第9話 困惑する水崎泉
よりによって。
世の中には常にあること。
水崎泉が凛に声をかけようとしたちょうどその時、
あと数メートルのところで凛は席を立ち、無言で食堂を出ていった。
なに?
どういうこと?
せっかく声をかけようとおもってたのに?
全然こっちを気にしていないじゃない?
偶然?
わざと?
いくら凛が気落ちしている風だったとしても、周りのこと見えてないの?
近づこうとしている私なんて視線に入る価値もないって言うの?
呆然と長い廊下を歩く水崎泉。
考え事に耽り、自分の足元だけを見て進む。
私は、澤崎さんにとって何?
私は、澤崎さんに必要ないってこと?
ここに私を誘ったのはあなたじゃない。
私を助けて導いたのはあなたじゃない。
それって嘘ってこと?
私は騙されたの?
忙しいから?
敵と戦うため?
何で私に冷たいの?
もう少し相手してくれてもいいじゃない。
凛って誰?
あの子は本当に男の子なの?
じゃあなんで女の子っぽいの?
あなたにとって凛って何?
ただひたすら、そう考えて自分の足元だけ見て歩く。
当然のことながら、水崎泉は迷子になった。
「え? あれ? どうしよう?」
まるで迷路の分岐点。
右に行くべきか、左に行くべきか?
それとも来た道を戻り、一旦食堂に戻るか。
だめだ。だめだわ。
食堂に戻れるかどうかわからない。
チャラ男に連絡して聞いてみる?
でも彼、今日は外回りって言ってたし。
あんまりチャラ男に頼りたくない。
あんまりチャラ男に借りを作りたくない。
そう思って分岐点で呆然としていると、背後から声がした。
「どうしました?」
驚く水崎泉。
声の人物は凛であった。
まさか、今、このタイミングで?
水崎泉は緊張して声を失う。
「あ? え?」
それまで凛に話しかけようと思っていたのに、言葉が見つからない。
「迷子になりました?」
凛はその名の通り、凛とした眼差しで水崎泉を見る。
透き通った目。
きれいでまっすぐな瞳。
澤崎さんが夢中になるのはわかる。
もし自分にこんな後輩がいたら、自分も愛してしまうだろう。
見た目は女の子。しかも自分より年下。
まして本当に男の子だったら水崎泉も好きになってしまうかも知れない。
「あ、ええ。自分の部屋の帰り道がわからなくて。」
水崎泉はやっとの思いで声を絞り出す。
「ここ、要塞になっているから迷路、すごいんですよ。」
凛はさわやかに淡々と説明する。
散切りショートボブの髪型がかわいい。
顔に巻かれた包帯の隙間から見える目が印象的だ。
ほどけた包帯に見え隠れする唇が美しい。
澤崎さんが夢中になるのもよくわかる。
「ここを右に行って、次の角を左に曲がると、あなたの部屋の付近のはずです。」
そう言って指を指す凛の手。
ほどけた包帯から見える指。
痛々しそうな傷が残る小さくきれいな手。
水崎泉はしばらくそれを見つめていて失念した。
「どうしました?」
凛の言葉で我に帰る水崎泉。
「あ、ごめんなさい、つい。」
水崎泉はあわてて一礼してその場を去る。
「あ、ありがとうございます。」
そう言って凛に言われた通りの廊下を辿る。
去り際に凛の姿を見ることは恥ずかしくてできなかった。
水崎泉は混乱していた。
何で? 男の子でしょ? 女の子にしか見えない。
水崎泉は興奮していた。
何で? 全然かわいいじゃない!
何で自分はあんなに凛のことを憎んでいたの?
何で自分はあんなに凛のことを嫉妬していたの?
なんか恥ずかしい!
そんな自分に水崎泉は冷静さを取り戻していた。
澤崎のことを忘れて顔が真っ赤になる水崎泉。
自分でも顔元が赤いのがわかるぐらい恥ずかしい。
息を整え、だんだんと落ち着いてくる水崎泉。
気がつけば、ちょうど自分の部屋の前だった。




