ヴィリディーフローラの魔法(護衛騎士目線)
エルンの護衛騎士のレオルド目線です。
レオルドはエルンのお兄さん代わりだと思っています。というかとても大事な弟だと思っています。
「よかったのですか?陛下?」
「何がだ?」
解っていて言うからこの人はこんなところがたちが悪い。
「ヘザー嬢の事です。」
「ああ・・・」
そう言って興味もなさそうに呟く。
「私は彼の者が私に何をしたのか覚えているぞ。あの者が盛った媚薬の後の吐き気が一番強かった。あのようなものの手を取るのも嫌だ。」
「そうは言っても今までは踊るのを断ったことがございましたか?」
「手を取るのを断ったことがなかったが、今までがなかっただけでそれがこの一回目だっただけだ。」
そういって少し機嫌悪そうな顔をする。
「エルン・・・。」
コツコツと響く二人の足音しかしない。軽くため息を付いてしまう。
二人しかいないから今あえてそう呼んだ。
「・・・・過保護だな、レオルド。」
そういって苦笑いをこぼすエルンははたと立ち止まる。
「どうしてもヘザー嬢の手を取りたくなかった。姫と踊った後だからなおさらだ。」
その言葉に瞠目し隣のこの国王陛下を眺めてしまった。
こんな我侭みたいな事言うのは初めて聞いたからだ。
「エルン、神託の姫だぞ。お前は・・・。」
「ああ、私に縛り付けようなんて思っていない。私にはそんな資格なぞ無いだろう?」
「ああ?何故?」
俺の目に映るのは、ダスティーブルーの瞳。本来のエルンの色は銀色だ。
きれいに隠した表情の下にエルンはいつも飢餓感を抱えていることを知っている。
本当は誰かを愛したいし、愛されたい。そして側にいてほしいといつもおもっている。
でもそれを口にすることはない。そして口にすることをいつも避けている。
あの日、ルーを助けられなかったことを失ったことを。
この可愛い弟分は決して忘れない。
もう、幸せになってほしいとこんなに思っているのに。
でもその中でもふと思ったことがある。
ああ、きっと・・・
「ナディアレーヌ姫は神託のお相手だった。望むと望まざると関係なく決まったことだった。
かの姫がいなければ私は生き延びられず、姫は私を治すために自国を出られた。
そこまでしてくれる姫が私の身体が治った後自由を望まれたら私は手放すつもりだ。」
そういったエルンは無表情で。
どういった感情なのかが読み取れなかった。
やっぱり思ったとおりだ。
誰よりも高貴で誰よりも高みにいて。誰よりも美しい私の主は。
非常に臆病で寂しがりやで放おっておけない。
でも今日のエルンは今までのエルンとは違った。
それはきっと姫のせいだろうと俺は思っている。そしてそれはエルンの中でも意外なことだったんじゃないかと思う。
じゃなきゃ。
自分の気持ちに正直じゃない言葉なんか吐かないだろう。
嘘だろう?姫を手放せるなんて。
お前の本心はそうじゃないだろう?何故俺にも本当を言えないんだ?
エルンの性格は知っている。
だからきっと気がついてしまえば俺の思っているとおりになる。そうなはずだ。
そして俺はそうあって欲しいと思っている。
それが姫にとって幸か不幸かはわからない。
だがしかし我が主はきっと・・・愛する人を得ることができたならば幸せだろうと思う。
そしてそれはあの神託の姫ではないのだろうかと思うのだ。
くすっと笑ったエルンが俺の顔を見る。
「ああ、ほら。レオルドが私の心配をするからこのイヤーカフが熱を持つ。」
そう言って耳にそっと触れ、くすぐったそうに笑う。
男の俺が見ても見惚れるほどに、それは美しい笑顔だった。
それはルーと義姉がつけろと言ったもの。
花の模様が足されたイヤーカフ。
きっとエルンには命の次に・・・いや、命よりも大事なもの。
それが兄と義姉が宿るものだからだ。
恐れながら俺はこの主を弟のように思っている。大事だし傷ついてほしくないし、病で苦しんでほしくない。
あの日。エルロッドウェイで俺の目を盗んでエルンが消えた時、必死で探し回る俺は座り込むエルンを見て息が止まりそうだった。
発作だととっさに思ったがエルンには効く薬がない。
でも、その隣にしゃがみ込むもっともっと小さな背中を見た時に。
その小さな紅葉のような手が、小さな手がエルンの背中を擦っているのを見た時に。
何故か声をかけるのをためらい。
そして、何故かホッとしたのを覚えている。
小さなその子が何かを取り出しエルンの口の中にまた何かを押し込んだときは声が出そうになったがゆっくりと呼吸が楽になるエルンを見て吃驚した。
何故呼吸が楽になっていったのかわからず、エルンを回収した後にエルロッドウェイの皇に聞いたのは
娘が与えたのは自分が飲んでいる咳止めの薬だろうこと。
そしてそれは副作用の少ないブラシーボのようなものであること。
親である皇や皇妃が渡すことにより、効いているようなものだということ。
身体に害はないが効能はほぼ無いため効くことはないはずだということ。
呼吸が楽になったように思うと伝えると。
考え込むように黙り込んだ皇は、少しだけ寂しそうな顔をして。
「それではわたしの娘はエルンハルト王子の生命線となりえましょう。ああ。まだはっきりとはしませんがお助けすることが出来るならわたしではなく娘ということでございましょう。」
とあの時笑った。
きっと。
神託のことは生まれた時にもう知っていたのだろう。彼の国では17歳で神託が下るが瞳の色が銀の皇女殿下が生まれたときには生まれた時にもう分かるのだというということを漏れ聞いた。
だからルーはこの国にエルンをよこしたのだろう。
もうきっとルーは諦めていた。諦めているのは自分の寿命だけで神託の相手は自分に現れないことを知っているから。
でも、それでも諦めないエルンのために付き合っていること。
エルンのために生きていること。
そしてそれを知られないようにしていること。
俺がそれを問い詰めた時に笑ってやつは言った。
「弟を助けたい。だからレオも助けてよ。俺じゃなくエルンを。
俺がいなくなってしまったらあの子は一人になる。たった一人に。だから側にいてあげて欲しい。
親に愛されず、俺しか肉親の愛情を知らない。でも俺ももうそんなに長くは側にいられない。
だから・・・頼むよレオ。エルンのそばにいてくれ。
あの子は可愛いだろう?俺よりもずっと美しくこれから沢山の人を惹きつけるだろう。そしてそれは彼にとってはとても辛いことかもしれない。」
自らも美貌の国王陛下であるルーは自分の容姿にあまり執着がない。そしてそれはエルン自身もそうなんだけれども周りはそうではない。
男なのにと笑うルーはとても繊細で美しい男だった。
その見た目で穏やかな美貌の国王陛下だと思われていたが性格はエルンよりもずっと苛烈だった。
そして、更にエルンはそのルーよりも美しくそして優しい。
そうその美貌で国が傾くほどに。彼を手に入れたいと願う女性は後をたたないだろう。
そしていずれ必ず国王陛下にもなるのだ。
女性であれば傾国の美女とよばれるだろうが彼は国王陛下になるし権力も同時に手にする。
どのような手を使っても手に入れたいと思うものも後を絶たなかった上にエルンの女嫌いというか人間不信を助長することは増えていった。
命を狙われるよりも貞操を狙われる方が多かったのだから。
もう少し若い頃にそれを地で体験していたルーはうんざりとした顔をする。
「だいたいなんの思い入れもない母に似たとしても全く嬉しくもないよねぇ。」
ルーとエルンの母はとても美しい人だった。それこそ国一番の美女とほまれ高い人だった。
だが、子供に愛情をかけることがない人だった。
とりあえず息子を二人産んではみたものの、二人共が銀眼を持つと知った途端に全くの愛情を拒否した人だ。
小さい頃は寂しくて泣いていたルーも、エルンに危害が加わるかもしれない状況になった瞬間なんのためらいもなく母を切り捨てた。
離宮に追いやったことになっているが・・・。
エルンに知られないようにしたのは申し訳なかったけれど、もう母は自分たちを思い出すことはないだろうねぇ。だからエルンも忘れたらいいんだよね俺がいるんだからさ。と、ふふっとほの暗く笑った。
それを聞いた時からああ、エルンのために始末したんだなぁと漠然と思った。
命を取ることはなかったが公の場に出てくることがないくらいの事はやったのだろう。
大まかに聞いた時に何も言わずにえらく素晴らしい笑顔だったのでこれ以上聞くなよ。
という圧を感じてしまい・・・とりあえず背筋に汗が伝ったことだけは覚えている。
なんとも怖い男だった。
ああ、とうとうルーは家族をエルンだけだと決めたんだなぁと。
妙に腑に落ちたものである。
そしてあのクソの先王の時代の老害たちの塊である支持者たちに邪魔されて愛しいアンジェと結婚できなかったとしても、事実上の妻はアンジェだった。
愛する人とともにいることで幸せだったと思う。それでも毎日皇后を、正妻をと嫌味や当てこすりまで言われ続けたルーは、ある日突然粛清に継ぐ粛清をはじめた。
それはアンジェとともに有るためだったこともあるだろうけれどきっとエルンのためだった。
というか多分面倒くさくなったのだろう。自分の命がそう長くないと思っていたのだから一切の手心を排除しいっそ清々しいほどに粛清をはじめた。
そしてエルンのために出来得る限り道を均すことを決めたように思った。
そのために叔父であるあの皇位継承権を返上したアンドレア様を引っ張り込んだに違いない。
「だからレオはエルンを守ってよ。アンヌと一緒にさ。アーノルドを育てるのと一緒だよ。エルンも育ててくれたらいい。色んなものは俺が引き受けていくから。」
「ルーゼは本当にエルンが好きなんだから。兄弟は大事よね・・・私もアンヌのためなら何でも出来るもの。」
「そうだろう?それにエルンはとてつもなく優しくて可愛い世界一の弟だ。」
「アンヌは世界一の妹ですけども?でもアンヌにはレオルドがいるから大丈夫よね。」
アンジェと笑い合いながらそんなことを俺に託す。
俺に少しの負荷をかける。
全くたちの悪いやつ達だ。善意だけでは俺が動かないことをよく知っている。
少しの責任感を足せば俺が動くと解っている。
ああ、そのとおりだ。そのとおりだよ。
だから俺はそれからエルンを助けるために生きようと思った。10も下のエルンが苦しむのを放って置けるはずがないだろう?
アンヌとアーノルドとはまた別のところで。
エルンを俺は大切に思っているのだ。
16歳だったときも美しい少年だったエルンはみるみる間に更に美しくなった。
俺から見てもルーも美しい男だったがそれよりも拍車がかかるほどにエルンは美しい。
ルーが亡くなった時に背中まで伸ばしていた髪を切り捨てた。
それから頑なに髪を伸ばすことはない。
柔らかな茶色みがかかった金髪はミルクティーゴールドで伸ばしていたときにはそのリボンを解きたいとたくさんの令嬢の羨望の的だった。
でもルーが亡くなった時にすべてを振り払うように髪を切り捨てて今もそのままだ。
ずっと短いまま。
「咳をすれば優しく背中を擦ってくれたルーゼ兄様はもういない。きれいな髪だなと笑ってくれた兄様はいない。だったらもう伸ばす甲斐もない。兄様が褒めてくれてくれたから伸ばしていただけだ。」
そう言って悲しそうに笑ったエルンを抱きしめて一緒に泣いた。
「俺もきれいだと思っているぞ。でも、伸ばさなくてもいいとも思う。ルーはお前の特別だから。」
「レオルド・・・レオルドもわたしの兄だ。」
俺たちはきっとルーの思惑通り絆を強くした。今まではルーを介していた思いも二人で共有していくことに慣れていく。
その一歩だった。
それからエルンは涙も断った。
ルーがなくなった後には冷徹さがまし、そしてそれに伴い硬質な美貌が更に磨かれた。
国王になったときには早く伴侶をということでひっきりなしに夜会も開かれたが、誰にも心を開こうとしなかった。
愛する人を得るように勧めてみたが苦笑いされるだけだった。
そして躱している間に夜会の時に必ず体調を崩すようになった。
必ず令嬢に囲まれた後。そして、その理由は直ぐに判明した。
誰にもなびかないエルンに業を煮やした令嬢やその親がエルンに媚薬を盛ったのが原因だ。
エルンに薬が効かないことは皆知らない。
媚薬ももちろん効かないがその後に必ず吐き気をもよおすのだ。
「何故わたしを放おって置いてくれないんだ?わたしを愛しているわけじゃないだろう?私の地位が欲しいだけだ。うんざりする。」
吐き続けながらうつろな目で俺の顔を見るエルンの背中を擦りながらルーの言葉を思い出す。
助けなければ・・・国王として女性を避けるわけにはいかなくても媚薬を盛られないように何らかの手を打たねばならない。
アンヌを夜会の時のカモフラージュにすることにしたのはみんなとの意見が一致したからだ。
影の一族みんなの意見でアンヌが数名を選び夜会の度に側にいるようにした。
エルンの心を守るためにはもう手段を選んでいる時間はなかった。
皆結婚していたり子供がいたり、仕事命だったりしたが、何よりもエルンの美しさに靡かない者を選んだ。
結婚していようが子がいようがエルンの桁違いの美しさの前には何もならないのだ。
以前既婚者の侍女がいたがすっかりとエルンの美しさの虜になってしまい、気が触れたようになり結局エルンの寝込みを襲ったことが原因で粛清された。
だがしかし探せばいるもので、エルンが美しいことは事実として捉えながらも全く自分の趣味性癖にも絣もしないという猛者の影をアンヌは自分を抜きにして五人選びだした。
あるものは背が低く小太りでないとだめであるとか、あるものは不健康で不幸そうな頬がコケたものではなければときめかず、あるものはゴリゴリの筋肉バカであるとか、あるものは女性しか愛せないもの、そして何故か禿げていて60代以上ではなければときめかないもの。
ありとあらゆる趣味趣向を網羅していて、聞いている間に世の中には色んな趣味嗜好があり、アンヌが己を選んでくれたことが奇跡だということも身にしみた。
アンヌはどうかとは心配したことはない。
恥ずかしながらアンヌは私以外に男性として興味を持つものがいないと信じているし、エルンに至ってはもはや弟的な扱いだった。
それにエルンがもはやアンヌを女性ではなく影として気に入っている。なんとも果報なことである。
そしてそれは我が息子アーノルドもそうだった。
美しさに盲信しているわけではない。ただただ好きなだけという(兄のような存在として)なんとも不思議な理由でエルンの側にいたがった。
そしてそれを許したのだけども、その場を離れろと言った時にアーノルドは烈火のごとく怒り狂った。
申し訳ないとは思ったが父は神と約束してしまった故・・・と諭せば。
「エルンハルト様が・・・くっ・・・エルンハルト様のご命令であればナディアレーヌ姫をお護りします。エルンハルト様のお側にいたいですが・・・。」
と、明らかにふくれっ面で言うものだから。
しつこくも何度も何度もエルンハルトエルンハルトと、しかもうるさい。
だがそんなアーノルドをエルンはとても可愛がってくれている。
エルンが可愛くて仕方がないと言った風にアーノルドの髪をくしゃくしゃっと両手で撫でてそのまま抱きしめて言った。
「アーノルド。わたしの側にいて守っていてくれて嬉しい。だがナディアレーヌ嬢はわたしの大事な国賓で大事な替わりのない人だ。だからわたしのそばに居れなくてもわたしのそばにいると思って仕えてくれ。」
少年と青年の間にいる息子は俺が見ても目を引く容姿をしている。
美しいエルンがまだ成長途中の我が息子を可愛がってギュウギュウに抱きしめているのは微笑ましくもなんとも言えない・・・なんだろう、耽美とでもいうのか?
いかんいかん・・・。
そんなことを思っていればエルンがもう一つ爆弾を落とした。
「ああそうだ。アンヌがナディアレーヌ嬢の側につく。親子水入らずにはならないが母とともに仕えてくれ。」
「え?」
ジロリ。とした目で俺を睨まないで欲しい・・・エルンが決めたんだと言えばぐっと黙り込む。
アーノルドは母が大好きだ。大好きすぎてよく見られた過ぎて手が抜けない。
だがしかしアンヌ自体は非常にできる人間のため評価も厳しい。
それ故俺が騎士の役割のときには厳しく接するが基本的にそれ以外のときにはアーノルドを甘やかしになってしまうのだが・・・。
アンヌは非常ににこやかにアーノルドに言った。
「ナディアレーヌ様は非常に聡明で美しい方だそうです。そしてあなたと歳も変わりませんが。
何があっても邪な思いを抱かないように。」
何ということを釘を差すのかと思ったがまあ確かにそうだな・・・。
エルンは面白そうに笑っていただけだ。
「アーノルドはアンヌと仲良く。そして時にはレオルドに会いに来ておくれ。レオルドに会いに来るということはわたしに会いに来るのと同じだろう?」
そう言って少しだけ首を傾げる。
小さい頃からの甘えたい気分や親しい人にだけ見せるエルンの癖。
言っている内容など非常に人誑しな一言だ。案の定アーノルドの機嫌はすぐに治ってしまった。
この美貌で本来の性格は優しく人懐っこく、更に言葉を尽くして褒める人誑し。
それも無自覚に相手の気持ちを汲んで甘やかす最強の人誑しだ。
令嬢たちに知られたらひとたまりもなく、エルンを巡って貴族令嬢の血で血を洗う戦争が起こりかねない。
だがしかしこの癖をご令嬢方の前で披露したことはない。
本当にしないでほしいというのが本音だが。
イヤーカフに触れていた手をエルンがおろした時に後ろから走ってくる足音が響いてきた。
来たな・・・と思ったらあっという間に回り込まれた。
「ひどいじゃないかエルン!!俺を撒き餌にするな!!!」
ドカドカとわざとだろうとわかるほどに足を踏み鳴らして近づいてきたな・・・とエルンも苦笑いだ。
騒がしい男だと思うがこの男がエルンの幼馴染でもあり唯一の友だ。
まあ確かにエドが引き受けてくれたから俺がヘザー嬢の手を取らずに済んだのだが。
俺自身もあの、女を全面に出した姿も香りも佇まいも苦手だ。
「しかも、ヘザー嬢とか!!おまえジャネットのこと忘れてないだろうな恐怖だろ?俺にどうしろっていうんだよ。踊っている間中お義兄様になっていただけると思っていたのにとか、寂しいですわとか、姉がまだアズムデル様のことをお慕いしておりますのよとか怖いこと言うし!!」
エドは恋愛結婚だ。俺と同じく愛してやまない奥方がいる。
今の若さで宰相補佐でエルンの幼馴染。しかも公爵令息。毒舌だがそれは隠し遂せるものだし何しろ金髪碧眼の美男子だ。
あのエルンを狙っているヘザー嬢の姉君であるジャネット様に散々付きまとわれていたが自分は初志貫徹で初恋の君であるエリーゼル様と結婚した。
エドが乞うて乞うて乞うての結婚だったため周りも納得だったのだがジャネット様が散々エリーゼル様に悪態をつき、罵り、エドが盛大にキレた。
エドはさっさとかの令嬢の政略結婚をまとめてきた。
その後、エドの逆鱗に触れたため表向きには請われて他国の王族に政略結婚として嫁いだといった体だったものの、その実態は売られたに近い。
もちろんそんな結婚生活うまくいくはずもなく結婚した相手は仕事に忙殺されているのをいいことに捨て置かれているらしいとは聞いている。あまり望まれてはいないようだったが国との間の婚姻のためもちろん離婚も許されることはない。
しかたない。国益のためだからなと向こうに大分たかられたとは聞いているがエドはそれでも全く構わなかったらしい。エリーゼル様のためだし国益があったのだから。
戦争にならないように国の架け橋として嫁がれたのだからと真顔で話すときには俺の背筋も凍った。
こいつも怖い男だ。
だがしかし他国の王族に嫁いだためエドを忘れきらず今でも虎視眈々とエリーゼル様の座をねらっているというのは嘘か真か。
エリーゼル様と言えばのんびりとしたお方でなるほど毒舌のエドが骨抜きにされる意味もわかる。
非常に愛らしい、少しふっくらして若々しい奥様だ。
とても二児の母には思えないしな・・・。
もちろんアンヌが一番美しい。だいたいアーノルドほどの大きな息子がいるようには思えない。
わが妻のことを考えると自然とにやにやしてしまうので仕事中は控えているのに・・・。
そんな俺の顔を見てエルンが一言。
「アンヌのことを考えずに今はエドの話だぞ。」と言って笑う。
クスクスと笑いながらエルンがエドに向かって話を振った。
「ああ、ヘザー嬢だったか。まあお前に投げてしまったのは悪かったと思っているけど・・・お前まだジャネットに狙われているのか?」
そうくくっと笑うエルンは心の底から嬉しそうだ。
ジャネットというヘザー様の姉君はエルンたちと同学年でありエルンよりもエドに首ったけだったからなぁ・・・。
エルンは元々ジャネットのことを憎んてもいなければ嫌ってもいない。
どうでもいいといったほうが早いだろう。
エドをからかうときにしか名前もはっしないのでもう顔なんかきっと覚えていないだろう。
でも自分に興味を示さないジャネットは見ていて面白かったらしく、エドが逃げ回るのをいつも笑っていたな・・・。
まあ、少し遅い初恋を経てエリーゼル様と思いが通じ合った後に嫌がらせをされるのを回避するために半ば強引に政略結婚を他国とまとめたのはエルンもだ。
そして嬉々としてそれを手伝ったエド。
つまりはジャネット様は国の最も高貴な人間に飛ばされたということだな。
俺は何も言わずただ、ああ、ジャネット様は二度とこの地が踏めないだろうなと解ったことくらいだ。
何しろ再三につぐ連絡に対しても我が国はこの国の地を踏むことを良しとしていない。
王族ともなればなおさらだ。
というかそういった体ということだろう。
対して嫌そうな顔をしたエドはうえーっと吐く真似をする。
「絶対にこの国の土はもう踏ませないよ。俺が阻止すると言ったら阻止してやる。あちらで未来永劫幸せに過ごしていただこう。」
恐ろしいことに美青年の凄みというのは迫力があるものだなぁ。と苦笑いだ。
まあ・・・それだけの力も能力も持っている男だ。
本当にこの国の土を踏ませることはないだろう・・・どんな手を使ったとしても。
たとえジャネット様
エリーゼル様と愛息と愛娘に危害が加わることになればこの男はなんとしてでも地の果てまで追ってでも犯人を根絶やしにするだろう。
「それにしても。」
と、エドがエルンの正面にひたと陣取った。
何を言い出すのかと思っていれば、ニヤニヤした笑み崩れた顔でエルンを見ている。
嫌な予感しかしないがとりあえず促すことにしてみようか。
「何だエド?エルンになにか言いたいことがあるのか?」
三人でいることも多いため俺もエドには敬語は遣わない。エドに年上の俺に敬語使われたら嫌だからなんとか普通に話せと言われたためだ。
「ふふふ。エルンにもやっと春がきたのかと思ってさ。」
そんなことを言われたエルンは、不思議そうな顔をしている。本当にどういったことだ?と問いたげな顔をしている。
「隠すなよ、ナディアレーヌ姫のことだ。」
「だから春が来たとはなんだ?」
・・・エルンが本当にわからないと言った風に首を傾げる。
俺は吃驚した。
え?エルンは全く自分の気持ちをわかっていないということか?
あれだけあからさまにしておいて?今までと全く違う態度をとっていながら?は?
そしてエドもこれ以上無いくらい口を開けている。
美貌な青年が間抜け面をしたからって見苦しくなるわけじゃないんだと思った。
美形は何をしても美形なわけだ。
きっと俺の口も開いているんじゃないかとおもう 。
エドがパクパクと俺に何かを言いたげにしているので何も言えずにただコクコクとうなずいた。
何だうなずくだけって?間抜けすぎる・・・。
「いや、それはあんまりだろ?エルン、お前ナディアレーヌ姫に婚姻でも申し込むつもりだったんじゃないのか?」
「は?何故そうなる?何故わたしが?」
「「は?!」」
俺とエドの声が重なってしまった。
宰相補佐としては腕の見せ所だと色々乗り出そうとしていたのに・・・と小さくつぶやいた声が聞こえたがその気持はわかる。
「ナディアレーヌ姫は神託の姫だ。大切にするのは当たり前だろう?」
クルンと首をかしげるエルンは本当になんのことだ?とでも言いたくなったような顔だ。
だから俺はそれを聞いてまた吃驚した。
いや、それを言っても普段のご令嬢方の扱いとあまりに違うから!と叫びたくなる。
エルンは全くと言っていいほど女性とは距離をおいている。
そりゃ請われれば踊るしお茶をともにすることもあるが全て政治的な意味合いを持つ。
政治的に大切にしている相手にはいくらでも丁寧に扱う。もちろん手の甲にキスくらいはする。
グローブ越しになら。
だがしかし何があってもダンスは踊っても抱きしめることはない。
手の甲にキスをしたとしても髪に触れることはない。
そんなことを思っていたら一足先に立ち直ったエドがニヤリと笑った。
ああ、また何か思いついた顔だなぁ・・・と眺めていると。
「ほう、じゃあ何故自ら近づいた?自分の近くに他のご令嬢が寄るのを全く許さないのに。」
「・・・・ん?・・・ふむ。」
エルンが考え込んでしまった。
廊下で立ち止まるから俺たちも立ち止まってしまう。
「ナディアレーヌ姫は、わたしを治すと言ってくれた。それで十分だと思ったのだが・・・どうしても抗えないほどいい香りがした。先にわたしの香りを当てたからわたしもお返しのように当てたくなって。
でもその時ナディアレーヌ姫の首筋から香水じゃなくて、花の香がしたから・・・。」
その言葉にまた二人して固まった。
エルンが?
女性の香りを良い香りだと?花の香りだと?
エドと目があった。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
「あー・・・エルン。普段の君はどれだけちかづかれようともこの国の重要な貴族のご令嬢だとしても自ら近づくことはないし近づかせることはないって自覚はあるか?」
「あの者たちは臭い。」
バッサリだ。
「いや、くさいわけ無いだろ!!磨き上げて香水ふってきてんだから!!」
「だからくさいのだ。」
いや、くさいと言われてもなぁ・・・。
まあ、俺もエドも香水が苦手だ。現にエドは自分の領地の特産品が花を使った香水や練り香水だ。
そのためにエルンの唯一好きなバラをふんだんにこの王宮に植えて管理してやっている。
「それにナディアレーヌ姫は当てたのだ。ロサ・キネンシスだと。嬉しくなってな。」
と、こちらが赤面するほどに蕩けそうな顔をして笑う。
そんな顔をするのは自分がどういった常態かだなんてきっと解っていない。
それが何たるかを。
ああ、こいつは知らないんだ。恋を。
だから自分が落ちたことが何なのか解っていない。
どうしてナディアレーヌ姫を近づかせたのかも、髪に触れたのかも。彼女の香りだけが安らぐのかも。
そういうことなんだということが解っていない。
軽くため息を付いてしまった。
そしていつまでも立ち止まっていられないと俺は先にあるき出す。
こんな話廊下で出来るか!執務室に逃げ込むしか無いだろう。
俺の動きに合わせてエルンもエドも付いてくる。
動き出すのは護衛騎士の役割だ。先陣を切るために前を歩く。
速歩きで近づいてきたエドと目があった。
苦笑いをするエドは軽くエルンの方に振り返り、揺さぶりと爆弾を投下する。
「ああ、やっぱりかぁ。」
「は?」
そう話しながらエルンの機嫌がちょっとずつ悪くなってきているのを感じる。
ああ、早く着け。執務室は目の前なんだから。
ドアを開けて中を確かめて無人なことを確かめる。
以前どこかの伯爵令嬢が隠れていてエルンに迫ったことがあったため必ず俺が一番最初に入って安全を確かめる。
エルンの背後はエドが守る。
代替がこの布陣でこの部屋に入る。
大きく開け放ち、無人だということを知らせる。
それを見てエルンはすっと入ってきた。
扉を締めた途端に三人の空間にまた戻り。
そこで改めてエドが爆弾を投下した。
「で。惚れたんだな。」
おい・・・直球すぎるだろ!!
爆弾投下はエドでした。
エルンの無意識の溺愛の始まりです。




