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158.ミルコさんはこれからも

「……ふぅ、サウナは私には危険だわ」


 浴室で汗とともに邪念を流し、深呼吸してから着替えを済ませた私は、ほどよく涼しい廊下をゆっくりと歩いていた。


「本当に危なかったわ……」


 思い出すだけで、頬が熱くなる。

 お互い、タオル一枚の距離感。視線が合うたびに縮まる空気。

 ヨティさんたちが来なかったら、どうなっていたのか想像するだけで、再び身体が熱くなる。


「駄目よ……! しっかりしなさい、シベル……!」


 再び湧いてきた邪念を振り払うように頭を横に振り、私は廊下の突き当りにある小さな談話用の空間へと足を向けた。


 ここには暖炉がなく、サウナ上がりの火照った身体を落ち着けるのにちょうどいい空間。

 おまけに大きな窓に囲まれていて、雪景色が堪能できる。


「あら?」


 その窓辺に、ひとり佇んでいる人影があった。


「……ミルコさん?」


 声をかけると、彼はこちらに視線を向けた。

 心なしか、いつもより少しだけ表情が和らいでいる。


 ここは静かで落ち着ける場所。そしてこの雪景色が、ミルコさんの過去を呼び起こしているのかもしれない。


「素敵な場所ですね」

「ああ、ここからは雪山も見える」

「本当ですね」


 言われて視線を遠くに向けると、確かにそびえ立つ雪山が見えた。今は天気もよく、青空と白い雪山が、まるで一枚の絵画のように美しい。


 私の心も洗われていくようだわ……。


「兄のこと、ありがとう」

「え」


 唐突に、口を開くミルコさん。


「彼は君に救われたと思うよ」

「……」


 静かに、短く。淡々と言葉を発する。


 多弁ではないけれど、ミルコさんの言葉はいつだって力強い。


〝ミルコには、人の悪意が見えるんだ〟


 レオさんが言っていた、ミルコさんの能力。

 たぶんミルコさんには、どんな言い訳も意味がない。

 たとえ私が心の中でどれだけレオさんたちの筋肉を想像して楽しんでいたとしても。私がそれを後ろめたく思っていたとしても。


 だからといって私はレオさんたちを貶めようとは思っていないから、ミルコさんは私を〝悪〟だとは思わないのだろう。


 きっと、ミルコさんはその人のもっと奥のほうにある、本質を見抜く力に長けているんだ。


 だからって、やっぱり妄想はほどほどにしておいたほうがいいわよね。

 小さく反省しつつ、私からもひとつ。


「ミルコさんは、以前レオさんの命を救ったと聞きました。ミルコさんがレオさんの側近で本当によかったと、私はレオさんの妻として……心からそう思います」


 私には人の悪意が見えない。どちらかというと、誰のことでもすぐ信用してしまうから、リックさんに怒られてしまうくらいだけど……。


 でも、そんな私にでも、レオさんとミルコさんの絆に嘘偽りが微塵もないことはわかる。

 お二人の関係性は、唯一無二のものだ。


 ミルコさんのような、地位も力もある方が、王位を継ぐ予定ではなかったレオさんの側近になり、トーリの地にまでついていったことは、本当にすごいことだと思う。


 だから、レオさんの妻……として、私からも感謝の気持ちを口にしたけれど――。


「……俺の命を先に救ってくれたのは、レオだよ」

「え――?」

「彼は覚えていないかもしれないけどね」

「……そうなのですか?」


 確かに、レオさんからそんな話は聞いていない。ただ自分がミルコさんに救われて感謝していることしか、言っていなかった。


「レオが王になっても、ならなくても。俺は彼に忠誠を尽くすと決めた。家のためではなく、国のためでもなく。レオとその大切な者のために、俺は戦う」

「……ミルコさん」


 ミルコさんの薄茶色の瞳が、まっすぐに私を見つめた。


 その瞬間、ドクンと胸が鳴る。


 ミルコさんの発言は、聞く者によっては処罰の対象になってしまう可能性のあるものだった。


 だけど、私にはわかる。


 レオさんが決して道を踏み外さないことをミルコさんは知っているし、レオさんはこの国を大切に想っている。


 そして、聖女()のことも――。


「ありがとうございます、ミルコさん。これからも、よろしくお願いいたします!」


 私がそう言って笑うと、ミルコさんも応えるように微笑んだ。


 今の発言は、シュミット辺境伯を継ぐ意思はミルコさんにはないのだと……そう、私を安心させてくれるための言葉でもあったのだろうから。



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