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神託の結論と国王陛下の決断

エルンハルトは実際はこんなに豊かな感情の持ち主です。


彼女だと知ったときの私の驚きは。

顔に出ていないだけでかなりなものだったようにも思う。

そもそも神託が下ったのもちょっとびっくりするタイミングだった。



ちょうど執務室で書類の仕分けをしている時に。

それは突然だったのだ。



「エルン。エルン?おーい、エルンー!!」



「は?」



懐かしい声だったのだ。ずっと頭の中で繰り返し繰り返し思い出していたのに。

本当に段々と忘れていったのだ。

こんな声だっただろうか、あんな声だった気がすると。


ふっと思ったのだ。


ずっと聞きたかった声はこの声じゃないかと。

聞き返したらふっと消えてしまう気がした。でも声をかけずにいられなかった。


「ルーゼ兄様?」



こんな呼び方をしたのは、兄が亡くなって14年というもの間封印していたのだから

声でさえ震えた。

いや、違うだろうなくなっただろう。そう思ったけれど。



思ったよりも気の抜けた声がした。




「ああ、やっと聞こえたのか。エルン。私を覚えているかい?」

ああ、この声はやはり兄上・・・兄上?は?兄上?!



「は?兄上?」

やっと口に出したのに半信半疑だ。私は夢を見ているのだろうか・・・。

「そうだよ。ずっと見ていたけれどやっとときが来たよ。エルンに話しかけてやっと

通じた。ずっと側にいたんだけれどね。」

会話になっている。だがしかし目の前に兄の姿はない。




目の前には・・・



銀色の石・・・?



無機物・・・だと?




「あー・・・兄上・・・ということでよいのですか?」

「そうなるよね、そうです。ルーゼハルト元国王です。」



なんだろうその答え・・・。



執務室の机に突然現れた銀色の石に対して兄かと問いかける自分も大概だとは思うが

帰ってきた答えが肯定であったことに対してこんなにも嬉しく感じるのは何故なんだろうか。



「エルン、石だと話しづらいと思うからちょっと変わらせてもらおうと思うよ。」




そういって静かに語りかける声は確かに兄の声で。

泣きたくなるくらい嬉しいのに目の前の石・・・無機物・・・は、相変わらずだけれど。

小さなイヤーカフに変わった。

いや変わったとて無機物じゃないか?金属だろ?とは思うけれど。




ああ、たしかにこれは。




「ルーぜ兄様・・・。」



手のひらに乗せる。


自分の右耳に付いているのは、兄が亡くなった時につけていたイヤーカフを一つ身につけることに

した兄の形見。

そして、全く同じ形の銀のイヤーカフ。そのイヤーカフと違うのは小さな花が彫り込まれている

ところだけ。


ふわっと暖かくなった。


手のひらに乗せたイヤーカフの花の模様のところがダスティーブルーに変わった。




「エルン、神託を伝えるよ。」

「え?」

「私はずっと側にいたんだけどね、あまりにも私がエルンの助けになりたがっていたから

神託の女神が流石に我慢のしびれを切らしてね。」

「兄上・・・一体何を?」

「ただ、毎日毎日、時間だけはあったから女神に挨拶をしてまあ、毎日毎日毎日毎日・・・。」

「兄上・・・。」



兄は人懐っこかった。その上国王陛下という立場も体験していた。

どのようにすれば心が動くか、そして、どうすれば一番嫌がるかを熟知している人だ。

さぞかし女神とやらも大変だったのではないかと察する。

本当にうんざりさせられたに違いない。


ふわっとまた再び暖かくなった時にもうひとりの声がした。



「エルン様。お久しぶりでございます。」

「・・・・アンジェ?」

懐かしい声。大好きな人の声だった。姉とも言えるその人の声。

「一緒にいられたのか?ルーゼ兄様のもう片方の眼になれた?すぐに会えた?」

子供の時のように、声をかけてしまう。

「ええ、一緒にいます。離れずにずっと側に。」

「ああ・・・二人共・・・。」

「本当にエルンはアンジェが好きだなぁ。」

「そういった好きではございません。私は兄上のそばにいるアンジェが好きなだけです。

兄上を一番幸せにしてくれる人だから!」

回り回って兄上が大好きだと叫んだも同然だと、真っ赤になってしまう。



執務室で、手のひらにイヤーカフを乗せ、話しかけている孤高の国王陛下。

・・・・ふふっ。はははははは・・・。

力が抜けてしまった。


「兄上。姉上。お会いしたいです。神託なぞ望みません。私はもう・・・。」

「だめだよ、エルンハルト。それは出来ない。」



ピリッとした声が響く。

ああ、兄はずるい。こうやって私を黙らせる。

「何故です?」

「神託だよ、エルンハルト。君のそばに天使がやってくるよ。」



その言葉を聞いて皮肉な笑みを浮かべてしまう。



「ああ、アンジェ。見たか?どうしよう。私の弟が可愛すぎないか?どうやら不満らしい。

エルンが一端に皮肉めいた表情を見せているぞ。こんな顔見たこと無い!!」

何故ウキウキとしているのだ?

その兄の声に苦虫を噛み潰したような視線を向けてしまう。

「私はもう16のときの子供ではありません。29歳になりました。国王になったのですよ。」

「そうだよ、29歳。国王にならせてしまったのは私が不甲斐ないばかりで申し訳ないが

神託が下る29歳だ。わかっていただろう?」



クスクスとわらう兄の声にいつもの無表情を取り繕おうとして失敗した。

だって、兄なのだ。ずっと会いたかった兄なのだ。

たとえそれが、無機物のイヤーカフだったとしても。

大分おかしな話だということは自分でも分かっているがそれでも兄なのだ。

話だけでも聞こうか・・・。



そう思い、イヤーカフをそっと机の上においた。




「兄上。レオルドとアンヌを呼んでも?」

「神託を他の二人にも聞かせると?」

「彼たちに隠すことなどありません。それに、アンヌはきっとここにいたいと思います。」

「・・・そうだね。会いたいな。」



その声を聞いて、私は卓上のベルを鳴らす。


扉の向こうにいたレオルドがすぐに現れ、レオルドにアンヌを呼ぶように言うと

不思議そうな顔をしながらも言付けを侍女に頼んだ。

私はレオルドをそのまま執務室に招き入れ、外にいる侍女にアンヌが来たら部屋に入れて

三人にするように。と命令をする。

人払いはだいたい出来て一時間だ。その間に軽く先にいたレオルドに説明をする。



「は?陛下何をおっしゃっているのですか?」

「これから話すことは荒唐無稽だと思うかもしれないが兄がいる。」

「亡くなられましたが前陛下は。」

「いや、ここにいる。」

「いいえ、おりませぬ。陛下何をおっしゃっておられますか?」

「ここは私と兄達しかいない。つまりはここは私的な場だとする。王として対応するな。

いつもどおりに二人きりのときのように話せレオルド。」

「一体何事だ?バカにしているのかエルン?」


いきなり砕け過ぎな気もするが、ルーゼ兄様が亡くなってからレオルドはほぼ兄と一緒なのだ。

彼に頭を撫でられて泣いた日もある。

泣きつかれて咳が止まらない私の背中をずっと擦ってくれたのはレオルドだ。

その彼が少し困惑しているのか私の顔をじっと見ながら何かを見極めようとするように

能面のような顔をする。



「レオ・・・怖いよその顔は。エルンが泣いてしまう。我が弟は繊細で優しいのだよ。

忘れたのか?可愛い天使のようなエルンを追い詰めるな。」


「・・・・・・・は?」


「・・・兄上だ。」


「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」


「ルーゼハルトなんだけど。」


「・・・・・・・おい、エルン。どういうことだ?このイヤーカフはルーゼのやつか?

なんでこれが片方もう一個ある?お前の右耳にはもうイヤーカフが・・・」

「いや、だからそろそろ信じてもらえないだろうか?レオルド?」

クスクスと笑いながらさざめく声にやっと仕方なくといった体で反応する。

「・・・ルー?」

「レオいつもありがとう。エルンが泣いた時に頭を撫でてくれて。」

「お・・・っ前!!何やってんだよ。」

「あはは。レオはそうでなくっちゃ。ずっと私の代わりにエルンを守ってくれている。

礼を言うよありがとうレオ。」



兄だけがレオルドをレオと呼ぶ。そしてレオルドだけが兄をルーと呼ぶ。

ずっと羨ましくてずっとこがれたその関係性。

それを聞いてやっと納得したのか口を開く。


「俺は、そんな・・・・。」




信じたんだろうか?無機物に兄がいると。

そう問うと、時々なんだかもやもやした感じがしていたとこれまた不思議なことを言い出した。

そうすると兄が笑う。

「あ、気がついていたかい?あまりにもレオが気がついてくれないから時々いたずらをねぇ・・・。」

「兄上・・・」

「ルー・・・。」



二人して声が低くなった時にアンヌの入室が告げられた。



「エルンハルト様、お呼びでしょうか?」



「アンヌーーーーーーーー!!!!!」

「は?」



キョロキョロと視線を泳がせるアンヌを見てレオルドが指をさす。

机の上にあるイヤーカフを。

そのイヤーカフの花模様がふわっと光る。光る?


「あの・・・私の記憶が確かならば姉の声がしますが。」

「正しいと思うぞ。」

「アンヌーーーー!!!!」



相変わらずのアンジェのアンヌ呼び。安定の・・・



「姉バカ。」

「シスコン。」

「私はそんなアンジェが好きだが?」



三者三様の声がする。



アンヌにしがみついているのはアンジェ・・・え?しがみついている?!

アンヌが手に持っているのは暗器・・・いや、何故暗器を抜いたんだ?!


「アンヌなんで?」アンジェが不満そうに暗器を叩き落とす。え、物理攻撃?

「なんでってなんでですか?これ一体どういうことですか?」

アンヌ自体は軽くパニックになっている。

ああ、私も一体どういうことなのかはわからないが、一旦落ち着こう。落ち着きたい。

私は本来そんなにテンションが上がるタイプではないのだ。

無いのだがこれは?



「何故ルーゼ兄様が私に抱きついているのだろうかレオルド?」

「いや、私に言われても答えようがないだろう?」

レオルドが戸惑っている。そうだな、私も実は戸惑っているこれは一体どうしたら?

つい先程までは一人で仕事をしていたはずだ。

私の決裁を待つ書類が山ほどあるのだが。

大体こんなおもしろ体験話みたいなことが起こるのか?14年間心を閉ざし気味にしてきた

その反動なのか?


「あー、アンジェ私もエルンに触れるのだが。これは一体どういうことかな?」

「女神にお願いしておきました。私がアンヌに会いたいからとルーゼにも加護がありますようにと。」

「ふむ、これはではアンジェのおかげでアンヌのおかげか。

アンヌありがとう。おかげでエルンの頭をなでてあげられるし神託を姿を取ったまま伝えられる。」

「え、レオルドー?!ルーゼ様がいらっしゃるんだけど?え?一体どういう事?」



そうなると思う。私も抱きつかれて頭を撫でられているのだがもう私はあのときの兄よりも

背が高く、亡くなった時の兄よりも年齢も超えているのだ。

ふっと力を抜くと、ルーゼ兄様がふんわりと笑う。

小さなときからずっとずっと守ってくれていたルーゼ兄様。ずっとずっとそばにいてくれたと

言っている。

ならば私が能面のような顔になっていくのも毎日流れに身を任せるように生きていたのも

ずっと見ていたということか?



「ルーゼ兄様。私はもう王でいたくないのです。従兄弟も育ってきました。もう少ししたら

叔父にお願いをして復籍をしていただきたいのです。」

「エルン、それは許されないよ。なりたくないときちんと手順を踏まれた叔父上に無理を

強いてはいけないし令息達を一応王位継承権破棄しなかったことだけでも良しとしなければ。」

「私もなりたいわけではありませんでした。」

「そうだね、そうだ。だがしかし私もエルンも王の息子だった。仕方のないことだ。

私達の父は叔父ではないのだよ、あのどうしようもないたぬきおやじだったのだ。」

ん?いまだかつて聞いたことがないほどの暴言を聞いた気がしたが流すことにする。

「あのどうしようもない間抜けが親だったせいで私と弟が苦労をするなどと考えたくもなかったのだが

仕方がないのだ。あれでも親だ。どうしようもない父と母だったがもはや会うこともあるまい。」

うん、兄がやっと本音を口にしたのだなと流すことにする。

「私がどんな気持ちで立て直したことか。とりあえず叔父上を味方にと画策し、なんとか

手元に残っていただいたのにあの父がそれを最後の瞬間まで嫌がろうとしていたので私がなんとか・・。」


なんとか何なんだろうか。

父王の最期が気にかかるが私にはもう過去のことだ。


「それにあの母もエルンに銀眼が現れたからとこれ幸いに逃げたりしたのでそのまま私が・・・」


あ、母もどうにかしたのかな?とは思ったがとりあえずは会うことはないのでもういいだろう。

兄がニッコリと笑う。それはまあいい笑顔で。私の頭をなでながら。



知らないほうがいいことも世の中あることは私も王になって知っている。

知らなければ流せることが世の中にはごまんとあるのだ。

それはレオルドもアンヌも、アンジェもそうらしい。



兄は大層にデキる人だった。

そして私よりもより非情な人だった。優しいだけでは若い時に王は過ごせない。

私には甘い人だった。懐の中に入れた人にしか優しくない事は私も知っていた。

だが公平な人だったのだ。公平だということはそれ以外の人には優しくないということ。

そう、兄は私達家族と認めた者以外は全て国の子と言うスタンスにより護るも切り捨てるも素晴らしく

バランス感覚に優れた人だったのだ。


じゃなければ父王の時代の腐食した政治を立て直すことも。

私の世代により良い人材を残すことも。

出来なかったに決まっている。だからこそドゥーゼットは大国としてあるのだ。



その兄が言う。

神託を受けろと。

私に生きろと。

仕方なく腹をくくることにしようか。



「エルンハルト・ディ・ルーゼットとしてお伺いいたします。前国王陛下。」


私の口調が変わったことを知ると、兄は嬉しそうに笑う。


「ルーゼハルト・ディガナ・ルーゼットとして聞こう。陛下よ。」



「では下賜くださいませ、この私に神託を。」




そういって兄から距離を取り、私は膝をついた。


聞こうじゃないか、その信託を。

聞こうではないか、私が生きなければいけない訳を。


生きたくないと思いながら生きてきた私に意味をもたせるのは正しいことなのか

私にはわからない。

でも、兄はそれを望んでいる。そして私のそばにいる人達も。



アンヌはアンジェに抱きつかれているため立ち尽くしているが、レオルドも同じように膝をつく。





「エルンハルト、君の神託の相手。君の命を救うのはエルロッドウェイの第一皇女である。」

「第一皇女・・・。」

「彼女は薬学に通じ、医術にも強く、皇女としての資質も高く、そして美しい。」

「はあ・・・。美しいは余計では?」

だいたい美しい令嬢などごまんといるではないか。

「まあ、聞きなさい。本来ならエルンの神託の相手は第2王子の予定だったのだが。

エルロッドウェイの特殊な事情もあり皇女にしか為されないとして彼の国では伝わっている。」

「どういうことですか?」

「エルロッドウェイの皇女にしかその信託は現れないと彼の国ではなっているのだ。」

「・・・・なるほど。」

「本来だったら第二王子が良いと思っていた神託の神たちはどうしようか迷ったらしいのだが

その後に皇女が産まれた。なのでちょうど年の頃も良いのではとなったらしい。」

「そんな理由ですか?」


段々と神々のことを尊敬する気持ちが薄れるではないか。

ふうっとため息をつく。一体どういうことなんだ・・・こっちは命がかかっているのに。

だいたい天を統べるものってどういうことなのかもさっぱりわからない。


「大体にして神はいたずら好きで子供のようなものだよ。こっちが良ければこっち、あっちが

よければあっちと、方法も手順も好き放題だ。」

だからこそいじめがいがあるのだけれどね。と、仄暗い笑顔を向ける兄をジトッと見上げる。

神託を聞いているのにどうしてこんな気分になるのだろうか。

兄は神にも勝てるのだろうか?・・・・勝てるのかもしれないな。



これから先は私が語ろう。




アルトのような分厚い声がする。女性の声なのか男性の声なのかもわからないような。




「いいところなのに。」

軽く舌打ちするようにして、ルーゼ兄様はアンジェの手を取る。

それをきっかけにアンヌは膝を落として頭を垂れた。


「きていいなんて言っておりませんよ、神託の女神よ。」

「ルーゼハルトがもたもたしているのが悪い。それにこれから語るべきは私の口からのほうが

良いのではないか?」

「さて、私の方からはなんとも言えませんが。」


ビシビシとなんだか冷気のようなものも感じる。

ああ、懐かしいようなこの空気はだいたい生前の兄の執務室で分からず屋の元宰相が

兄の機嫌を損ねた時の空気にそっくりだ。

私も大概だが兄は笑顔で冷気を振りまくことが出来る人だった。



神託の女神と呼ばれたその方は私の方を見ながら懐かしそうに言う。



「ああ、私の子だねぇ。」




「は?」




意味がわからない。私の母は・・・あのなんの感情もない眼で私を見るあの人では?



「その両眼銀眼の美しい輝きは我が子だ。エルンハルトよそなたは生きなければならない。

自死はならない、それだけはならないのだ。

だからこそ私の子を助ける子を私の姉が産むのだ。」

「では、そのエルロッドウェイの皇女はあなた様の姉上のお子だと?」

「そういうことになるな。」

「では片目の銀眼の兄は?」

「おお、そこを聞くのか?」


そういってクスクスと笑う女神を忌々しそうに見ているのは兄だ。



「ああ、このルーゼは私の父の子。ということは私の兄妹ということだな。」

「あちらの世界では。というだけでしょう?私の兄妹はエルンだけですよ。」

「だがしかし父は泣いて喜んだではないか。命をきちんと全うして嫁まで連れてきたと。」

「アンジュを連れてくるつもりはなかったのですが。自らの力を信じよと伝えたはず。」

その言葉を聞いてアンジェはまっすぐに伝える。

「ですがルーゼ様。だってあなた様がいないのなら次の世界でも側にいさせてあげようと

お父様が。どうせ保っても私の命はあと数時間でしたよ。自分で決断しなければあなた様の

側にいられないと教えてくれたのは天界のお父様です。どちらにせよ私の選択肢は一つです。」

・・・。アンジェはどちらにしろ何らかの事情で生きられなかったということだろう。

自らの意思で兄と一緒にいることを望んだからいまそばにいられると。




「父上は試すのがお好きなのだ。」

そう言って女神が笑う。

ああ、たしかにこれは・・・・



「胸糞悪いですね。」

「エルンもそう思うだろう?」

「はい。」


「何を言っている?だがしかし神託は下り、その皇女はもう産まれた時からそれを植え付けられ

生きてきておる。エルロッドウェイの方で。」

「彼の国ではどういった形で神託が?」

「産まれた時から銀眼を与え、17歳の神託の際には羽根を降らせる。」

「は?」

「霊妙の羽根だ。それがまた薬になる。彼の国では大事な資源だぞ?」

そんなことと引き換えに一人の人生を最初から決めてしまうなどと。

私の命を救うためにその皇女は生きてきたのだというのか?


「何ということだ・・・。」



苦虫を噛み潰す気分とはこの事か。

なんと胸糞悪い。

自分の命を救うために一人の人生を台無しにし、私はその皇女がいなければ生き延びられず

そしてそれを選択しなければならないというのか。


「私を治した後には皇女は自由になれるのですか?」



ニヤリと女神が笑う。



「我が子よ。そなたが皇女を望まなければそうなる可能性もあろう。

だがしかしそれは無理な話だ。」

「何故ですか?」

「エルロッドウェイの皇女は自らはそなたを望んではならないことになっている。ただ

そなたの命を救いそなたに尽くすようになっている。が。」

「が?」


「かの皇女はそのようなたまではない。」

「は?」


「抗えはせぬ。そなたは最初は冷静にいられるだろうがな。」

「どういったことでしょうか?」

「教えぬ。」


「は?」



なんだろう、本当に腹が立つ。あちらの国では母ということらしいがどうも合わない気がする。



それまで黙っていたレオルドが顔を上げる。


「神託の女神にお聞きしたい。我が王を助けることが出来るのはその皇女様だけであると?」

「そうだ。」

「ならば、私はその皇女様をお守りするために我が息子をつけましょう。」

その言葉にアンヌも跪く。

「いずれはエルンハルト様に使っていただくつもりでしたが、皇女様にお預けしましょう。

私の宝をその方にお預けします。エルンハルト様を救ってくださる方ですから。」

「レオルド!!」


勝手に決まってしまったその言葉は神の前では言霊になると知らないわけでもあるまいに。




ギリッっと奥歯を噛む。



「アーノルド・グレイスと申します。近衛騎士団の一番下におりますが力はあります。

私が育てた故にすこし不調法ものでございますが盾として役に立ちましょう。」

「ほう。ではそのものに加護を与える。そしてそなたたちにも。」

「ありがたいお言葉ですが私共には身に余る物かと。」

「よい。」



そう言って軽く加護まで与えてしまう。



ため息を付きたくなる。神託を聞くだけのつもりが・・・。



「ああ、もうひとり加護を授けなければな。」

「誰にですか?」

「エドガルド・フォル・アズムディル」

「エドに?」

「我が子の親友だ。大切にせねば。」

「親友ではありませんが?」

「照れるな。」

「ただ彼がおせっかいなだけだ。」


宰相補佐である幼馴染のエドは侯爵家の次男だったが私と年齢が一緒だからということで

私の側にいる。

とてつもなく仕事ができる人間だがとてつもなく仕事も振ってくる。

そして完璧に管理できる人間であり性格は穏やかではあるが時に毒舌。


いや、常に毒舌。



愛妻との間に二人の子供に恵まれ、愛妻自慢が激しいのが玉に瑕だが私自体は結婚するつもりも

誰に心を奪われたこともないのでピンとこないまま話を聞いている。

「やつがこの場に入ってきた途端に加護を振らせてやろう。そうだな、花にしてやるか。」

そう言って女神は笑う。


唐突にそして、姿を消す。一体どういうつもりだ?



「飽きたのだと思うぞ。」

そういって笑うルーゼ兄様の姿も薄くなりはじめた。

「兄上、またお会いすることは出来ますか?」

「いつも側にいたんだが?気がついてもらえたその瞬間から次の瞬間がまた恋しくなるな。」

そう言って苦笑いをする兄に私は子供の時のように必死に言ってしまった。

「消えないでいただきたい。」

「エルン、一定の時間しか持たないのだ。神の加護は気まぐれ。私は神ではないのだが

あまりにもお前を心配しすぎるが故、あちらの父とやらが融通してくれている。

なんせアンジェが気に入られているのだ。」

「そしてルーゼ様は銀眼を盾にお父上にお話をなさるのですよ。」

そういってアンジェが笑う。


「お二人は幸せですか?」

「幸せだとも。エルンに会える、レオにも会える。そしてお前が助かることが出来る。」

二人が本当に幸せそうに笑う。生を全うした人たちの笑いだ。

「兄上・・・。」

「エルン、お前は寿命を全うしなければもう二度と私達に会えなくなる。

皇女の力を借りるのはどうしても嫌だろうが、彼女にも神託はそれぞれ降る。

皇女への神託はそなたを治すこと。そして初めてそなたがその相手だと知るのだ。」

「私は・・・多分幼き皇女に会ったことがあります。」

「知っているよ。」

「え?」

「皇女の持っていた薬は効いたか?」

「薬の効かない私が唯一効いた薬です。」

「それは薬が効いたのではないのかもしれないよエルン。彼女が君に効いたのだろう。」

「皇女が?」



私はあの時16歳だった。神託は17歳の時に下るということ。ということはあの時まだ

皇女は4歳だったということか。

もっと小さかったように思ったのだが。



「私の病を治してもらえば皇女を解放できると思ったのですが女神はそうはおっしゃらなかった。」

私は考えながらため息を付いた。

彼女の人生においても自由を与えなければならないのではないか?

彼の国の神託については詳しく知らないため、皇女が何を言われるかもわからないのだ。


私の言葉を聞いた兄は、しばし真顔になり、そして破顔した。



「エルン、そうだな。あの女神は言わなかったが腐っても母だ。エルンのことを

分かっているのだろうな。」

腐ってもなどと女神に使うのは兄くらいではないだろうか?

ジトッとした眼で見上げると、また笑う。


ああ、兄と一緒にいたい。私は子供のままただ形だけを大きくしただけだ。

中身が伴わない。

頼れる人がいればすぐに頼ろうとする。

何が孤高の国王陛下だ。私はただ、一人でいるほうが楽なだけだ。

表立って仲間を増やさないのに心を許した人間にだけ際限なく甘える。

レオルドにも、アンヌにも、影の者たちにも、エドにも。



そして今度は命さえもエルロッドウェイの皇女に甘えようとしている。

情けないな・・・。

そう思ったが仕方ない。私には私の理由がある。



「兄上、消える前に私への神託の本質をお願いしますお教えください。」

「ああ、伝えなければね。エルンハルトよ。その生を一生幸せに過ごし、その後にこちらへ

来ることを了承せよ。銀眼のものは自分の手の届く範囲でそのすべての人を幸せにしなければ

ならないのだ。国王として一生懸命生き、そして幸せに死ぬのだ。

銀眼のことは皇女が許せば公表して構わない。だがしかしそのときは対とする。

お前が国民に知らせるときは皇女もその眼を持つことを知らしめなければならぬのだ。

皇女が認めなければそれは是ではない。

そして、幸せに生きるということは国王としての責務を全うすること。

こちらの世界でも家族を築け。我が国は一夫一妻制である。本当に愛する人を探さねばな。」

「それは無理ですね。」


自嘲とも取れる笑いが漏れる。


誰が媚薬を盛ろうとする令嬢たちに欲情するというのだ。

誰がこの銀眼を恐れずにそばにいてくれるというのだ。

国王であっても自らの血を残さないといけないわけではない。なにせ叔父の息子たちがいる。


「そのようなことは望みません。私の幸せはこの国をより良くすることです。」


「ふふっ。それでも良いのだでも、愛する人を得ればより世界は豊かになるのだよ。」

「私にはいりません。今までそのような感情を持ったこともなければ、好きな人もいない。」

「今まではだ。これからはわからない。」

「兄上にはアンジェがいました。ですが私は要りません。」

「まあ良い。一時消えるだろうが私はそばにいるよ。アンジェもだ。ああ、エルン、

その右耳のイヤーカフを外し、この私達のイヤーカフをつけなさい。

そして外したイヤーカフは皇女がこの国に来た時に送る髪飾りの台金にしておくれ。

私達の加護だ。

銀眼の彼女の銀目ではない時の瞳の色は鮮やかなラベンダー色だよ。分かったかいエルン。

これを台金にしておくれ。彼女の色の髪飾りを送るのだよ。」

「わかりました。兄上、仰せのままに。」



その私の言葉を聞いて兄は満足げに笑う。



しばしの別れだ。

そう胸に刻みつける。

私がイヤーカフを付け替えたのを見て、兄達は少しの間だけだ。また来る。

といって笑って消えた。




この場に残ったのは、私、レオルド、そしてアンヌ。



「これは神託だったのか?」

「ただの弟や妹に会いたがっている同窓会の体を要してたがまあ神託だろう。」

「アンジェは幸せそうだったわ。」

「お前は前向きだなぁ。」

そう言ってレオルドはアンヌの涙を拭いながら腕に抱き込む。

「アーノルドを皇女につけるということで良いのか?」

私が申し訳無さそうに言うと、レオルドは笑う。

「ああ、あいつは実はエルンに憧れているしエルンが頼めば嫌とは言うまい。」

「近衛を退けと言うのは辛い。アーノルドは私も可愛いのだ。」

「王として告げてくれ。父としても導くがエルンは王として頼む。そして皇女を護るから

私達もだ。王の命を守る皇女を護るのだ。名誉なことだろう?」

そんなものなのだろうか。近衛騎士団は私の命を守るためにある。

それをとても誇りにしていることは私も知っている。その対象をいっときでも変えろと

私は告げねばならない。そして・・・



「彼女は私を恨んでいるだろうな。」



あの時背中を優しく叩いてくれたあの小さな子を思う。

嫌われたくはないのになと、なぜか思った。

なぜかはわからずに軽く首を傾げた。



「何だ?小さい時の癖が出てるぞエルン?」

そう笑うレオルドに向き直る。

「何だ?癖って?」

「・・・まあ、知らないならいいんだ。可愛いからな。」

意味がわからない。



バン!!!!!



と、乱暴に扉が開いたと同時に怒声が飛ぶ。



「おい、エルン!!仕事が溜まってるんだ!何を人払いなんか・・・は?」





ああ、本当だったのか。神託は下ったのか。



「これは?」

エドが立ちすくむ。

彼の頭上から花が降ってくる。ハラハラと。

ダスティブルーの小さい小花がハラハラと降ってはエドの金色の髪を飾っていく。

私の髪にも、レオルドの黒髪にも。アンヌの髪にも。


ハラハラと振ってくるこの花は・・・



「加護を与えよう。」



あの女神はそういった。

ああ。たしかにもう神託は下ってしまったんだな。




「神託の女神の加護だ。お前にも分けてやろう。エルロッドウェイの皇女を我が国に呼びたい。

神託が下った。

私に神託が下ったということはかの皇女にも神託が下るということだ。

エルロッドウェイは拒否することはないだろう。丁重にもてなす。彼女の望むことは

すべて叶える。皇女が不便なきよう。

彼の国の皇女が。私の神託の対のものだ。そしてこの加護の花は・・・」



「・・・テスカの花。」

エドの声が低く響く。

「そうだ、エルロッドウェイの国花だ。」




その私の言葉を聞いてエドは顔を真顔にする。






「承りましてございます。陛下のお命を救ってくださる方。私も全力でお仕えしましょう。

加護を受けたということは・・・。」



私の方を見てニヤリと笑う。



「もっと働けるということだ。さあ、エルン書類の決裁は待ってくれないぞ。」

「ぶれないなお前・・・。」



そんな私達をみてレオルドは笑っていた。




これが私に下った神託だ。



恋を知らない国王陛下はこれから苦労することになりますが、そのお相手も

恋を知らないんだから周りのヤキモキはいかほどかと(笑)

この後はエルンハルト目線の話ではなくレーヌの目線の話に変わっていきます。

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