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指って食べるものではございませんわ!(改稿あり)

エルン暴走するの巻。

「ご機嫌だな?ナディア?」


そう言って穏やかな声が上の方から降ってくる。

お茶の準備のために屈んでいたのでふっと見上げるとそこで微笑んでいるのは、この国の頂きたる

ドゥーゼットの国王たるエルンハルト陛下。

どうやらお茶の準備をしているのを待ちきれなかったのか出向いてきてくれたらしい。



そのエルンハルトを見上げ笑うと、はっとして軽く淑女の礼を取る。

それを制してエルンハルトはゆったりと笑い、そしてゆっくりとナディアレーヌの手を取り口づけた。

それをそのままにしてナディアレーヌは嬉しそうに話し出す。

「本日はお顔の色も良いようでホッとしました。エル様、今日は体調は悪くはありませんか?」

「ああ、昨日あなたがそばに居てくれたからだろうか。とても良く眠れた。」

「それはようございました。」

そういってナディアレーヌはニッコリと笑い、そしてお茶の準備をしますので。と、サラリとエルンハルトの手から自分の手を浚う。

それを少し残念そうに、それでもナディアらしいと笑いながらそれを許した。



「私たちもいたのですが。」

そう言って少しだけ不機嫌そうに口を一瞬尖らせたのはアーノルド。

その声に反応したエルンハルトは嬉しそうにアーノルドに近づいて行く。

あー・・・と思うレオルドが止める暇もなかった。



「ああ、アーノン。どうしたのだ?」

そういってふわっとアーノンの黒髪を撫でるのは至極の美貌を笑み崩したエルンハルト。

「へ、陛下!」

慌てふためいたアーノルドが少し後ろに身を引くとエルンハルトはその笑み崩れた顔をすぐに悲しくて

仕方ないといったふうに落ち込ませた。

「どうしたのだ?わたしが触れるのは嫌だと?」

「いや、そうではなくですね・・・あの・・・。」

敬愛するエルンハルトがしょぼんとしょぼくれているのを見るとどうしようもなく罪悪感が湧く。

「わたしももう騎士として護衛として仕事をしております。しかも成人もいたしましたので・・・。」

「なでてはだめだと?わたしの弟のように息子のように思っているアーノンの頭に触れてはならないと?」

それを聞いていたレオルドは軽くため息をつく。

同じくアンヌもだ。

だいたい俺の息子であってエルンの息子でも弟でもないのだが・・・と二度目のため息をつく。

ふと息子に目を向けると、恥ずかしげにうつむいている。

そうだろうなとレオルドは思う。この間成人の儀を済ませたときにエルンはもう子供ではないのか・・。

とその一点に終始落ち込み、祝いの言葉を述べてもすぐに今まで通りに頭を撫でようとして避けられ

ショックを受けていたのだから。

同じくキュリアに対しても同じような対応をしてしまい、兄の方はそれはそれはいい顔で・・・

「エルん様がなでたいならいつでもどうぞ。ただ、ご機嫌次第では手を振り払いますが。」

と言われ、それでも嬉しそうに撫でて言われた通り手を払われてもそれさえ嬉しそうにしていた。


まあ、今日は息子が気を抜いていたから成功してしまっただけだ。



ぐぐぐぐぐ・・・とうつむいてしまったアーノルドは結果耳を真っ赤にして顔を上げていう。

「なでても・・・・・か、かまいません・・・。い、いつもでなければ・・・。」

レオルドは軽くため息をつく。

このあたりが落としどころだろうと自分も思う。

エルンハルトの我が子への溺愛は天井知らずだ。護るべき対象が護衛騎士を守りたいと思っているなんて

言語道断の話である。

そしてそれはいつかアーノルドの気持ちを押しつぶしてはしまわないかと常々思っていたのだが・・・。



「エル様はアーノルドがとても可愛いのですね?」

そういって涼やかに軽やかに鈴を振ったような澄んだ声が聞こえてくる。

「わたしには弟がいないし息子もいないのだけれど、いればこれほどに可愛い存在だっただろうかと

思うのだ。アーノルドはとても可愛い。小さいときは本当に可愛らしくてな。」

「まあ、そうなのですか?今でさえこのように愛らしいのに?」

そのナディアレーヌの言葉を聞いた途端にアーノルドの表情がごっそりと抜ける。



「愛らしいは褒め言葉ではありません。」

ぴしゃりと言い張るアーノルドを見てナディアレーヌはクスクスと笑う。

「どうして?わたくしよりも年下なことをきにしていて?」

「気にしておりませんし、わたしは姫よりも強いですから愛らしいは辞めてくださいませ。」

「この間の手合わせで少し負けただけなのに・・・。」

その言葉にエルンハルトが反応する。

「手合わせ?」

「ええ。。体がなまっては大変なので時折ロウとアーノルド、それからサラとアンヌとも手合わせを。」

それを聞いたレオルドはびっくりする。



「姫様・・・。アンヌとも手合わせを?」

「ええ。アンヌは素晴らしいわね。我が国のローレンにまさるとも劣らない素晴らしい実力だわ!

わたくし一本も取れませんでしたの。今まで女性でわたくしが完敗したのはローレンだけだったのです

けれどもアンヌからも取れませんでしたの。

アーノルド・・・あなた精進しなければならないわ。」

「・・・・姫。母と張り合おうとすればわたしは怪我をしますし、あれでも姫様には母は手を抜いて

おります。」

「まあ、アンヌ!そうだったの?」

ほほをぷうっと膨らませたナディアレーヌはこれ以上ないほどの可愛らしい膨れ面を披露した。



それを見てもなんとも思わないアーノルドはともかく。

周りの物言わぬ家具である侍従たちの衝撃を受けた方向をじっと見て生存確認をしてから。

ナディアレーヌを見て当たり前ではないか・・・

とアーノルドは冷や汗をかく。

「まあ、姫様。わたくしは手を抜いたことなどありませんわ。手を抜いたのではなく絶対に躱してもらい

たい場所への手はきちんと防げることを確認しながら動いておりましたの。」

そして低い声で・・・。

「愚息。後で話があります。」

そういってニッコリと笑うアンヌを見てアーノルドは冷や汗どころか滝のような汗をかく。

ああ・・・今日は母の鍛錬か・・・と思って落ち込んでいるとサラが笑って「わたしも付き合います。」

といってくれたので少し持ち直す。



「ナディアレーヌ姫は誰に師事されたとおっしゃいましたか?」

そのレオルドの声にふと顔をあげると真顔で問われたと気がついたナディアレーヌが戸惑う。

「ローレンよ。オルテブルグのローレン。」

「なんと・・・・あのオルテブルグ家でらしたか。では素晴らしい師事を受けられましたね。」

「ええ、彼女は非常に優れた武人であり淑女であり、母の侍女頭ですの。」

「なんと・・・エルロッドウェイのオルテブルグ家といえば辺境の要ではありませぬか。」

「ええ、オルテブルグ卿はたしかに我が国の辺境伯ですわ。そしてまあ・・・色んな情報がありますから

詳しいことは申せませんがカインお兄様に大変重宝されている人物かと。」

そこまで言うとああ・・・と言った空気が流れる。

その一言でどういった立場にあるか正しく理解しているだろうこの国の方々を不思議な気持ちで眺める。




「ドゥーゼットのような大国がよく我が国のような小さな国を気にかけてらっしゃるのですね?」

その言葉に涼やかな笑い超えが弾ける。

「おもしろいことをいうね、姫は。あなたの国はどの国でも注視されている大事な皇国だというのに。」

そういうエドガルド様は朝も早くから全開で仕事をしていらっしゃるらしく。

すでに手元には分厚い手帳と資料を持って部屋に入ってこられました。




「エルン。あまり時間がない。きっちりと朝食を取ったあとは会議だ。」

その声にエル様は心底嫌そうにため息を付いた。

「わたしの自由はないというのか?」

「それよりも姫のお陰で朝から働ける幸せを感じろ。レオルドもエルンを甘やかさないでくれよな。」

「甘やかしてはいないが?」

「素で甘やかしているからわかってないだな。」

そういって舌打ちをするさまも美しくていらっしゃるエドガルド様にわたくしは声をかけます。




「エドガルド様、ちょうどエル様のお茶の支度が整いましたの。本日のお茶の説明も致しますし

一緒にいかがですか?」

わたくしの声かけにエドガルド様はニッコリと笑う。

「エリーゼルと天使たちとの朝食は済ませましたが、ナディアレーヌ様とのお茶はまた別格。お供いたします。」

そういってナディアレーヌに対して手を取ってその手を額につける。

この国での最上級の淑女への礼を受けてニッコリと笑う。

本当に貴公子の代表と言っても差し支えないほどの美貌とわたくしのような小娘にも気遣っていただける

対応力。外交的にも素晴らしくなんとも有能な方だと本当に思います。

わたくしの手を離すときにも名残惜しいふりさえしてくださる。

何たる大人の気遣いと色気なのでしょうか・・・これ、気が付かない方は本気で色々と堕ちるんでは?

と、不安になってしまいますわ。

わたくしですか?わたくしはお母様の淑女教育により、これが礼儀だときちんとわかっております。

なので、エル様の少し過ぎたるふれあいも悲しいかな礼儀だとわかっておりますとも。

誤解なぞいたしませんわ!



くすっとわらってその名残惜しいフリにに小首を傾げて対応したのですが。

アーノルドに姫様、そのへんでよろしいです。と止められてしまいました。一体何事でしょう。

わたくしは見上げてエド様にお伺いしなければならないことを思い出しましたわ!

「エリーゼル様はお料理もお得意と伺いました。近いうちにお子様たちにもまたお会いしたいのですが

エリーゼル様のお加減はいかがですか?よろしければエリーゼル様のためにこの時期にも口にしやすい

お茶をお包みしたいと思いますの。それも見ていただけますか?」

この度三人目の子を授かったとわかったばかりだ。



事情がまだはっきりとわからないまま体調不良の母にまとわりつきたい二人の天使をつれて執務室に

現れたエドガルド。彼にとっては妻は自分の命にも等しく体調不良と聞いて慌てふためいたのだけれど

診察を待つ間に連れてきたのだ。

なにせ仕事も溜まっている上に、天使も命と等しいのだ。離れるなどという選択はこの日のエドガルドに

なかったのだ。

「エリーゼルは姫にお会いしてからこちら、ずっとナディアレーヌ様をお慕いしております。

御手からのお茶をいただけるとなればとても喜びます。我が家の天使たちも。」

そういって幸せそうに笑うエド様は本当に、本当にお美しいですわねぇ。



診察の結果を聞きに行くときにナディアレーヌから子どもたちの世話を買って出たのだ。

子どもたちとのふれあいをお願いして、本を読んでやったりおやつを食べさせたりしている間にその天使たちの魅力にやられてしまったナディアレーヌ。

また会いたいと思うほどに金髪碧眼の二人の天使はふわふわで可愛らしかった。

その時に愛妻エリーゼルにも会っている。

診察が終わり、心配はいらないという言葉、そしてお腹に赤ちゃんがいるということを聞いて・・・

呆然としたあとにエリーゼルを抱き上げて離さないエドガルドに今日はもう仕事にならないから帰れ。

とエルンハルトは次の日まで休みをやって追い出したのだ。



「エドはエリーゼルのことになると馬鹿になるのだ。」

そういってエル様がクスクスと笑う。

「愛しているのだから仕方ないだろう?わかるよな、ここにいる妻帯者は?」

そういってくるっと視線を向けると当たり前という顔をしているレオルドと「当たり前です。」

と答えるロウ。

分が悪いと黙り込むエルンハルトまでが最近のセットである。




私はいつものとおりに銀トレーに載せたオレンジの輪切り、紅茶、ヤグルマギク、ハーブはレモンバーベナを見せる。

今日も今日とてエル様の喉や気管支に良いものを選んでいる。昨日は咳は出なかったみたいだけれど

この澄んだ冷たい空気に触れれば一気に悪化することだってあるのだから。

「ほう、今日のお茶は華やかだな。」

「はい。ヤグルマギクにもレモンバーベナにもエル様の喉や気管支に良い作用がするものですわ。

あとは香りやブレンドの仕方なのですがスッキリとした味わいのものになりますわ。

朝にいただくにふさわしくお仕事の前にのものにも・・・」

そう言ってわたくしはくすっと笑う。

「とりあえずエル様、今日はシェフと話し合って作ったエル様のお好みの柔らかいチキンのサンドに

なっておりますの。アーノルドのお墨付きですわ。」

そういってアーノルドを見るとウンウンとうなずいております。

エル様の場合は植物を使ったオイルにグレープフルーツの果汁と、ブラックペッパーをいれて撹拌した

さっぱりしたものを。

アーノルドも場合は卵の黄身とオイルを撹拌してレモンやグレープフルーツの果汁を入れて混ぜたものを

使ったのですがアーノルドいわくエル様は絶対にブラックペッパーの方だと言うのでそれを採用。

わたくしの薬草園に朝早く出向き、アーノルドやサラと積んできたエル様が少し苦手なハーブや葉物。

お皿の上に別々にきれいに盛り付けたものはどうやら飾りと認識するらしくあまり手をつけてくださらないエル様。

それを避けるために考えた方法として挟んでみました。もちろんパンの方もシェフと話し合ってわからないくらい人参入ですわ。

それをわたくしが手づからチキン、野菜ハーブ類、ドレッシングのオイルをかけて挟んでお渡しすると・・・。



エル様が完食なさることに気が付きました。

お皿の上にはそれしか乗らないのでシェフたちにとっては歯噛み物なのだけれども、絶対にとって頂きたい量をシェフと話し合って決めている。

それを別々の更に盛りわたくしが一つにしているのだとシェフにも我慢してもらっているのですわ。

そして美味しくなるスパイスとして・・・。



アーノルドがすごく楽しそうに話しかけます。とてもとても犬っぽいと思うのはわたくしだけでしょうか?

「わたしは自分で作りましたがエルンハルト様は姫のお手製でらっしゃいますし完食なさいますよ!

ね、エルンハルト様!!」



と、それはそれは可愛らしい笑顔で言うのでエル様も苦笑いしながら「わかった、食べる。」

といって大人しく口に運んでくださいます。

アーノルド的にはずっと朝食も昼食もあまり量をたべられないエル様を心配していたようで、朝から

このようにきちんとしたものを口に運ぶだけでキラキラした目でエル様を見てるんですもの。


それはエル様も断れませんよね。



そしてそれは確信犯ですわ。

「陛下が食べて元気でいてくださるならわたしの笑顔で良ければいつでも差し出します!それにいつも

姫様のてづから。と言うと完食してくださいますので!」と嬉しそうに。

と、一時期食が落ち込んだときにアーノルドに頼んでよかったですわ。

わたくしの護衛はなんて優秀なんでしょうか。



オープンサンドのようなときはエル様も手づかみで食べられますので、いつもよりは豪快な食事に

なるのですが大きく口を開けるわけでもなく、こぼすわけでもなく、この上なく上品に食べ進めるのを

みると本当にいつも感心いたしますわ。

ですがそこはかとなくやはり獅子が食事をしている雰囲気を醸し出せるのはすごいと思いますの。

ゆったりしながら優雅ですわ。



ヤグルマギクとレモンバーベナを軽く手でもんでいるとふっとエル様と視線が会います。

「そのお茶はそのようにするのか?」

「はい。香りが立つのですわ。ヤグルマギクの時期が終わる前にすべて摘み取り乾燥して一年分の

お茶を作るつもりでいますけど、本日は軽く日に当てていたものを。」

「あなたはいつも良い香りがするな。今日はヤグルマギクなのだな。華やかだ。」

そういって緩やかに視線を外し、ふふっと笑う。

お茶の前に温かいと感じるくらいの白湯をおいてあるのでそれをゆっくりと味わっておられます。が。

本当に少し伸びてきた髪のせいでしょうか。

本当に金色のようなミルクティー色をまとった獅子のような風情ですわ。



こんなに穏やかなエル様ですのになぜいつもこのような印象を感じてしまうのかとアンヌに相談して

みたのですけれども淑女の笑みで「エルン様の我慢が足りないだけですわ。レーヌ様はお気になさらず」

といわれてしまったのでそれ以上聞けませんでした。

ロウにも聞いてみたんですけれども「あーとってくいそうだもんなー。」と不敬なことを言うので

それを聞いたエリーゼに連れて行かれてこっぴどく叱られておりました。



それにしても白湯を飲む。

なぜこんなにこれだけでエル様はこんなに素敵なんでしょうか・・・。

思わず見とれてしまいそうになりますが自分を律して、とりあえずはお茶を作ることに専念しましたわ。

全部のお茶の準備を終わらせて、アンヌとサラに沸騰して5分ほど時間が置いたお湯で入れるように

お願いしてエル様のそばに寄りました。




「エル様、今日のお茶はスッキリとした爽やかな味に仕上げてみましたの。

本日は顔色も本当によろしいのですけれど、申し訳ありません少しお顔を見せていただいても?」

「ああ、構わない。」

少し慌てたようにあと一口よりも少し大きめのサンドを口に放おり込んだエル様に笑ってしまう。

「お待ちしますわ、いつまでも。」

「いや、構わない。」

同じような言葉を二度続けていったあとにすっと顔を上に上げる。

わたくしはいつものように見やすいようにエル様の顎に手をかけてもう少しだけ上に向いてもらう。



うん、今朝は目の下に隈もございませんわね。たしかによく寝られたようで安心します。

ひんやりとした体温もいつも通り・・・もうすこし体温が上がるように考えなければなりませんわね。

じっと観察していると少しだけ目が充血しているので、眠れたかとは思いますが目が疲れてらっしゃるのかもしれません。

あとで温室で新しいヤグルマギクを取ってきましょう。煮出して冷まし目にさしてさしあげたいのですが

エル様の瞳はダスティーブルー。でも本当はその下に銀眼が隠れています。

他の人の前ではできず、かと言って二人きりになるわけにもいかず・・・。



目の治療は今後の課題ですわね。

わがエルロッドウェイの秘薬により目の色が変わっているのはわたくしも同じこと。

わたくしの場合はヤグルマギクを使っても大丈夫だったのですけれども、本日のお茶にお出しして

体調に異常がなければお父様たちと相談して、処方するのも良いかもしれませんわね。



そう思いながらじっと見ているとエル様がくすっと笑う。

「ナディア?何を考えている?」

低く穏やかな声に誘われるようにわたくしも答えます。

「エル様の目が少し充血してらっしゃるんです。お疲れのようなので目のおくすりを考えておりましたのですけれども目にさすのはお嫌かと思って。」

「いや、ナディアがさしてくれるなら構わないが?」

「わたくしがですか?」

「ああ、だってわたし自ら目に薬をさすなどできようはずがないだろう?」

そうですわよね・・・。と納得したところでエル様と視線があいました。

何が楽しいのかわからないのですがなんとなく楽しくてわたくしも笑ってしまいましたわ。




笑った振動からかサラッとしたミルクティー色の美しい髪が額を少し流れて来たのでわたくしはとっさにそれをかきあげました。

ぴくっとエル様の体が動かれたので、申し訳ありません・・・といって離れようとしたときに口の端にほんの少しパンの屑が。

何も考えずに「エル様、パンの屑が。」といって口元についたものを笑いながら取ると、エル様はぱちっと更に目を開き見上げて自然にそのわたくしの手を取りました。

え?と思っている間にそのパンくずをパクっと食べてしまわれましたの。



わたくしの指ごと。




一瞬何が起こったのかわからないのをいいことに、エル様は軽くわたくしの指を・・・噛んだ。

か・・・噛んだ?





「完食せねばな。アーノンとの約束だ。」

「あ、あの・・・そ、それは・・・や、約束ですけれども・・・あの・・・。」

若干パニックになったわたくしの手をとり、アンヌがわたくしを引き寄せます。

エド様とレオルド様は上を見上げている。

「陛下・・・・。」

剣呑な声というのはこういうのであるという見本のような低い声がアンヌから放たれましたわ。

ちょっとだけ冷静に慣れそうな気になったわたくしにエル様は流し目をよこしながら言われました。

「わたしはアーノンとの約束を守っただけだ。すべて食べただけだぞ?」

いけしゃあしゃあと何を!という空気を醸し出している大人たちに混じり、物言わぬ家具たち侍従やアーノルドやサラはあまりの壮絶な色気に当てられてしまっている。

「大人って・・・」そういっているアーノルドにうなずいているサラをロウが笑って慰めている。




今更ですが、わたくしの指をパクっと食べてしまわれたのですもの。軽く歯があたり・・・か、噛まれた?

そう思った瞬間自分の頬が首筋までも真っ赤になったのが自分でもわかりましたわ。

あああああ・・・・わたくしったらなんてはしたない・・・淑女として失格ですわ。

これくらいのことで動じるなどと・・でもお慕いしている方に指・・・指噛まれましたわ!

「え、エル様、わたくし何という粗相を・・・。」

「ん?」

「エル様のお口に触れるなどと・・・はしたのうございましたわお許しくださいませ。」

アンヌに引き寄せられて安心したのか自分でもおもったよりも衝撃が強かったのでしょうか。

恥ずかしくて目が潤んでしまうのが自分でもわかりましたわ。

真っ赤になってしまっているわたくしの身体も自分でわかるし余計羞恥に駆られます。

ふるふると震えていると、エル様が立ち上がってそばまでいらしてわたくしの手を取りました。

とっさに逃げようとしたのは恥ずかしかったからなのですが、エル様の力がぐっと入ったのを見て見上げると・・・。




「ナディア、わたしが怖い?」

「え?」

「怖がらせてしまったか?いたずらが過ぎた。許せ。だから避けるな。頼むから。」

「そんな!そんな事おっしゃらないでくださいませ。わたくしが恥ずかしかっただけなのですわ。」

「怖くない?」

「怖くなんてありませんわ。ただ・・・とても。とても恥ずかしかっただけなのですわ・・・。」

それを聞いてはっと息を呑んだ音がしてふと顔をあげると・・・。



ほんのりと目元の赤いエル様のお顔が見えました。



「エル様?」

「い、いや・・・そうだお茶はどうなった?」

そう言ってわたくしの手を引いて椅子に戻り腰掛けられました。もう目元の赤みは引いてます。

わたくしの見間違いだったのかもしれませんわね。

席に戻ったのを合図に、サラが透明なティーカップにお茶を注ぎ、スライスしたオレンジを浮かべます。

「ほう・・・良い香りだ。それに・・・オレンジと青と緑。鮮やかで華やかだ。」

その隣に小さなお皿の上に朝のおくすり、それからその苦味を逃がすために一枚のクッキー。

「きょうの口直しのクッキーはわたくしが焼きましたの。本日のお茶会のためにやいたのですけれども

エル様に先に差し上げますわ!」

その言葉にエル様はぱちりと目を一度しばたかせて。

「ああ、今日はエルローズ嬢たちとのお茶会だったな。」

「はい!!」

やっとです。やっとですわ!嬉しくて仕方ありません。

わたくし招待されたことは会ってもお友達を招待したことはございませんでしたの。




「楽しむと良い。」そういってエル様はお茶をゆっくりと飲む。

穏やかに日が差し込む中、ゆったりとお茶を楽しんでいるエル様はやっぱり獅子のようです。

そのとなりでエド様が「これうまいね!」と声を上げたので嬉しくなってしまいましたわ。

「エリーゼル様の分はこれに紅茶ではなく、レモングラスをたした更に爽やかなものをお渡しします。」

そのわたくしの言葉を聞いてエドガルド様が破顔されます。

ああ、嬉しそうでわたくしまで嬉しくなってしまいますわ。

「喜ぶと思う。ありがとうございますレーヌ姫。」

おお、初めてエドガルド様にレーヌと愛称で呼ばれましたわね。嬉しい!信頼していただけたのかと。

「はい!天使様たちには本日のクッキーをお持ちくださいませ。」

ちゃんとシャル(女の子)とライル(男の子)にも焼いたのですわ!きちんと動物の型を使って。

「それはまた喜ぶ。」と、これまた破顔。

見目麗しい方の笑顔とは何と美しいものなのでしょうねぇ・・・。

いっそ感心したように顔を見ていると、エド様が笑います。

「なにかついておりますか?それとも見とれましたか?」

「ええ、エドガルド様はとても美しい顔をしていらっしゃいますわね。」

一瞬あっけにとられたエド様はそのあとぶはっと吹き出されました。




「ええ、そりゃもう。この顔は外交にも一役買いますからねぇ。武器ですね。」

「そうですわよねぇ。うちの兄様たちもあの美しい顔を使ってどれだけの国に有益なものをもたらします

か知っているだけでもものすごい利益ですものねぇ。」

「エルンまでの美貌となるともう神々しいから、自分くらいのおとぎ話に出てくる王子様くらいの美貌が

ちょうどいいと思うんだけどな。」

大分くだけてまいりましたわねエドガルド様。本日も朝から絶好調でいらっしゃいます。

「エド様の美貌はそんじょそこらの美貌じゃありませんけどねぇ。完璧な王子くらいですよ。」

そうのんびり口を挟んできたのはロウだ。

「何を言うんだよ。自分だって変わらないほどの男前のくせに。」

「いや、うちの皇子たちもレーヌも人外の美貌ですよ。俺なんかとてもとても。というか我が国もですがドゥーゼットも美形率が高いな。」




それを聞いている侍従や騎士、侍女たちはこっそりとため息をつく。

それなりに見目が良いものがそりゃ王宮には大いに決まっている。貴族も多いのだから。

大体において貴族は美しい者の血を多く入れているものだ。

美しく、聡明なもの。それが多いのがこの王宮だ。



そのなかでも群を抜いた美しさの塊のこの部屋の高貴な人たちの言葉遊びに近い事実など恐れ多くて

目も合わせられない。

自分たちの国王を初めて見たときに息が止まるくらいの衝撃を受けるものだ。

それに耐えられた者たちだけがこの部屋に侍り、そして王の近くで仕事ができる。

不敬な思いを抱かず、私心なく、憧れても焦がれても押し留めることができるものだけが。



それなのにここに新たに集まる美形率の高さに、王のそばに務める侍従も騎士も侍女も度肝を抜かれる

状態が続いているのだ。

とくに医療国の末の娘である珠玉の皇女殿下の無防備な微笑みや天真爛漫は行動。

そして、くせだろうか首を傾げるあの仕草。

不敬だろうが見惚れることなくいられるもののほうが少数である。

王の美貌、宰相補佐の美貌、近衛隊長の美貌を持ってしてもである。

それに加えて、美貌の皇女殿下に仕える侍女もたじろぐ美少女、その兄も妻も美しく、護衛についた近衛隊長の息子もとびきり美少年となるともう美の暴力を毎日浴びているようなものである。



しかもうっかりと見惚れようものならきっちりと護衛の美少年が目を向けてくる。

勘弁してほしい。

自分の顔も顔面凶器ばりに美しいことを知ってほしい。




この部屋で物言わぬ家具たちは、周りに話せないこともたくさん知る。



たとえばもう王が皇女に完落ちだということとか。

その皇女が王に恋をしているとか。

美少年が美少女に惚れているとか。

もう、絶対に何が会っても口に出せないことがたくさんあるのだが、それをおいてもここで働きたい。

やはり王のそばで仕事がしたいのだから。




そういった理性の強い人達に支えられているのだが当の本人たちはのほほんとしている。





「さて、飲み終わった。エド、行こうか。ナディア、今朝もありがとうわたしは仕事に向かうが・・・。」

「はい!わかりましたわ。エル様、本日お茶会はお昼をまたぎますの。よろしければおくすりとお茶を

お出ししたいのでいらしていただけませんか?」

エドがうなずいたのを確認してエルンは柔らかな笑顔を返す。

「ああ、招待されたのだな嬉しい。では昼少し回って落ち着いた頃に向かおう。きちんと昼を取って

いく。心配せぬように。」

「わかりましたわ。エル様、ではわたくしも御前失礼させていただきますわね。」

そういって軽い淑女の礼を取る。

「ああ、楽しんでおいで。」






ナディアレーヌたちと別れ、執務室に入った途端にエルンハルトは執務机の前でうなだれた。

「やってしまった・・・。」

執務室にはエドとレオルドしかいない。見えるところには。

どうせ天井裏には影が控えているがそれはもうなかったものとする。

この話を聞いたカインがもうすぐこの国に入るというのに何というタイミングでやってくれたんだよ。

と、エドは思ったが言わない。教えないでおこうと思う。



「あー・・・あれはなぁ・・・。」

そういってエドは執務机の上に本日の採決を待つ書類を並べていく。

段々と山と積まれていくのを見てうんざりとしながら、でもグダグダ言っている。

「だが仕掛けておいて返り討ちとはエルンも仕方ないし情けないなぁ・・・。」

そういって笑うエドをエルンは顔を上げてキッと睨む。

「返り討ちなどされていない!」

「「されてたろ」」



思わず参戦したレオルドにもジトっとした目でエルンは睨む。

「まあよく我慢したよね。エリーゼルがあんな顔したら理性は吹っ飛ぶな。」

そう言って笑うエドを見ながらレオルドは何も言わないが心のなかで自分もそうだなと思う。

まあ、アンヌが人前で照れてくれることなんてないんだけれど。

エルンにしてもそうだと思う。目のフチが赤くなったあの顔を見て侍女たちが倒れなかったのが奇跡だ。

それを直撃で受けたはずのナディアレーヌ姫は慣れているのか少しの動揺のみ。

そして返り討ちのように赤く染まったナディアレーヌ姫の項を見てしまったエルンがたじろいでしまった

のが敗因。



自分は娘がいるため、微笑ましいなあくらいですんだが周りの侍従たちの動揺は激しかった。

それを目で制し、エルンを見ると見事撃ち抜かれていた始末。

「三十路の初恋って本当にままならないねぇ・・・。」

そう言って笑うエドにエルンはとどめを刺されたようだった。





本当に。



こんなに幸せそうに好きな人に好きだという気持ちを出すエルンなんて初めて見る。




「くそっ。ルーゼ兄様まで!」

そう言ってイヤーカフを触る。どうせからかわれて熱くなったのだろう。

今日もナディアレーヌ姫の髪には、エルンから贈られた髪飾りがあった。

この二人はお互いが好意を持っているのがまるわかりのはずなのにどうしてか頑なな部分があって

攻めあぐねているのが我が君のようだ。

俺から見ればナディアレーヌ姫もエルンのことを好いているようにしか見えない。

なのに、頑なにエルンが何かを待つように姫を囲おうとしている。



もっとわかりやすい方法があるだろうにと思う。



エルンがそばにいろと言えば姫はここに居ざるを得ない。

でも、方法は違うだろう?と思う。

好きだと言えばいいだけなのにどうやらそこに我が主たる我が君は思い至らないらしい。

さすが初恋も迎えず好意だけを押し付けられてきた弊害がこれだ。


29歳にもなり。

自覚した恋はこれが初めて。

周りにもバレているのに本人はわかっていない。



まわりの人間がどれほど微笑ましく見守っていることか。




その筆頭、エドがからかうように語る。

「本当にエルン、なんとかしろよな。でも指を食べるなよ。姫は箱入りだぞ?」

その言葉に軽く頬を染めて思わず言い張る。

「わたしだって箱入りじゃないか!」

エルン・・・それでは全く威張れていないし、箱入りを誇っていい年ではない。

お前はもう29歳だ・・・。

俺の絶望的な表情に気がついたのかエドが笑いながらお疲れ様。と言った調子で小さく俺をねぎらってくる。

まあ、愛情はすべて奥様に向けているが対外的な外交では踊ることも手の甲へのキスもそつなくこなすこの宰相補佐。

同い年ながら初恋のエルン、かたや三人目の子を愛しい奥方が身ごもっている妻帯者で良き父。



どっちが人生経験豊富かと言われたらそりゃエドだからな。




「三十路のくせにな。いい加減さじ加減も覚えろ。手に入れるためには我慢も必要だって。」

そういってエドが笑うのをあんまりだぞ、と俺は視線で咎める。

それを見てもしゅんとした顔をしてボソボソとエルンがいう。

「だって、あまりにも・・・無防備じゃないかナディアは・・・。」

口を尖らせながらも書類に向かうエルンを見て、ずいぶん素を出すものだと笑いたくなる。

「無防備だとしてもお前の前だけなんだからいいだろう?俺の前では自然と気を張ってらっしゃるぞ姫は。」

「あー、たしかにね。今日の淑女への礼もその後に少し外交的な媚も含ませてみたけどオールスルーだったしな。大したものだよなレーヌ姫。」

「それだ!いつからレーヌ姫と呼ぶことにしたんだ・・・。」

エルンが少し不服そうにいうと。

「ちょっと距離詰めていこうかなと思ったんだ。エリーゼルたちも姫のことは大好きだし。

それにカインが帰るときについていって交渉をしてこなければならない。からな。」

そういってニヤッと笑う。


その顔を見て、ちょっとだけ目を見張ったあとに。

エルンはちょっとだけ嬉しそうに笑う。



ああ、可愛い顔だなと思い。小さいときの顔や、エルロッドウェイに行ったときのあの幼い顔を

思い出す。



エドが動くなら。

悪いことにはならないだろう。


ルー、見たかったろ?いや、見てるか?




それにしても意外と肉食だったんだと呆れて笑う俺の視線に真っ赤になったエルンを見て。

やっぱりかわいいな、俺の弟分は。と思ったのは秘密だ。











結果、無防備な美少女に返り討ちに合うの巻(笑)

次はナディアの楽しみにしているお茶会でも色々おきます。

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