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霧が薄まり視界が回復した頃には、呆然と立ち尽くす隊員達と、生徒の死体の山が残されているだけだった。そんな中、銀髪の女性はようやく見えない拘束から解放され、地に両手をついた。隊員達が慌てて駆け寄ろうとするも、彼女はただ首を横に振って応じるだけだった。
「……なんともない」
それだけを答えて、女性はゆっくりと立ち上がる。その足元には、彼女が地に爪を立てた跡が、くっきりと残っていた。静かに目を閉じると、女性は右耳のインカムへと手を伸ばし、沈んだ声で口にした。
「……作戦は失敗だ。オリジナルを取り逃がした。そして……」
うっすらと目を開け、彼女は校舎の方へと視線を向ける。
「殉職者一名。……甲鐘部隊副隊長、鮫島宗治」
そして彼女は、今は亡き隊員の名を、沈痛な面持ちで告げた。
『確認しました。これより、待機中だった作業班、医療班を現場に送ります。甲鐘部隊は対象を保護し、医療班と帰還してください』
事務的とも思える回答が、インカムから返ってくる。女性はしばらく、その言葉に対して迷ったような表情をしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……オペレーター、私は、作業班が到着するまでここに残ってもいいか?少し……状況の整理がしたい」
『許可します。甲鐘隊長は、作業班とともに帰還してください』
「……感謝する」
通信が終了し、女性は隊員たちの方へと向き直る。すでに彼女の顔に痛々しい色は残っておらず、ただ隊長然とした冷静な表情が浮かべられているだけだった。
「聞いての通りだ。保護対象を連れて先に帰還しろ」
しかし、それを聞いた隊員たちは首を縦に振らなかった。それが暗に、仲間の亡骸を放置出来ないという無言の訴えだという事は、想像に難くなかった。その場を動こうとしない彼らを見て女性はため息がちに口を開く。
「分かっていると思うが、あいつはもう、見られた姿じゃない。……見てやらない事も、一つの選択だ」
「それでも、隊長一人に背負わせるわけにはいきません」
彼女がこの場に残ると言った事の意味を察していたのだろう、隊員の一人が答えた。そして、それに同調するように、隊員たちは無言のまま、目で訴えていた。
「……好きにしろ」
物憂げな表情の彼らに、女性はそれだけを告げる。重苦しい空気の中、沈黙を破ったのは、学校の前に一台のトラックが停まる音だった。数人の隊員が降車し、校庭にいた戦闘員たちと合流すると、彼らは女性に向かって敬礼する。
「後のことは任せてください」
「……すまない。助かる」
すれ違いざまにそんな会話を交わし、女性は隊員達を引き連れたまま、校舎の方へと向かっていく。その後ろ姿に先程までの気迫はなく、悄然とした彼らの背中は、痛々しさが目に余るほどだった。
「…………」
そんな彼らの様子を、十条九は遠巻きから眺めていた。半壊した校舎、銃を片手にした部隊、そして、死体の山。そのいずれもが、普段目にするものとは程遠すぎて、現状を飲み込めずにいた。
なぜ、こんなことになったのか。十条九は、自問していた。あのマユカという少女は、朝陽を手に入れるために、まずは十条九を引き入れようとしていた。それが事実なのか、そもそも朝陽が生きているということ自体が本当なのかは分からない。しかし、いずれにせよ、十条九は一つの結論にたどり着いた。
「──俺のせいじゃないか」
自分がここにいなければ、誰も死なずにすんだはずだ。今校庭に転がっている彼らも、自分を助けに教室に飛び込んできた男も、クラスメイトも──自分がここにいたせいで、死んだのだ。
「……渡瀬」
彼の脳裏に、クラスメイトたちが首を切られた瞬間の映像が、フラッシュバックする。何が起きたのか分からない表情のまま、ボトボトと落ちていく首。何かを口にしようとしたままで固まった、渡瀬の死に顔。
「……俺、まだ生きないといけないのかな?頑張らないとダメなのかな?」
残された者の方が大変なのだと、彼女の言葉が頭を過る。その人たちの分まで頑張って生きるしかないと、十条九に笑いかけた渡瀬の顔が、今も頭から離れない。だとすれば、今後自分は一生『これ』を背負って生きないといけないのだろうか。こんな光景を見せられて、これほどの罪悪感を押し付けられて、それでも生きないといけないのだろうか。だとすればその責め苦は、生き地獄以外の何物でもない。
そう自覚した瞬間、十条九は、優しかったはずの彼女の言葉に、呪われた。
「……俺が」
その時、彼女の父の事が頭に浮かんだ。あの子は自分の生き甲斐だからと、他には何もいらないと、そう言って笑った彼の姿が、頭から離れない。恐らく彼は何一つ疑うことなく、自分の娘が帰ってくるのを待っているのだろう。唯一の生き甲斐を奪われ、彼は果たしてそれでも生きていけるのだろうか。
「俺が、殺したようなもんじゃないか……!」
十条九は、頭を抱えたままうずくまっていた。
生き残ってしまった。自分だけ、死なずに残ってしまった。誰かの生きがいを奪ってまで、誰かの命を犠牲にしてまで、自分は生き残ってしまった。
嫌悪感、自責の念、呵責。そんなものが、自らを押し潰そうとする。この間の飛行機事故だってそうだ。あの時に、自分が死ぬべきだったのだ。なぜ自分なのか。なぜ、他の誰かではなく自分が生き残ってしまったのかと、その問いが自分を圧し殺そうとする。
「何で……何で俺なんだよっ……!」
視界が、目に溜まったもののせいで歪んでいく。そのまま、十条九は地面へと倒れこんだ。
「……おい!どうした!?しっかりしろ!」
隊員の一人が、異変を察知しすぐに駆け寄ってくる。
「過呼吸だ!落ち着け!ゆっくり息をしろ!」
隊員に抱えられ呼びかけられるも、十条九の耳にはもう何も届いてはいなかった。だんだんと暗くなっていく視界の中で、「お前のせいだ」という誰かの声だけが、彼の耳の奥に響いている。それが自分の声だと気づいた頃には、彼は意識を手放していた。




