お兄様たちの帰国。
カインは諦めませんし、お兄ちゃんは苦労性です。
「フレディお兄様・・・。」
「愛する人を前にするとこうなるのだなぁ、わたしの弟は。そうかそうか。」
「そんな事おっしゃっている場合ではありませんわ。」
笑顔で見送ると決めたのに、ここでお兄様たちに置いていかれるような気がして寂しくなってしまう・・・。
ということはなさそうな予感がしますわ。
だってこれ・・・。
「エルローズ・・・あなたと離れるなんてわたしはとても辛いよ。どうしてわたしはエルロッドウェイに
帰らなければならないのかな。我が身が引き裂かれる思いだ。君は?君は寂しく思ってはくれないの?」
「ああああああのぉ・・・カ、カイン様・・・お手をお離しになって下さいませ。」
「何故?」
そういってカインお兄様がエルローズ様の両手を手に取り、指先に口づけながらその美しい瞳を覗き込んで
いますの。
「!!!!!!」
言葉にならない言葉がエルローズ様の口から聞こえてきているのは間違いありませんわ。
「・・・・カインお兄様・・・。」
そういって軽くため息をつくわたくしをみて、カインお兄様がにっこりと笑うのですもの。
わかってやってらっしゃるわこれ。
わかりましたわ。お兄様が全力でらっしゃると。絶対に手に入れるという強い意志を感じますわ。
エルローズ様申し訳ございませんわ。わたくしと同じくカインお兄様に愛でられましょう。
なれてしまえばなんてことはないのです!!
わたくしのなにか決意した表情を見てカインお兄様がくすっとわらって、その眼をそのままエルローズ様に
むけて蕩けるような甘い声で次々に攻撃を仕掛けてらっしゃるわ。
「エルローズ嬢、あなたがいるからこの国にレーヌを置いていけるのだ。わたしの命とも言える愛しい妹を大事にそばに置いてやってくれないか?・・・・。ああ、でもそれはね。」
そういって流れるようにエルローズ様の髪に口づけ、抱きしめ、髪を撫でる。
「わたしが迎えに来る日までだ。そんなに待たせる気はないよわたしは。」
「はいはいはいはい、カイン様ー。離れてくださいねー。とりあえずグリルフォント家からはその意を得て調整しますと言質は頂きましたよ。アルフォンスもそのつもりでミリス嬢を口説いているそうですー。
だけどもねぇ・・・。」
そういってベリっとエドガルド様がエルローズ様を引き離しました。
「まだエルローズは16歳!箱入りです。可愛い親戚なんですよ。大人のあなたが理性を保ってくれなきゃエルローズなんか倒れちゃうでしょうが。だいたいここに呼んだのも特例ですからね?
手を抜いてくれ手を!骨抜きにするんじゃない!!手加減なさってくださいって。」
そういって背中にエルローズ様を隠してしまわれました。
それよりもカインお兄様にこんな砕けたお話の仕方をしてらっしゃいました?
「おや?そんなつもりはまったくないのだけれどねぇ。わたしの気持ちを告げているだけだよ?
いまのいま。離れてしまってわたしの事を忘れてしまったらエドはどう責任を取ると?」
いや、お兄様・・・エドガルド様のせいではないのではないのかしらそれ・・・。
「全力で愛を請わねばエルローズを手に入れることはできないではないか。」
そういって、甘く甘くこちらが口をぽかんと開けたくなるほどの微笑みをエルローズ様に向けてらっしゃる
カインお兄様。
それをエドガルド様越しとは言え直撃を受けたエルローズ様は・・・。
「あの・・・忘れてしまったりしませんわ。わたくしもその・・・あの・・・。」
その言葉を聞いてエドガルド様が天を仰ぎ、フレディお兄様が苦笑いをしてます。
わたくしはもう涙目です。
ああ、これでわたくしと同じくカインお兄様の本当の執着を受ける人が!気持ちを分かち合える方が!!
感極まったわたくしは思わずエルローズ様を抱きしめてしまいました。
「エルローズ様!カインお兄様をよろしくおねがいしますわ。そしてわたくしとも仲良くして下さいませ!
これからも末永くよろしくおねがいしますわ!」
顔を真赤にしてもごもごと、「いい匂いですわ・・・」とか「尊いー。」とか聞こえますが気の所為でしょうか?
冷気が漂ってきたのでふっとカインお兄様を見ると、それはそれはいい笑顔。
あ、これ。なんか機嫌を損ねたときのお顔な気がします。
「エド。少しだけエルローズと二人にしてくれないかな?」
「え。だめだろ。というか敬称がとれてるぞ?皇子としてそれはどうだ?」
「そんな事は些末なことだよ。エド頼む。あー、エドが聞きたがっていた西岸の国の方のあの利権の話なんだけど・・・・。」
「エルローズ!扉は開けておいてあげるからちょっとカインと隣の部屋か、そうだな、中庭の花が見頃なはずだ。少しだけ散策してきたらいい。」
「え?エド兄様?」
「さあ!行っておいで!!」
エドガルド様のこれ以上ないくらいの笑顔にわたくしドン引きですわ。
エルローズ様ー!ご無事に戻ってきて下さいませー。多分無理でしょうけれどもー。
フレディお兄様がこれ以上ないほど麗しいお顔で軽く嘆息してカインお兄様に話しかけてます。
ああ、ちょっと頭を抱えてらっしゃる気もするけれど・・・。
「・・・カイン、早めに戻ってきなさい。そうだな、20分ほどしかあげられないよ。」
「わかりました兄様。さあ、ローズ行こうか。」
あたふたとしているエルローズ様に無言でうなずきますと、ふるふると震えながら真っ赤になってらっしゃいます。
止められませんわ、わたくしには。申し訳ございません。
いつの間にやらもう色々と。色々と固めているのですわね。
完全感落ちして戻ってらっしゃるだろうエルローズ様に心のなかで手を合わせましたわ。
もはやカイン兄様が女性を愛称で呼ぶなどと。
あのカインお兄様が!もうこれはいまだかつてなかったことですものね。
「エド・・・お前はエルローズ嬢に何ということを・・・。」
そういって今日も気怠げながらきちんと朝から起きて、あたたかなカモミールティーをきちんと言われたとおりに飲み。
わたくしに言われるままシェフ焼きたての薬草入りのパンケーキのちいさいものでしたが2枚完食したエルンハルト陛下が頭を抱えてらっしゃいます。
「あとはもうエルロッドウェイの皇が許可をするのと、エルローズの気持ちが決まってアルフォンスがミリス嬢を騎士で三男で家を継がなくてもいい気楽さからー。
ちょっと大きなグリルフォントの家を継ぐってそれを口説き落とすだけだからさぁ。あ、そのときは・・・。
エルンはミリス嬢の公認を頼む。なんせカイン様とエルロッドウェイ。
ひいては、姫様の願いですからねぇ、ナディアレーヌ姫?」
その言葉を聞いてわたくしはぶんぶんと首を縦に振りましたわ!!
わたくしのお義姉さまになるということでしょう?歳はひとつ下だったはずですが構いませんわ!
「わたくし、エルローズ様に優しくしていただけて嬉しくて。わたくしお義姉さまになっていただきたいですわ。」
その言葉を聞いてエルンハルト陛下が深い溜め息を付かれました。
「フレディ、君はそれでいいのか?」
「もちろん。カインが決めたことだからねぇ。」
こちらもですわ。どうしてこの二人も砕けておりますの?
「フレディ兄様、どうしてそんなにエルンハルト陛下と仲良しでいらっしゃいますの?」
首を傾げると周りのみんながぐっと息を呑むのを感じます。
あ、やってしまいましたわ。この癖は良くないって言われていたんでしたわ。
あたふたとしていると、くすっと笑い声が聞こえてまいりました。
「姫、昨日わたしはフレディと友だちになったのだよ?」
「いつだ?」
「エルンと呼んでくれといっただろう?」
「それは友だちになってくれということだったのか?」
完璧にからかっているという空気を醸し出していることはわたくしにはわかっているのですけれども。
みるみる間にエルンハルト陛下がしょんぼりしてしまっておいでです。
お兄様!なりません!!ドゥーゼットからしたら我が国なんて小国、ぽいってされたら困るから!!
そう思ってあたふたと空気だけしてみたのですけれども・・・。
不意にお兄様がエルンハルト陛下の顔を覗き込んで。
そのまま顎を美しく長く細いその指ですうっとすくい上げてしまわれました。
もちろんエルンハルト陛下はその美しい顔をそのままされるままくいっと上げられじっと見つめております。
周りの皆様の声に出せないような雰囲気は感じます。
そうですわよね、突然主君の顔を指一本ですくい上げる美貌の皇太子。と、されるがままの美貌の国王陛下。
一体わたくしたちは何を見せられているんだ?という気にもなりますわよね?
ああああ・・・レオルド様、お気を確かに!エドガルド様笑いすぎですわ!アンヌー!!
こっち見てくださいですわ。殺気、殺気をしまって下さいませアーノルドー!!
それからその美しい侍女のお嬢さん、笑ってないでアーノルドになんてことを!背中を急に殴るなんて?!
わたくしが一人であたふたとしている間に。
くくっと顔を近づけたお兄様に対してもエルンハルト陛下はそのまま。
まわりのもはや声に出せない悲鳴は聞こえますが・・・。
「エルン。だめだよ。これから熱が出てしまうかもしれないな・・・それに昨日寝れてないね?」
周りの皆様の空気がぽかーんですよ。
わたくしはわかっておりましたけれども・・・。
目がもはや診察モードでしたものね。
「お兄様・・・エルンハルト陛下も嫌ならお避けくださいませ。それから診察、観察は一言おっしゃってからになさって下さいませ。周りの方が誤解されます。」
「誤解?」
そんな顔して首を傾げても可愛くはありませんわよお兄様。ひたすらに美しいだけですわ。
しかもちょっと面白がっているのが本当に禄でもありませんことよ!!
わかってらっしゃるくせに。
「ええ、誤解です。」
深く頷くと、クスクスと笑いながらわたくしの顔を覗き込みます。
「ふむ。だがしかしレーヌも見た?エルンきっとこれから熱が出ちゃうよこの目の縁見てくれ。」
そう言いながら顎を支える指はそのまま。逆の手のまたその美しい指で、エルンハルト陛下のこれまた神々しいほどの美しい目元をすすっとなぞります。
「うーん、こうやってこすっても薄くもならないなあ。喘息も出たかな?」
されるがままのエルンハルト陛下ですが、非常におとなしく本当にされるがままでらっしゃいます。
もはや銀色のヒョウばりの麗しのお兄様が金色というか美しいミルクティー色のライオンを撫でているようにしか見えません・・・。
わたくしの目どうにかしてしまったのかしら・・・。
いや、みんなが天を仰いでいるということはみんなにもそう見えているということでしょうとも。
お兄様の指が目の縁、頬骨、顎にまでたどり着いて両手で顎を持つようにして顔をまた上げさせられても
そのまま。
さすがにレオルド様に「陛下、そろそろ離れて下さいませ。」
と、お声掛けいただいたのですがかすかに首を横に振ったかと思うとお兄様にされるがままのまま。
じっとしてらっしゃいます。
仕方なくわたくしもエルンハルト陛下のお美しいかんばせを覗き込んで嘆息しました。
確かに顔色が先程よりは顔を上げているので良くなっているとは言え・・・。
この目の下のくまは喘息の兆候も出ているようにも感じました。
「わたくしもそう思っておりましたので、昼からはお休みいただくときまでにラベンダーをお部屋に
お送りしようと思っておりましたの。」
「うーん、ラベンダーでもいいけど。まあ、でもそれが一番いいか。眠れていないようだしそうしよう。じゃあ水蒸気蒸留法をとるということかな?」
「はい。後でわたくしがアーノルドにやり方を伝えて・・・。」
「ううん。レーヌが行きなさい。」
「え?」
は?わたくしが陛下の寝室に入るということですの?え?
「わたくしが陛下の寝室に入るということですか?」
わたくしが入るには少し差し障りがあるような気がするのですけれども。
お兄様たちの寝室に入るのとは意味が違うのではないかしら?
というかお兄様たちの寝室にだってそうそう入りませんけれども?
そう思って首を傾げていると、エルンハルト陛下の目元が少しだけ赤くなっているような?
「そうしてもらおう。」
ええええええぇえええ・・・。
エドガルド様ニヤニヤ笑いすぎですわ。
「カインが来る前に決めてしまおう。そうだな、隣の執務室のところまではいつも来てもらうのだから
その扉一枚向こうなだけだし。」
そこまで聞いて、そっと両手でお兄様の手を外したエルンハルト陛下。
あ、やっと外しましたの?あの状態で頬が赤くなるとか本当にどういった状態かと思われますわ。
お兄様の婚約者が見たら・・・・・ニヤニヤと笑うかもしれませんわ、キャロル姉さまなら・・・。
我に返ったエルンハルト陛下もためらいがちに声をかける。
「未婚の令嬢をわたしの寝室に入れるのは・・・。」
「ん?レーヌは未婚の令嬢だけれど君の主治医でもある。それに・・・まさかエルンともあろう人が
我が愛しの妹に困ったことなどしないだろう?」
「ああああ当たり前だ!!!」
とっさに叫んだあとにエルンハルト陛下はさらに隠せないほどに真っ赤になってらっしゃいます。
そうですわよねー、疑われましたらねー。
わかってますわよ、エルンハルト陛下がわたくしのような小娘を相手にすることがないことくらい。
わたくしもよくよく考えればそんなにもためらわなくてもよろしいのじゃないのかしら?
だって、わたくしは・・・・わたくしは?
じっとエルンハルト陛下を見て。
そうですわ、わたくし主治医という立場と同じようなものですものね!
寝室に入って眠るまで様子を見ても大丈夫でしょう。
そう思ってウンウン頷いているわたくしを見てフレディお兄様はこらえきれないように笑う。
「エルン、すまない。」
「何に対しての謝罪なんだ!!なんに対しての!!」
そういってちょっと機嫌が悪そうにしてらっしゃるけど顔色は先程よりもよくなっていますわね。
良かった。
実は朝結構顔色がもとに戻らなかったので体調の悪さを心配していたのですけれどもそれほどでも
なかったのかもしれませんわね。
しかし、エルンハルトにとってはたまったもんじゃない。
昨日唐突にこの目の前の美丈夫に半強制的に自分の気持ちをわからせられたというのに。
この目の前の美少女に恋をしていることを。
恋しい女性によく似た面差しの自分と同い年の男に顎を掬われて呆然とするほどに固まってしまった所を
具合が悪かったことも見抜かれ、さらには寝室に送り込まれてくるのにそれは主治医としてだよ。
と、手も出せないんだからねとわからせられるという・・・。
なのに愛しいこの少女はなんの憂いもなく、疑いもなく、わたしの事をみてくるし。
裏切れるもんでもないし、もちろんの事、手も出すつもりもない。
出すつもりはないが。
何故寝室?!
自分のテリトリーに鴨が葱を背負って来る状態のナディアレーヌを送り込むだと?!
帝王教育してあってよかった・・・
顔に出ないように必死に穏やかに微笑む。
周りにはわたしの動揺など見て取れるだろうが、それは知ったことではない。
姫にさえバレなければそれでいい。
「何の話ですか?」
いつの間にか戻ってきたのか地を這うほどの低い声が聞こえる。
ふっと振り向くと、射殺さんばかりの視線を一瞬向けられたが、一瞬で霧散する。
ほう、さすが。
すっとキュリアが近づいていって耳打ちする。
聞いた途端に一気に氷点下くらいの冷気が吹き出した気もするが気にしない。
こちらのほうが大分わかりやすくて・・・。
ニッコリとわらい、カインを迎え入れた。
「ああ、おかえり。エルローズ嬢はどうしたのかな?」
そういって穏やかに問いかけると少しだけ間を開けて。
「グリルフォント侯爵閣下がいらっしゃったのでご挨拶とそれから、ローズはまあちょっと・・・。」
そういって甘やかに笑う。
ほう、そんな顔をわたしにも見せるのか。と、年の近い弟がいたら楽しかったろうなと思う。
「手加減しなさいと行ったよね、カイン?」
そういってフレディが困ったように笑う。
「手加減とは?全力で請い請わねばならない相手に手加減なんて出来ません!わたしは全力を尽くして
彼女を手に入れて帰らなければならないのに。兄様、お願いです。少しだけお手伝いを。」
あまりにも鮮やかに見せられた恋する相手への思慕に羨ましさを感じた。
ここが自国であれば少しは違うのであろうが、ここには更に気持ちを隠すほどの相手もいないということか。
その中にわたしも入っている?
「エルンハルト陛下、少し兄をお借りしても?グリルフォント侯爵閣下が少しお話があると。」
「ああ、構わない。」
そういって手を入り口に指し示すとフレディはにこっと笑っていう。
「カインからのお許しは出るかな?」
「どういった意味だ?」
「まあ、赦すよ。でもカインばりには辞めてほしいかな?」
全くこの男は・・・。
エド、後ろで笑いすぎだ!!
「何をおっしゃってますのお兄様?」
「なんでもないよ。さて少しだけ根回しをしてこよう。愛する弟のためだ。エルン、10分くれ。」
「ああ、わかった。」
そういうとエルンハルト陛下はふうっと力を抜いてソファに沈み込んだ。
サラリとミルクティー色の身近な髪が揺れる。
ああ、柔らかな陽の光が入る。
その光に透けて、まるで本当にキラキラとしていらっしゃるわ。
金髪のようにギラギラもしていない、美しい穏やかな色合い。あたたかそうな・・・。
「陛下の髪はまるでミルクティーのような美しい色ですわね。羨ましゅうございますわ。
わたくしこのように銀髪でございましょう?なんだか冷たく見えるようで・・・その髪色美しゅうございますわ。」
兄たちに会うからときちんとした正装とまでは行かないにしろ、部屋で食事を摂るときのようなあの
白いシャツからは着替えてきっちりとした格好をしている。
その陛下の硬質な美貌はもはや神々しいの一言だとわたくしでも思います。
「姫、こちらへ。」
すっかりとなれた空気でわたくしを呼ぶ陛下を見つめてしまいました。
すっと美しい所作で手を胸元に当てる。
「あなたの嫌がる距離までは消して近づかない。だからあなたからこちらへ。」
わたくしは当たり前に取る淑女としての距離を保ちつつ、そっと陛下の隣に座った。
のですが・・・。
「ふむ、これがあなたとわたしの距離ということか。今朝よりは少しだけ近いか?」
そういって華やかに笑うエルンハルト陛下。
あまりにも無防備な笑顔に一瞬見とれてしまいましたわ。だって・・・。
「エルン、自重してくれ。」
「どういうことだ?」
「・・・・ああ、わからないのならもういい。」
投げやりなレオルド様の声を聞きながら、わたくしは首を傾げて陛下を見上げてしまいました。
すると同じようにエルンハルト陛下も微かに首を傾げて。
まるで同じような行動にクスクスっと笑ってしまった。
「どうしたのだ?」
そういってわたくしの髪に手を伸ばす。
わたくしからはさわれないほどの距離は、わたくしよりも背が高いエルンハルト陛下が手を伸ばせば
有に触れられる距離だったようだ。
「この髪留めを気に入ってくれたのか?これはわたしが選んだものだ。あなたが気に入ってくれたのならば嬉しい。」
「はい。気に入りました。ありがとうございます。」
「あなたの髪は銀色でも冷たそうには見えない。艷やかで、ああ、今日もラベンダーか?」
「はい。あ!!そうですわ、今日お持ちするラベンダーですがわたくしの国から持ってきたものを
使ってもよろしいですか?もちろん検品はして下さいませ。」
「ああ、構わない。・・・しかし髪の香りからすぐに治療の話に移るとは・・・」
そう言いながらさらっとわたくしの髪をすいて、自分の髪に触れた陛下は・・・。
「伸ばしてみようか。あなたがこの髪色を気に入ったというのならば。」
「どうして陛下は髪を切っておいでですの?未婚の男性は普通髪を伸ばしておりませんの?この国では違いますの?」
未婚の男性は髪を後ろで結び、結婚すると同時に髪を切り、それを妻に捧げる。最初の贈り物ということだ。というのが我が国では当たり前なのです。
ちなみに女性は首の後の頭の低い位置で髪を結うのが正しく。高い位置で髪をゆったりおろしたりしているのは未婚女性ということを表しているのです。
フレディ兄様もカイン兄様も髪は長い。というかカインお兄様はこれからエルローズ様と結ばれるまで髪にはさみを入れることはなさらないでしょう。
結ばれるまでの髪の長さはその分の愛の長さとも言う。
だから、長くなりすぎてもいけないし、短すぎたら・・・それはそれは溺愛具合が物を言うのですわ。
肩下まで流れた緩やかな弧を描く銀髪をこれからはきちんと結ぶのだろうと思われます。
婚約者やまったく結婚の意志もまだない状態のときは結ぶことがないのですもの。
ですからカインお兄様は今までは肩下まで緩やかに流しておられました。
長い髪をきちんと結っているのはそのリボンを解いてもよい相手がいるということの現れだとされていて。
つまりは閨での髪を解くという艷やかな印象をも抱かせるのだけれど・・・。
まあ、フレディお兄様はよく女性たちにあのリボンを解いてみたい・・・と噂されていることは知っておりますが・・・。
キャロル様相手にどうこうしようという気概のある令嬢などおりませんし。
キャロル様のあの美貌の前ではお兄様と相乗効果でそんな事口に出せる方もおりませんわよね。
まあ、思うだけなら勝手なのでそこまでは・・・。
じっと陛下を見つめると、陛下も目をそらさずにじっと見てこられます。
なんだか目をそらしたほうが負けのような気がして、目を離すことが出来ません。
たっぷりと時間を取ったあとに、エルンハルト陛下は自分の髪をさらっとかきあげて答えました。
「我が国でも同じくだ。未婚の男性は髪を結う。だがしかしわたしは伸ばす意義をもたなかったから
伸ばしもせず特に何も考えていなかったのだが・・・。
姫がこの色を気に入ったというのならば戯れにでも伸ばしてみようかという気になった。どうだ?」
「・・・わたくし、お兄様たちの髪を結うのが大好きでしたの。」
「ん?」
そういってエルンハルト陛下は首をかしげる。
「男の方の髪が長いのは大好きですわ。エルンハルト陛下が短くされているのもそれはそれは素敵ですがそのつややかな髪が揺れているのは美しいとも思いますわ。」
それを聞いた陛下はふふっと笑った。
ああ・・・わたくしったら何を言っているのかしら・・・。
素敵だなんて淑女として間違った言い回しでしょうか?
うーん・・・
目の前の陛下も笑っているから大丈夫かしら?
(レオルド)「・・・なあ、姫様これ素?」
(エド)「おそろしいな、これが素なんだとしたら・・・。」
(サラ)「アズムディル様、グレイス様。恐れ多くも我が姫君はあれが素ですわ。」
(ロウ)「ああ、たしかに。あの口調だとフレディたちと同じく髪が伸びたら結わせてもらえるかな?
くらいの感覚で言っている。絶対に。」
(アンヌ)「なんというかまあ・・・。」
アーノルドとキュリアは苦笑いだ。
アーノルドはふと思う。
ルーゼハルト陛下が亡くなられてからエルンハルト陛下は絶対に髪を伸ばすことはないと思っていた。
あんなに美しかった髪をなんのためらいもなく切り捨てた。
それをまた伸ばしてもいいと?姫が願うならと?
ああ、これは本当にひょっとするかもしれない。
そう思っていると、となりの兄がふふっと笑う。
「なあ、アーノン。良かったな。」
「ああ、キュリー。良かった。で、行くのか?」
「・・・行く。俺がお支えする。姫様がこちらにいてくれるなら俺があちらに言ってくる。変わりには
ならないけど、俺だってそこそこ大事な人材だからな。」
こそこそと話している兄弟の姿を見ながらレオルドはため息を付いた。
行かせたくはない。
行かせないわけにも行かない。
どうしようもなく、自分はここから動くことも出来ない。
だから行くと言われたら止められるものか。
それぞれの思惑を乗せて、ひとときの別れは近づいてきた。
「ナディアレーヌ!決まったよ!!!」
飛び込んできたのは満面の笑みのカインお兄様。隣りに座っていた陛下に礼儀正しくお辞儀をし。
わたくしを立たせて抱きしめてきた。
それはもうぎゅうぎゅうと。
その後にはフレディお兄様が笑いながら入ってきた。
もちろん本気のフレディ兄様の交渉とカイン兄様のお願いに。
グリルフォント侯爵閣下が勝てるはずもなく。
無事にエルローズ様はカイン兄様にお輿入れすることが決まった。
それはそれは麗しい笑顔で報告してくれたカインお兄様と、苦笑いのフレディお兄様と。
連れられて入ってきたグリルフォント侯爵閣下がエルンハルト陛下に労われ、そして後ろ盾になるという言葉をもらい涙を浮かべて一人娘を他国に嫁がせることを決めたのだった。
そしてその涙も乾かない間にエドガルド様がもともと整えていた書類に記名そしてサイン。
どこから取り出したのか、びっくりしたのだけれど。
すごい速度だったのでもはや前日にでも整えていたのかしら?と思ってしまいましたわ。
じっと見つめると、ニヤッと笑われましたわ・・・。
これ、確信犯ではないのでしょうか・・・
グリルフォント侯爵閣下・・・相手が悪すぎますわ・・・。
エドガルド様とカインお兄様には勝てませんことよ。
「では我が国からの書状です。検めてください。」
そういって陛下とグリルフォント侯爵に渡された書類には。
きっちりとお父様の玉璽が押してあり、喜びの言葉が綴られていた。
わたくしはぎょっとしてしまいました。
こちらの書状のほうがいったいどういうことですか?な代物ではありませんの?!
思い当たる節があるとすれば・・・。
「・・・蝶ですか?」
わたくしのことばにとてもいい笑顔を返したカインお兄様は。
やっぱり腹黒で次代の宰相なんだなあと。
一体どれほどの連絡手段があるのだろうかと遠い目をしそうになりましたわ・・・。
ああ、その書状どうやってここに届いたんでしょうね・・・。
まったくもって我が国も敵に回してはいけないわ。とわたくしは思ったのでした。
寂しいと思うまもなく、グリルフォント侯爵閣下の前でエルローズ様に熱烈なキスをしたカインお兄様は全力で愛をささやきながら・・・。
次に来るときにはあなたのその美しい指に添える指輪をお持ちします。
と、蕩けるような微笑みを浮かべてらっしゃいました。
真っ赤になったエルローズ様に。
カインお兄様が帰国の途に付かれましたあとに。
「ナディアレーヌ様。どうやったらカイン様の美しさになれますか?」
と泣きつかれたのはまた別のお話。
お兄様たちが国に帰るとき、わたくしは泣いてしまったのですが。
わたくしを抱きしめてくれながらフレディお兄様はおっしゃいました。
「きちんとエルンを治してあげるんだよ。こころから大事に思いなさい。わかったかい?
こちらが会いに来るよ。カインについてわたしも何度かこちらにこなければならないだろうから。
それまで息災で。愛しているよ、我が愛しの妹よ。」
カインお兄様はわたくしを同じく抱きしめながら。
「陛下を治すために一生懸命になるのも大事だけれど、レーヌはむりをしちゃだめだ。眠るのが増えたら自分が疲れている証拠だって思い出して。この兄が心配していることを思い出してくれ。
兄様はいつでもレーヌのことを思っているよ。愛してるよレーヌ。」
ロウに頼むと告げて。サラに頼むと告げて。
アンヌやアーノルドにも頼むと告げて。
エドガルド様やレオルド様、それからエルンハルト陛下にまで頼むといいそうになっていたので
慌てて止めさせましたわ。
キュリアは侍女だと思っていたら少年だったこととなんとアーノルドの兄ということはアンヌの息子?
は?息子って男の子ってことですの?!まるっきり美少女なのに?!と思いましたが。
その可憐な美貌を携え、エルローズ様にきっちりと言っておりましたわ。
「わたしはこの見た目ですので女装してカイン様のお側に侍ります。誰も近づけませんのでご安心ください。」
話し始めた途端に男性の低い声だったのでわたくしもエルローズ様もびっくりしたのですが。
アンヌがさらっと。
「わたしの後継者ですわ。」
というので。
後継者ということは、アーノルドが騎士の後継、キュリアは影の後継ということ・・・。
一瞬またこんな知っていいのか悪いのかわからないことを知らされてしまったと呆然としてしまいましたがもう良いでしょう。なれましたわ。
お兄様たちと別れるときに泣いているわたくしをそっと手を引いてくださったのはエルンハルト陛下。
その手をたどって陛下の顔を見ると。
「わたしを・・・治してくれるのだろう?
わたしのためにここに来た。そうだろう?
姫・・・。」
不安そうな。
子供のような。
その声を聞いたら。
ストンと落ち着いた。
ああ、そうですわ。わたくしこの方を治すために・・・生まれたんでした。
生まれたときからの訳のわかない意義は。
この方を治すことにつながっている。
「はい!」
そう言って笑うと、陛下は安心したようにわたくしの手をギュッと握ってくださいました。
それを見たお兄様たちは。
仕方ないねぇと笑いながらエルロッドウェイに向かってたちました。
まだわたくしは、心の全部でエルロッドウェイにいつか帰れると思っていました。
でも帰らないことを決めてここで生きていくと決めるのは自分だと。
苦しみながら自分の気持ちに向き合うのはまだまだ先の出来事。
エルンハルトがなかなかに攻めてくることになりますが、ナディアレーヌが気がつくのは
もう少し、もうちょっと先のお話。
頑張れエルン!!(笑)




