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「お疲れ様」
仕事を終え、自室から姿を現したオペレーターに向かって、労いの言葉がかけられる。時刻は21時を少し回った頃、ダイニングのテーブルには、湯気の立つ料理が並べられていた。今まさに作られたばかりの食事を見て、オペレーターは、わざわざ夕食を待ってくれていた同居人へと目を向ける。
「お待たせしました」
「いいんだよ、俺が好きで待ってるだけだから」
特に気に留めていない様子で言いながら、十条九は、オペレーターの定位置である椅子を引く。彼女がそこにちょこんと腰掛けるのを見てから、十条九はその向かい側の席に腰を下ろした。どちらともなく、二人は揃って両手を合わせる。
「いただきます」
言葉を重ねた後で、彼らはそれぞれ箸を手に取る。そんな、ごく普通の食事風景が当然のものとなったのは、本当に最近の事だった。
「仕事、忙しいのか?」
「はい。やはり、以前に比べて格段に吸血鬼の動きが活発化しています。その対応、対策には緊急性が求められますので」
何気ない食事中の会話、しかしその内容は、どこか「普通」とは一線を画するものだった。対吸血鬼機関、ICSA。その司令塔、そして保護対象である彼らが過ごす日常は、どこかに平穏とはかけ離れたものを内包している。だからこそ十条九は、こんな風に向かい合って普通に食事をする事だけは、生活の中で欠かさなかった。
「あまり無理はしないようにな」
「はい。ボクが倒れては、元も子もありませんから。健康管理には、気を付けています」
十条九は、彼女の言葉に頷き返す。それから、ふと思い出したように顔を上げた。
「そう言えば話が変わるけど、さっき『運び屋』さんが荷物持って来てたぞ。生活用品、って言ってた」
「きっと、頼んでいた入浴剤ですね。後で確認しておきます」
その回答を聞いて、十条九は納得したように頷いた。これは十条九も最近知った事実なのだが、オペレーターは意外にも、入浴に時間をかける。サプリメントのみの食事をしていた側面から、入浴に関してもシャワーだけの簡単なものを想像していた十条九は、しかしある時、洗面所に備蓄してある入浴剤の山を発見した。
本人曰く、「入浴は重要な疲労回復の手段の一つ」なのだそうだ。だが、入浴剤のバリエーションが豊かで、日によって使う物を変えているのを見る限り、それ以外の理由もありそうではあった。
「入浴剤か……そうだな、これから暑くなる季節だし……って、ユノ?」
言いかけた言葉を中断し、十条九はオペレーターへと呼びかける。ほんの数秒前まで普通に食事をしていたはずの彼女が、唐突に箸をくわえたままの姿勢で、硬直していたのだ。異変を察知すると、十条九はすぐさま彼女の顔を覗き込んだ。
「ユノ、どうした……?なんか、その……今まで見た事のない……すごい顔してるけど……」
十条九は、驚きのあまり狼狽える。オペレーターの眉の間には皺が寄り、目は半開きで、潤んでいた。口は「へ」の字の形のまま、彼女は微動だにしない。普段表情に乏しいオペレーターだからこそ、何かしらの緊急事態である事は察知出来た。
「むぐぅ……」
オペレーターは小さく唸りながら、目で何かを訴えかけている。だがしかし、十条九には彼女の言わんとする事が理解出来なかった。つい先程まで、彼女はいつも通り食事をしていたのだ。それが突然、何の前触れもなく、この状況である。考えられるとすれば、彼女が口に運んだものの中に、何か──
「……まさかユノ、お前……」
次第に、オペレーターの口元がぷるぷると震え始める。それを見て、十条九は確信した。
「……ピーマン、食べれないのか?」




