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「……という事があったんです。以来、俺が料理作る度に若干警戒してくるんですよね……」
「……ふむ、なるほどな。状況は分かった。しかしな、十条。なぜその話を俺に振る?」
マンションのエントランス部分、そこで十条九と向かい合っていたのは、サングラスが印象的な黒服の男だった。ICSA内で物資や人員を運搬する仕事柄、『運び屋』を通称としている彼は、今日もマンションの住人へ荷物を届ける為、この場を訪れていたのだ。
「いや、なんとなく……身近に相談出来る人がいなかったので……」
「あー、まあ、確かになぁ……管理人さんとかには、そういうの無理だろうからなぁ……」
何かを察した様子で、『運び屋』は苦笑する。
「しっかし、ピーマンねぇ。テンプレというか、典型的というか。ガキンチョって、何で皆ピーマンが苦手なのかね」
「本人曰く、苦味と青臭さがダメみたいです」
腕組みをして悩む素振りを見せながら、十条九が答える。それを聞いて、『運び屋』は納得したように頷いた。
「よし、話は分かった。で、それの何が問題なんだ?単にピーマンが嫌いってだけなら、そこまで深刻そうな顔はしないだろ」
すでに話の先を見抜いているらしく、『運び屋』は問い掛ける。半ば看破されている事に気付くと、十条九は観念したように話し出した。
「別に、ピーマンを食べる事を強要してはいないんですけどね……ただあいつに、ピーマンを食べなくてはいけない理由みたいなのを尋ねられて。つまりは、『どうして好き嫌いしてはならないか』って事なんですよね」
「出た、大人でもちょっと答えに困る質問。でもまあ、俺は別にいいと思うけどなぁ、好き嫌いくらい。そりゃ、人間、誰にだって食べ物の好みくらいあるもんだろ。確かに偏食はまずいとは思うが、そこまでって訳でもないんだろ?」
「はい。ただ……」
気掛かりでもあるような顔で、十条九は言葉を濁す。
「……『無理にピーマンを食べるくらいなら、その栄養素分はサプリメントで補給すればいい』みたいな事を、小声で呟いてたんですよ。杞憂かもしれませんけど、よくない兆候なんじゃないか、って」
そこまで聞くと、『運び屋』は全てを理解して、「なるほど」と納得の声を上げた。
「つまりお前は、オペレーターがまた以前みたいな生活になるんじゃないかと、心配してるわけだ」
数年に渡って物資を運んでいた経緯から、『運び屋』はオペレーターの食性については熟知していた。それこそオペレーターは、十条九が彼女と同居を始め、決定打である「お誕生日大作戦」を経るまで、栄養剤やサプリメントの類しか、口にした事がなかったのだ。
だからこそ十条九は、彼女が以前の生活に戻るのではないかと危惧しているのだろう。彼女がサプリメント漬けの生活から脱した、何よりの功労者である十条九は、今もどこか不安そうな表情をしていた。
「お前も保護者が板についてきたなぁ。さすが『お兄さん』だ」
彼の不安に対して、『運び屋』は茶化すような言葉をぶつける。十条九は、少し不服そうな顔を上げた。
「そんな顔すんなって。要は、あいつがピーマンを食べられるようになれば万事オッケーなわけだろ?」
「簡単に言いますね……」
「まあ聞けよ。苦味と青臭さがダメなんだったな?お前、ピーマンを湯通ししてるか?」
唐突に具体的な話が飛び出てきて、十条九は面食らう。彼は、首を横に振った。
「ピーマンってな、湯通しすると苦味と匂いが緩和されるんだよ。あとは、切り方によっても味がちょっと変わるぞ。繊維に沿って切るかどうかでな。さらに付け加えておくと、特に苦味と匂いが強い部分は種とワタで……」
「……あの」
「ん?どうした?」
「やけに詳しいですね?」
思わず十条九が問い掛けると、『運び屋』は得意げな顔で、自らの二の腕を叩いて見せた。
「おうよ。実家がその辺厳しくてな。料理は割と得意だぞ」
『運び屋』の出自が、ますます謎になった瞬間だった。




