150.迎えにきた
「――エルガさん、どこかに出かけたみたいです」
「出かけた?」
目を覚ました私は、調理場で見つけたエルガさんからの置き手紙を見て、レオさんたちの元に駆け戻った。
ミルコさんやリックさんも、既に起きている。
「『私は少し出てきます。無事に戻りますので、ご心配なく』って……」
置き手紙を読み上げ、レオさんに見せる。彼もその手紙に目を通し、「本当だ……」と呟いた。
「ご心配なくと書いていますが、どこに行ったのでしょう?」
「いくら晴れているとはいえ、この雪山に一人で出かけたってのか?」
「買い物に行ったわけじゃないだろーしねぇ?」
「ええ……」
リックさんとヨティさんも心配そうに手紙を覗き込む。
「……」
そんな中、ミルコさんが静かに息を吐いたかと思ったら、黙って外套を着始めた。
「君までどこに行くんだ? ミルコ」
「エルガを迎えにいってくる」
「え?」
レオさんの問いに、淡々と答えるミルコさん。
「おそらく兄がエルガを連れ出したんだろう」
「フリードリヒ様が……?」
「わざわざ〝無事に戻る〟と書くということは、危険なところへ行くということだろう」
「……!」
そうか……確かに。これは、エルガさんから私たちへの見えないメッセージなんだわ。即座に読み取るなんて、さすがミルコさん。
「私も行きます!」
「俺も!」
いくらフリードリヒ様が一緒でも、エルガさんが心配。
だからミルコさんに続くように準備を始めると、私たちは急いでエルガさんを追うことにした。
*
「――本当に、こっちで合っているの?」
「俺は黒雷が山に落ちるのを見た。あの木の辺りに落ちたのは間違いない」
「あなた、昨日シベルたちが話していた会話、聞いていたのね」
「……黒雷のことは、俺も気になっていた」
フリードリヒ様について、雪山に出た私は、彼の進む道をついていくしかなかった。
シベルたちには、手紙を置いてきた。
きっと、誰かが私のメッセージに気づいてくれるはず。
でも、あまり遠くには行きたくない。みんなに迷惑をかけてしまうのは嫌だから――。
「ここだ――」
やがてフリードリヒ様が足を止めた先に見えたのは、焼け焦げて真っ黒になった太い木の根だった。
「なに……ここ」
焦げた匂いが未だに鼻を突く。
その部分だけは雪がなく、辺りの地面が真っ黒に染まり、黒い靄のようなものが辺りに漂っている。
これは、ただ雷が落ちただけではない。それは私にでもわかった。
「これは……瘴気?」
瘴気を実際に見るのは初めて。トーリにいた頃も、私は安全な騎士団の寮にいて、森に入ったことはなかったから。
黒い煙が立ち上る。その煙を吸ってはいけないと、本能が言っている。
とても恐ろしい……。身の毛がよだつような恐怖とは、まさにこのことだわ。
「やっぱり、すぐにシベルたちを呼んできたほうが――!」
「死にたくなければ動くな」
引き返そうと振り返ったときだった。フリードリヒ様が静かに剣を抜き、構えた。
そのわずか数秒後、獣のような、低い唸り声が聞こえて私の身体はその場から動けなくなる。
「なるほど……魔物が増えた原因は、黒雷だったのか」
「嘘、でしょう……?」
あっという間に、四方を魔物に囲まれる。
それは、見たことがないような獣の姿をした魔物だった。
トナカイに似た角が生え、四つ足で立っているけれど、その口元には鋭い牙が光っている。
爪も鋭く、身体が黒い。トナカイとは明らかに違う風貌。
「シベル……っ!」
咄嗟に魔石を握り、シベルの名前を呟いた。
この魔石には聖女の加護が付与されている。
普通の魔物は、この魔石を持っていれば近づけないはずなのに――この瘴気のせいか、あまり効果がないように思う。
「……っ」
「なにをする!?」
「私だって、一応護身術くらいは身につけているのよ」
だから思い切って、フリードリヒ様の腰から剣の鞘を引き抜いた。
木製の鞘は革で覆われ、ところどころ銀の装飾が施されている。
こんなもので魔物に太刀打ちできるかわからないけれど、これくらい貸してもらわないと、やっていられないわ。
「本当に勇ましい女だ」
「これでもずっと、トーリで働いていて、今では聖女のメイン侍女ですから」
「ふっ……やはり聖女に仕えると苦労するな」
こうなったのは、あなたのせいだけどね?
心の中でそう言い返して、私はぎゅっと身構えた。
襲い掛かってくる魔物は、私が手を出すまでもなく、フリードリヒ様が剣で倒してくれる。
彼も、この地をずっと守ってきたというのは口だけではないらしい。
剣の腕だけならば、王宮騎士団団長クラスの実力があるだろう。
「……どんどんやってくるな」
けれど、倒しても倒しても、瘴気に引き寄せられるようにしてどこからともなく現れる魔物。これではキリがない。
私にシベルのような力があれば……こんな魔物、一瞬で倒してしまえるのに。
「シベル……お祖母様……私に力をちょうだい」
もちろん私は聖女ではないし、魔力も多くない。だから、そんな力を出せないことはわかっている。
それでも、第一騎士団のみんなのそばで、ずっと彼らの訓練を見てきた。
だから、私にも勇気はある……!
「まずい、数が多すぎる……っ!」
フリードリヒ様が私を庇うように剣を振るってくれるけれど、彼にはリックのように戦える魔法は使えない。
だから、囲まれると剣一本では防ぎようがない。
〝ヴォォオオオ――!〟
「……っ!」
とうとう私に飛びかかってきた魔物。必死で鞘を振り、なんとか直撃は防いだ。けれど――。
「あ……っ!」
大きな角によって、私の手から鞘が弾き飛ばされる。同時に強い衝撃を受け、私の身体は後ろに倒れた。
木の幹に身体を打ち付け、頭を打った衝撃で視界が霞む。
「う……」
〝ヴォォォオオオ――!!〟
それでも容赦なく襲ってくる魔物。
強い……。騎士団はいつも、こんなに恐ろしい相手と戦っているのね……。
痛みと恐怖で、気を失いそうになる。咆哮を上げる魔物の動きがスローモーションに見えて、まるで世界がゆっくりと動いているかのような感覚に襲われた。
ああ……シベル……。ごめんなさい。
あなたを起こさず小屋を出たこと、怒るかしら?
……いえ、あの子はきっと、怒らない。代わりにとても悲しむわね。
ごめんね、シベル。
私、いつも前向きで素直なあなたのことが、大好きよ――。
死を覚悟して目を閉じた、そのときだった。
〝エルガさん――!〟
頭の中で、シベルが私を呼ぶ声がして目を開けた、次の瞬間。
「――!」
目の前に、ミルコ副団長がいた。
ザン――ッとなにかを斬り裂く音とともに、目の前に粉雪が舞い上がる。
その粉雪の中で、副団長は剣を振り、いつもと変わらない表情で、静かに魔物の首を刎ねていた。
早すぎて、私には彼が突然現れたように見えた。
「大丈夫か」
「……ふく、団長……」
「約束通り、迎えにきたぞ」
「え……っ」
そして、やっぱりいつものように落ち着き払った声でそう言った。
まるで迷子になった私を迎えにきたかのように、あまりに冷静なその声に、思わず笑いそうになる。
「副団長ばっか、かっこつけすぎっすよ!」
そしてすぐに、後ろからヨティの声が聞こえる。
「ちっ、この雪のせいで早く動けねぇ」
隣にはリックもいて、彼は大きな炎を出すと、辺りの雪を一瞬にして溶かしてしまった。
「みんな……」
途端に彼らの動きが速くなる。ヨティもリックも、次々と魔物をその剣で斬り倒していった。
幼い頃をこの地で育った副団長は、雪の中での動きに慣れているのでしょうね。
「大丈夫ですか、エルガさん! 怪我は!?」
「シベル……殿下も……私は大丈夫よ」
シベルは真っ先に私に駆け寄ってくれた。殿下はシベルを気遣うように、一緒にやってきた。足元の雪がリックの炎で溶けると、殿下もすぐに剣を抜いて応戦する。
「エルガさん、もう大丈夫ですからね!」
「シベル……ごめんなさい」
シベルが私の身体を気にかけてくれている間も、副団長をはじめとした、彼ら騎士たちが、魔物を倒していく。
「あれが……俺の弟、か? 傭兵団とは、レベルが……」
雪が降り始める山の中、一瞬の隙も見せずに次々と魔物を討伐していく姿を見て、フリードリヒ様が呟く。
「ミルコさんや第一騎士団の皆さんは、とても勇敢な騎士様ですよ」
「……」
その呟きに応えるシベルに、フリードリヒ様はなにも言えずに俯いた。
ミルコさんは優秀な副団長です(`・ω・´)キリッ
本日コミックPASH!Neo様にて騎士好き聖女コミカライズが更新されてます!リックが活躍してますのでぜひ♡
文庫小説3巻は4/3(金)発売です(*´˘`*)ご予約お待ちしております♡





