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153.見えないもの

 山小屋に帰る途中――。


「あら? あの子……」


 雪が積もる木の下に、白銀の毛で覆われたきつねの子が倒れているのが見えた。


「あれは、シロギツネ……!」


 それはあの、シロギツネの子供だった。


「近くにいたのか」

「しかし、聖女の力でも浄化されなかったのだろうか」


 レオさんの言葉に、私は気を引きしめる。


 聖女()よりも、魔力が強かったということ……?


 それじゃあ、私では敵わない。


「倒れている今なら、仕留められるかもしれない――!」

「待て」


 リックさんがすぐに火球を手のひらに浮かべた。けれど、ミルコさんがそれを止める。


「なんですか、副団長」

「あれは魔物ではない」

「はぁ!?」

「え……?」


 ミルコさんの口から告げられた言葉に、私たちは混乱する。


「今更なに言ってるんですか!?」

「おそらく瘴気を浴びて、邪に染まっていたのだろう。だが、聖女の力で浄化され、元の姿に戻った」

「……姿は昨日と変わらないように見えますけど」


 リックさんは半信半疑の様子で言葉を返す。

 けれど、ミルコさんの次の言葉で絶句した。


「あれは魔物ではなく、聖獣だ」

「!?」


 聖獣――。


 それは神の使いとも言われている、神聖な魔力を持つ獣。


 人前に姿を現すことはほとんどなく、正しき心を持つ者にだけ力を貸すと伝えられている。


 過去には、聖女を守護していたこともあるとされている存在。


 魔物と似ているようで、まったく異なる生き物だ。


「まさか聖獣がいるなんて……俺も初めて見ますよ」


 リックさんも魔物との違いを感じたのか、信じたようだ。


 確かに、これまで見てきた魔物から感じるような邪悪な気はまったく感じない。

 昨日微かに感じていた邪気は、ミルコさんの言うように、瘴気を浴びたせいだったのかもしれない。


「しかし、とても弱っているな」

「……」


 近づいても、シロギツネは逃げないどころか目も開けない。


 聖獣はとても稀少な存在。


 死なせては、駄目――!


 それを考えたときには、自然とシロギツネの身体に手をかざし、治癒魔法を使っていた。


〝この子を助けて――お願い!〟


「……シベルちゃん」


 レオさんがそっと私の名前を呟いた、その直後だった。


「キュゥ……」

「!」


 シロギツネが小さく鳴き、ピクリと身体を動かした。


 目を開け、私たちの姿を捉えた途端、素早くその場から逃げてしまったけれど――。



『黒雷を落としたのは魔王だよ』



「……え?」


 ピタリと立ち止まり、こちらを見て。シロギツネは確かにそう言った。


「魔王……? 待って、どういうこと――!?」


 詳しく聞きたかったのに、シロギツネはそれ以上なにも言わず、粉雪を舞い散らせて姿を消してしまった。


「行ってしまいましたね……」

「……ああ」


 黒雷を落としたのは魔王? どういうこと?

 つまり、この国に魔王がいるというの――?


「レオさん……」

「……とにかく、一旦戻ろう。身体もすっかり冷えてしまっただろう」

「はい……そうですね」


 レオさんの表情もどこか硬い。けれど、今ここで考えても仕方ないのかもしれない。


 シロギツネの発言が本当かどうかも、確かめようがないのだから。


「あ……雪っすね」


 鼻の頭に落ちてきた雪に、ヨティさんがぽつりと呟く。


 大粒の雪が降り始めた。私はそっと手を出して、手袋の上に落ちた白い綿のような雪を見つめた。


「……」


 雪はふわりと、優しかった。




     ※




 その後、私たちは半日かけて無事シュミット辺境伯家まで戻ってきた。


 雪山でのことを辺境伯様に報告し、フリードリヒ様は自分が犯した過ちを自らの口で告げた。


 そして、改めてエルガさんや私たちに謝罪した。こんなに高位な方が、王太子(レオさん)の前で、自分より身分の低い者に謝罪をしたのだ。


 更に(辺境伯様)に、自分が(ミルコさん)をどう思っていたのか、胸の内まできちんと明かした。


 その姿から、彼が心から反省しているのが伝わってきた。

 高位貴族の中には、自分の非を認めない者もたくさんいる。自分より身分の下の者をどう扱おうと構わないと思っている人も、たくさんいる。


 フリードリヒ様は確かに過ちを犯したけれど、こうしてしっかり改めようとできるだけでも、立派な方だと私は感じた。



「ミルコさんとフリードリヒ様のわだかまりも、少しは晴れてよかったですね」

「そうだね」


 その日の夜。私は、シュミット辺境伯邸でレオさんが借りているお部屋で、二人でゆっくりお話をした。

 山小屋で、みんなで一緒に集まって眠るというのも楽しかったけれど、こうして二人きりで過ごす時間もやっぱり大好き。


「それにしても、ミルコさんの力は改めてすごいですね」

「ん?」

「魔力を探知できるのもそうですが、シロギツネが聖獣であると、真っ先に気づいたのはミルコさんでした」


 聖獣の魔力は、聖女のものに近い。それなのに、私はすぐには確信できなかった。

 まだまだ経験不足だわ……。もっとたくさん勉強して、色々経験していきたい。


「ああ……本当にすごいよ。なんたって、ミルコには普通の人には見えないものが見えているからね」

「え?」


 普通の人には見えないものって?


「もしかして、ミルコさんには幽霊が見えるのでしょうか……」

「ははは、違う違う。……ミルコには、人の悪意が見えるんだ」

「悪意?」


 レオさんは遠い記憶を呼び起こすように、少しだけ目を細めた。


「魔物の魔力も邪悪であればあるほど強く感知する。それは魔物だけではなく、人も同様なんだ」

「邪悪な人が、わかるのですか?」

「そう。だから俺にとって、彼は最高の側近だ。過去に俺のグラスに盛られた毒を、ミルコが事前に気づき、暗殺を防いでくれたことがある」

「……そんなことが」


 レオさんはそのときのことを思い出しているのかしら?

 なんだか悲しそう。


「と言っても、人の心を見るのはとても難しい。人は誰しも、いい心だけを持っているわけではないからな」

「……そうですよね」


 それを言うなら、私なんて欲望の塊だわ。ミルコさんにバレていたらどうしよう……。


「なにか心配している?」

「えっ!?」

「大丈夫だよ。さすがに、ミルコも人の心を読むことはできない。俺を殺そうとしているほどの大きな殺意でもないかぎり」

「そ、そうなのですね……」

「でも、シベルちゃんがなにを考えているのかは、ちょっと見てみたいけど」

「うふふ……」


 レオさんには色々と見透かされているような気がするけれど……さすがに、あんなことやこんなことを考えているとは、思っていないでしょうね……。


「とにかくミルコは、俺にとってかけがえのない友であり、命の恩人だ」

「まぁ……」


 レオさんとミルコさんには、そんな過去が。

 だからお二人の絆は誰よりも深いのね。


 騎士様の友情……ああ、尊い。


「でも、フリードリヒ様はこのまま辺境伯家を継げるのでしょうか……」

「どうだろうね。すぐには決められないかもしれないが、今すぐミルコがここに残ることにもならないだろう」

「……そうですよね」


 もし、ミルコさんがこの家を継ぐことになって、このままシュミットの地に残ることになったら、やっぱり寂しい。


 根拠もなく、私たちはずっと一緒にいられると思っていた。


 でも……そうよね。ヨティさんもリックさんも、伯爵家の嫡男。いつかお二人は家を継ぐために、私の護衛を辞める日がくるのよね。


 エルガさんだって。あんなに綺麗で優しくて素敵な方だもの。きっとすぐに嫁ぎ先が決まって、私の侍女をしていられなくなるわ……。


「……」

「シベルちゃん?」

「ごめんなさい! たとえ離れてしまっても、皆さんの幸せを願うことが一番なのに……少し、寂しくなってしまって……」


 皆さんとさようならをする日を想像して、うるりと涙が滲んでしまった。


「大丈夫。離れても、会えなくなるわけじゃない」

「はい……」

「それに、俺はずっとずっと、シベルちゃんのそばにいるよ」

「……はいっ!」


 そんな私を、レオさんは優しく抱きしめてくれた。



いつも感想などありがとうございます!


文庫小説3巻発売まであと1週間となりました!

サイン本や書き下ろしSSの特典情報は活動報告または私のX(旧Twitter)にて!

ぜひぜひご予約お待ちしております(*´˘`*)

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「シベルちゃん…」 「レオさん…」 からハートが飛び交う「キックオフ」まで読んだ
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