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孤ノ影闘記 / Anti-Nexus  作者: 鰓鰐
第3章 名残―Call me by the name―
26/58

〈5〉

 ―5―



「……すまない、もう一度確認させてくれ」


 テーブルに肘をつき、こめかみに手を当てた十条九が、そう切り出す。その向かい側に腰かけた少女は、それに対して頷いた。


「オペレーターっていうのは、甲鐘さんたちに、通信機で指示を出してた人の事だよな?それが……」


「ええ、ボクの事です」


オペレーターを自称する少女の部屋を後にし、二人はダイニングルームにいた。というのも別段、料理を囲んでの談笑だとか、十条九の歓迎パーティー的な事が行われていたからではなく、単に向かい合って腰を下ろせる場所が、ここしかなかった為である。


「……恐らくあなたは、ボクの年齢に関して、言及したいんでしょう?」


その外見にしてはあまりに大人びた言葉で、少女は問いかける。先手を打たれた十条九は、後頭を掻きながら目を逸らした。


「それは、まあ……気に障ったなら、謝る」


「いえ。概ね予想通りの反応でしたから。隊員達に指令を出す立場の人間が、ここまで幼いと思わなかったんでしょう」


応対は、あまりに淡々としたものだった。何の表情も窺えない顔と、無感情な言葉は、ただでさえ会話の苦手な十条九に、よく分からないプレッシャーを与えてくる。


「確かに、ボクの前任者は高齢な方でした。元軍人で、戦闘経験から指示を出していたと。ですが、隊員全体を動かす能力としては、ボクの方が優れていた。……少なくとも局長は、そう判断しました。ボクの方が、適任だと」


そこに自尊や誇りといった分かりやすい感情があれば、まだ容易に現状を受け入れる事が出来た。しかし、彼女の言葉には何の誇張も感じられない。ただ、ありのままを告げているだけだ。至極冷静に、自身を客観的に語るだけの彼女を見ていると、何かがちぐはぐな、目の前の映像と彼女とのやり取りが噛み合っていないような、妙な感覚に襲われてしまう。


「人を生かすか殺すか。その状況が問われ続ける立場に、年功序列という考え方は通用しません。そして、使えるものは何でも使うというのが今の局長のスタンスのようで、それが後押ししている部分もあるんでしょう。能力がある者が上に立つ。力のある者が先導する。分かりやすい例として挙げられるのは、甲鐘隊長でしょうか。彼女はわずか20歳でありながら、一部隊を率いている。ですが、彼女が隊長に任命されてから、隊の中で死傷者を出す率が格段に低くなった。ボクの事も、それと似たような『一例』だと考えてください」


無表情なまま、目の前の少女は続ける。その声色はひどく無機質なもので、その会話に対して十条九は、苦痛を覚える程だった。


「故に、ボクがこの立場に……作戦の立案や、隊員達に指令を出す席に、座っている。ご理解いただけましたか?」


大人びた雰囲気の──実際のところ十条九よりも精神年齢が上なのかもしれない──彼女を見て、あながち嘘を吐いているわけでもないのだろうと、十条九は頷いた。十条九が即座にそんな反応をしてしまったのは、これ以上の会話を続けていたくないと、無意識の内に感じていた彼の、心の表れだった。


 十条九は、チラリと少女に目を向ける。あどけない顔立ちに、握ったら折れてしまいそうな、細く小さな手足。背丈は140センチほどで、彼女が羽織っている白衣は床に裾がついている。どこからどう見ても、小学生の高学年くらいの年頃だ。普通に考えて、働くような歳ではない。


「……?何か?」


ジッと見てしまっていたせいか、オペレーターは首を傾げた。


「あ、いや……ずいぶん……その、若いな、と思って」


言葉を選びつつ、十条九は口にする。


「確かに、ボクがICSA内で最年少です」


それを聞いて、十条九は少し安堵した。さすがにこの少女よりも小さな子供が何人も働いていたら、それはそれでICSAという組織を疑わざるを得なかったからだ。


「……何歳?」


彼がそう尋ねると、オペレーターは少し考えるような素振りを見せた後で、やはり無表情のまま答えた。


「ちょうど15日後の『製造日』で、12歳になります」


「……え?」


一瞬、十条九は自分が聞き違えたのかと思った。誕生日というのなら分かる。しかし、彼女は間違いなく、はっきりと『製造日』と言ったのだ。まるで機械か何かのように、彼女はそう口にしたのだ。


 その時不意に、彼女はスッと立ち上がる。あまりに突然の事に、十条九は少しばかり細い目を見開いた。


「続きは、明日でもよろしいでしょうか?明日の業務に差し支えると、いけませんので」


「え?あ、あぁ……」


唐突な事に、口を挟む余裕もなかった。


「では、ボクは就寝します。浴室は、そのドアから出て右にありますので、ご自由に。それから、お休みの際にはその向かいの部屋を」


指を差しながら簡単に説明すると、彼女はズリズリと白衣を引きずって、自分の部屋へ戻っていった。淡々としたその態度を眺めていると、まるでロボットでも見ている気分だった。


「……製造日って、そういう意味じゃないよな……?」


そうひとちると、彼もまた席を立つ。壁に掛けられた時計の針は、ちょうど9時半頃を示している。持て余された時間、しかし、これといってやることはない。テレビか何か、時間を潰す類いの物でもあれば多少は違うのだろうが、そんなものはこの部屋にはなかった。


 とりあえず自分に与えられた部屋を見ておこうと、彼はオペレーターが指し示したドアへと向かう。開けてみると、中から漂ってきた書冊の匂いが、彼の鼻を衝いた。どこか懐かしささえ覚えるような匂いに誘われるように、彼は部屋へと足を踏み入れる。


 手探りで電気を点けると、周囲の様子を見渡す。中はさほど広くなかったが、大きな本棚が二つと、簡易ベッドが置いてあった。逆に言えば、部屋にはその程度の物しか置いておらず、非常に簡素と言っていいだろう。


 彼は本棚に並べてある書物に目を向ける。時間を潰すのにはちょうどいいと思い、彼はその背表紙を視線でなぞるも、しかし次の瞬間には落胆する。


「……って、学術書ばっかりか……」


それも、いずれもパソコンに関する難解な書物ばかりであり、とてもではないが意欲をそそられるものはない。彼は、早々にあきらめてベッドに寝転んだ。その瞬間、今までの疲れがどっと襲ってくる。


 だが、目を閉じる事は出来なかった。瞼を下ろせば、その瞬間に何が胸裏を占めるか、自身が何より理解していたのである。


「……まだ、半日しか経ってないんだよな」


呟いて、包帯を巻かれた自らの左手を宙へとかざす。照明の光を受け、指の端が僅かに赤く透けて見えるのを眺めて、十条九は自身が生きている事を実感し──思い知らされた。


「生き、てる」


 その瞬間、胸中に暗い感情がのさばった。堪らず、それを払い除けるように、左手を振り下ろす。それは、ベッドの縁に勢いよくぶつかり、鈍い音を立てた。その瞬間傷口が開いたらしく、左手の包帯に、赤い色が滲む。


 途端に、手首の血管を噛みちぎりたい衝動に襲われる。自らの首を掻きむしって、流れている血を全部体外に排出したくなる。だが、それは許されなかった。


「……渡瀬」


浮かんできた疼痛を抑えるように、胸へと爪を立てる。涙が滲んだのは、果たして彼女を思っての事か。或いは、死ぬ事の許されない我が身を呪ってか。十条九には、分からなかった。分かりたくも、なかった。



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