148.本能的に人を襲うの?
「話は終わってねぇぞ!」
「待て、リック。もういい」
「副団長……!」
リックさんはその背中を追おうと声をかけたけれど、ミルコさんが静かに制した。
「元々兄と話が合うとは思っていない。俺たちは俺たちのやり方でやるだけだ」
「……」
冷静なミルコさんに、リックさんは渋々といった様子でドカッと音を立てて席に戻る。
「でも、もう一回あの魔物を見つけたとしても、一瞬で仕留めないとまた逃げられるかもしれないっすよね」
「そうだな。剣で斬るのは難しいだろうな」
「でもリックの炎も避けたじゃん」
「次は仕留める」
ヨティさんとリックさんは、シロギツネの討伐の仕方を考えているみたい。だけど、やっぱり私は、あの子を殺さなければならないということがどうしても引っかかる。
「本当に、あの子は討伐しなければならないのでしょうか……」
「……シベルちゃん」
あんなに小さくて、あんなに可愛い子ぎつねを。
「あの子は、本当に殺さなければならないような魔物なのでしょうか?」
人間にとって、魔物は敵。多くの町や人が被害に遭っているのは、もちろん知っている。
悪さをする魔物を浄化するのが聖女の仕事。
だけど、あの子は? あの子が、誰かを殺したの? なにか悪さをしたの?
魔物はみんな悪だと決めつけて、本当に全員容赦なく討伐しなければならないの――?
「人間にとって魔物は絶対的な脅威だ」
静かな空気を切り裂くように声を出したのは、リックさんだった。
「とある小さな村で、行き倒れている子供を助けた人がいた。しかしその夜、村人は皆殺された。その子供は、人の姿をした魔物――魔族だったんだ」
「え――」
リックさんの話に、背筋が凍るような寒気を覚えた。
「師匠から聞いた、隣国バーハンドでは有名な話だ。魔族には知能がある。知能がある魔物は、人間の弱みに付け込む。小さくか弱い子供を人間は殺せないと、奴らは知っている。だから、やられる前にやるしかねぇんだ」
「……」
「魔物の中には、姿を偽る者もいる。ああ見えても中身は魔物だ。信じるな」
「そう……ですよね」
バーハンド王国には、聖女がいない。代わりに魔法がとても発達しており、魔物討伐に長けた魔導騎士や魔導師が大勢いる。
リックさんは、そんなバーハンドで直接魔物を見てきた方。
レオさんやミルコさん、ヨティさんも、危険なトーリの地で魔物と対峙してきて、フリードリヒ様も、このシュミットの街で魔物と戦ってきた方。
……でも私は、歴代の聖女に守られてきたグランディオの王都で、知識として魔物や魔法、聖女のことを教わってきただけ。
本物の魔物を見たのは、まだ数える程度。
確かに私は、フリードリヒ様に「甘い」と言われても仕方ないのかもしれない。
自らの命をかけて戦ってきた方の前で、魔物を庇うようなことを言ってしまった。
私にはまだまだ経験が足りないわ……。
でも――。
そもそも、どうして魔物は人を襲うのかしら?
本能的なもの?
それとも、人が魔物を討伐するから?
魔物が人を襲ったから、討伐するようになったの?
……あれ? どっちが先だったのかしら……?
「シベルちゃんの気持ちもわかるが、リックの言うことも尤もだ。厄介な魔法を使ってくるし、とにかく慎重に動く必要があるな」
「はい」
レオさんの言葉に、私はもうひとつ気になっていたことを提案してみることにした。
「……あの、黒雷が落ちた場所を見に行くことはできないでしょうか?」
「え?」
「うまく言えないのですが、どうしても気になって……」
「俺もそっちのほうが気になるな」
思い切って言った提案に、ミルコさんも同意してくれた。
「わかった。では一旦戻って、辺境伯に黒雷が落ちた位置を確認しに――」
「いや、その必要はない」
レオさんの言葉の途中で、ミルコさんがはっきりと告げる。
「位置はわかっている」
「……そうか。では、明日行ってみよう」
「はい」
落雷の瞬間を見ているはずがないミルコさん。でもそう言い切ったということは、落雷した場所からなにかを感じ取っているのかもしれない。
レオさんが納得したということは、きっとそういうこと。
ミルコさんの力も、お二人の信頼関係も、私はまだまだすべてを理解できていないんだわ。
その夜も、みんなで広間に集まって眠ることになった。
私の隣にはレオさんがいて、反対の壁側にはエルガさんがいる。
同じ部屋にミルコさんもヨティさんもリックさんもいて、こうしてみんなで一緒に眠るのは、少しドキドキするけれど、なんだか本当の家族みたいですごく嬉しい。
大丈夫。私には皆さんがいる。
皆さんがいれば、きっとどんなことも乗り越えていけるわ――。
パチパチという暖炉の火が弾ける音を聞きながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。





