将棋運ゲー考察
「将棋が運ゲーなわけないじゃん」
携帯片手に茜がいきりたっている。
「将棋は二人零和有限確定完全情報ゲームなんだから」
「なにその連携技みたいなゲーム」
二人
「これは対戦だからね」
「さすがにこれはわかるわ」
「交互に手を出すってことね、二回攻撃とかはだめ」
零和
「何これ? ゼロの足し算?」
「足すとゼロになるって意味よ」
「足すって何を?」
「わかりやすく言えば勝ち点ね。勝った方に+1点。対戦ゲームだから相手は必ず負けてー1点。足すと零になるってこと」
「要するに、必ず勝ち負けが決まるってことね」
「一応、将棋には引き分けもあるけどね」
「逆に零和じゃないゲームってなに?」
「協力して脱出するゲームは零和じゃないわね」
「Wikiには恋愛って書いてあるけど」
「恋愛がゲームなの?」
「まあ、そういう人もいるか」
有限
「必ず終わるってことね。これはわかりやすいね」
「さっき数学の授業で有限と無限を説明してたからね」
「こんなところで数学が役に立つなんて」
「でも、盤面の総数は10の200乗ぐらいあるって言われているから
「200乗! 億……兆……京? 京の上ってなに?」
「垓 だけど。ちなみに無量大数でも10の68乗だから」
「それってほとんど無限じゃん」
確定
「これは何?」
「指す時にサイコロを振らないってことよ」
「でも将棋って、先手、後手はランダムじゃない」
「ゲームが始まる前の話じゃん」
「この解釈によって議論がもめそうね」
完全情報
「ここだけ4文字なのね」
「これは、自分と相手の手札が全部見えるってことね。ポーカーや麻雀は不完全情報だけど、囲碁やオセロは完全情報」
「お互いが相手の手を推測可能ってことね」
「相手が何考えているのか分からないけどね」
ツェルメロの定理
「さらに重要なのはツェルメロの定理よ」
「うわ、なんかラスボスっぽい名前」
「二人零和有限確定完全情報ゲームはかならず先手勝ちか、後手勝ちか、引き分けになるの」
「ん、それって、なんか当たり前じゃない。どっちかは勝って、どっちかは負けるんだから」
「違うわ。どっちかじゃなくて、先手必勝か、後手必勝になるのよ」
「どう違うのよ」
「簡単に言えば、必勝法が存在するってこと」
「え、じゃあ」
「将棋は差す前に勝負がついてるの」
「えー。でも、ちょっとまって」
「なに?」
「それなら、振り駒で勝負が決まるってことよね」
「そうね」
「じゃあ、将棋って、運ゲーじゃない?」
「あれ?」
茜は長考の後、言葉を慎重に選びながら、先を続けた。
「前提を忘れていたわ」
「お互い最善手を指すってことでしょう」
「あなたも調べたの?」
「だって暇だもん」
「それなら話が早いわね」
「でも、必勝法っていうけど、どっちが勝つのよ」
「それは……わからない。必勝法は存在しているけれど、その方法まではツェルメロの定理は教えてくれないから」
「たとえば、茜ちゃんの前にパフェと大福とショートケーキとバームクーヘンがあったとするじゃない」
「美味しそう」
「どれか一つしか食べられないわ」
「うーん、どれにしよう」
そのまま茜は腕組みしながら考え込んだ。
私は日直の用事で職員室に向かって、しばらく先生と進路について相談していた。
秋の夕暮れは早い。あっという間に外は暗くなる。校内放送が下校時間を告げた。
教室に置いてあるカバンを取りに戻ったら、まだ、茜が考えていた。
「え、茜ちゃん、もう下校時刻だよ」
「うーん、悩ましい」
「まだ、考えてたの!」
「封じます」
そう言って茜は私に封筒を渡した。




