――。


 胸の奥が、ひり、と痛んだ、そのとき。


「それなら、俺と結婚する?」

「!?」


 言葉の意味とは裏腹に、あまりに軽い声。


 思いもよらない言葉を発したのは、ヨティさんだった。



ヨティ、エルガにプロポーズ!?続きます!

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