157.一緒にサウナ……?
それから私は、いくつかの魔石に聖女の加護を付与した。この地に置いていくためのものである。
この数日、天候は例年と同様に戻り、魔物の発生も落ち着いている。
もちろん油断はできないけれど、私たちもそんなに長居できるわけではない。
今後はシュミットの傭兵団で様子を見て、随時報告してくれることになった。
聖獣――シロギツネの存在と、あのときの発言も気になるけれど、現状魔王が現れたわけではないため、この話は持ち帰ることになった。
「もうすぐサウナともお別れですね」
明日には王都に戻ることが決まったその日。
私は、レオさんのお部屋でお茶を飲みながら、二人でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「そうだね。そんなに気に入ったのなら、王都でも用意しようか?」
「まぁ、ありがとうございます」
レオさんは優しい。いつも私の要望に応えようとしてくれる。
王都でもサウナに入れたら、ミルコさんも嬉しいかしら?
……あ、でも。王都には雪がないわよね。
サウナであたたまった身体を効率よくすぐに冷ますためには……。
「プール……水風呂も一緒に用意したら、いいかしら」
「ああ、それはいいね」
さすがに雪を用意するのは難しいけれど、ミルコさんが少しでも故郷を懐かしめる環境が作れたらいいなぁ。
……あ、オスカー様は氷魔法が得意だから、もしかして雪も出せたりして?
今度お願いしてみようかしら。なんて。
「できれば私も一緒に入れたら……もっと嬉しいのだけど……」
「……一緒に入るかい?」
「え!?」
思わず心の声を漏らしてしまった私に、レオさんがとんでもない提案をしてくれる。
「でも……! サウナは裸で……! いえ、私はいいのですが、でもそんな贅沢……!!」
「タオルを身体に巻いて入るのは、どうかな? 汗も吸収してくれるだろうし」
「まぁ! ぜひ!!」
それは、なんて素晴らしい案なのかしら!
レオさんは天才? さすが、この国を率いていくに相応しい方だわ!!
そうして話はとんとん拍子に決まり、私たちは早速辺境伯邸のサウナに入らせてもらうことにした。
男女別々の更衣室で服を脱いで、身体にタオルを巻く。
レオさんと一緒にサウナに入れることに、単純に興奮していたけれど……今になって少しだけ緊張してきた。
いくら二人きりとはいえ、私もレオさんも、タオル一枚だけの姿……。
「さすがにはしたない……? でも、私たちはもう夫婦だし、問題ない……わよね?」
私だけ服を着て、タオル一枚の姿でいるレオさんを拝むなんて、そんな贅沢は望めない。
これは、レオさんの筋肉を鑑賞するためのものではない。
レオさんは純粋に、一緒にサウナに入ってあたたまろうと思っているだけなのだから。
「これは単なるご褒美ではないのよ……! 夫婦の時間、夫婦の時間……!」
自分にそう言い聞かせて、いざ、更衣室からサウナへと続く扉を開く。
分厚い木の扉の向こうから、じんわりと伝わってくる熱気。
雪国の澄んだ空気の中で、その温もりだけが、まるで生き物のように存在感を放っている。
「この扉の向こうに、タオル一枚のレオさんが……」
そう思った途端、胸が騒ぐ。
急に心臓の音が大きくなった気がした。
「し、失礼します――」
「ああ、どうぞ」
サウナ内に設置された木の椅子に腰かけているレオさんは、いつもと変わらない表情で微笑んだ。
「……!」
既にじんわりと汗が浮いている肩。そして腕の筋肉が、やけに目についてしまう。
お、落ち着いて、落ち着くのよ、シベル……!
ぎゅっと胸の前で手を握った私の仕草に気づいたのか、レオさんが小さく笑う。
「無理はしなくていいからね? 熱かったら、すぐに出よう」
「は、はい……ありがとうございます」
その優しい声に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
そっと中に足を踏み入れ、遠慮がちにレオさんの隣に私も腰を下ろす。
「……」
「……」
木の壁に包まれた、小さな空間。
中央には熱せられた石が積まれ、そこから立ち上る蒸気が、視界をやわらかく揺らしている。
木と石の香りが混ざった、独特の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
その中で、レオさんがすぐ隣にいる――。
ただそれだけのことなのに、タオル一枚の姿で密室にいるというだけで、いつもはない緊張感があった。
……サウナって、こんなに近いのね……。
肩が触れそうな距離。隣にいるレオさんの体温まで伝わってくるような気がして、私の心臓はドキドキとうるさい。
せっかくこんなに近くにいるのに……なぜだか、逆にレオさんを直視できない。もったいない……。
「シベルちゃん、大丈夫? 熱すぎない?」
「はっ……はい!」
「でも、呼吸が少し荒いね」
「そそそそ、それは……!」
レオさんが、私を気遣うように少しだけ身を屈めて聞いてくる。
腰にタオルを巻いているだけのレオさん。汗で前髪が少し濡れて、頬から首筋に汗が流れている。
ああ……胸筋が、丸見えです。本当に、なんてたくましくて素敵なの……。
「シベルちゃん?」
「……サウナのせいではなくて……レオさんの色っぽさに、シベルは倒れてしまいそうです……」
「え?」
つい、本音を口にしてしまった。
せっかく一緒にサウナに入っているというのに、筋肉のことばかり考えていると思われてしまう……(否定できないけれど)。
「す、すみません……でも、私にはそろそろ限界かもしれません……」
反省の気持ちも込めて目を伏せ、先にサウナを出ようと立ち上がる。
でも――。
「待って」
「!」
レオさんに腕を掴まれ、私はもう一度椅子に腰を落とした。
「色っぽさにやられてしまいそうなのは、俺のほうだよ?」
「…………っ!!」
そのまま至近距離で見つめられ、私の心臓は今にも壊れてしまいそうなほど高鳴った。
「君は今、自分がどんな格好でいるのか……自覚はある?」
「わ、私ですか!? 私なんてそんな、筋肉も全然ないですし、とても自慢できるような身体では――!」
「そうじゃなくて」
混乱しながら口走った言葉に、レオさんは小さく息を吐き、そっと私に顔を寄せる。
……近い。近すぎる。
サウナの中には、私たちの呼吸音だけが響いていた。
「……シベルちゃん」
「レオさん……」
私も、逃げることなんてできなくて。ただ息を詰めて、ぼーっとレオさんを見つめた。
そのとき。
――ガラッ!
「あ~! あったかい~!!」
「!?」
勢いよく扉が開き、冷たい空気と一緒に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「……って、うわ!? 二人、いたんすか!」
「ヨティさん……」
彼は私たちを見て、驚いたように目を見開いた。
「どうした? ……って、シベル!? なんでおまえ……殿下も!?」
続いてやってきたのは、リックさん。私を見て、やっぱり驚いたように声を上げた。
「もしかして、邪魔しちゃいました? タイミング悪かったっすか?」
ヨティさんはにやにやしながら言った。
「そ、そんなことないですよ!! 驚かせてすみません! 私はもう出ますので、どうぞ!!」
「……」
慌てて立ち上がる私。レオさんは、頭を抱えて溜め息をついたように見えた。
「え~? シベルちゃんももう少し入ってればいいのに~」
「いえ、中は狭いですから……! それに私にはとても耐えられそうにないので……!!」
「そう?」
ヨティさんがせっかく声をかけてくれたけど、彼らも当然、裸で腰にタオルを巻いているだけの姿。
こんなにたくましい騎士様三人と、こんなに狭いサウナの中に四人でいたら……私は間違いなく昇天する。
皆さんの美しい筋肉に囲まれている自分を想像しただけで、鼻血が出そう。
そういうわけで、少しだけ惜しい気持ちを抱えながら、私はバタバタとその場をあとにしたのだった。
シベルご褒美回( ◜ᴗ◝ )
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