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境界堂へようこそ 〜壊れかけの観測者の日常〜  作者: 白鐘
第九章 分ける必要なんてなかった
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9‐5 世界は一度、誤認した


■食堂


空白体、動かない。

チョコを口に入れたまま。


「……ねえ?」


返事がない。


「……反応遅延」


一拍。


空白体、ゆっくり瞬きをする。

口の中で、甘さが広がる。


その奥。

“知らない感覚”。


「……なんだ、これ」

『でしょ?』


空白体、わずかに眉を寄せる。


「……誤差?」


『違う違う』

『それ、“楽しいやつ”』


心拍。

ドクン。


空白体の呼吸が、ほんの少しズレる。


「え、ちょっと待って」

「顔、なんか違くない?」


「……抑制が緩んでいます」


空白体、ふと笑う。

――無意識に。


「……へぇ」


一拍。


「これが」

「“無駄”か」


■内側


森。

風が、少し強い。

葉がざわつく。


マスター、ソファに沈んでいた――はずが、

もう立っている。

コーラ、持ったまま。


テレビ。

外側の感覚が、流れ込む。


甘さ。

熱。

揺らぎ。


「……あれ?」


眉が、わずかに寄る。


「……違うな」


一拍。


「味じゃない」


胸の奥に手を当てる。


「……これ、引っかかる」


森が、ざわりと揺れる。


「……あっち、何かこぼしたねぇ」



■内側:深層


静寂。

空白体、立っている。

何もないはずの空間に――


“波”がある。

微細な揺れ。


「……違う」


小さく。


「さっきのは、ノイズじゃない」


振り向く。

――足音。


小鳥。

リス。

こちらへ、歩いてくる。


だが。

途中で、止まる。

震える。

ぷるぷると。


ぎこちない。

生き物の動きじゃない。

組み上げられたままの、静かな模型。


色が、目に入る。


黄色い羽。ピンクの瞳。


水色の毛皮。青い瞳。


――既視感。


記録にはない。

だが、知っている。


一歩。

小鳥の首が、傾く。

その角度。


リスの尻尾が、跳ねる。

その癖。


完璧じゃない。

無駄だ。


なのに――


「……ファニー」


出る。

懐かしさが、先に来る。

選択じゃない。

照合でもない。


“そうとしか呼べなかった”。


でも――


リスの目が、揺れる。


「……シエル」


指先が口元を押さえる。

気づく。

呼んでしまった。


名前を。


静止。

震えが、止まる。

空気が、張る。


小鳥の羽が動く。

“初めて”


リスの前足が握られる。

“意思”


境界が、軋む。

色と形に。


“誰か”が、流れ込む。

ゆっくりと。

奥から、滲み出るように。


小鳥の瞳に、光が宿る。

ピンクの奥に、

“あの温度”。


リスの視線が、定まる。

青の奥に、

“あの理性”。


そして。

息を吸う気配。

次の瞬間。


『……このっ、バカマスター!!!』


『本当にどうしようもない人ですね、あなたは』


――“声”が、乗る。


完成。

直撃。


理解じゃない。

記憶が、殴ってくる。

胸の奥が、引き裂かれるみたいに熱い。


「……まさか」



■外側


空白体、完全停止。

指先すら動かない。


「……え?」


「内部処理、停止――いいえ」

「…“割り込み”です」



■内側


『なんで一人で行っちゃったの!』


『せめて俺たちも連れて行ってください』


言葉が、刺さる。

鋭いのに。

逃げたくなるのに。


――あったかい。


胸の奥、凍っていた場所に、

無理やり火を押し込まれるみたいに。


空白体の視界が、歪む。


遅れて。

ぽろり。

涙。


一滴じゃ、足りない。

次が、来る。


「……会えるなんて」


掠れる。


「思わなかった……」


手が、伸びる。

触れる。

小さい。

壊れそうなくらい。


――なのに。


抱き寄せた瞬間。

“重い”。


存在が、ある。

逃げない。


ぎゅっ。

強く。

強すぎるくらいに。


『まったく……!』


『これからは一緒です』


その言葉で。

さらに、力が入る。


『ちょ、まっ、ギブ!!』

『苦しいです……!』


はっとして、力を緩める。


指が、震える。

壊してしまうところだった。


でも。

離せない。


そして。

笑う。

ぐしゃりと。


形なんて整ってない。

格好なんてついてない。


――でも。

ちゃんと、“人間の笑い方”。



■外側


ぽたり。

一筋。


空白体の頬を、涙が伝う。

止まらない。

わずかに、呼吸が乱れる。


「……なんでもない」


否定。

だが。

声が、揺れる。

ほんの少し、掠れる。


「いやそれ絶対なんでもないじゃん!」


「情動レイヤー、再接続」

「抑制、崩壊傾向――制御不能域に接近」



■内側


森。

風が、吹き荒れる。


葉が揺れ、

動物たちがざわめく。


さっきまで“置物”だった存在が、

今は、ちゃんと“生きている”。


マスター、立ち尽くす。

全部、見えた。

全部、流れ込んできた。

痛みも。

温度も。

あの笑い方も。


小鳥、振り向く。


『遅いよ!』

『ほんとうに』


責めているのに。

どこか、安心している声。


マスター、苦く笑う。


「……ごめん」


一歩。

踏み出す。


足元が、わずかに沈む。

世界が、“重く”なっている。


「でもさ」


顔を上げる。

にやり。


「ここ、美味しいとこじゃん?」


風が、止まる。


「混ざっていい?」


問いじゃない。

――もう、半分は来ている。



■外側


空白体の指。

チョコを――

くるり。

回す。


一瞬。

“無駄”が混ざる。


効率じゃない。

意味もない。

ただの、“遊び”。


「……悪くない」


その声に。

重なる。


『じゃ、いくよ』


ドクン。

心拍。


一つじゃない。

二つ。

ズレて、重なって、ぶつかる。


視界が歪む。

色が、にじむ。


紫。


境界が、溶ける。

呼吸が、二重になる。

思考が、重なる。


拒絶も、同時に走る。

だが――

止まらない。


侵食じゃない。


――再接続だ。


どこにも繋がっていなかったものが、“繋がってしまった”



ピッ――

電子音。


シエル、即座に顔を上げる。


「……装置、反応」

「え、なにそれ」


空間に、細い光の線。

格子。

ロック。

カノンの装置。

制御用の“檻”。


「強制遮断プロトコル――発動しています」

「内外接続を遮断するつもりです」


「止める気満々じゃん!!」



■内側


「……へぇ」


軽く笑う。

でも。

目は、笑っていない。


「それ、今やる?」


一歩。

踏み出す。

森が、軋む。

足元から、ひびが走る。


“内側”の世界が、

外へ押し出される。



■外側


ピキ。

空間の格子に、亀裂。


「……は?」


ピキ、ピキ、ピキ。

音がする。

現実じゃない音。

概念が、割れる音。


「ロック強度、限界値を維持――」

「……維持、できていない?」


「ちょ、ちょっと待って、壊れてる!?!?」


「邪魔しないでよ」


軽い声。

でも。

その一言で。

“意味”が、固定される。


――パリン。


格子が、割れる。

ロックが、消える。

最初から無かったみたいに。


ノイズ。輪郭。揺らぎ。


“誰かが出てきた”んじゃない。

――“そこにいたものが、形を持った”。


紫が、さらに滲む。

空間の“前後”が、ずれる。


境界融合体(パラドクス)


「やっと触れるねぇ?」


声が、二層。

軽い。

いつものマスター。

でもその奥に、

底の見えない“もう一つ”。


ファニー思わず、一歩。

出る。


でも、止まる。


「……マスター?」


呼んでる。

でも、確信がない。


「……違います」


だが視線は外さない。


「“個体”ではない。…境界層の発話です」

「それ喋っていいやつなの!?」


融合体、くすっと笑う。


「ひどいなぁ」


少し首を傾ける。


「顔はこれなのに」


その仕草。

その間。

その癖。

――全部、“知ってる”。


だから余計に、怖い。


「……模倣精度、高すぎます」


融合体、チョコを指で転がす。

くるり。

その動きに、明確な“遊び”が混ざる。

効率じゃない。意味もない。


でも。

――マスターだ。


「……いいね、これ」


パク。

とろり。

甘さがほどける。

舌に絡む。

遅れて、熱。

わずかなアルコールが、じわりと広がる。


境界が、曖昧になる。

味覚と、感情と、思考。

全部、混ざる。


融合体、目を細める。


「ほんと、いいね」


舌で転がす。名残を追う。

さっきまでなかった“余白”。


無駄。寄り道。

でも―― それが、心地いい。


「だから止まれって言ってんの!!」


声が強い。

けど。

震えてる。


「摂取量、閾値超過。制御不能域へ移行中です」


冷静。

でも。

呼吸が、ほんの少しだけ乱れてる。


融合体、くすっと笑う。


「平気平気」

「壊れるほどじゃない」


――その言い方。

“知ってる言い方”。


だからこそ。

ファニー、ぐっと拳を握る。


「……やめてよ、それ」


一歩、踏み出す。


「その言い方、マスターのやつじゃん」


融合体、視線を向ける。

ほんの少しだけ。

優しくなる。

でも次の瞬間には―― 深さが混ざる。


「じゃあさ」


一拍。


「どこまでが、マスターだと思う?」

「どこからが、“違う”と思う?」


答えない。

答えられない。


融合体の瞳。 紫が、揺れる。

楽しそうに。

危なそうに。

境界線の上で、バランスを取ってるみたいに。


ファニー、小さく。


「……戻ってきてよ」


それが“誰に向けた言葉か”、自分でも分からないまま。


その一言。

融合体の動きが、 ほんの一瞬だけ止まる。

ほんの一瞬。

本当に、わずかに。


その奥で――

“誰か”が、反応する。

紫の奥に、緑が“瞬く”。


でも。

すぐに、笑う。


「戻ってる途中、ってことで」


軽い調子。

でも。

その存在自体がもう――

戻りきっていない証明。


シエル、静かに告げる。


「……観測上」


一拍。


「安心材料と、危険要素が」

「完全に重なっています」


「それ一番やばいやつじゃん!!」


融合体、肩をすくめる。


「でしょ?」


くすっと笑う。

その笑い。


さっきより、少しだけ――

“守る側”の温度が混ざっている。


すっ。

距離が、消える。

ファニーの目の前。


近い。

近すぎる。

くしゃ。

髪を、乱す。


「よく頑張ってるね」


近いのに、押してこない。


「ちょ、ちょっと待って!?近い!!」


逃げようとする。

でも、逃がさない距離。


次。

シエル。


視線を、覗き込む。

ほんの少し、低い位置から。


「君も、無理しすぎ」


「……離れてください」

「………処理が追いつきません」


声は冷静。

でも。

わずかに、ズレる。


融合体、笑う。

軽く。

でも、どこか深く。


「いいじゃん、たまには」


二人を見る。


その視線。

ただの観察じゃない。

ただの効率でもない。

ちゃんと、“見てる”。


「こっちの方が、楽しい」


そのとき。


ふ、と。

視線がズレる。

誰もいないはずの空間。


壁でもない。

空気でもない。

“少しだけ奥”。


「……あれ?」


一歩、近づく。


「ちょ、どこ見てんの?」


融合体、答えない。

ただ。

じっと、見ている。


小鳥。

ちょこん。

リス。

もぞもぞ。


二匹。

そこに、いる。

――本来、いないはずの位置に。


融合体、小さく笑う。


「なんだ、来てたんだ」


「は?」

「対象認識に異常。該当オブジェクトなし」


融合体、しゃがむ。

そっと、手を伸ばす。

空を撫でる――


指先。

ぴたり。

止まる。

“触れている”。


『……見えてる?』

『外側で?ありえません』


「見えてなくても、いるじゃん」


軽く。

つつく。


「……今、なに触ったの?」


「接触対象、未検出……ですが」

「指先反応、“接触あり”」


融合体、肩をすくめる。


「ちっちゃいの、二匹」

「は?????」

「視覚共有――試行します」


一瞬。

瞳が揺れる。


「……不可視」

「まあいっか」


その一言で終わらせて――

終わらない。


小鳥、ぴょん。

“肩に乗る”。

見えないのに。

重心が、わずかにズレる。


「おっと」


くすっと。


「そこ好きだね」


「ねえ待って、なにと会話してんの???」

「内部存在の外部干渉……?」


リス、するり。

“腕の内側”へ。

融合体、目を細める。


「……くすぐったい」


「いや無理無理無理怖い怖い怖い!!」

「理論が追いつきません」


融合体、ぽつり。


「でもさ」


二人を見る。


「これ、悪くないでしょ?」


その笑い。

前より、少し違う。

軽さの奥に。

ちゃんと“加減されている”笑い。


「……ねえシエル」

「はい」


「これ、戻るの?」


シエル、わずかに迷う。


「……戻す必要がある状態です」


でも。

笑っている。

楽しそうに。

ほんの少しだけ――優しく。


シエル、視線を逸らす。


「……ですが」

「現時点では、悪くありません」


「ちょっと!!肯定するな!!!」

「観測結果です」



三分。

融合体の姿がブレる。


「……制御、低下」

「限界です」


その瞳。

揺れていた紫が、ゆっくりと

――緑に固定される。


呼吸が変わる。

浅く、速く、機械的だったものが

――人間のリズムに戻る。


一拍。


「……ん?」


瞬き。

焦点が、合う。


「なんかよく分かんないけど戻ってるねぇ!!」

「あっはははは!」


――笑う。


呼吸が、一拍だけ“二重”のまま。


けど。

ほんの一瞬だけ。

表情が、止まる。

感情の“抜け殻”みたいな、無音の顔。


すぐに戻る。


「……今の、なに?」


その瞬間。

マスターの視線が――

“誰もいない肩のあたり”に滑る。

一瞬だけ。

本当に一瞬だけ。


「……ん? なにが?」


いつもの顔。

でも、どこか――

一枚、奥が増えてる。

“知らない視点”が、混ざっている。


「いやぁ……世界が回ってるねぇ……」


ふらっ。


「反動が来ます」


そのとき。

扉が勢いよく開く。

全ての元凶。

カノン。


「マスターさん!!お待たせしました!!!」


駆け込んで――止まる。


「ってあれ?戻ってる?」


マスター、ふらつきながら振り向く。


「カーノーン?」


次の瞬間。

がしっ。

カノンの頭を掴む。


アイアンクロー。


「いっっっっ!?!?」


「とりあえずお仕置きねぇ?」


ぐぐぐぐぐ。


「なんでですかーーー!?!?」


「いやそこ!?」

「妥当です」


マスター、にこにこ。


でも。

その指の力、ほんの少しだけ強い。

一瞬だけ――

肩のあたりに意識を残したまま。


「いだだだだ!!ごめんなさいーー!!」


ぱっ、と手を離す。


そのまま。

くるっ。

――ふらり。


「きゅう」


倒れる。

完全に電池切れ。

沈黙。


倒れたマスター。動かない。

ファニー、そっと覗き込む。


「……ほんとに寝てる?」


「呼吸、安定」

「意識レベル、低下」


シエルの声はいつも通り。

――のはずなのに。


「……ねえ」


ファニー、皿を見る。

チョコレート。

一つだけ、端に寄っている。


「こんな置き方、してたっけ?」


シエル、視線を落とす。


「……いいえ」


配置。

非対称。

わずかな“遊び”

――さっき、見た。


融合体の、指の動き。

くるり、と。意味もなく回した、

あの癖。


沈黙。


「……残ってる?」


ほんの一瞬だけ迷う。


「残留ではなく」

「――“影響の再現”と推測します」


言い切る。

でも。


その直後。

コト。

倒れているはずのマスターの指が、

ほんのわずかに動く。


触れていない。

力も入っていない。


なのに。

チョコが、 ――くるり。

静かに、半回転。

止まる。


完全な沈黙。


「……今の」

「……記録、なし」


だが。


「現象のみ、確認」



マスター、寝息。

すぅ。

何も知らない顔。


でも。

その口元が、 ほんの一瞬だけ。

――くすっと、笑った気がした。



カノン、頭を押さえながら涙目。


「理不尽ですぅ……」


そのとき。

ほんの一瞬だけ。


誰もいないはずのマスターの肩に――

小さな重みが乗る気配。


見えない。

でも、確かに“いる”。

風が、すこしだけ揺れた。




――落ちる。




■深層


意識が、沈む。

音が遠のいて、代わりに“柔らかいもの”が満ちてくる。


森。

光。風。葉擦れ。

空白体、立っている。


『……は?』


小鳥、ちょこん。

リス、もぞもぞ。

他の動物も思い思いに寛いでいる。


『あいつ、やりすぎじゃない……?』


ぷるぷる震える。


小鳥、ぽん、と頭に着地。


『ここ、もーらい!』


リス、するりと服の中へ。


『あたたかくていい場所です』


『ちょ、やめろ』

『降りろ』

『入るな』


一拍。


『……』


小鳥、頬をつつく。

リス、胸元で丸まる。

空白体、わずかに目を細める。


『……あいつさ』


間。


『ちゃんと、見えてたよね』


風が、ひとつ揺れる。

その揺れに引かれるように。

ふらり、と。

マスターが“落ちてくる”。


「うぅ……世界が回ってるねぇ」


一歩、よろける。

でも、顔を上げる。


「……あれ」


目を細める。


「勢ぞろいだねぇ」


小鳥、ぴょんと跳ねる。


『あ、ちゃんと“今”の方だ』


リス、静かに頷く。


『ありがとうございます』


一歩、前へ。


『あなたが俺たちを“想像”してくれたからこそ――』


間。


『俺たちはここに来ることができた』

『私たちのマスターに、会うことができた』


『『ありがとう』』


空白体、肩をすくめる。


『まあ、そこは感謝してるよ』

『…この空間、勝手にリノベーションされたのはちょっと気に入らないけどねぇ』


くすり、と笑う。


マスター。

そのやり取りを、少し遅れて追いかけている。

笑っている。


でも――

半拍、ズレている。


小鳥、首をかしげる。


『……マスター?』


リス、じっと観察する。


『……この表情は』

『“理解が追いついていない”状態です』


空白体、目を細める。


『……まさか』


マスター、ぽりぽりと頬をかく。


「あー……いやぁ」


苦笑。


「まさか、動いて喋るとは思わなかったし」


視線を二匹に向ける。


「未来の君たちが来るとも思わなかったねぇ」


――すこしだけ。

空気が、冷える。


『……は?』


マスター、あっけらかんと。


「だってこれ」


周囲を軽く指す。


「癒し空間の中の“オブジェ”として想像したんだよね」


悪気は、ひとかけらもない。


「まあ、結果オーライってやつだねぇ」



その言葉が、落ちる。

小鳥の羽が、ぴたりと止まる。

リスのしっぽも、固まる。


『……オブジェ?』


『……我々が?』


空白体、ゆっくりとマスターを見る。

笑っていない。


『君さ』


一歩、近づく。


『それ、本気で言ってる?』


マスター、首をかしげる。


「え?」

「うん、本気だけど?」


静寂。

風が、消える。


リス、小さく。


『……では』

『我々の“記憶”は?』


『怒ったことも』

『笑ったことも』

『今ここにいるこの気持ちも』


二匹、同時に。


『全部、“後付け”なんですか?』


マスター、少し考える。

悪気ゼロで。


「うーん」

「たぶん、“そうなった”だけかな?」


空白体を見る。


「君の感情を解放した時に動き出したから、そのときに――なんかこう、いい感じに、あれがこうなったんじゃない?」


一瞬の沈黙。


『うわ、やっぱりマスターはマスターだ』

『世界が違っても、ここまで思考が一致するとは』


『ねえそれ褒めてる?』

『評価です』


マスター、照れる。


「いやー照れるねぇ」

『お前が言うな!』


『……はぁ』


ため息。

妙に人間くさい。


その空気の中で。

ふ、と。

空白体の温度が変わる。


『……はは』


笑う。

でもそれは。

軽くない。

―無意識に腕を擦る。


『やっぱり、怖いねぇ』

「なにが?」


空白体、静かに。


『君が』


その瞬間。

小鳥の輪郭が、ふっと薄れる。

ノイズ。

リスの形も、揺らぐ。


『……あ』

『存在が……』


マスター、目を見開く。


「え、ちょ、待っ――」


手が出る。

考える前に。


「違う」


一拍。


「違う違う違う」


声が、変わる。

さっきまでの軽さが――消える。


「オブジェじゃない」


一歩、踏み込む。


「君らは」


言葉を探す。

でも。

今度は逃げない。


選ぶ。

視線を、まっすぐ合わせる。


「……ちゃんと“いる”やつだ」


――世界が、噛み合う。

小鳥の輪郭が戻る。

リスの重さが、戻る。

風が、また流れ出す。


小鳥、ぽかん。


『……いまの』


リス、静かに。


『定義の再設定……』


空白体、目を細める。


『へえ』

『やるじゃん』


マスター、ふっと息を吐く。

苦笑。


「……びっくりした」


小鳥、ふわっと肩に乗る。


『最初からそう言ってよね!』


リス、腕の中へ戻る。


『不安定になります』


マスター、少しだけ笑う。


「ごめんごめん」


空白体、くるりと背を向ける。

でも。

声だけ、少し柔らかい。


『……まあ』

『…今のは、悪くなかったよ』


風が、やさしく揺れる。




……



■狭間


音が遠い。

色が薄い。

シロ

「ほう……」


視線の先。

誰もいない――はずの場所が、重なっている。


・チョコに触れる指

・一瞬の“緩み”

・内側の解放

・再会

・融合

・外への滲み


時間は流れない。

全部が同時にある。


シロ、低く。


「……酒ではない」

「元より、開いておった」


波紋。


「内が外に出た」


「その時点で――世界は一度、誤認しておる」


静寂。


「観測とは、成立じゃ」


目を細める。


「壊れもせず」

「閉じもせず」

「広がる」


「……困る」


沈黙。


「だからこそ」

「面白い」


消える。


誰もいない空間。

ほんの一瞬。

白い視線だけが、残った。




――その夜。


誰もいないはずの天井で、

一度だけ。


コツン、と音がした。



マスター「劇的ビフォーアフター!低予算で驚きの仕上がりに致します!」

ファニー「また言ってる!?」

シエル「……気に入っているのですね」

空白体「やりすぎじゃない?」


一拍。


小鳥『でも、おかげで会えたよね』

リス『……ええ』


空白体、わずかに目を細める。

マスター、肩をすくめる。


「ほらね?」

「無駄も、たまには役に立つでしょ」


空白体「……ノイズだ」

だが。

「……悪くない」

マスター「リフォーム成功だねぇ」

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