月夜に照らされて浮き彫りになる思いはとても美しい。
木に登れるということは身体能力がひじょうにつよいですよね、しかも不安定な中でも
じっと座ってられるなんてやっぱりナディアレーヌは色々鍛えて体幹が強いからね!←そこなの?
「なんて美しいのかしら。」
ここは北の庭園。
あと二日後に迫ったエル様を護るための夜会でのもうひと押し。の気付け薬位の物を作ろうと思って。
この間エル様たちとお茶をした場所にいる。
今は夕闇に浮かぶのは美しい月。そうね・・・あと2日くらいで満月かしら?とふと思う。
満月の光を浴びたもののほうが良いのだけれど・・・と思いつつ、その日はもう夜会の日。
それならばと十三夜とも言える今日のものでも少しは足しになるかもしれないと思う。
新月じゃなくてよかった・・・と思ったけれど、そんな夜に月も出ないような新月にはもともと夜会など
開かれるわけがないじゃないかとわたくしもわかってはおりますが・・。
夜会までの道すがらも楽しむものであるという。それが貴族のたしなみというもので、夜会を新月の日に
行うのはタブーとされていることくらいはわたくしだってわかっております。
というかどの国でも一緒なのですわね。と、ふっと思う。
ドゥーゼットから見る月と、エルロッドウェイから見る月と何が変わるわけでもないとわかってはおりますが、この国の月は少し大きく思えます。
その月の光をたっぷりと浴びたこの針葉樹の針のような葉が必要なわけです。
「アーノルド、お願いだからちょっと取らせてくれないかしら?」
そう言って振り返るとアーノルドは本当に嫌そうな顔をしている。
「姫様、わたしが取りますから姫様自身で取ろうとなさらないでくれますか?」
そういって美しい顔を本当に怒ったように歪ませた。
わかっているんですけど、わたくしだって。
けれどやっぱりエル様の口に入るものとしては自分で採集したいっていうのが乙女心と言うものではないかと思うのです。
「そんなこと言っても無駄だぞアーノン。レーヌは俺達の言うことなんて聞くわけがないんだから。」
そう言いながらロウはくつくつと笑いながらほら。といったていで屈む。
「一回だけだからな。その間に取りたいものは取り尽くすんだぞ。」
わたくしはふふっと笑って当たり前にロウの背中にしがみつきました。
そのまま、わたくしの目線よりもずっと高い位置に体が運ばれました。
「そりゃわたしよりもロウ様のほうがずっと背がお高いのですから仕方ありませんけど。
姫様は少し自重することも覚えていただきたいです。サラだって自分で登るのはだめだって言っていた
ではないですか。」
そういってアーノルドは口を尖らせる。
ここにはサラは来ておりません。わたくしの寝る支度のためにアンヌと下がっております。
とは言ってもわたくしの寝る時間はもう少し先。
わたくしが取って帰るだろうこの針葉樹の保護のために動いてくれているのです。
だからここにはアーノルドとロウと三人で参りました。
いつの間にかアーノルドを当たり前にアーノンと呼び、エドガルド様もエドと呼び、なんならレオルド様にも呼び捨てにして良いと言われているロウ。
いつの間にかその上レオ様のことも国王陛下ではなく名前を呼ぶことを許されている。
わたくしの護衛でわたくしの小さいときからの兄のようなロウは、人の心にすっと溶け込む天才ですわ。
その背に乗りながらわたくしはふっと手を伸ばす前にロウにギュッとしがみつく。
「どうした?レーヌは急に赤ちゃんになってしまったのか?」
そう言って穏やかに穏やかに小さい頃にしてもらったように背中に乗ったまま軽くゆすられる。
「ロウ・・・わたくし出来るかしら?」
「何がだ?」
そう言ってそのまま穏やかに微笑んだロウは、もう一度しっかりと背中に捕まるように促すと、そのまま
軽く木に足をかけてサラッと登っていく。
「離すなよ、レーヌ。あの時よりもちーっとは重くなってんだから。」
そういってスルスルと木に登って、一番低いながらも木の幹いから太めの枝にわたくしに移れと促す。
下でアーノルドが慌てているので、ロウがその隣の木に登ればレーヌの近くで護衛が出来る。
と言われ、仕方なくアーノルドは隣の木に手をかけてスルスルと登ってきた。
アーノルドも木に登れたのね?ああ、自分が取りに行くといったのはこうやって登ってとるからという
意味だったのかと今更ながらに思って笑ってしまいましたわ。
わたくしを座らせた枝と別の枝に足をかけて、少し高い位置に体を押し上げたロウはわたくしの方をみて
これを取るのか?と指示を仰いています。
わたくしは頷きながら、柔らかい新芽の部分と、そして身の部分。あとは申し訳ないけれど若芽の枝を
一枝取ってほしいとお願いする。
その言葉に逆の木の方もアーノルドが同じように指示にしたがい葉を摘んでいく。
わたくしも手元に引き寄せた針葉樹を指で触りながら、確かめて取っていく。
澄んだ爽やかな香りがするそれを手に取りながら。
わたくしはポツリと話し出しました。
「ロウ、アーノルド。ここでの話は秘密にしてくれるかしら?」
そのわたくしの声にアーノルドは頷き、ロウは「了解」と軽く答える。
「もちろん、わたくしのこの話なんかなんの実のある話でもないのですわ。」
「ああ、何でも聞くぞ。カインやフレディにも秘密の話か?」
そう言われて首を傾げる。お兄様たちに秘密?今まで持ったことがないのですけれどもそうですわね。
こくんとうなずくと、了解と、二度目の返事をもらいましたわ。
「サラにもですか?」
アーノルドのその言葉にわたくしは首を横に振りました。
「サラには逆に言われてしまいましたの。だから隠しているわけではなくてバレているのですわ。」
「ああ、よくわかりませんがここの会話は他言無用ということですね。了解しました。」
そう言ってアーノルドは葉を積みながら当たり前に作業に戻った。
「わたくし、スーガイアのマーリア様をあまり良く存じ上げないわ。でも、会う前からこのように嫌悪感
に近いものを感じるだなんてどうかしてしまったのかと思って・・・。」
そのわたくしの言葉に何も言わずに二人は作業をしながら聞いてくれている。
逆に相槌もない方がわたくしは話しやすいことに気が付きました。
「媚薬を盛られたという話をエル様にお聞きしてからというもの、わたくしたちの国においての媚薬の
処方と諸外国の使い方の使い方の違いにも驚いてしまったし、その媚薬を人の心を沿わないまま体だけ
手に入れようとなさる王族がいるという事実にわたくしの認識の甘さにも気が付きましたの。」
そう言うと、ロウはあー・・・と鈍い返事をする。
「スーガイアで乱立しているその媚薬は、我が国では承認されていない物質が入っておりましたわ。
人体に影響があるのも当然なほどに、人の精神に作用し、そして乱用すれば心を壊す。そういったもので
その様な恐ろしいものをエル様は三回も体内に入れてしまって、その上苦しんでおられるというし。」
ふむ。とロウは葉を摘む手を止めてわたくしのほうを向いて穏やかに笑いました。
「それで?」
続きを促すようにその針葉樹の葉をわたくしに見せて、わたくしは合間にそちらの実の方も収穫するようにお願いすると頷いて、また作業に戻る。
「今まで媚薬が効かなかったのはエル様に薬が効かなかったからだということはわかっているのだけれど
今回効いてしまったら?マーリア様にエル様を奪われてしまったら、わたくしは・・・。」
その言葉を聞いてアーノルドがふっと顔を上げてわたくしを見たのを気が付きましたがわたくしはそのまま続けました。
「エル様はわたくしがお体を治して差し上げれば、わたくしのことはもう必要なくなるでしょう?
ひょっとしたらマーリア様以外にもヘザー様のようなエル様のことを慕ってらっしゃるご令嬢のたくさん
いらっしゃるし・・・。」
だんだんと声が低くなっていってしまうのはわたくしがちょっとだけ卑屈になっている証拠だとは自分でもわかっているのですけれども・・・。
「それに、お護りできなかったらわたくし必要ないでしょう?わたくしが護りますとはいったけれど、
わたくしに出来ることなんてたかが知れておりますし。
ドレスも作っていただいて、わたくしはエル様のお側にいれるけれどもそれは今回だけかもしれないし
ずっとお側にいることは適わないでしょう?わたくしが出来ることは本当にお体を治すだけだし。」
「それのなにがいけないのですか?」
アーノルドが低い声で唸るようにわたくしに問いかけてきました。
え?と思った瞬間にアーノルドは顔をあげると、目に涙をためていました。
あまりにびっくりして、わたくしはアーノルドに手を伸ばすとそのまま顔を背け、ぐいっと袖で瞳を
ゴシゴシとこすっております。
ああああ・・・そんなに目元をこすってしまったら赤くなってしまうのに・・・。
「姫様は何にも解ってらっしゃらない。」
そう言うと、わたくしの方に体を向けてとうとうと話し始めた。
「姫様。エルロッドウェイと言う国は健やかな国です。貴方様の国の媚薬の使い方や処方を父に聞きました。
貴方様の国では処方を決めるのは姫様のお父様とお母様が納得なされた理由。それは子供が欲しいとか、
どうしても仕方ないという理由以外には誓約を設け、それを破れば二度と処方することはないと。
人体に影響がないように植物由来のものを使い、体にも精神にも安心して使えるものだと。
父は無理矢理にでも手に入れられそうになった側の人間です。そして粗悪とも言える媚薬を盛られた人間です。」
そういってポロリとまた涙が溢れる。
わたくしのように医学や薬学に精通しているとしてもあまり心地よい話ではない。それでもその媚薬の
需要は分かっているし、それを我が国はとても高価な値段設定にしていることも知っている。
それでも秘密裏に需要が廃れないのは我が国のその薬により嫡男を授かりました。とか、家を継ぐことが
できました。とか。ひいては国が救われたなんて話があることも知っている。
お父様がそれにいたるまでの薬草だって処方することも知っている。
媚薬に至らなくてもそれに近いものがあるものも知っている。
そしてそれは皇家が管理をしている薬草園だけに植えられていること、持ち出し禁止なことも。
エル様に使うことはない。エル様の体には毒だとわかっているから。エル様にはその成分を一滴も入れたくないというのはわたくしのエゴでしょう。
レオルド様はとてもとてもお美しい方だ。そして強く正しく、近衛騎士団の隊長で王家の盾でエル様の
兄とも違わない立場の方。
きっと今までもたくさんのご苦労があったことと思いつく。
「わたしは自分の顔があまり好きではありません。」
そういうアーノルドにわたくしはふと首を傾げる。何故かしら?とても美しくて可愛らしいのに?
そう顔に出ていたのだろう。アーノルドは首を横に振りながらため息を付いた。
「俺は・・・。」そういって素のまま話すことを決めたのかわたしではなく俺と言った。
わたくしはそれに気がついたけれど何も言うこともなくじっと聞くことに致しました。ロウも一緒です。
「キュリーは俺とは違い影に入ることに決めてから華奢で美しい顔立ちをこれでもかと利用することに
決めたようで・・・。シェリィは俺達の中で一番美しく可愛らしい。中身が違うけど。あのこはきっと・・・
キュリーと同じ道を進むでしょう。俺とは違う道で同じ思いを持って進む。妹は一番強いから。
でも俺は違う。俺は騎士だから。
俺はキュリーのように器用ではなく影として立ち回ることも出来ず。かと言ってシェリィのように自分の
容姿まで武器にして表立ってエルンハルト様のお役に立つことも出来なくて。男だし俺は。
だから俺は剣を取ったし、俺が一番父上に似ているからそのまま騎士を目指しました。」
そういってアーノルドは手の中の尖った葉に指を当て、いて。と子供らしく顔をしかめている。
「俺は・・・父上に似ています。父が飛び抜けて美しいことも母がとても美しい人であることも知っている。
その二人の子供なんだから小さいときから女性にどの様な目を向けられてきたか予想付くでしょう?
小さな頃から女の子は女性で、少し大きい女性はもっと露骨に女でした。本当に嫌な目にもあったことも
あるし、それ以上に見た目の執着をされることに辟易しました。
そんな状態から離脱したキュリア。・・・キュリーは小さな頃から女装もしながら避けてましたし。
すべての視線を向けられて女性の嫌なところもたくさん見てる。自分が好きになる人はこっちに全く
興味を持たないっていうのもきっと本当に興味を持たれたら、ちょっとでも嫌なところが見えたら自分が
固まるって解ってるから。」
アーノルドはわかっている。自分の惹かれる人は全く自分のことを好きではない人ばかりなのは。
好意を向けて好意を帰された時にそれが自分の容姿のことなのかそうでないのかわからないという不安が
ないからだ。
そして自分の容姿を気に入らない人はたしかに自分にすり寄ってくることはないという安心感。
自分でも矛盾しているとわかっている。
わかっているけど、見た目だけでよってこられることを幼少の頃から経験しているとそうともなる。
それに自分にすり寄ってくるのは父の愛妾を狙っている人もたくさんいた。
本当に反吐が出る。そしてその父の容姿に惹かれている大人はすなわち自分の容姿を気に入ってしまう。
どんな扱いをされかけたかとても口では言い表せない。
わたくしはその言葉を聞いてふと思うったので聞いてしまいましたわ。
「サラは?」
その名前にぐっと息を詰めたアーノルドは真っ赤になってしまった。わたくしったら・・・やってしまいましたわ・・・。
ごめんなさいね、アーノルド。サラはわたくしにとってはとても大切な友人であり幼なじみであり・・・
なんとも表現し難いけれども妹とも言える人なのだから。
ふうっと呼吸を整えたアーノルドは頬を染めながらも少年らしくとつとつと話し出す。
「・・・サラは。俺の顔を見てもどんな反応もしなかった。情けないことに俺よりも剣以外は・・・ほぼ強い。
それに俺よりも美しい人に囲まれて育ったんだから俺の顔なんかになんの魅力も感じてない。
なんなら同い年のくせに俺のことなんか子供扱いだし本当に・・・どうやったらいいのか・・・」
そういって唇をとがらせるのを見て、ロウが笑う。
「俺の妹は可愛いからなぁ。因みにエルロッドウェイでもデビューしたデビュタントでは踊って欲しいという男たちが群れをなしていたぞ。レーヌの憶えもめでたいしな。」
そう言って笑うロウの言葉に確実にショックを受けているアーノルドを見ると、ああ、可愛らしいと思うのですけれども。
確かに。お兄様たちもロウも。とびきり毛色違いではありますが美男子と言っても過言ではないし。
そのロウの妹なのだからサラなんか全く自分の美醜に興味が無いようなきがするのはわたくしの気の所為でしょうか・・・。
「どっちにしろサラは姫のことがいちばん大事なので。」
そういってアーノルドはきっぱりと言葉を切ってしまったわ。
ぐっと言葉に詰まったアーノルドは、このことは多分自分の予想でもあるし夫婦のことでもあるから絶対に父と母には秘密にしてくれ。と前置きをして話し出す。
「あの日。媚薬を盛られただろう父上は母上の言う通りさんざん吐かれされたあとだったのだと思うし、
それでも体の中に取り込んだだろう媚薬が少量であれ効いてしまっていたのはなんとなくわかりました。
いつもの父上よりもその・・・なんというか子供が言うのもおかしいのだけれど色気があったし。
母上はくっついてくる父上をそのままにしながら何度か「いいのよ?」と聞いていたことはわかったけど
今になれば何をいいと言っているのかはわかります。」
わたくしも、ああ。とは思いましたわ。媚薬を使うとそのあとに何をするかは解っております。
まあ、ちゃんと知っているかと言われればちゃんとは知っていないですし、医学的な見地としてはわかります。
「でも。父上は変に色気を振りまきながらでも絶対にしがみ付くそれ以上母上に無体なことはしなかった。
薬が効いている間は。っていう話だけれども。」
ああ、この言い方は薬が切れてからはそうではなかったと如実に言っているのでしょうか?
ロウがぶはっと笑い始めたのでアーノルドは真っ赤になってしまった。
まあ、たしかに両親の床事情なんて子供が語るのもどうかとは思うけれどもそれはそれでしょうしねぇ・・・。
わたくしが何故平気なのかというと・・。
まあ、わたくしの父と母は今でもとても仲が良い夫婦ですし、わたくしの兄たちは本当に大切な婚約者が
出来るまではそれはまあ、華やかな生活をしていらっしゃいましたし。
ただ、わたくしはなんの興味もございませんでしたのでこの歳までなんの経験もございませんが。
政略結婚するとしても医学書で読んでいるからまあ大丈夫でしょう。
そんなこんなでそういった事情やそういった雰囲気は嫌というほどに察してしまう状況下におりましたし。
両親は幸せなのであって、ひょっとしたら退位したあとにわたくしに弟か妹ができたとしても全く不思議ではありませんから。何があるかわかりませんしね・・・お母様なんて46歳。
・・・医学的にまだ行けます。
それにフレディお兄様もカインお兄様もあのスキンシップの大好き具合から言うと・・・。
今後も色々察さなければ行けない状況はたくさんありますからね!わたくしなれておりますの。
それに・・・。
確か何日かお休みをあげたとエル様がおっしゃっていたから・・・。
アンヌだってまあ優しくは致しましたわ。とかも言っていたし・・・。
ま、仲良し夫婦ってことでいいでしょう。
「きっと父上は媚薬が効いている間に母上にどうにかしてもらうのは一番確実に早く媚薬が抜けることも知って
いたと思う。でもそれが体に入っているうちに母上にどうしても触れたくなかったんだと思う。のです。」
まあ腰にはしがみついていたけど。そういって苦笑いしているアーノルドは大人だと思われます。
これでわたくしよりも二歳も年下なのですから・・・。
思春期のアーノルドにとってはそりゃもう居心地悪いことだったでしょうに。
なんて大人なんでしょう!でもキュリアやシェリィだったらもっとさっぱりきっぱり割り切って笑って流す気がいたしますわ・・・そうでもなければ影なんか努められないでしょうしねぇ・
良くも悪くもやっぱりアーノルドは騎士なのだと思うのですわわたくし。
「作られた気持ちは良くないって父上は解っていた。大概の媚薬に耐性があるのは父上が母上を護る上で
一番の武器だからだってわかっているし、母上だって影なんだからどの薬にも大概は耐性がある。
でも、父上は違う。だって騎士だから・・・そんな媚薬や薬を盛られることなんてあまり想定して生きてない。
それでもその耐性をつけるのはエルンハルト様と母上と俺達のためだってわかってるんです。
それをスーガイアは超えてきた。もちろん俺は今その媚薬の耐性をつけている途中だし、それ以外の薬も毒も耐性もつけている途中だし・・・。中途半端だけどどうしてもスーガイアだけはだめだ。
あの国は俺の父上を汚い方法で奪おうとした。今でもゾッとする。」
アーノルドは整った顔にギュッと似合わないほどの眉間のシワを刻んできっぱりという。
「父上が負けなかったから、母上がきちんと奪ったから今でも変わらず父上はあの場所にいる。でももしあの第一王女に連れ去られていたら、父上はきっと母上愛しさの為に生きてはいなかったと思う。」
そう言うと、アーノルドはふうっと息をついた。
そう。アーノルドの耐性をつけるお手伝いはサラがやっているのだ。
わたくしが指示した薬草や薬、毒をアーノルドを見ながら調整してもらっている。
ロウは最初はそれを嫌がっていたけれど、サラが何も気にしていないようだったので任せたのですわ。
だってアーノルドだってサラにそばにいてもらえるほうがいいのではないかと思って。
媚薬の耐性は流石にロウが付き添うようにしているみたいだけれど、必死に体に慣らそうとしているのを
みているとどうしても甘くなってしまうとロウが困っていた。
そう考えるとロウはもうアーノルドを大事に思っているのだなあと私は思っております。
そして、わたくしにとってもロウと同じ程に大事な護衛ですわ。
なにせわたくしのことを思い真摯に、こうやって意見してくれるのだから。
アーノルドは少しだけ言いづらそうに言う。
「父上は本当に母上を愛していて、俺達子どもたちだって愛してくれている。その上で剣で護る騎士だから本当なら体を壊すほどの媚薬や毒薬に耐性をつけるほどの危険はないんだと思う・・・のです。
それはもちろんエルンハルト様の毒見を兼ねることもあるから多少は毒物はあるだろうけど・・・。
それでもあの様な悪辣な媚薬にさらされることはないと思う・・・。」
きっとレオルド様を尊敬しているのだろうなと、本当に思うのです。アーノルドは本当に騎士という職業もそれにその頂点でもある近衛騎士隊長というレオルド様を心から信じていると思うのです。
だからこそ、スーガイアの行いが許せないのでしょう。
わたくしも同じです。度を過ぎた薬は毒となり体を蝕み、そして心も壊していくもの。
媚薬という特殊な物を軽々しく扱ったり我が物のように扱うなんて危険すぎますわ。
「だから。姫はそのままでいてほしいのです。」
「え?」
アーノルドがはっきりとした声でわたくしに真剣な声で語りかけてくるのでふっと動きが止まりました。
「悩むこともあるでしょうが。エルンハルト様のお側にいることを迷わないでいてほしいのです。」
「アーノルド何を言って・・・」
わたくしはずっと側にいれるなんてそんな事は考えられもしないほどに他国の人間なのに。
わたくしが何かを言いかけようとするのを「恐れ多いことながら」と手で制したことをあやまりながらも
きっちりと言い切る。
「姫様は許された人です。」
「ゆるされたひと?」
ええ。といってアーノルドはすべてを払拭するほどに大輪の花のように笑顔をこぼした。
「姫様。レオンハルト様は本当に何も望むことがない人なんです。あの方は自分が得難い人であるのに
自分のことは全く大事ではない人なのです。わたしはいつもいつもかわいがってもらいながらもずっと力になりきれずに歯がゆい思いをしておりましたが姫様は違います。出来ることがたくさんある。
そんなエルンハルト様が朝のご飯を召し上がるようになりました。姫様が差し出すものは口にされます。
どれだけ父が母が説得しようがエドガルド様が叱ろうが、体のことを考えて物を食べるなんてなかった。」
そういって自分の身の丈の二倍ほどの高さの枝から、軽やかに飛び降りた。
「アーノルド!」
慌てて声をかけると、当たり前のようにこちらを振り返り、針葉樹の枝を持った手を背に、すっと片膝を付く。
「姫様。お護り出来なかったらなんて考えてはなりません。そのためにわたし達護衛がお側にいるのです。
わたしとサラが姫様を御守りしますし、エルンハルト様は姫様がおられる限り何者にも損なわれることはありえません。
貴方様はスーガイアの悪辣な薬になんて負けるはずがありません。
貴方様があの様な第二王女に負けるはずがありません。」
「アーノルド・・・。」
そうなのね。わたくしを元気づけてくれているのね。
自分の媚薬で追った目に見えない傷の話をしてくれた。その薬により奪われてしまったかもしれない恐怖をきちんと目をそらさずわたくしに伝えてくれた。
だからあの話をしている間は自分のことを俺といい、双子のキュリアのことを愛称のキュリーと呼んだ。
レオルド様を父上と呼び、アンヌを母上とわたくしの前では呼ばない呼び方で、普通の呼び方で呼んだ。
シェリィのことをどう思っているかも口にした。
全て全てわたくしのために。
「ナディアレーヌ様。姫はずっとお側にいられないかもなんて不安に思うことはありません。」
「え?どういう・・・?」
「そのままの意味です。ずっとわたしがお側でお護りします。そのようなことはお考えになりませぬよう。
それ以外のことはレオルド様やアンヌ様、エドガルド様。そして陛下がお考えになりましょう。
姫様はいつも健やかに、エルンハルト陛下のお体のこととお心のことだけをお考えください。」
そういって見上げると、見上げる視線の先には銀の光を浴びた美しい姫君。
初めてあったときはただ美しい人だと思った。そして、護衛だというのに自らすべてをさらけ出すこともなくただただ敬愛する我が君の命ゆえに責任感によって姫様の護衛となった。
不満だった。ずっとずっと陛下のお側で陛下をお守りするつもりだったのだから。
姫様がロウと一緒ということ?と聞いた時。
本当にそう思っていただけるのかと不安だった。
年の近い異性に緊張していたのは自分も同じ。自分の見目が相手の心に作用しかねないことは小さいときから解っていたから。
でも、そんな事心配もないほどに全身かけて信頼という気持ちをくださった。
遠慮なく気を使いすぎることなく、女性の護衛につけるなんて思ってなかった。
何があっても陛下のお側で陛下をお護りするつもりだった。
本当は不満だった。不安だった。
もう陛下は自分を必要としてくださらないかと思ってその使命を頂いたときには涙が流れた。
それほどに近衛騎士団に執着していた。
自分が生きる場所だと思っていたから。
でも、姫様はわたしの見た目を可愛いと美しいとはおっしゃられるが、それは景色が美しいとか花が綺麗ね。
といったその程度の言葉と同じだ。
風景に馴染むように、自分を受け入れてくださったのだ。
それがどれほどにわたしにとって嬉しいことか。
それがわたしにとって命をかける我が君と同じ程の忠誠心を傾けることになるのかこの方にはわからない。
そしてわからなくてもいい。わからなくてもいいから。
姫様はエルンハルト様の気持ちを甘く見積もりすぎだ。
あの方はキュリーがエルンハルト様の膝に自分から乗るまでずっとずっと待ち続けて、ずっとずっと手を隠して絡め取ってしまった。
自分が我が君の膝に乗るのはもっと楽だっただろう。
あの方には心を開くまでずっと待つなんて息をするのと同じことだ。
そして、気がついたときにはもう当たり前にあの方にとらわれているのも自分たち兄妹が身をもって解っていることだ。
もう姫様はここからエルロッドウェイに帰ることはない。
そしてわたしが姫様の護衛から外れることは一生ない。
ロウ様だってもうわかっている。きっと多分カイン様たちだって父上たちだってわかっている。
ちっとも解っていないのは姫様だけだ。
姫様はずっとここにいる。
でもロウ様やエリーゼ様はきっとそう長くは国を離れられないはず。
サラはここにいてもらう。それはどうやっても自分でなんとか切り開いて行く気持ちと未来だ。
姫様、サラには悪いけどわたしも小さいときからエルンハルト様のお側にいたのだから同じ様な気性なのです。
それはまだ誰にも知られなくてもいい。まあ、ロウ様はわかっているような気もするけれど。
同じように笑っているロウ様をしたから見上げると、ニヤッと笑われる。
「本当にアーノンは可愛いなぁ。」
そういって笑っている。
本当に食えない御人だ。
あの方がエルロッドウェイの尊き方々に認められた人。
あの方に並ばなければ自分は姫様をお守りするには能わずただの盾になるしかないのだ。
姫様のこころの奥深くの信頼という場所に居座るのはロウ様と家族だけ。
そこに入っていく自分はよそ者と捉えかねられず、姫様が拒否をすればわたしはお側でお守りすることも
叶わない。
でも姫様は認めてくださった。ロウ様と同じだと。
そして。
エルンハルト様・・・・一つだけわたくしにもお手伝いをさせてくださいませ。
後でお叱りは受けます。
「姫様。」
「なにかしら?アーノルド?」
そういってわたしを見下ろすことに少しだけ居心地の悪さを感じるのだろう。どうやって降りようかと考えロウ様に声をかけるか迷ってらっしゃるのを感じる。
「姫様はここに。ロウ様、そちらの手のものをわたしにお渡しください。サラにわたしてまいります。
それから・・・先にわたしは姫様の御前を下がりますが、もうすぐきっと父が参りますゆえその時は何も言わずに・・・父レオルド様に護衛をおまかせしてください。」
言外にーもうすぐ陛下が来られるはずです。ロウ様はこちらから席を外してくださいーと伝えた。
「・・・・ふぅむ。護衛の俺がレーヌの側を離れなきゃならない理由は?」
「それは・・・馬に蹴られるからです。」
うま?わたくしがぽかんとしていると、それを聞いたロウは一瞬黙り込みブハッと笑う。
「そうか。アーノン聞いたのか?」
「はい。僭越ながらわたしは姫様の護衛ですが我が君はエルンハルト様ですので。」
「そうかそうか。決めたか。かの御人は。」
「はい。」
「そうだとは思っていたけど、まあ仕方ない。俺も妹離れだなぁ。」
そう言って、ロウは笑いながらふうっと手に息を吹きかける。
そうするとふわっとクロアゲハにもにた、それよりも一回り大きな蝶が手のひらにふっと止まっている。
「あら、ロウの蝶は久々に見ましたわ。」
そうわたくしが言うと、ロウはニヤッと笑う。
「俺がレーヌに見せるのはこれをそのままエルロッドウェイに飛ばすためだよ。レーヌ。
ではアーノンは先に行きなさい。俺はレオルド様と交代だ。」
その言葉を聞いてアーノルドはホッとしたように頷き、ニッコリと笑った。
本当に花がさくように、嬉しそうに微笑む。なんとも華やかな笑みだった。
「ねえ、アーノルド。あなたやっぱり笑ったほうが可愛いし美しいわ。もっと笑えばいいと思うの。」
「姫様、わたしは護衛ですよ。護衛がニヤついていて仕事になるとお思いですか?」
ああ、ちょっとだけ眉を寄せてもうすぐに可愛くないモードに入るんだから。
ちょっと膨れるとアーノルドは肩をすくめて軽く息を吐く。
「姫様、無自覚はわたしの前のみになさってくださいね。他の方の前でやると誤解を招きますから。」
「わたくしだっていくらなんでも誰にも彼にも美しいとか言わないわ!」
「そうじゃないんですよ。わたしは姫様の人となりを知っておりますが、そうじゃなく見惚れる方もたくさんいるのでご自分だけじゃなく周りを護るためにも今後は少し考えてくださいと・・・。」
「あー、アーノン無理だ。レーヌはそんな事できない。」
「・・・・ああ・・・解ってはいましたが・・・。本当に姫様は残念な方でらっしゃいますね。」
そう言って深いため息をつく。
本当にアーノルドのわたくしの対応はロウよりもお母様に近いんですわ。容赦ないところとか。
「アーノルドって可愛いくせにわたくしのお母様にそっくり!」
「は?とうとうわたしの性別までお間違えか?!」
そう言ってムキになるアーノルドにロウは笑う。
「ほら、先に行って先触れを出しておいで。サラには少し遅くなると伝えておいてくれ。わかったか?」
「はい、ロウ様。」
そう言ってニッコリと笑って礼を取る。
わたくしに対するよりもしっかりと礼を取るのはどうかと思うのに・・・。
「ロウってアーノルドのこととても可愛がっているわよね?エルロッドウェイでもそこまで可愛がる子も部下も
いなかったのにどうしてなのかしら?」
とわたくしが問うと、ロウは真顔で言う。
「あのサラに堂々と向き合いたいと思っている男で、しかもあの自分の見た目で苦労してるだろう?
だからサラには見た目じゃなくてきっと中身に惚れてるはずだからな。
それにアーノルドは可愛い。だからだよレーヌ。」
「えええ?」
そう言ってしまって私は吹き出してしまいましたわ。
「ロウだってすごく素敵ですわ。分かっているでしょう?」
「ああ、俺はとてつもなくいい男だが俺にはエリーゼがいるし、全てがエリーゼのものだからな。」
「そういうところですわ。ロウにこがれる方がいらしても問題にもならないほどにエリーゼを愛していると
はっきりいうから。・・・・そうね、本当にロウはすごく素敵な男の方だわ。
わたくしのそばにいる方々はそれぞれに好きな人を大事にする素敵な殿方ばかり。わたくしはいつも誰にも
大事にされるけれど一番ではないから・・・。」
それを聞いてロウは目を丸くしてわたくしをじっと見るので、わたくしもどうしても仕方なく睨んでしまう
という行動に出てしまいました。
「あれだけフレディとカインに大事にされてジョルディ様とエルフリーデ様に溺愛されてまだ足りないと?」
「だってそれは家族でしょう?」
そう言って膨れると、ロウは少しだけ笑って。少しだけ寂しそうな顔をするから・・・。
「ロウ?」
「ああ、俺のお姫様はいつの間にか大きくなってしまったんだなぁ。」
そういって手を伸ばし、そっとわたくしの頭をなでてくれました。
「レーヌ。自分の気持ちをごまかしてはいけないよ。そして自分の行く道を閉ざしてもいけない。
自分が望むように進むことが俺達身内の望みだからね。レーヌは幸せになれるよ。」
すこしでも疑うこともできないくらいもう囲われているのにねぇ。
そうボソボソというとレーヌがこっちをみて不思議そうな顔をする。
ああ、本当に妹離れだな。レーヌから離れそして、サラもきっと離さなければならない。
二人も妹を失うなんて割に合わない気もするけど仕方がない。
それがもう誰もが解っていて、誰もがヤキモキするほどに望んでいる道だ。
カタン。
という音に視線を向けると、レオルド様がいらっしゃっていたのでわたくしは慌てて降りようかと思って
体をひねろうとしたのだけれど。
それより先にロウが鮮やかに飛び降りてしまったので、タイミングを失ってしまいましたわ。
「ナディア?」
その声に目を向けると、エル様がびっくりしたように、でも笑ってらっしゃいました。
「アーノンからの言伝により、レオルド様に護衛を交代させて頂きます。レーヌ様、こちらの葉は水に生けておけばよろしいか?」
「ええ。あと、実は落として水に全体をつけておいてほしいの。こちらはアクを抜いてジャムを作るわ。」
「ジャム?」
不思議そうにロウの手の中の針葉樹と、傘が重なったような形のまだ小さな柔らかな実を見て不思議そうな
エル様にロウは笑う。
「レーヌ様がそう言うのでではわたしはこれをすぐに持っていかねば。では、御前失礼致します。
陛下。我が妹とも言えるレーヌ様お預けいたします。手強いですがよろしくお願いします。」
手強い?わたくしが強いということでしょうか?たしかにわたくしは強いですけれども・・・?
「相わかった。」
ロウが颯爽と立ち去ったのをみて、レオルド様も「ではあちらで。」と少し距離を取って離れた場所で
待機をされました。
わたくしはまだ木の上。うーん・・・飛び降りることもできますが、下にはエル様がいらっしゃいます。
木を伝うにはレオルド様の手を借りようかと思ったのですけれども・・・。
そう考えていると、わたくしのすぐ下まで来ていたエル様が笑ってらっしゃいます。
「どうして木に登っている?ナディアは木登りも得意だったのか?アンヌがみたら目を剥いて怒るだろう?」
「・・・アンヌには黙っていていただけませんか?」
「だがしかしレオルドも見てしまったし、アーノルドも見てしまっただろう?サラもだめだと言っていた
のではないか?」
「・・・ああああ・・・あのお二人にも口止めを・・・。サラには・・・言わないでくださいませ。
だってエル様のお体に必要なものを採取しようとしたのですもの。わたくしが手づから取りたかったのです。」
そう言うと本当に楽しそうにエル様が笑う。
「ああ、ナディアわかった。秘密にしておいてあげよう。それにしても距離が遠い。寂しいではないか。
見上げると美しい月が見えるが、あなたと見たい。あなたの背の向こうにあるのだからあなたは見れない
だろう?」
くるっと振り返ろうとするのをエル様は穏やかな声で止める。
「だめだ、振り返っては危ない。あなたが強く、どんな高いところが大丈夫でも、どんな場所でも。
可憐だとしてもわたしの手の届かないところは許さない。あなたの手をすぐに取れる場所にわたしがいたいのだ。
今すぐにわたしはあなたの手を取りたい。だから・・・。」
え?距離が遠いのはわたくしが木に登っているからなのですぐにおりますわ。
すぐに降ります。と口にしようとした瞬間。
レオ様はとろけるように微笑んだあと・・・。
その美しい指先を伸ばして、両手を広げておっしゃいました。
「ナディア・・・ここにおいで。わたしの腕に。」
リアル王子さま・・・いや、もはや王様だった(笑)




