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孤ノ影闘記 / Anti-Nexus  作者: 鰓鰐
第2章 蹂躙―Genocide―
11/58

〈2〉

 ―2―



 暗室のような場所には、収納袋のような物が、それこそ何十と並んでいた。大きさはまちまちだが、そのほとんどが1m半を超える程度の物ばかりで、嫌でも中身を想像する事が出来てしまった。そして十条九は今、その内の一つと向かい合っている。


袋の中から覗いていたのは、顔に布をかけられた少女の遺体だった。


制服に身を包んだ少女の身体には血の気が無く、スカートから伸びる脚は気味の悪いほど真っ白だった。傍らに立った看護士が何かを言っているようだったが、そんなものは耳に入っていなかった。ただ、目の前の現実が頭に少しずつ浸透していく感覚に、彼は歯を食い縛って耐えている。


「……顔を、確認してもいいですか?」


抑揚のない声で尋ねると、看護士の肩がわずかに揺れた。


「……申し訳ありませんが、それはあまりお勧めできません。その……お顔は……もう……」


「……そう、ですか」


見られたものではない、というところだろう。それだけ理解すると、彼は朝陽の持ち物について尋ねた。程なくして、財布やら携帯やらが手渡される。破損しているものがほとんどだったが、いずれも朝陽のもので間違いなかった。それがトドメになったかのように、十条九は現状に降伏するかの如く、震える口を開いた。


「妹で間違いない、と思います」


学生証の写真を見た瞬間、現実味は質量を持ってのしかかってきた。自分が助かった以上、彼女もどこかで生きているだろうという甘い考えは、その実何の根拠もない、ただの願望に過ぎなかったのだ。


「念のため、お兄さんがよろしければ血液検査も……」


「……血、繋がってないんで」


視線も合わせず口にすると、看護士は察したらしく、小さな声で謝罪する。十条九は、別段気に留めた様子も見せなかった。


「……もういいですか、出て行っても」


堪えきれなくなったように、十条九は口に出す。例え、そこに妹の最後の姿があると分かっていても、ここは、あまり長居出来る場所ではなかった。十条九の様子に、察するものがあったのだろう、看護師は特に何を言うでもなく、彼を部屋の外へと連れ出した。


「十条くん!」


 部屋から出ると、すぐに委員長が駆け寄ってくる。委員長がそれ以上口を開く前に、「平気。大丈夫だから」とだけ告げて、顔を逸らす。表情は消したまま、しかし重苦しい空気を纏いながら、彼は看護師へと向き合った。


「血液検査だとかは、叔父がこっちに帰ってきた時にでもお願いします。例の事故で、後続の飛行機が着陸場所を変えちゃったんで、戻ってくるのに時間かかるかもしれないですけど、そっちは妹と血が繋がってますから。それまで遺体を預かっててもらうことって、できますよね?手続きが必要なら、今全部済ませたいんですけど。あとは……ああ、そうか。こっちの連絡先を教えておかないと、ダメですよね。何か、書くものってありますか?」


ほとんど無表情のまま、彼は一息に言った。頭で考えて話しているわけではない。ただ、機械的に言葉を紡いでいるに過ぎなかった。そんな十条九の様子を見て、看護士と委員長は唖然としていた。やがて、看護士がおずおずと差し出したペンとメモ帳を受け取ると、十条九は近くにあったカウンターへと向かう。


「住所と、叔父の電話番号があればいいですか?あとは……」


言いながら、彼は不自由な右手に代えて、左手で文字を書いていく。紙の上でペンがのたうち、ミミズが這ったような跡を残す。しまいには、左手すらも調子がおかしくなったように、ブルブルと痙攣する始末だった。


「……あとは、何書けば……?えっと……」


「十条くん!」


それでも書き続けようとする十条九の左手を、委員長が止めた。驚いてその顔を見上げると、彼女は首を横に振る。


「十条くん……もういいから……無理しないで」


その言葉を掛けられ、数秒経ってから漸く、十条九は自身が震えていた事に気づいた。体の芯の方が凍ったような感覚に、腕はおろか体全体が、小刻みに振動していた。まるで、壊れる寸前の機械のように──或いは本当に、委員長が声を掛けてくれていなかったら、そのまま振動でバラバラと崩れていたのではないかと、そう思う程の震えだった。


「……私が代わりに書くから」


十条九の手からペンを取ると、彼女は住所を書き直し始める。十条九はされるがまま、呆然と、それを眺めている事しか出来なかった。自分が動揺している、という事実が、彼自身にも意外だった。血の繋がりがあったわけではない。大して仲が良かったというわけでもない。それでも、思えば十年近く、当然の如く日常を構成していた、一部だったのだ。胸に洞を穿たれたような、臓器の一部をくり抜かれたような、そんなぞっとする感覚が、冷たく全身へと染み、広がっていく。


「……何で……」


だが、義母が死んだ時と同じように、涙が頬を伝う事はなかった。



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