147.本当に悪なの?
「おかえりなさい。あたたかいスープをご用意していますよ」
「エルガさん、ありがとうございます!」
山小屋に戻ると、エルガさんがスープを作って待っていてくれた。エルガさんの優しい笑顔とスープのいい匂いに、どこかほっとする。
小屋に戻ってくる間も、レオさんがずっと私と手を繋いでくれていた。
もうはぐれてしまわないように、ということもあるだろうけれど、ただ手を握ってくれているだけで、レオさんの気遣いが伝わってきて私は励まされた。
いつまでも落ち込んでいては駄目よね! シロギツネを逃がしてしまったことは反省する。でも次はどうするべきか、しっかり前を向いて考えないと!
「美味そ~! 寒かったから助かる~!」
「そうだな」
ヨティさんが真っ先にスープに飛びつく。それに続くリックさん。
「フリードリヒ様もどうぞ」
「……」
エルガさんはみんなの分のスープを広間のテーブルに置いた。カップからはふんわりと湯気が立ち上っている。
硬い表情のフリードリヒ様だけど、エルガさんの優しい笑顔に素直に腰を下ろし、スープに口をつけた。
「……美味しい」
「よかったです。おかわりもありますよ」
「……」
フリードリヒ様も少し落ち着いたように見える。
きっと、エルガさんのスープのおかげね。
「――さて。あの魔物をどうするかだが」
スープを飲み終えると、レオさんが改まったように口を開いた。
作戦会議の始まりに、私は気を引きしめて姿勢を正した。
「あの魔物、見た目はか弱いですが、油断ならないものを感じました。使う魔法も厄介でしたし」
「そうだな」
魔物や魔法に精通しているリックさんの意見に、レオさんが頷いた。
やっぱり皆さんも、幻覚を見せられたのかしら?
騎士様たちの欲望がどんなものなのか、少し気になる……。
「あんな子供でも、かなりの魔力を持っていた。討伐するにしても慎重になる必要があるな」
続いたミルコさんの言葉に、私はあのとき見たシロギツネを思い出す。
小さな身体は震え、とても怯えたようにこちらを威嚇していた。
確かに、あの子からはこれまで感じたことのない魔力を感じた。
でもそれは、ウルフやワイバーンのように邪悪で恐ろしいものとは少し違うように思えた。
うまく言えないのだけど、なんというか……私には、あの子が〝悪〟には見えなかったのだ。
「あの……この異常気象と、この地に魔物が増えたことは、本当にあの魔物が原因なのでしょうか?」
「え?」
そもそも、この地が異常気象に見舞われてしまうようになったのは、黒雷が落ちてからだと聞いている。
あのシロギツネと黒雷、なにか関係があるのかしら?
「シロギツネが一瞬にして吹雪を起こしたのは、聖女様もご自身で見たでしょう」
「それはそうなんですけど……」
私の言葉を聞いて、フリードリヒ様がまた少し苛ついた様子で腕を組んだ。
「ミルコはどう思う?」
「……まだなんとも言えないな」
レオさんの問いに答えるミルコさん。
彼らは外国やトーリの地で、様々な魔物を討伐している。特にミルコさんには魔物の本質を見抜く力があると、レオさんが言っていた。
そんなミルコさんでも、シロギツネの討伐には慎重な姿勢を見せている。
「もしかしたら、怯えていただけかもしれません。それで私たちに魔法を――」
「聖女様は甘いですね」
言葉の途中で、フリードリヒ様の溜め息が聞こえた。
「魔物にまで慈悲を見せるとは。しかし、見た目に騙されてはなりません」
「……」
次期シュミット辺境伯となる、フリードリヒ様の厳しい発言に、私は言葉を呑み込む。
「この地はトーリに次いで魔物の発生が多発しているにもかかわらず、被害を最小に抑えてきたのは、我らシュミット傭兵団の活躍によるもの。父は聖女様に頼ると言ったが、此度の聖女様は少々平和呆けしているご様子」
「……っ」
「なんだと!?」
リックさんがダンッとテーブルに手をつき、声を荒らげて立ち上がる。
「今のはいくら副団長の兄貴でも、聞き捨てならねぇな」
「率直な意見を言ったまでだ」
「お二人とも……」
険悪な空気が辺りを漂う。
「……いいでしょう。国の大切な聖女様を危険な目に遭わせるわけにはいきません。あなたたちはここで大人しく聖女様を守っていればいい」
フリードリヒ様はそう言い残すと席を立ち、二階へと姿を消していった。





