152.幸せになる未来を信じて
フリードリヒ視点です。
俺はいつでも、孤独だった。
シュミット辺境伯家の長男として生まれた瞬間、俺の人生は決まっていた。
約束された地位と名誉。父譲りの恵まれた体格と剣の腕。父と母から受け継いだ、整った見た目。
誰もが俺を持ち上げ、もてはやした。
それでも弟が生まれたときは、嬉しかった。
父は言った。
『二人で力を合わせて、この地を守ってくれ』
俺は頷いた。ミルコと二人、力を合わせれば、きっと父にも祖父にも負けない、優秀なシュミット辺境伯として名を刻めると。
父は俺に期待していた。父の期待に応えるように、俺は鍛錬と勉強を怠らず、努力した。
しかし、あるとき気づいてしまった。
ミルコには、俺にはない才能がある。
魔力を探知し、魔物が襲ってくることを誰よりも早く予知したのだ。
それは、生まれ持った特別な力。努力ではどうにもできないものだった。
父も母も、ミルコを褒めた。
『ミルコはすごい。稀な才能を持っている!』
家を継ぐのは長男である俺だった。
だというのに、二歳しか離れていないミルコのほうが優秀だと、周りの目が語っていた。
それでも俺は、諦めなかった。ミルコの才能にも劣らない力を、努力で身に付ければいいと考えた。
ミルコは昔から、あまり感情の読めない子供だった。
なにを考えているのかわからない瞳で、じっと見つめてくる。
まるで俺の胸のうちを見透かしているかのようなそんな瞳が、俺には不気味だった。
そんなミルコは、王都の学園に通うことになった。
第一王子が、ミルコと同い年だとわかったからだ。
父はミルコに、王子と親しくするように言った。
あのミルコが、王の愛妾との子供と、親しくできるとは思えなかった。
だから、すぐに領地に帰ってくるだろう。
そう思っていた。
しかし、ミルコは帰ってこなかった。
第一王子暗殺事件をミルコが未然に防いだため、王子の側近として選ばれたのだそうだ。
そしてそのまま、ミルコは王宮騎士団に入ることが決まったのだ。
俺と一緒にこの地を守っていくのではなかったのか――?
父は、第一王子の側近となったミルコを褒め讃えた。
ちょっと珍しい力を持っているだけで、第一王子に近づけたミルコを、俺は憎んだ。
……違う。本当は、ミルコが羨ましかったのだ。
ミルコが自分でその道を選んだのは、わかっていた。
弟が、兄よりも王子を選んだことで、勝手に裏切られたような気持ちになったのだ。
俺が慕っていた祖父も、王族の護衛をしていたせいで死んだ。
ミルコもそうなってしまうかもしれないということが、俺は嫌だったのだ。
素直に言えなかった。
俺を……この地を捨てた弟のことはもういいと。ミルコなど最初からいなかったと思うことにした。
しかし――、それから十年が経ち、ミルコがこの地に帰ってきた。
いや、帰ってきたわけではない。
ただ、王子の側近として、仕事でこの地にやってきただけだ。
十年ぶりに会ったミルコは、相変わらずだった。
なにを考えているのかわからない表情で、静かに王子の隣にいた。
一緒に来た聖女は頼りなく、信用ならなかった。
……俺は、ミルコに思い知らせてやりたかったのだ。
おまえがいなくても、俺は大丈夫だと。
まったく情けない。結局未だに、俺はミルコに劣等感を抱いていることにも気づかなかった。
そして、打ちのめされたのは俺のほうだった。
ミルコはあれで、いい仲間に恵まれているようだ。
……いや、なにを考えているのかわからないだけで、ミルコはいい奴だ。それは俺がよく知っている。
王子や騎士たちと、堅い絆で結ばれていることに、俺はまた嫉妬したのだ。
自分のほうが優秀で、成功していると……そう思いたかったのだ。
そう、負けを認めたくなかった。
だが、結果は俺の完敗だ。
俺はすべてにおいてミルコより劣っている。
「シュミット辺境伯を継ぐのは、ミルコが相応しい――」
父は俺に絶望するだろう。
聖女の護衛が、俺を殺しそうなほどの勢いで睨んでくる。
俺に優しい手を差し伸べてくれる者は、誰もいない。
当然か……。
もう、俺にはなにもない。なにも残っていない。そういう生き方をしてきてしまった。
力も、仲間も、絆も……すべて持っているミルコが、俺はやはり羨ましい。
「俺もおまえのように生きられたらよかった」
涙は出ない。
この寒い地では、涙も凍って、溢れはしない。
真っ暗な闇に、落ちてしまいそうになった、そのとき。
一筋の光が見えた。
「これから、いくらでもやり直せますよ」
「……」
聖女だ。さっきまで、侍女を危険な目に遭わせたことを怒っていた、聖女。
「やり直したって意味がない。もう、生きる目的がない」
「目的がないなら、また作ればいいんです。希望さえあれば、何度だってやり直せます」
「……」
「どんな環境でも……希望を捨てなければ、いつか必ず幸せになれます」
濁りのない視線を、まっすぐに向けてくる聖女。裕福で幸せで、生まれ持った才能がある、愛されている女の言葉。
「……そんなのは、恵まれた者が言う綺麗ごとだ」
彼女に俺の気持ちはわからない。俺の苦悩は……わからない。
「――そうかもしれません」
認めた、か。
やはり、特別な力を持って生まれてきた者の綺麗ごとなど――。
「でも、そこで諦めてしまうか、信じて行動し続けるかで……未来は大きく変わります」
「……!」
「私は、信じたいです。それに……その姿勢は、きっと誰かが見てくれていますよ」
「……めでたい娘だな」
口ではそう言っておきながら、聖女のあたたかい言葉に、俺の瞳から熱いものがあふれ出た。
俺は、泣いているのか……?
「彼女の境遇はあなたの耳にも入っているだろう? 決して恵まれているだけの人生ではなかった」
ミルコが静かに口を開く。
知っている。この聖女は一度、偽聖女の汚名を着せられ、トーリに追放されている。
どうしてそんなことになったのかを考えれば……それまでの人生も、簡単なものではなかったのだろうと想像できる。
彼女は、苦しい状況でも前を向き続けたのだろう。未来の幸せを信じて。
そして今は、それを手に入れている。
俺にはわからない苦労が、きっと彼女にもあったはずだ。
幸せになる未来をまっすぐに信じてきた娘。
弟に嫉妬し、生まれ持った才能の違いを憎み、誰かのせいにして生きてきた俺。
確かに、五年……十年と続けていれば、結果は大きく変わってくるだろう。
「兄上の得意な〝努力〟で、これからの人生を築いてくれ」
「……」
小さく微笑む弟の顔に、俺の胸に熱いものが込み上げる。
弟は知っていた。俺が誰よりも努力していたことを。
ミルコは、俺の努力を見てくれていたのか。
フリードリヒ視点で書きたかった回です(´;ω;`)みんな大変だけど頑張っててえらい……!





