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境界堂へようこそ 〜壊れかけの観測者の日常〜  作者: 白鐘
第九章 分ける必要なんてなかった
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9‐4 空白に風が通る


■訓練場


訓練場。

空気が、ひと段階落ちる。

ざわめきは、期待じゃない。


――測っている音。


教官A。


「……次、俺がやる」


新渡戸。


「おい、それは――」


「確認だ」

「いいよ」


間がない。


『よくないよ!』


開始。

踏み込み。

速い。

重い。

鋭い。


――当たる。

はずだった。


空白体。

“そこにいない”。

遅れて、いる。


一瞬、二人に見えた。


最初から終わっている。


「ねえ……これ」


「ええ」

「処理です」


加速。

連撃。

崩し。

フェイント。

全部、消える。


消したのではない。

成立しない。

教官Aの動きだけが、

遅れて見える。


一瞬。

空白体、触れる。

――終わり。

教官A、膝をつく。

音が、しない。


教官B。


「……代わろう」


空気が、張る。


「まだやるの!?」

「……止めに来ました」


教官B、踏み込む。

空白体、反応。

先にいる。


だが。

一瞬。

動きが、“遅れる”。


「――っ」


空白体、自分の腕を見る。


『その動き、嫌いだ』


ノイズ。

白。

コーヒーの苦味。

誰かの笑い声。


「……止まった?」


次の瞬間。

空白体、踏み込む。

――速い。さっきより、深い。


気づいたときには――

終わっている。

教官B、沈む。

無音。

誰も、動かない。

拍手も、ない。


「……やりすぎ」

「ええ」


視線、わずかに細く。


「強さの“適正値”を逸脱しています」

「――人間の範囲を」


「……まだ、削れるけど」


ぽつり。

その一言で、

空気が、さらに冷える。



■内側


視界が白く飛ぶ。

白。

どこまでも白。

音も、温度も、意味も、薄い。


マスター。


「……はぁ」


ため息が、やけに響く。


「……好き勝手やってるねぇ、あっちの僕」 「……いや、“僕じゃないか”」


一歩、踏み出す。

足音は、ない。


でも。

視線だけは、外に繋がっている。


「……コーラ飲みたいねぇ」


\ポンッ/


手の中に、缶。


「……ほんと、なんでも出るなぁ」


プシュ。一口。

――一瞬だけ、眉が動く。


「……美味しい」


間。


「……“ちゃんと美味しい”」


ぽつり。


「外と同じだ」


小さく笑う。

でも、その笑い、少し薄い。


指を振る。

ソファー。

テレビ。

冷蔵庫。

ラグ。

クッション。


白の中に、生活が置かれていく。


「……揃ってるねぇ」


どさり、と沈む。

テレビ。

外の世界。

空白体が、動く。


完璧に。


「……上手くやってるねぇ」


目を細める。


「真っ白だと味気ないね」

「森にしてみようか」


指先が、空をなぞる。


その軌跡から、色が滲む。

白が、薄く緑へ沈む。


床だった場所に草。

遠くへ、木々。

光。

木漏れ日。

湿った土の匂い。


空間の輪郭が、ゆっくり“自然”へ置き換わっていく。

風まで作ろうとして―― 止まる。


「……あれ」


葉は揺れる。

でも。

音がない。

森なのに、静かすぎる。


「あ、森には動物も必要だよねぇ」


指を鳴らす。 鳥も獣も生まれる。

――でも、鳴かない。


「……あー」


苦笑。


「これ、ダメだ」


少し強めに、息を吐く。


「形だけだ」


沈黙。


「……つまんないな」


ぽつり。


視線が、テレビに戻る。

外。

空白体。

完璧。

無駄ゼロ。


「……あっちは、“動いてる”のにねぇ」


少しだけ、声が落ちる。


「……僕、止まってるなぁ」


沈黙。


「あ、そうだ」


無理やり、軽くする。


「黄色い羽根でピンクの瞳、君はファニーね」

「水色の毛皮、青い瞳、君はシエルね」


小鳥とリス。

手の中に、収まる。

そっと、置く。

寄り添うように。


「……うん」


少しだけ、柔らぐ。


「これなら、静かでいい」


でも。

すぐに気づく。


「……静かすぎるか」


違和感。

本棚。


「……ん?」


さっきまで無かったはずの列。


背表紙に触れる。

流れ込む。

整理。分類。圧縮。不要。切除。

感情ではない。

処理ログみたいな記録。


「……業務報告書みたいだ」


ぱたん。

閉じる。

静か。

でも。


「……あるねぇ」


視線だけが止まる。


奥。

一冊だけ、妙に古いアルバム。


他と違う。

生活の匂いがする。

手に取る。

――鍵。


「……はは」


乾いた笑い。


「露骨」


ソファーへ戻る。

深く座る。

ポケットに手を入れる。


\ポンッ/


細い工具。

ピッキングセット。


「なんでも出るなぁ、ここ」


カチ。


カチ。


静かな森。

テレビの向こうでは、空白体が誰かと話している。


「……開けたくないなら、捨てればよかったのに」


カチ。


止まる。


「……残したんだ」


小さく。


「僕が」


もう一度。

カチ。


――開く。


古い紙の匂い。

少し色褪せたフィルム。

ページをめくる。

指が、止まる。


「……あ」


春。

満開の桜。

青いレジャーシート。

開いた弁当箱。


中央。

未来のマスター。

その隣で、ファニーが大口で笑っている。

シエルは呆れた顔で、少しだけ笑っている。

三人。 肩が触れるくらい近い。


触れた瞬間。


風。

桜。

笑い声。


「待ってそれ私の唐揚げ!!」

「早い者勝ちだよ」

「最低です」


記憶が流れ込む。


次。

雨の境界堂。

寝落ちしたファニー。

毛布を掛ける未来のマスター。

台所では、シエルがコーヒーを淹れている。


「……苦くしすぎました」

「いや、これくらい好きだよ」


湯気。

苦味。

静かな夜。

――帰ってきた感覚。


次。

夏祭り。


「ずるい!なんでそんな上手いの!?」

「力加減だよ」

「景品より屋台側が泣いています」


熱。

人混み。

笑い声。

――幸せ。


ドン。


感情が、落ちる。

怒り。

焦り。

喪失。

置いていかれた感覚。


「――っ」


アルバムを落とす。

膝が沈む。


「……重っ」


頭を押さえる。


「なんだこれ……」


でも。

分かる。

これは記録じゃない。

――“自分の未来”だ。


「……捨てられなかった、か」


吐く。


「溜めたんじゃない」

「残した」


笑う。

少しだけ。


「……バカだねぇ、僕」


開いたページ。

夜桜。

缶ジュースを掲げる三人。


ピントが少しブレている。

誰かが笑いながら撮ったんだろう。

だからこそ、眩しい。


「……ちゃんと、居たんだ」


最後のページ。

白。

まだ何もない。


「……まだか」


指でなぞる。

すると。

真っ白だったページに、うっすら輪郭が滲む。


未完成の写真。

三人分の影だけ。

でも。

確かに、“続き”がある。


「なら」


小さく笑う。


「ここからだ」


――その瞬間。

ノイズ。

視界が裂ける。




地下鉄。


赤。

非常灯。

割れた窓。

焼けた匂い。


その先。

ファニー。シエル。

――動かない。


「……ぁ」


世界が、遠い。

呼んでも、返らない。

その瞬間。

“何か”が切れる。


涙が止まる。

代わりに、赤い瞳だけがゆっくり開く。


「――守る」


低い声。


「次は、失敗しない」


壊れた地下鉄の中心で、

未来のマスターが、空白体へ変わっていく。


そして。

――現在。

深夜二時。

今のマスターの前に、空白体が現れる。


最初の邂逅。


『こんばんは』


軽い声。


でも。

その奥に、凍った絶望が沈んでいる。





森。

マスター、静止。

アルバムを持つ手だけが、わずかに震えている。


「……ああ」


全部、繋がる。


空白体。

未来。

あの静けさ。


「そういうことか」


苦笑。

でも。否定はしない。


「……僕も」


未来の空白体を思い出す。

あの壊れ方。

小さく笑う。


「“やる”だろうね」


ぽつり。


「たぶん、同じこと」


風が吹く。

アルバムの白紙ページが、かすかに揺れた。


沈黙。


その瞬間。

――音。


かすかな葉擦れ。

遠い、滴り。

どこかで、小さな笑い声。

止まっていたはずのものが、 順番に“鳴り始める”。


一歩。

踏む。

やわらかい土。

かすかに沈む。

遅れて、草が触れる音。


息を吐く。


「……あー」


風が、返す。

葉が揺れる。

重なって、ざわめきになる。


「うるさいねぇ」


小さく笑う。


鳥が、応える。

枝が鳴る。

遠くで、何かが駆ける。


全部、バラバラで。

でも、ちゃんと“繋がっている”。


もう一歩。

今度は、音が“ついてくる”。

足音。

草。

息。

遅れない。


「……いいね」


指先で、空気を払う。

触れた場所から、波紋みたいに音が広がる。

静かじゃない。

でも、心地いい。


「これだ」


ぽつり。


「残るって、こういうことか」


その足音。

――同時に。



■外側


空白体のつま先が、わずかに沈む。


静止。

呼吸。

ひとつ。

――わずかに、深い。


「……今」

「なに?」


「呼吸周期が変わりました」



■内側


マスター、歩く。

今度は、迷わない。


森が、応じる。

風が先に来て、葉が後から鳴る。

順番が、合う。


「……あっちも、来てるねぇ」


軽く、笑う。



■外側


空白体、指先が動く。

何もない空間を、なぞる。


■内側


マスター、同じ場所に触れる。


「触れたね?」


空気が、わずかに震える。



■外側


教官、踏み込む。

拳。

最短軌道。


空白体――

動く。

避ける。

完璧。


だが。

その軌道に、ほんのわずかな“遊び”。

最短じゃない。

綺麗な曲線。



■内側


マスター、枝を指で弾く。

しなる。

戻る。

その“余白”が、音になる。



■外側


拳、空を切る。

空白体、体勢を崩さない。


そのまま―― 止められる。

当てない。

当たる手前で、止まる。


拳と喉。

紙一枚。


教官B、止まる。

動けない。

空白体の指先。

ほんの少しでも踏み込めば、急所に届く位置。


沈黙。


訓練場の空気だけが、遅れて追いつく。

教官B、ゆっくり息を吐く。


「……参った」


一歩、下がる。

だが。視線は外さない。


「今、止めたな」

「止められたからね」


「……違う」


教官B、短く。


「“勝つ”なら、打ってた」


空白体、わずかに黙る。

ファニー、小さく。


「……あ」


シエル、視線を細める。


「最短撃破を放棄しました」


教官B、腕を下ろす。


「お前、さっきまで」

「相手を“障害物”みたいに処理してた」


「今は違う」

「……最適ではないよ」


でも。

拳は、もう出ない。


小さく笑う。


「人間相手なら、それでいい」


空気が、少しだけ緩む。

ざわめき。

呼吸。

誰かの「うわ、止めた……」という声。


その全部を聞きながら。



■内側


マスター、目を細める。


「……ああ」


少しだけ、嬉しそうに。


「選んだね」



■外側


「今のなに!?」


「……最適ではありません」

「ですが」


視線が、わずかに柔らぐ。


「選択です」




内側。

風が通る。 葉が鳴る。


外側。

呼吸が、少しだけ深い。


『でしょ?』

「……ノイズだ」


一拍。

重なる。


『「……悪くない」』


空白体、小さく。


「……本当に、うるさいな」


――でも。

その声は、ほんの少しだけ軽い。




■夕方


校庭。

空白体、目を閉じる。


「……いるんだろ」


チリ、と空気が裂ける。

光が線になる。


「……再干渉」

「また来るの!?」


空間が、めくれる。

輪郭。

色。

ノイズ。

――マスター。


半透明。

だが、“濃い”。


『やあ』


軽い。

けど、前より“重さ”がある。


「……しつこいな」

『そっちが削りきれてないだけでしょ』


一歩。

――ピタリ。

同時。

同角度。

同呼吸。


「……は?」

「同期……一致」


鏡。

次の瞬間、ズレる。


「……奪うつもりはない」

『うん、知ってる』


「無駄は減らせる」

『増やしたこともあるでしょ』


「失敗は回避できる」

『その失敗、嫌いじゃなかった』


「選択は最適化できる」

『選び直したのが楽しかった』


一歩。

動きはズレてるのに声だけ重なる。

また、揃う。


「どっちが本物!?」

「……判別不能」


「だから――その方がいい」

『それさ』


同期。


『「それ、“僕じゃなくてもできるよね?」』


――停止。

空気が凍る。

ズレる。


「……どういう意味だ」

『“完成品”でしょ?』


「……それの、何が悪い」

『悪くないよ』


『つまんないだけで』


「うわ刺した!!」

「急所です」


「……効率は価値だ」

『うん』


一歩、寄る。

今度はズレたまま。


『でもさ』


少しだけ柔らかい。


『価値って、それだけじゃない』


ノイズ。

輪郭が濃くなる。


「……装置は壊れている」

『知ってる』


「戻す方法もない」

『たぶんね』


「戻る必要は?」


視線が刺さる。


「“誰にとって”ある」


「……うわ」

「最悪の問いです」


マスター、止まる。

今度は同期しない。

完全に、“別”。

小さく笑う。


『……それさ』


顔を上げる。


『“いなくなって困るか”って話?』


「困るのはお前だけだ」

『だろうね』


「世界は回る」

『回るね』

「むしろ良くなる」


「……否定できません」


沈黙。


「だから、このままでいい」


マスター、笑う。

今度は、熱がある。


『それでもさ』


一歩。

強引に踏み込む。

同期が“追いつく”。

一瞬、重なる。


『消える理由には、ならないよね』


バチン!!

ノイズ、爆ぜる。

マスターの輪郭が一気に濃くなる。


「今!!」

「臨界」

「……面倒だな」


でも。

同じ角度で笑う。


「でも」

「退屈はしなさそうだ」


『でしょ?』


――完全同期。

一瞬。

境界が消える。


崩壊。

ノイズ。

歪み。

マスター、ほどける。


『じゃ、また』


一拍。


『消えないし』


消失。

静寂。

空白体、ひとり。

……のはず。


呼吸が、わずかに二重。


「……ああ」


目を閉じる。


「うるさいな」


でも。

口元が、ほんの少し上がる。



■内側


森。

風。

動物。

“動いている”。


マスター、ソファに沈む。


『……ねえ』


コーラを揺らす。


『そっち、居心地どう?』


一瞬の間。


「……悪くないね」

『でしょ?』


「……効率は落ちている」

「……だが」


小さく。


「悪くない」



「楽しんでるじゃん!!!」

「ええ」


静かに。


「否定しきれていません」



■帰路


「じゃ、帰ろうか」


「……うん」

「……そうですね」


三人、並ぶ。

揃う。

――すぐ、ズレる。


歩幅。

呼吸。

間。

一瞬だけ一致して、ほどける。

ファニー、ちらりと見る。

何も言わない。




■境界堂


夕食。

食堂。

湯気。

フライパンの音。

香りが、広がる。


ファニー、鼻をひくつかせる。


「……あれ」


テーブル。

並ぶ皿。

生姜焼き。 味噌汁。 卵焼き。

妙に、“いつもの”匂い。


空白体、皿を置く。


「完成」


ファニー、箸を持ったまま固まる。


「……ねえ」


一口。

咀嚼。

止まる。


「……マスターと同じ味」


シエルも、静かに目を上げる。


「……一致率、高」

「調味配分が同一です」


空白体、席に座る。


「同一存在だからね」


即答。

でも。

ほんの少しだけ、視線が逸れる。


ファニー、小さく。


「……それ、覚えてたんだ」


「身体が覚えてるだけだよ」

「効率のいい配分だから」


『嘘つけ』

『めちゃくちゃ慣れた味じゃん』


空白体、無視。


食べる。

だが今日は違う。

一定じゃない。

むしろ、妙に食べる。


ファニー、二度見。


「待って」

「めっちゃ食べるじゃん」


空白体、淡々。


「今日の運動強度だと、これくらいの摂取カロリーが必要だよ」


茶碗。二杯目。


「筋損傷もある」

「回復リソースは多い方がいい」


『だからって限度あるだろ』


「あと、空腹感が少し戻ってる」


ぴたり。

ファニーとシエル、同時停止。


「……え」

「……今」


空白体、自分でも少し遅れて気づく。


「……あ」


「……まあ」

「悪くないね」


ほんの少しだけ、口元が緩む。


目を見開く。


「笑った」

「ええ。自発的です」


空白体、箸を止める。


「……騒がしいな」


でも、否定しない。



■食後


扉。

コトン。

箱。

新渡戸。


「礼だ。甘いもんでも食え」


「お、気が利くじゃん」

「珍しいですね」


新渡戸、空白体に視線を投げる。


「……たまには息抜きしろ」

「不要だよ」


即答。


だが。

箱が開く。

整然と並ぶチョコレート。

光を受けて、静かに艶めく。


――小さな“分岐”


空白体、手を伸ばす。

止まる。

ほんの一瞬。


「……あ」

「……選択遅延」


だが。

決まる。

最短。最適。


「糖分補給か」

「合理的だね」


口へ。

パク。


『あ、それ』

『ダメなやつ』


外側。

パリ。

一拍。

とろり。


甘さ。

――奥に、異物。


アルコール。

思考が、滑る。

ほんの僅かに。


「……」


止まる。

完全に。


「……え」

「……反応異常」


『来るよ』

『それ、“来るやつ”』


ゆっくり、瞬き。


「……これは」


一拍。


「……想定外だね」

「……優先順位が、揺れる」


でも。

頬が、わずかに緩む。

制御外の揺れ。


シエル、小さく。


「アルコール」

「代謝経路、未最適化の可能性」


「いやそれ酔うやつじゃん!?」



マスター、にやり。


『ねぇ』

『“楽しい方”、来るよ?』



呼吸が、ズレる。

ほんの少しだけ。

一定だったリズムに、

“揺らぎ”が混ざる。


――その様子を、少し離れた位置で。

新渡戸、見ている。


「……おい」


誰にともなく。


「しけた顔してんなよ」


空白体、視線だけ向ける。

焦点が、ほんのわずかに遅れる。


新渡戸、肩をすくめる。


「おおかた、限定プリンが買えなかったんだろ?」


「……は?」


数秒。

本気で理解していない顔。


ファニー、吹き出す。


「限定プリンで落ち込むマスター想像できるのズルいんだけど」

「“売り切れ”には弱そうですね」


『いやまあ、ちょっと分かるけど』


「なんだ、違うのか?」

「まあいい」


鼻で笑う。


「お前にはアホ面が似合う」


空白体。

止まる。


「……意味が分からないね」


でも。

口元が、ほんの少しだけ揺れる。

新渡戸、目を細める。


「……そっちの顔だ」

「?」


一歩近づく。

だが、止まる。

“いつもと違う距離感”を、測るみたいに。


「無理に抑えるな」

「崩れるなら、崩れたまま戻せ」


「――その方が、後に残らん」


「……合理的ではないね」


鼻で笑う。


「人間はな、そこそこ非効率でできてる」


少しだけ視線を外す。


「……今日はもういい」

「帰る」


背を向ける。

歩きながら、ぽつり。


「……屋根、登るなよ」


小さく手を振る。

振り返らない。


「落ちたら面倒だ」


そのまま、去る。



内側と外側。

その境界には、もう風が通っていた。





新渡戸「甘いのと酒でな、ほどよく人間に戻れ」

「戻りすぎてテンションおかしくなるのは自己責任だ」

「あと屋根な」


視線だけ投げる。


「登るなよ」

間。

「絶対登るなよ」


空白体「そんなに食べないよ」

マスター「うっ……知らないのに既視感があるのはなんで?」


――間。


ファニー&シエル「「登ったからだよ!」」

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