思っていたよりもとても目を引く状態になる予感が致します。
ナディアレーヌはエルンハルトにドレスを作ってもらうことになっていたのですが。
裏ではきちんとエドが働いていたのでこういう状態だったということです。
流れ的にはもはや頑張らざるを得なかったマードル兄妹(笑)
言いましたわ。たしかに言いました。
「あの・・・その・・・。では比重を分けてくださいませ・・・わたくしも黒地でお願いしたいです。」
「わかった。」
と。
黒地でお願いしますと言いましたわねわたくしは。目立たないように暗めの色を指定しましたが。
ええ、たしかに軽めの生地でとお願いもいたしました。
ただ、こんなに大振りなテスカの花がドレスの下半分を美しくエル様のミルクティー色の髪色と遜色ない
美しい錦糸で刺繍されているなんて思ってもおりませんでした・・・。
そしてもちろんテスカの花は我が国の国華です。
その下半分のテスカの花からの続きで細かく胸元にも散らばっている美しいテスカの花の刺繍はそれはそれは細かくてため息が出るくらい美しいのです。
ぐるりと裾から大振りな花をちらした刺繍が上に行くに従って細かくなり、身体を一周しているのも
また美しく、緻密にデザインされたであろうその配置もとても美しいのですわ。
そして胸元に向かうに従ってミルクティー色の錦糸はダスティーブルーに変わっていきます。
腰の部分のたくし上げたドレープは片方に寄せられ、それから後ろの裾に向かってアシンメトリーに
美しく流れています。
黒とは言え少し軽い生地でとお願いしたからか刺繍がミルクティー色に合わせてなのか少しだけグレー味がかかっているような。
なんとも美しい光沢を持ったこの生地は多分総シルクでしょうとも・・・一体生地だけでどんな値段に
なるのか想像も付きませんわ。そして刺繍の錦糸も・・・素晴らしいのですもの。
もう怖くてこれは歩く芸術品といったものですわ。
シルエットも優雅でエルロッドウェイでは着たことがない形でして・・・。もちろんこの形の裾と刺繍は
勿論ドゥーゼットでも見たことがないはずなのですが・・。
「「ナディアレーヌ姫のために一からコンテを書き起こしました!お針子たちは38人が交代制の時間で
刺繍も縫うことも確実に仕上げるためにシフトを組んでおりました。
縫い合わせもパーツごとに仕上げていきましたので皆に負担がないように出来上がりましたし。
いやあ、終わるかどうか自分たちでも不安でしたが、ここまでの品ができあがり自分たちの力を存分に
振るうようにと国王陛下とエドガルド様からのお言葉を頂きましたので。
それはそれはまた突貫でしたが充実した時間でございました。ありがとうございます姫様!
それからエルローズ様の分も仕上がっております故、また来週の夜会を楽しみになさってくださいませ。
カイン様にも存分に満足していただける出来になっているはずでございます!!!
私達はこの仕事ができて幸せでございました。本当に生きてるといった感じがいたしました!!!」」
眼の前のメガネを掛けた30代位の見目麗しい男性と。
同じくメガネを掛けたにた面差しをしながら少しきつめの顔をした美しい女性が。
二人で交代交代に話すのであっけにとられてしまいました。
とてもいい顔をしてらっしゃるので・・・仕事としても充実感もあり良かったのでしょう。
とても高価なものだということだけはわかりました・・・。
この二人は、マードルという、国が信頼を置きほぼこことしか取引しないと言われている衣装店であり
エルンハルトが着心地を一番気に入っているのだ。
以前は何度か違う店のものも取り寄せてみたのだが、マードルのシャツをいたく気に入ったエルンハルト
が唯一嫌がらずに服を作らせてくれる店なのだ。
国王陛下は金を落としてなんぼなのだが、エルンハルトはもともと自分の見た目にもそう執着がなく。
肌触りくらいしか注文がないのだ。
エルンハルトの注文はいつも唯一。シンプルかつ肌触りがよく、疲れないもの。
色は白、黒、グレー、だいたいそのあたりを指定してくる。
何を言うのだといいたい。
大体にして美しさを更に際立たせる物はてがかかるものである。
わかりにくくても、同色の色で必ず美しく刺繍が入っているし、ただの白シャツにだって染から手を
加えていつもエルンハルト陛下に似合う白を毎回探している。もちろん黒もグレーもその限りではない。
その上肌に当たる内側は肌触りと質感を兼ね備えたものを日々研究しているのだ。
そして着心地のために軽さまで計算し尽くしている。
自ずとシンプルであろうと高価になるのは仕方がない。
だがしかし、わかりやすく着飾らせてくれてもいいではないかと思うのだ。
どうしてこれだけの美貌を持ちながら黒を好むのだ夜会服で・・・といつも頭を抱える。
ぎりぎりで刺繍で色を入れるくらいだが毎回同色を好まれる。どういうことだ・・・。
あの美貌を生かしたものを着飾らないだなんて本当に罪だとこの兄妹は常々思っていたのだ。
それがここにきて注文がちがったのだ。
マードルといえば国一番のドレスや夜会服の専門店の上、国やエルンの服と刺繍はこの店が取り仕切り
刺繍や部分に分かれた仮縫い、靴や小物はまたその専門部署に依頼されて作られる。
国王が身につけるものということで、その服を作ることに関わるのはごく少数の者になっている。
その敬愛すべき国王陛下である、マードルの一番のスポンサーがなんとドレスを発注してきたのだ。
もう一度いう。
ドレスである。
マードル兄妹は最初にエドガルドに聞いたときに三度聞き直した。
三回目で「あ、聞こえていないならいいのだよ、別にエルンの夜会服だけ頼めばいいので。
別にドレスは他の店に発注しても・・・・。」などと言われたので慌てて認めた。
自分たちの耳に聞こえた言葉を。
くどいがもう一度、再度いう。
ドレスなのである。
呆然としても仕方がないだろうに、エドガルドはサラリと流そうとするから本当にたちが悪い。
この人と交渉していると本当に心臓に毛が生えていくのを感じるのだ。
それはさておき。
「エルンハルト陛下が。ご令嬢に。ドレスを送るということですね?」
「そうだね。あ、ご令嬢と言うか姫。皇女だよ。エルロッドウェイの。」
サラリと言われた言葉に、二人はぎょっとする。
「なっ!!エルロッドウェイの皇女様といえばあの銀を纏う珠玉の姫ではございませんか?!」
兄アルザックの言葉にエドガルドが興味を覚えたように視線を向ける。
「ん?この間の夜会に来ていたの?」
レーヌ姫に着付けの控えの間で会ったはずがない。
アンヌたちが丁寧に着付けたはずだ。んーどういうことだろうか?とエドが思ったときに答えが来た。
「いえ、わたくしはそのような場に顔をだすわけには参りませんので。ただ、ご衣装に不備がないように
控えの間におりましたがあまりのご兄妹のお美しさに周りが・・・。」
「あー・・・そういうことか。たしかにあの兄弟は極上に美しい兄妹だからねぇ。」
自分こそも金髪碧眼で目が潰れそうな美男子のくせに何を言うのだ・・・とマードル兄妹は思ったが
それはおくびにも出さない。
「お噂では大変お美しい銀の御髪にアメジスト色の美しい瞳を持つ皇女様だと。」
そう妹のソフィアンが言うとエドガルドはおっとりとうなずいた。
「そうなんだよ。レーヌ姫はエルンのそばにあるにふさわしい美貌と気品と聡明さを兼ね備えている。
そして、君たちにはエルンから直々にレーヌ姫の着るドレスをお願いするということだよ。
これがどういう意味かはわかるよね?」
そう言って屈託なく笑うと、目の前の兄妹は表情をガラリと変え、ギラギラとした目を向けてくる。
エドガルドがエルロッドウェイの皇女を「レーヌ姫」と愛称で呼んだ。
それはエルンハルト陛下の一番の側近であり一番の心を許している人をも心を砕き、陛下の側にあるのを
是とした証拠である。
この間の夜会のことは耳に入っている。我が国の敬愛する国王陛下が初めて自ら手を取った女性だと。
そしてあの陛下がなんとダンスを踊ったのだと。
そしてその方の心をつかめば・・・。
いろんなことは後回しとしてニヤリと笑う。そして兄妹は目を合わせると二人共がニヤリと笑っている
事に気がついて真顔になった。
似た顔がニヤリと笑っていると、自分がどの様な顔をしているか自ずと分かるので冷静になるのだ。
「ぜひ我々の総力を上げてどの様な期間であろうとも最上のものを仕上げてみせましょう。」
三週間後に夜会が控えているという話は知っている。
そして、そのときに敬愛する陛下に何度袖にされても取り入ろうとする他国の王女が来ることも。
それなりにドレスや衣装を作るのに短い期間の間の制作ならば許可を得て王城に居を構えているが、
周りの職人たちまでは全てがそうではない。
だが自分たちが管理する職人たちは一人として自分たちの意図を組まないバカはいない。
もともとマードル兄妹はここまで来るのに人とのつながりを大事にしてきた兄妹だ。
お互いの伴侶とてその職人のうちの一人だ。
兄アルザックの妻はデザイナー兼色味を吟味する達人であり職人。
妹ソフィアンの夫はどの様なデザインでも複雑なものでも緻密に縫い上げることができる針職人である。
職人たちも一人ひとり、末端の修行に入ろうとするものまでいちから面接をし、育て上げるのだ。
そばにいるのは熟練の職人になればなるほど、そして自分たちよりも歳上であればあるほどにこの兄妹を
叱って、育て、一緒に育ってきた人達だ。
そして何より。
アルザック自身は針仕事よりもデザインに特化し、ソフィアンは刺繍の腕とそのデザインの天才だ。
この兄妹とお互いの伴侶があってこそのマードルであり、その彼らが心を砕き時間を使い育て上げた
職人全体が芸術的な服を作り出すのだ。
その才能を、白や黒、グレーだけでなく?シンプルなものではなくドレスを作っていいと?!
ドレスと言えばどれだけ着飾っても良いものだ。
全ての手腕を振るっても良いということだろう。もちろん資金も潤沢。
「あ、エルンからのポケットマネーだから好きなだけ使うように。」
とエドガルドは言い放つ。
なんと!国庫からではなくエルンハルト陛下の資金・・・目眩がしそうである。
ときにエルンハルトの衣装となれば国庫から出るものだ。着飾るのも基本的には体に合うものを着るのも
それは国王陛下としての義務であるし、きちんと予算として決められている。
だがエルンハルト陛下は自分の美貌を飾り立てるのを良しとしていないので、あまりそういったものに
お金を国庫からだすのも必要経費ならということでしか考えてこなかった。
そのこの国の太陽たる国王陛下が女性のドレスを仕立てようとしている。
そしてそれを贈るのだという。
さらにその名誉なことに自分たちが仕立てるものが選ばれたのだ。
これが職人たちにとってどれだけの励みになるか。
「あ、色は黒地で。」
・・・・・・は?
黒・・・だと?
思わず二人してエドガルドをにらみつけると、慌てたように言う。
「いや、今回は!だよ。今回は黒地で。と言うことだから。」
「今回は。ですか?では次回以降は好きに作っていいということでしょうか?」
唸るような声でソフィアンが低い声で問い詰めると、そうなった経緯を話す。
「本来ならね、エルンは自分の髪色をドレスの地の色にしようとしたんだけど。」
それを聞いて兄妹は目眩を起こしそうになった。
初めて贈るドレスで自分の色をまとわせようとはなんという執着、なんという寵愛かと・・・
今まで浮いた噂一つなかった我が国の太陽はこれほどにも盲目になるのか?とグラグラしていると。
「それでレーヌ姫が恐れ多いって違う色にしてくださいーっていうのに、エルンが黒の衣装だって
言ってるのに迂闊にも地の色を黒にしてくださいって本人がね。」
は?
どういうことだろう。
それだと思いっきりおそろいになるじゃないかと思っていると。
「可愛らしいよねぇ、迂闊にも黒地にすれば地味になると思ったらしいんだけど。
本人はそういった時点でも今の時点でも全くのおそろいになるってわかってないんだ。」
は?
策略ではないのか。一国の国王陛下がドレスを贈ると言って自分の髪色を纏うのは恐れ多いからって
陛下が黒地だと言っているのに地味にしたいがために黒にしてくれと言ったと?
「まさか・・・おそろいにしたいがために仰っているということは?」
「お会いしたらわかるよ。ないんだレーヌ姫は本当に。」
そういって楽しそうにエドガルドが笑う。
あ、ちょっとだけ機嫌が悪くなった・・・商売人の兄妹はにどとその様な不敬なことを言うまい。
と誓った。笑っているけれど笑っていない。そこらの線引きはきちんと読めなければやっていけない。
そしてその勘は正しい。
エドガルドは普通話だけを聞いた人間がその様な反応をすることを想定しているしそう思うだろうと
わかっていたのだが、きっちりと想定内の反応をされると面白くない。
そう思うほどにはエドガルドはレーヌ姫を気に入っているしエルンの伴侶にすると決めているのだ。
「もう日にちがないから明日にでも採寸をしてくれるかな?」
その言葉に兄妹は大きくうなずく。
「まあ、今回の出来次第になると思うけど、マードル兄妹なら大丈夫でしょ?信頼してるし。
それから・・・。
他国にも顧客ができるかもしれないから頑張るように。」
「他国?」
アルザックが問うと、当たり前のようにエドガルドがうなずく。
「そう。もう聞いてるかもしれないけど、君たちの店舗からも手伝いで行くでしょう?お針子たちが。
今度の夜会で正式にお披露目になるけどグリルフォント侯爵家のエルローズ嬢がエルロッドウェイに
嫁ぐからね。」
・・・・・・・・・・・何という情報をここで叩き落とすのかこの人は・・・。
聞いてない。まだ聞いてない。
自分たちが聞いて無いのにどの職人たちが聞いてるというのだ?!
生地を探す、糸を探す、それだけでも大変なのだ婚姻ともなると。
まだ動き出したばかりだという婚約を経ても、他国の王家に嫁ぐとなるとそれなりのものを準備する。
が。
こちらで用意するのは向こうの国に行ってからの衣装になるだろう。
婚礼の衣装はエルロッドウェイが用意するだろうし・・・とはいっても、かなりの大きな事態だ。
「あ、あの・・・決定事項でらっしゃいますか?」
「うん。もう婚約は成っているからね。そしてこのお披露目のためにエルロッドウェイから第二王子の
カイン様がいらっしゃる。我がいとこエルローズはカイン様と婚姻するため自分もエルロッドウェイに
一緒に一度伺うんだ。
その時のためにわたしからエルローズにドレスを一着おくってもいいなぁ。」
なんと顧客が広がる・・・頭の中で計算しながらも交渉をつづけていくしかないなと兄妹は折れる。
「ちなみにわたしとカインは仲良しだよ。とても気が合うんだ。そしてカインはわたしととても
よく似ている。考え方がね。」
・・・・敵に回してはいけないが味方につければ百人力ということだと、この眼の前の美丈夫は
伝えているのだ。
「まあ、今回のレーヌ姫の黒のドレスだとあからさますぎて溺愛カインの怒りは買うだろうけど・・・。」
ちょっとまっていただきたい。怒りを買ったらどうしたらいいんだ?と。
ちょっとだけソフィアンが涙目になっているのを見て心から楽しそうにエドガルドが言う。
「相殺する方法はあるよ。エルローズのドレスも同時に仕立てたらいいんじゃないかな?」
は?さらに夜会用の・・・ドレスを?
この人鬼畜なんだろうか?
思わずアルザックはエドガルドに悪魔の尻尾でもないかと目に力を入れてしまう。
見えるかもしれない。もう引っ込んでいるのかもしれない・・・。
いくら眺めてみても美しい金髪碧眼の美丈夫が微笑んでいるだけだ。
そうか、悪魔って大体が美しいと言うもんな・・・ともはやこれが世にいう想像の上を行く出来事。
ということなんだろう・・・。
だがしかし。
やりたいという気持ちはふつふつと湧いている。
これは試されているのだろうか・・・多分試されているんだろうな・・・。
陛下の服を作るということは、身にまとうものを国庫から今後も金を落とすのだ。
生半可ではいられないということだ。
逆にここでさらなる信頼を勝ち得れば。
あの白も、この黒も、あの生地も。
研究に研究を重ねていけるということだ。
エルンハルトの要求は簡単でありながら、全く同じものでは自分たちが許せない。
そのために自分たちはいつも研鑽を積んでいけるのだから。
血を吐くほどの三週間が始まると決まった。
この話を受けざるを得ないのは王命でもあるからわかっている。
だがあと一着のドレスは同時に仕立てるのかと、しかしそれも王命に近い国益にも近いものだと
ここで叩き出された。
だがしかしこれを受けずして職人とは言えないだろう。
やるしかならず、そして心躍っているのも確かだ。
「色はね、エルンと同じくすると当たり前すぎるほどにあからさますぎるでしょう?ほとんどエルンが
他のご令嬢に興味を示さないし嫌悪感も持っている場合もあるしで国内のご令嬢たちはエルンのお眼鏡に
叶わなかったんだ。
そのなかでレーヌ姫が全く同じ色味を纏えば、羨望もあれど妬みも生まれるよね。」
そんなのエルンに媚薬なんかもらなけりゃよかっただけなのにねぇ。と、不遜で恐ろしい言葉が聞こえて
もちろんのこと兄妹は耳を塞ぐ。
本当にこの人はうっかりと何を聞かせて自分たち兄妹を取り込んでくる算段なんだ?と背筋が凍る。
わかったときにはもう遅い・・・。
まあ、後悔はないけれども。うっすらと聞いていたご令嬢たちに狙われるエルンハルト陛下のことを
思って心が痛むくらいだ。
「だからねぇ、ここでエルローズのドレスはレーヌ姫とおそろいの形と刺繍にしてくれないかな?
エルローズは小柄で可愛らしく美しいブルネットの髪だよ。カインは銀糸の美しい髪に美しい緑の目。
背が高く素晴らしい体躯の美丈夫だ。そしてエルロッドウェイの国家はテスカの花。
イメージはついたかな?
それでカインのお怒りは溶けるよ。そして顧客になるに決まってる次回はでき次第では我が家も顧客になろう。
どうだい?頑張れる?」
・・・・・・さすがこの大国を動かす大貴族で太陽の補佐たる人物だ。
国庫も動かせる我が国の太陽と、そのために自分の資産をいくらでも差し出される珠玉の姫と。
その友でありその姫の義姉になる公爵令嬢と、我が国の公爵閣下の奥様をも顧客にできると。
ここまで煽られて出来ないという職人も商売人もいない。
「誠心誠意、勤め上げましょう。明日早い時間に皇女様にお目通りをお願いしたく。
そしてできればグリルフォント侯爵令嬢にもお目通りをお願いしたく・・・。」
「ああ、もちろんエルローズには本日伝えて明日、レーヌ姫と同じ時間に示し合わせよう。
こちらが無理を言っているのだから。エルローズにはわたしからお願いするよ。」
そう言って目の前の美丈夫は笑う。
それはそれは美しい笑みだが兄妹には悪魔の微笑みに見えた。
本当に敵に回したくない。このお人だけは絶対に敵に回さない。
と、心底思う二人だった。
兄妹の頭の中はこれからの算段と相談と、お互いの伴侶へのちょっとの愚痴を言って力を抜きたい。
それくらいがほぼすべてを締めているだろう。
まだ2割も本気を出して交渉していないだなんて、この基本的にお人好しの兄妹には絶対見せないように
しようとエドガルドが思っているなんて知らない二人を前に。
この大国を統べる太陽を支えているのは伊達ではないということを自認しているエドガルドは
そっとほくそ笑んだ。
「お初にお目にかかります。マードルのアルザックとソフィアンと申します。」
そういってとても洗練されたシャツとジレをサラッと着こなした男性と、シャツとジレは短くすっきりと
しているのに綺麗に張りのある生地でふわっと広がる美しいラインのスカートを着こなした女性。
この二人が今回わたくしのドレスを作ってくださるということなんだけれども・・・。
「わたくし、エルロッドウェイの皇女でナディアレーヌですわ。よろしくね。」
いつのも口調よりもすこしだけ皇女らしくを心がけております。気を抜くとわたくしどうにも皇女らしい
言葉遣いが下手になりますのよね・・・。
「すべて首周りや肩周り、後ろに回ります。私の方で図らせていただきますがよろしいでしょうか?」
そういってソフィアンが問うのでわたくしはゆっくりとうなずきました。
「はい。測ってくださいませ。」
その言葉を合図にアイザックは「私は少しの間下がります。」と言うのでうなずきました。
ドレスを作ってくださる職人さんなのでいてくださっても構わないのだとわたくしは思っていたのだけど
どうやらそれはアンヌが許さないらしいですわ。
そういえばエルロッドウェイでも女性でしたわね。そしてお父様やお兄様たちは逆に男性の方が
サイズを測ってらっしゃいましたわね。
「エル様のサイズも毎回図り直されますの?」
ぴたっとソフィアンの動きが止まりました。はて?と思ってもう一度話しかけることにいたしました。
「エル様のサイズも毎回・・・。」
「は、はい。陛下のサイズも3ヶ月毎に図らせていただいております。
それにしても姫様、素晴らしいほどに歪みのない左右対称の体格をしてらっしゃいますね。何か運動を
してらっしゃいますか?」
「ええ、鍛錬を。」
「・・・・た、鍛錬?」
「ええ、鍛錬です。」
そんなにおかしなことを言っているわけではないのに・・・?
にこやかな顔でその後流されましたので、ひょっとしたら皇女として鍛錬は失格だったのでしょうか?
不安になってサラを見ると少々渋い顔をしていましたので多分失格だったのでしょう。
一通りサイズを測り直したところで、午前のドレスを着直したわたくしをソフィアンがじっと見つめます。
そうしている間にエルローズ様がいらっしゃいました。
「ナディアレーヌ様、まいりましたわ。」
そういって小走りにドアの入口付近から笑顔でかけてきてくださいました。
あー可愛らしいですわ。本当にこんな可愛らしい方がわたくしの義姉様になるだなんてとても幸せです。
カインお兄様もエルローズ様とお会いできないのはお寂しいでしょう。
「エルローズ様お会いしたかったですわ。でも、エルローズ様もドレスを作られるのですわね?」
「はい。エド兄様が作ってくださるとおっしゃったのですけれどもあと三週間しかございませんでしょう?」
そういってソフィアンに視線を向けるとニコッとわらったエルローズ様の可憐さがわたくしの目に、
もうまぶしすぎましたわ。可愛らしいです。
「マードルのソフィアン様?でらっしゃいます?」
「まあ、グリルフォント侯爵家のお嬢様が私に敬称などおつけにならないでくださいませ。
私のことはソフィアンでよろしいですわ。そして兄のことはアルザックと呼び捨ててくださいませ。
先程ナディアレーヌ様にもそう奏上いたしました。」
そういって首からメジャーをかけて、小さなメモと鉛筆をもっているソフィアンが笑います。
「さて、お時間がありません。エルローズ様のサイズも図らせてくださいませ。」
「あ、は、はい。ただわたくしはきちんとサイズ表を持ってきたのですが・・・。」
「それも見せていただきますが、きっちりと一度我が目で測らせてくださいませ。」
きっぱりいわれて、エルローズ様は勢い押されるように衝立の向こうに連れて行かれてしまいました。
その間に私はいつものようにお茶の準備でも・・・。
と思ったのですが、今度はアルザックに別室に呼ばれ、たくさんの黒字の生地を見せられます。
とてもではないですがどう違うと言われてもどうも違わないように見えますが、そう言ってしまうと
エルロッドウェイの皇后たる淑女代表の母に何を言われるかわかりません。
エル様の衣装はどういったものかしら?とは思いましたが、まあいいでしょうと思いわたくしはその
おなじに見える黒の生地を眺めます。
「色が違うということで良いのかしら?」
「はい。すべての色も違いますし、材質も違いますし、厚みも違いますし・・・ナディアレーヌ様が
お気に召したもので作らせていただこうかと思います。」
「・・・・軽いものがよろしいですわ。わたくしあまり重いものは苦手でして・・・。」
「ですが刺繍をしますのでその分重くなりますがよろしいですか?それともオーガンジーのような生地を
重ねて妖精のように仕上げたほうが?」
「妖精?!」
わたくしから一番遠い存在じゃありませんの?妖精っていうのはエルローズ様のような可愛らしい方に
つける総称ではなくて?わたくしどちらかというと背が高い大女では?
「あの・・・そういった希望はあまりないのですが・・・そんなに派手なものではなく華美なものでも
ない方が・・・。」
そう言うと、穏やかにアルザックは微笑んで頷きながらとんでもないことを言いましたわ。
「なるほど。月の女神のようなナディアレーヌ様には可愛らしいものよりも布の質感で違いを出すと。」
「つ、月の・・・なんですって?」
「ああ、よろしいのです。どうやらエルローズ様の方も終わったようですね、あちらに合流いたしましょう。」
そういって、わたくしの手を取り最上級の挨拶として額に付け、その後ゆっくりとあるき出しました。
あまりにもスマートなその運びに思わず唸ってしまいそうになりましたわ。
年の頃ならレオルド様と同じくらいではないでしょうか。
アルザックも衣装を手掛けているからかとてもおしゃれですし、美しい殿方でらっしゃいます。
それにこんなにスマートにこなせるのですからお仕事するって大変だなと思いますわ。
促され部屋に入ると、エルローズ様がちょこんとソファーに座ってらっしゃいました。
ソファーに座る姿も優雅でしかも可愛らしく、裾に流れたドレスのさばき方も淑女として満点。
ふわふわのドレスも可愛らしくて愛らしい。わたくしはアルザックに向かって言いました。
「見てくださいませアルザック。妖精とはああいった愛らしさの方ですわ。」
ふむ。と言った表情をしてわたくしのほうを振り返り、わたくしの手に軽くキスを落とすふりをして
礼を取り今度はエルローズ様のところにゆっくり歩き膝をついてエルローズ様の手を取り。
札をするアルザックは正しい紳士ですわ。
「確かに妖精のごとく可愛らしく愛らしいですね。はじめましてエルローズ様。私はアルザックと
申します。」
「本当に。エルローズ様は本当に愛らしく、ナディアレーヌ様は本当に目もくらむほどにお美しい。」
続けてソフィアンが言葉をつなぐのもまた素晴らしい連携ですわ。
後ろでアーノルドが「すごい・・・。あんなに自然に手を取れるなんて・・・。」と言っていたので
本当に滑らかにアルザックは紳士として最高峰の行動しているということなのでしょう。
さすがマードルの店主たちですわ。
マードルの説明を受けたのはエル様にだったのですが、エル様が気に入っているのだ。それにわたしは
アルザックが気に入っている。あの男はとても研究熱心でわたしの身体を知り尽くしているからな。
どの服を着ても着心地がよくナディアにも着てほしいのだ。
とおっしゃっておりましたわ。
そのアルザックたちが作ってくれるドレスならば・・・とは思いましたが。
ふと思いましたが。
あと三週間しかないのですわよね?ドレス二着とエル様の夜会服。
三週間で出来ますの?
そう問いかけると・・・。
ふたりとも真剣な眼差しで「必ず仕上げてご覧に入れましょう。」と、もはや鬼気迫る勢いで
お返事くださいましたわ。
「ナディアレーヌ様のご衣装とエルローズ様は刺繍は同じ形で入ります。形は今日のお二人を見て、
これからお二人に沿ったものを考えますが似た雰囲気になるようにとのエドガルド様のお達しですので
それでよろしいでしょうか?」
そう聞かれて、わたくしは一も二もなく笑顔でうなずくと、となりでエルローズ様も笑顔でうなずいて
くださいましたわ。
「ナディアレーヌ様と同じ刺繍のドレスなんて恐れ多いですわ。でも・・・。」
「わたくしたち姉妹になるんですもの!ねえソフィアン、おそろいに近い形になりますわよね?」
「お二人は背の高さが少々違いますのでボリュームを付ける場所が違いますけれども刺繍はわたくしが
考えましてテスカの花を入れさせていただいても?」
「まあ!テスカの花を?」
わたくしがそういうとエルローズ様もニッコリと笑ってくださいます。
「カイン様が押し花にして送ってくださいましたあのテスカの花ですか?嬉しゅうございます。」
「お兄様が・・・押し花を?」
「はい。もちろん花束も送ってくださいますが、テスカの花はエルロッドウェイに来たときに・・・その
ブーケにしようと・・・。」
まあああああ!!!!お兄様ったら!!!なんとちゃんと手順をふんでらっしゃる!本気でらっしゃる!
「エルローズ様!エルロッドウェイでは愛しいとか愛しているといった言葉の代わりにもテスカの花を
贈りますのよ。その押し花のテスカの花弁がピンクでした?」
「え。ええ・・・薄紅色でございましたわ。」
「きゃあ!!サラ!!!お兄様の本気を見ましたわ!!カインお兄様が守り人になったのですわ!!」
わたくしの興奮をサラもわかってくれたので二人でニマニマしておりましたが後ろのロウがぶはっと
吹き出したので不敬よ!とエリーゼに叱られておりました。
ロウの態度に不安そうになったエルローズ様にわたくしたちは手を握り、思わず近づいてしまいました。
「花弁の色が淡紅色、ピンク色の花弁のものはテスカの花のなかでも本当に珍しいのですわ。
そして、必ずどの様な身分の方でも自分で探して手折ったものでしかその色を保てませんの。
不思議な花なのですわ、テスカの花は。
殆どのテスカの花はすべて花弁まで白いのです。そのなかでその色を見つけるために朝から咲き始めの
テスカの木の側で探すのです。
一日で現れることもありますがだいたい一週間くらいで一輪は見つかるでしょうか。お兄様から届いた
のも少し時間が経っておりませんでしたか?」
「ええ。帰ってから2週間は経ってましたでしょうか。」
「ではお兄様は王城にあるテスカの木を毎日見回っていたのでしょう。ね、ロウ?」
そう問いかけると、やっと笑いが収まったロウが頷きました。
「ええ、そうでしょうとも。王城にあるあの何本もあるテスカの木を必死で探し回るカインを想像すると
わらいがとまりませんねぇ。エルローズ様、カインは今までそんな事したこと一度もありませんからね。
どこの木にその薄紅色の花が咲きやすいかなんて知りません。
だから遅れたんだと思いますよ。さて、フレディとどっちが早かったのかな?」
そういってまた笑うんですもの。本当にお兄様たちとロウったら・・・。
「自分がテスカの花を探し回るのが一番早かったからってお兄様たちに教えないなんて酷いわ。」
「いやいや、レーヌ。自分の足で見て回るのが愛だよ。何日かかってもね。俺もエリーゼに捧げるとき
本当に何日も探し回ったからな。簡単に教えないよ。
エルローズ様、エルロッドウェイの男はテスカの花を探すことを守り人というのですよ。」
そう言っている間にエルローズ様が真っ赤になってしまわれました。
「カイン様が・・・これがうちの国の国華だからねってそれしかおっしゃらなくて・・・。」
か、可愛らしすぎます・・・。照れてらっしゃるエルローズ様が可愛らしすぎます・・・。
「エルローズ様・・・カインが近くに来たら一旦逃げていいと思うのですが。」
わたくしもそう思いますがお兄様が離すはずがありませんわ。諦めていただきましょう。
そう視線を送るとロウも仕方ないといった空気を醸し出してまいりましたわ。
「エルローズ様!!どうしてものときはわたくしがお救いしますわ!兄の扱いは慣れております故!」
「ええ?!ど、どういうことですの?」
「捕まったが最後。腕の中から出してもらえないということですわ。」
「ええええ!!!」
真っ赤になって涙目になってらっしゃるのでなれですわ!と言っておきます。
因みに膝の上に抱き上げられることも髪を撫でられることも距離が近いことも付け加えましたわ。
エルローズ様はもはや真っ赤になって本当に軽く震えているため小動物のようです。
お可愛らしい・・・。
そこまでの会話を聞いていたアルザックとソフィアンが崩れ落ちております。どうされたんでしょう?
視線を向けると・・・。
「兄よ・・・・こんなに天使の塊のお二人のドレスを作れるなんて私たちなに?神がご褒美をくれたの?
それになに?このテスカの花の裏話。生かさなくちゃいけなくない?」
「妹よ・・・天使だ。天使だった。妖精や月の女神ではなく天使だった・・・。」
「仕事を持ってきたのは悪魔だったのに、やってきてみたら天使の塊だったなんて・・・。」
「あーもういっその事陛下の袖口にもテスカの花刺してやろうかしら。」
「いやまて、それは待て妹よ。色々問題があるから関係者と話し合ってからにしよう。」
「ナディアレーヌ様、エルローズ様!わたし素晴らしいものを作り上げてまいりますわ。ええ・・・。
マードルの総力を上げて!全てにおいて無駄なくすべて仕上げます。
私達を信じてお待ちいただけますか?」
「はい。」「はい。」
勢いに押され、そのままうなずくと勢いよく二人は帰っていきました。
それから二週間。夜会までの一週間前で仕上がってきたそのドレスを見て。
それが冒頭に戻ったわたくしの発言でございました。
「何だ着てみてはくれないのか?」
トルソーにかかったそのドレスを眺めていたわたくしに後ろから声がかかりました。
マードル兄妹が最上級の礼を取ったのを感じたと同時にわたくしの髪がサラリと揺れました。
「ん?今日はカモミールか?」
「そうですわ。よくおわかりになりましたわね。」
わたくしの髪に自然と触れたエル様が微笑んでわたくしの手を取りました。
「それで着て見せてはくれないのか?」
「エル様のは出来上がりましたの?」
「ああ、とても良い着心地だった。アルザック、ありがとう。」
「いえ、我が国の太陽である国王陛下にご挨拶申し上げます。そのように言っていただけること
マードル一同心より感謝申し上げます。」
わたくしの手を引いていたエル様が二人を見てご機嫌で笑う。
「ナディアのものも素晴らしいな。」
「本当に美しいドレスをありがとうございますわ、エル様。マードルのみなさまも。」
そう言ってわたくしはエル様に手を預けたままですが淑女の礼を取りました。
「当てて見るだけでもわたしに見せてくれないか?」
「エル様、夜会用の化粧もしていないのにこの様な華やかなドレスを着たら恥ずかしいですわ。」
「いえ・・・いや!着丈も見たいので着てみましょう!」
ソフィアンの声にアンヌやサラが動き出しました。
え?わたくし今このドレスを着付けるんですの?え?
「さあ、わたしに見せてくれ。」
エル様の重ねての懇願に、わたくしは眉を下げましたが。
更にわたくしよりも背が高いくせに上目遣いで見てくるエル様のその表情をみて思わず・・・
「着るだけでよろしいのですか?エル様も着てみられては?」
その言葉がおもったよりも楽しかったエル様の心をくすぐる状態になるなんてこのときのわたくしは
知らなかったのです。
そしてテスカの花にはそんなロマンチックな一面もあったということです。
因みにカインは8日間色んな場所の木の守り人をやりました。
摘み取るときにきちんとテスカの木にお礼を言って、フレディにきちんと
押し花の作り方を聞いて、エルローズの手元に着くまで蝶に丁重に運ぶように申し付けて
手元に送り届けたのでした。
カインべた惚れの溺愛なので。いつかこの話も書きたいなぁ・・・と思います。




