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「いやー、やっぱり男の子の背中は大きいね!」
「……はぁ、そうですかね……」
十条九は、安堵と残念さが入り混じった複雑な思いを抱えながら、委員長の父に背中を洗ってもらっていた。確かにこうして背中を流してもらう分にはとてもありがたいのだが、それでも男女が一緒の浴室にいるところを想像してしまった後では、中年親父と男子高校生のこの構図が、ひどくむさ苦しく感じられてしまうのだった。
「……あの、足は平気なんですか?」
「ん?あぁ、こうやって椅子に腰掛けてる分には平気だよ。ただの捻挫だしね」
明るい口調で言いながら、背中をゴシゴシと擦る。十条九はされるがまま、気の抜けた調子でそれを聞いていた。
「……本当に、十条くんのおかげだよ。危うく、あの子を一人きりにするところだった」
ふと、唐突に声のトーンが下がったかと思うと、そんな事を口にし始める。一人きり、という言葉にはいろいろと感じるところの多い十条九ではあったが、なるべく自分のことを考えないように、彼は質問をすることに徹した。
「その……委員長、お母さんは……」
「うん……家内はね、あの子がまだ小さい頃に病気で亡くなって……だから、男手一つで育ててきたんだよ。女の子ってのはすごいね。親がこんなんでも……いや、こんな親だからかな。すごくしっかりした娘になってくれて」
わずかだが、その声が喜んでいるように上擦っている。それが心底からの言葉なのだという事は、十条九にも容易に感じ取れた。
「確かに、委員長はしっかり者っていうか……面倒見がいいですね」
「本当に、私には過ぎた娘だよ。はは、なんだか親バカっぽいね。けど、本当に……あの子は私の生きがいだから。妻が亡くなって、一時は途方に暮れたけど、あの子がいたから頑張れた。だから……うん、あの子さえ幸せなら、他には何もいらないよ」
照れくさくなったのか、最後の方は茶化すような口調で言った。十条九が柄にもなく、それを羨ましいと感じるほどには、風呂場の鏡越しに見えた彼の顔は、幸せそうだった。
「……そういえば、話は変わるけど、あれからお家の人とは連絡ついたかい?」
唐突に話を切り替えられ、十条九は一瞬返答に詰まる。一呼吸空けた後で、十条九は口を開いた。
「いえ、まだ……叔父の携帯電話に繋がらなくて」
ひょっとしたら着信拒否されているのではないかと思い、試しに固定電話からもかけてみたのだが、返ってきたのは電源が入っていないというメッセージのみだった。
「他に、親戚の人とかは?」
「……いえ……その……」
自分のことを話すのは気が引けたが、彼は簡単に自らの身辺事情を説明した。両親が他界していること、彼が血の繋がらない叔父夫婦の家に住んでいることを告げると、委員長の父は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、十条くんがそんな境遇だなんて知らなくて……それに、こんな状況なのに、私一人あんな話を……」
「気にしないでください。なんて言うか、気が紛れたし……それに、朝陽……妹のことも、いずれは踏ん切りをつけないといけないって、分かってますから」
十条九は、落ち着いた声でそう言った。無論それが、言うまでもなく無理をした上での言葉だという事は、想像に難くないだろう。それ故か、次の言葉に迷うように、十条九の背を洗う手が止まる。
「……十条くん、当面の間はこの家にいるといいよ」
そして、暫しの沈黙が続いた後で、彼はそう切り出した。
「え?でも……」
「十条くんの叔父さんといつ連絡がつくか分からないんだし、一人でいるよりはずっといいだろう?それに、あの子もきっと喜ぶよ」
「…………」
望外な申し出に一瞬気圧されるが、少し考えてから十条九は、「それはないだろう」と内心で呟いた。少なくとも自分なら、例えば自分のような人間がもう一人いたら、一緒に生活したいとは思わない。
「いや、ありがたいですけど、やっぱり……」
「病院にだってまた行かないといけないだろうし。何かと不便があるだろう?もし、ただ居座っている事に気後れするようなら、その時は家の事を、紅葉の事を手伝ってくれればいいよ。もちろん、無理のない範囲でね」
底抜けに明るい笑顔と共に、そんな言葉が紡がれる。その後も遠慮を続けた十条九だったが、半ば強引に説得され、十条九はしぶしぶ首を縦に振った。それを見て委員長の父が笑うと、何だか面映ゆい気分になって、十条九は視線を伏せた。何となく、背中を洗われている現状が親子のそれに似ているような気がして、彼は顔を上げることが出来ずにいた。




