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「…………」
台所のドア越しに、オペレーターが恐る恐る部屋の中の様子を覗き見る。テーブルの上には、いつもの通り夕食が並んでいる。そこに、例の緑色の野菜の姿はなかった。安堵をしつつ、彼女は部屋へと足を踏み入れる。
「ちょうどよかった、今出来たところだったんだ」
彼女の姿に気付くと、十条九はいつものように、定位置の椅子を引く。応えるように、彼女は腰を下ろした。
「これは?」
「あぁ、そう言えば作るのは初めてだったな」
皿に盛り付けられた料理を見て、オペレーターは首を傾げる。
「ハンバーグだよ。ひき肉やタマネギなんかをこね合わせて焼いた料理だ」
「ハンバーグ……なるほど、これが」
彼女が興味深そうに料理を眺めている傍ら、十条九も自分の席に腰かける。それから彼は、手元にあったナイフを指差した。
「ナイフの使い方は、少し前に教えたよな?」
「はい、問題ありません。では、いただきます」
丁寧に手を合わせてから、彼女は答える。それから、どちらの手でナイフを握るべきか逡巡した後で、シルバーを手に取った。たどたどしい動作ながらも、きちんとフォークで料理を押さえ、ナイフで切り分ける。その瞬間、内側から透明な肉汁が溢れ出るのを見て、オペレーターはわずかに目を見開いた。
「中からスープが……!」
驚きに、オペレーターが声を上げる様子を、十条九は息を呑んで眺めている。そんな中、彼女はいよいよハンバーグを口へと運んだ。
「────」
小さな口が、いっぱいに頬張ったハンバーグをゆっくりと咀嚼する。やがて、その喉がコクンと音を立てて、口の中のものを飲み下した後、彼女は小さく嘆息した。
「……どう、だった?」
恐る恐る、十条九が問いを口に出す。神妙な面持ちで、彼はオペレーターの回答を待っていた。
「……とても」
一瞬の沈黙。オペレーターはそれを破りながら──口角を上げた。
「おいしいです!」
その顔に笑みを浮かべながら、彼女は答える。それを聞いて、十条九は安堵したように、ため息を吐き出した。
「お肉の食感と、玉ねぎなどの野菜の歯触りがとても合っています。食べ応えもありますし、加えてこのソースも……」
上機嫌に言葉を紡ぐオペレーターを見て、十条九は満足げに頷く。
「そうか、ならよかった。……実はさ」
笑顔を浮かべたまま、オペレーターは次の一口を頬張っている。そこに、彼は告げた。
「それ、ピーマン入ってるんだよ」
「……え?」
打ち明けられた瞬間、フォークを持ったまま、オペレーターは固まった。丸く見開かれた目で、彼女は皿の上の料理を凝視する。
「普通のハンバーグには、玉ねぎ以外の野菜は使わないんだけどな。さっきお前が『玉ねぎなどの野菜』って言った通り、これには、細かく刻んだ野菜を入れてあるんだ。ニンジン、トウモロコシ、そして……ピーマン」
切り分けられたハンバーグの断面、そこには赤や黄、そして──緑色の野菜の欠片が見えていた。
「色々調べたり、人に聞いたりしてさ。ピーマン嫌いでも食べられるような料理、作ってみたんだよ」
「……どうして、そこまで?」
未だに理解出来ていない表情で、オペレーターは尋ねる。彼女にとってはそれほどに、十条九の言動が、心底から不思議だった。たかだか、苦手な食べ物が一つあったというだけの話。確かに彼女自身、ピーマンを食べるくらいならサプリメントを飲んだ方がいいという旨の言葉を吐いたのも事実だ。
しかしあくまで、それは言葉の綾である。それを、十条九がそこまで真に受けたとも思えない。だからこそ、十条九がわざわざここまでの行動を起こした理由が、分からなかったのだ。
十条九は彼女からの問いに、視線を逸らす。それから彼は、少しばかり恥ずかしそうに口を開いた。
「その……せっかく普通の食事をするようになったんだから、食べられないものがあるのは……何て言うか、もったいないと思ってさ……あと、うまく言えないんだけど……」
言うべきか否か、彼は視線を泳がせながら迷う。だがやがて、オペレーターの無言の催促に耐えられなくなると、観念したように言った。
「……次こそは『おいしい』って言わせてやる、っていう、意地みたいな……」
口に出してから、十条九は赤くなった顔を背ける。その反応が可笑しくて、そして──本当に、たったそれだけの理由で自分の為に行動を起こした彼の心情を思って、気が付けばオペレーターは笑っていた。
「何も、笑わなくてもいいだろ……」
「だって……ふふっ」
口元を押さえながら、彼女は楽しそうに声を上げる。一頻り笑った後で、彼女は落ち着きを取り戻すと、改めて十条九と向かい合った。
「ボク、食べた事のないものが、まだまだいっぱいありますから。もしかしたら、好き嫌いも、その分いっぱいあるかもしれませんよ?」
「上等だ。その度に新しいレシピを用意してやるよ」
わざとらしく、ぶっきらぼうな声で応じる。赤い顔は未だそっぽを向いたまま、しかしどこか温度を感じるやり取りに、オペレーターは微笑んでいた。




