155.シュミット兄弟
雪山の瘴気を浄化して、三日が経った、その日。
辺境伯邸の前に、傭兵団をはじめとした街の人たちが集まっていた。
「――聖女様! このたびは本当にありがとうございました!」
外に出ると、視線が一気に私に集まった。そして、みんな一斉に声を上げる。
商人や職人、子供を連れた家族。みんな、冬の寒さに鼻を赤らめながらも、どこか晴れやかな表情をしている。
「聖女様のおかげで、また安心して商売ができます!」
「もう夜が怖くない!」
「せいじょさま、ありがとう!」
次々に投げかけられる言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
私は慌てて一歩前に出て、口を開いた。
「こちらこそ、本当に素敵な街で……皆さんが無事で、よかったです!」
そう言った途端、拍手が起こった。
まるで聖女だわ……って、私は聖女なのよね。しっかりしなくちゃ……!
こういうことには慣れていなくて、少しだけ照れてしまう私だけど、隣でレオさんが微笑んでくれた。
ミルコさんも、ヨティさんも、リックさんも、エルガさんも。みんないる。
これは、ここにいる全員で成し遂げたこと。
そんな中――。
「フリードリヒ様も、本当にありがとうございました!」
誰かが言ったその声に、私ははっとした。
人々の視線が一斉に、端のほうにいたフリードリヒ様に集まる。
「いつもこの街を守ってくださる」
「あなたが前に立ってくれるから、俺たちは安心して戦えるのです」
「いつも、誰よりもこの街のことを考えてくださっている!」
「聖女様を呼び寄せてくださり、導いてくださった!」
「ありがとうございました!!」
次々にかけられる言葉。フリードリヒ様は、一瞬言葉を失ったように立ち尽くした。
厳しい表情のまま、けれどその瞳が、わずかに揺れる。
この光景を見るだけでもわかる。そして、街の人たちもわかっている。
フリードリヒ様が、これまでどんな生き方をしてきたのか――どれほど、この地や民のことを想って生きてきたのか。
「みんな……」
フリードリヒ様は、拳をぎゅっと握りしめた。
まるで、なにかを必死に堪えるように。
――少し、やり方を間違えてしまった。
でも、この人がこの街を想っていた気持ちは、本物だった。
それが、こんなにもはっきり伝わってくる。
ふと視線を向けると、ミルコさんがその光景を、なにも言わずに受け止めるように見つめ、小さく微笑んでいることに気がついた。
ミルコさんは、この街を捨てたのではない――。
兄と街の人々。その間に流れる空気を静かに見つめるミルコさんを見て、私はそう確信した。
フリードリヒ様は、やがて深く頭を下げた。
「……皆に感謝する。俺一人では……まだ、未熟だ。これからもどうか、力を貸して欲しい」
その言葉に、人々は沸いた。
フリードリヒ様の思いは、みんなにきちんと伝わっている。
未熟でもいい――フリードリヒ様は、一人ではないのだから。
これからも、この街の人々と一緒に、この地を守っていければいいのだから。
*
「――ミルコ様!」
街の人たちが散り散りになり、私たちも屋敷の中へ戻ろうとした、そのときだった。
弾んだ、けれどどこか震えるような女性の声が、ミルコさんを呼び止めた。
「よくぞ帰ってきてくださいました」
「本当に……おかえりなさいませ」
振り返ると、そこには数十人の若い女性たちが立っていた。
町娘らしい素朴な服装の人もいれば、上質なドレスに身を包んだ女性もいる。
けれど、ミルコさんに向けられるその視線だけは、みんな共通していた。
熱を帯び、長い年月を超えて想いを宿した、まっすぐな目。感極まったように、泣いている人もいる。
「ミルコ様のお帰りを、ずっとお待ちしておりました」
「十年……本当に長うございました」
「もう二度と戻られないのではと……それでも、わたくしは信じておりました!」
「わたくしもですわ!」
一人が声を上げれば、すぐに別の誰かが続く。
言葉は重なり合い、次第に熱を帯びていく。
ミルコさんが一時的に帰ってきた――それだけで、喜ぶ人たちがこんなにたくさんいるのね。
「ああ……元気にしていたか?」
ミルコさんが、いつも通りの淡々とした声音でそう言った瞬間。
「……!! ミルコ様が、お言葉を返してくださった!!」
「ミ、ミルコ様がわたくしを気遣って……!」
「わたくしを心配してくださったのよ!」
「ああ……もう、思い残すことはありません……」
たった一言。
それだけで、女性たちは一斉に頬を紅潮させ、ざわめき、歓声を上げる。
目眩を起こしたのか、倒れそうになっている人もいた。
ミルコのモテ方は芸能人並みです。まさかの続きます!笑





