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「えっと……ここであってる……よな?」
十条九は部屋の前に立つと、その番号を確認する。さすがに部屋を間違えてしまっては洒落にならない。彼は何度も確認しながら、玄関のドアノブをゆっくり回す。
「…………」
今日からここで生活すると思うと、なんだかそわそわした気分になる。それも、見知らぬ女性と二人きりで暮らすという状況は、なんだか落ち着かない。彼はわずかに躊躇しながらも、思い切ってドアを開けた。
「……広いな」
最初に抱いたのは、そんな漠然とした感想だった。庶民派である十条九には理解出来ない、無駄に豪奢で広い玄関。やたらと凝った造りの照明に、大理石の土間。シューズ・ボックスなど最たる物で、何をそこまで収納するのか、不思議になる程の大きさだった。圧倒されながらも靴を脱ぐと、十条九は用意されていたスリッパを履く。どうやら女性物のようで、サイズは少し小さかった。それでますます、これから女性と同居する事になるのを意識してしまう。
「……えっと、お邪魔します」
無言で部屋に入るのは失礼だろうと、十条九は部屋の奥に呼び掛ける。しかし、何度か声をかけてみるが、反応らしきものは何一つ返って来なかった。それどころか、何の物音も聞こえてこない。
「……留守、な訳はないよな」
先ほどの玄関ホールでのやり取りを考えても、この部屋の住人が現在ここにいる事は、間違いないだろう。不意に、歓迎されていない故に無視されている可能性が頭を過り、十条九はむしろ納得した気分になる。
「……そういうのには慣れてるからな」
ポツリと呟いてから、十条九は中へと足を踏み入れた。どういうつくりになっているかは知らないが、広い廊下を真っ直ぐと進み、とりあえず一番奥の部屋へと進む。ドアを開けてみると、中はリビングのようだった。
「……誰もいない」
明かりこそついているものの、そこにはだだっ広い空間が広がっているだけで、誰かがいた形跡は感じられない。そして何より、家具の類も必要最低限のものが揃えられているだけで、生活感がほとんどなかった。ごく一般的な壁掛け時計と、それに向かい合うように置かれた革のソファー。間に置かれているコーヒーテーブルを除けば、他には何も無い。併設しているダイニングには一応大型のテーブルがあるようだが、見る限りそちら側も装飾に乏しい。別段、インテリアにこだわりを持つわけでない十条九でさえ、物足りなさを感じていた。その光景は、本当にここに誰かが住んでいるのか、疑問になるほどだ。だが、途方に暮れた十条九が後頭を掻いていると、不意にどこからか、カタカタという小さな物音が聞こえてくるのに気づいた。
「……キーボードの音か?」
視線で音をたどっていくと、ダイニングとは反対側に位置する壁に、また別なドアがある事に気づく。いよいよ住人との邂逅を予感すると、十条九の喉が自然と鳴った。何度か躊躇いつつ、十条九はその前に立つと、ついにドアをノックした。
「開いています」
インターフォンで聞いた無機質な声が、キーボードの音に混ざって聞こえてくる。人がいたことに少なくとも安堵しながら、彼はドアを開いた。その瞬間に、部屋の内部からクーラーの冷気が漂ってくる。
中はそれなりに広いのだろうが、よく分からない機械が部屋の半分ほどを埋めており、どこか圧迫感を感じた。いずれもパソコンに接続されているようで、時折ランプがチカチカと点滅している。部屋の正面に設置されたデスクにはディスプレイが数台並んでおり、そこに数多の情報が書き出されていく。十条九には、一体何が行われているのか分からなかった。ただその光景に圧巻され、しばらくそれを眺めていると、不意にキーボードを叩く音が止まる。
「局長、潜伏の可能性がある地点のリストの更新、それと次の突入作戦の詳細の作成が完了しました」
『分かった。こちらで確認しておく。ご苦労だった』
会話を終えると、デスクの前、背の高い回転椅子に腰かけていた人物は、それを回して、ヘッドセットを外しながら十条九を振り返った。
「十条九さん、ですね?お話は伺っています」
大して興味のなさそうな、無表情な顔が、十条九へと視線を向ける。それに射抜かれた瞬間、十条九は困惑に目を見開いた。
「え、えっと……オペレーターっていうのは……」
尋ねようとした言葉が、驚愕のあまり霧散する。なぜなら、そこに座っていたのは──
「はい。ボクが、オペレーターです」
小学生くらいの女の子だったからだ。




