↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤ノ影闘記 / Anti-Nexus  作者: 鰓鰐
第1.5章 紅雨―See you, black cat―
54/58

〈2〉


―2―




器用にも片手でドライヤーを扱い、濡れた髪を乾かして、洗面所を後にする。台所前の廊下を通ろうとした時、彼は部屋の明かりが点いている事に気付いて、中を覗き込んだ。


「あ、十条くん。今お風呂出たとこ?」


冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出しながら、渡瀬が首を傾ける。十条九が頷くと、自らのグラスの横に、彼女はもう一つのグラスを並べた。


「それにしても驚いたなぁ。十条くん、何も言わないんだもん」


「……家に帰る、って話?」


十条九の問いに、渡瀬は肩をすくめて見せる。彼が弁解の言葉を吐こうとすると、それを遮るように、彼女は麦茶を注いだグラスを差し出した。


「……ありがとう」


「うん」


そのやり取りを後に、会話が途切れる。冷蔵庫が低く唸る音だけが部屋を満たす中、二人は顔も合わせず、並んでシンクに寄りかかりながら、グラスへと口を付けていた。


「叔父さんたちとは、まだ連絡ついてないんでしょ?」


空になったグラスを流しに置きながら、渡瀬が問い掛ける。


「お父さんも言ってたけどさ。落ち着くまで、ここにいていいんだよ?」


穏やかな口調で、彼を思いやる言葉が投げ掛けられる。それが、ひどく胸を突くもののように感じられて、十条九は自身の感情を誤魔化すように、グラスの中身を飲みほした。


「それでも俺は、戻らないといけないと思うんだ。ちゃんと、現実に向き合わないと……俺はいつまでも、踏ん切りがつかないままになる」


「……そう」


十条九の返答を聞いた渡瀬は、それ以上、彼を引き留める言葉を口にしなかった。彼女はぼんやりと宙空を眺めながら、自らの指を弄んでいた。


「病院、何時から?」


「午後の3時。……どうして?」


そんな事を尋ねられる理由が分からず、不思議に思いながら彼女へと顔を向ける。すると、彼女は何故か不満げに口を尖らせた。


「ついて行こうと思ったの。一人で行ったら……何ていうか、また……十条くん、無理しそうな気がしてさ」


彼女の目が一瞬、何かを思い返したように、憂いを帯びる。それが以前、病院で朝陽の死を告げられた時の事だと気付くと、十条九は慌てて口を開いた。


「そこまで、迷惑はかけられない……」


「そうじゃないよ」


十条九の言葉に被せるようにして、彼女はそれを遮る。「そうじゃない」ともう一度繰り返してから、渡瀬は十条九に顔を向けた。


「私が十条くんの事、放っておけないだけなんだ。それに、迷惑だなんて思ってないから」


そう言ってから、彼女ははにかむ。それを見て、十条九はようやく納得した。彼女の厚意に、打算などない。ただ本当に、純粋に、彼女は困っている知人を捨て置けないだけなのだ。


「……そうか」


彼女はきっと、誰に対しても優しく接する。困っていれば、手を差し伸べようとする。厚意を向ける相手を、選んだりしない。それをどこかで察していたからこそ、十条九は彼女との会話に、安心感を覚えていたのだろう。


「委員長は、世話焼きだな」


今だって、自分の分のアイスを冷蔵庫から取り出すついでに、もう一本、十条九の分を取り出している。その上、右手が使えない十条九の代わりに、その包装を破いているという、徹底ぶりだった。


「その上、どうしようもないお人好しだ」


「はいはい、自覚してますよぉ、だ」


不服そうに頬を膨らませながら、渡瀬は十条九に向かってアイスを差し出す。それを受け取ろうとした、瞬間だった。


「ありが──むぐぅ!?」


礼を言いかけた口に、突如、冷たいオレンジ味が突っ込まれる。訳も分からず目を白黒とさせていると、自分のアイスを咥えながら、渡瀬は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「また『委員長』って呼んだでしょ。聞き逃さないからね」


あたふたとする十条九の姿に耐えられず、渡瀬は笑い出す。冷たい口の中とは対照的に、段々と温度を上げていく頬に我慢が出来ず、十条九はそれを悟られぬよう、顔を逸らしていた。


「あ、そうそう」


一頻ひとしきり笑った後、渡瀬は何かを思い出したように、ポケットから携帯電話を取り出す。その画面を傾けて見せながら、彼女は続けた。


「一応連絡先教えといて?私、学校が終わってから病院に迎えに行くけど、入れ違いになったら嫌だからさ」


「あ、うん」


口でアイスを咥えたまま、十条九もまた、自分の携帯電話を取り出す。しかし、彼は『その先』を知らなかった。


「えっと……どうすればいい、んだっけ?」


差し出された渡瀬の携帯電話に目を落としながら、十条九は尋ねる。社交性皆無の十条九に、他人と連絡先を交換した経験などなかったのだ。


「画面見せて。えっとね……」


十条九の画面を覗き込みながら、彼女はそれを操作し、説明する。自ずと近寄ったその距離に、十条九が落ち着いて話を聞けていない事など知らず、渡瀬は一通りの作業を終わらせていた。


「はい、これでオッケー。試しにメッセージ送ってみるね」


身内以外の連絡先が初めて追加された自身の携帯電話を、十条九は不思議そうに眺める。その画面に、「ちゃんと届いてる?」という絵文字付きのメッセージが届くと、彼はたどたどしい手付きで、「ありがとう」と、たった五文字の返信をしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。