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境界堂へようこそ 〜壊れかけの観測者の日常〜  作者: 白鐘
第九章 分ける必要なんてなかった
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9‐3 ノイズじゃない、僕だ


■学園


広い。

騒がしい。

若いエネルギー。


校庭には資材。

段ボール。

簡易ステージ。

模擬店の骨組み。


学園祭準備。

その喧騒の中。

新渡戸、手を叩く。


「今回の依頼は学園祭準備の安全管理補助だ」


「毎年誰か脚立から落ちる」

「工具で怪我する」

「調子乗って走る」


「だから“止める側”が必要ってわけだな」


「了解」


間がない。

考えていないのではなく、“終わっている”。


「ねえ今の“了解”」

「“考える前に終わっている”状態ですね」



●ケース①:転倒事故


生徒A、足をもつらせる。


「あっ――!」


倒れる――

その瞬間。

空白体、動く。


しかし。

支えたのは“別の生徒”だった。


生徒B

「え、あ……?」


「君の方が、損傷確率が高かった」


生徒Aは軽く転ぶ。

擦り傷。


「え……?」

「……最適解です」

生徒A

「……あ、はい」


小さく笑う。

でも、少しだけ遅れている。



『……いや』

『今のは』


言葉が詰まる。


『……違うだろ』



●ケース②:衝突未然防止


二人の生徒が角でぶつかりそうになる。


「3秒後、右に避けて」


ピタリ。

完璧に回避。


生徒たち

「え、なに今……」


「予知!?」

「いえ。軌道予測です」



●ケース③:道具選択


「それはやめた方がいいねぇ」


別の道具を渡す。

結果、ノーミス。


新渡戸。

目を細める。


「……優秀すぎないか?」

「普通だよ」


『……普通、ね』


小さく。


『どこ基準だよ、それ』



作業終了後。

女子生徒が手を押さえている。


「あ……」


小さく息。

誰も気づかない。


空白体、通り過ぎる――

が、

止まる。

ほんの一瞬。

視線、手元へ。


「それ、消毒した方がいい」


「え?」


ポケットからキット。

処置。

手際は正確。

無駄がない。


でも――

触れる力だけが、わずかに柔らかい。


「……これでいい」

「……はい」


顔、赤い。

空白体、視線を外す。

もう関心はない。



少し離れた場所。


「……ねえ今の見た?」

「見た……」


声、ひそひそ。

でも視線は戻る。


「なんかさ」

「怖い人かと思ってたけど……」

「……優しくなかった?」

「いや、言い方は冷たかったよ?」


「でも」

「手、めっちゃ丁寧だった」

「分かる」

「なんか慣れてる感じ」


「ていうか顔近くなかった?」

「近かった」

「いや近いってあれ」

「ずるくない?」


くすくす。

肩がぶつかる。


「しかもさ」

「終わったら普通に離れてったよね」


「それが逆に……」

「分かる」


「……え、待って」

「私だけ?」

「いや」

「ちょっと分かる……」


沈黙。 目が合う。


「「……普通に、いい人じゃない?」」


ファニーとシエル。

その状況を全部見ている。


「は????」

「ええ。“意味を補完した”のでしょう」


「補完力バグってない!?」

「人間の標準機能です」


一拍。


「そして彼は」


視線を向ける。


「それを否定しません」



完璧。

正確。

無駄ゼロ。


なのに。

温度がない。


「ねえ」

「全部うまくいってるのにさ」

「なんでこんなに……軽いの?」


「……感情の摩擦が存在しません」

「結果だけが残っています」



女子生徒が空白体に駆け寄る。

頬を緊張に染めて。


「あの……!」


「なに?」


「好きです!」


空白体、少し考える。


「……そう」


視線だけが向く。


「その感情は、緊張状態と成功体験の共有による一時的強化だね」


「……え?」


「持続性は低い」


沈黙。



「……うわ」

「……解析で切りましたね」


「あ……」


女子生徒。

言葉が出ない。


「時間が経てば落ち着くよ」


善意。

ただし、逃げ道がない。



『……それ』


『正しいけど』

『そうじゃないだろ』



女子生徒、小さく頭を下げる。

去る。

残るのは、

訂正されなかった感情。


「……結果だけ見りゃ完璧だな」

「でも」


言葉を探す。


「“人がいらねえ動き”してるな」


「……効率的な方がいいだろ?」


小さく。

誰に向けるでもなく。


『……違う』

『それだけじゃない』


歩く。

空白体、先頭。

一定。


「ねえ」

「ええ」


「さっきの告白」

「処理されましたね」


「……ねえこれ」

「削れてるよね」


「ええ」


視線を背中へ。


「揺らぎが減っています」

「固定化が進行しています」


『……やっぱりか』


マスター、白の中で立つ。


『あれ、続いてるな』


足元が軋む。


『一回じゃない』



男子生徒がミス。


「あ……ごめんなさい!」


空白体、即フォロー。

被害ゼロ。


「問題ないよ」

「誤差範囲内だから」


「……はい」


笑う。

でも。

安心ではない。


「……ねえ」

「これ、もう違うよね」


「ええ」

「これは“教育”ではありません」


新渡戸、監督をしている。


「……文句はねえ」

「むしろ理想的だ」


一拍。


「理想的すぎるがな」


「?」


理解していない。



■訓練場


白線のリング。ざわめき。

新渡戸、腕を組む。


「……安全管理は文句ねえ」

「だが現場には、“注意して終わる相手”ばかりじゃない」


「止まれねえ奴」

「興奮して突っ込む奴」

「暴れる奴」


「最後は、人相手になる」


教師、前へ。


「だから見る」

「――“人とやる時、どこまで削るか”をな」


空白体、動かない。


「やめときなって!!フラグ!!」

「……止まりませんね」


開始。



■初動:ズレた回避


教師、踏み込む。

鋭いジャブ。


その瞬間。

空白体――

“半拍遅れて”動く。


スッ。

首だけで外す。

遅れて、全身が追従する。

関節が順番に“巻き取られる”。


「今のなに!?」

「……最小回避」


「ですが、過程が破綻しています」


『それ成立してるって言わないよ!?』



■連撃:処理過多の副作用


教師、連撃。

速度が上がる。

空白体、回避。


最短で避けているはずなのに――

“余る”。

止まりきらない。

捻りが、余る。

一度収まったはずの動きが、別の関節に逃げる。


「なんで避けてんのに増えてんの!?」

「……過剰最適化です」


『最適化で無駄出るな』


一撃を首だけで外しながら。

空白体、ぽつり。


「……遅延が大きい」


さらに一発。

わずかに動きを“足す”。


「入力に対して出力が鈍い」


「なにそのレビュー!?」


『誰に文句言ってんだよ!!』


着地。

わずかにズレる。

コツ。


「本来の動きの三分の一も出てないね」


「それで避けてんの怖いんだけど!?」

「……基準が外にありません」


教師、踏み込みを変える。

空白体、反応。

一瞬、動きが早すぎる。

何も来てない方向に、半歩。


「空振ってる空振ってる!!」

「来ると思ったんだけど」

「……予測が先行しています」


『未来に置いてかれてんだよそれ』


「……まあいいか」


教師、掴み。

空白体、踏み込む。

止まらない。


最短で抜けるために、“そこに壁があった”。


足裏。

一瞬だけ接地。

反射みたいに軌道が折れる。


「――っ!?」


肘。

膝。

肩。

関節が、順番に連鎖する。


人間の動きじゃない。

“崩れそうな動きが、崩れないまま繋がっている”。


教師、受ける。

重い。

着地。

空白体、わずかに首を傾ける。


「……浅い」

「あと少しで届く」


『……届かなくていいやつだろ、それ』


ファニー、半歩引く。


「待って待って待って」


「なに今!?」

「パルクール戦闘なの!?」

「ワイヤーアクションを地でいってるよ!?」


シエル、冷静。


「重心移動を壁面に逃がしています」

「……人間の関節挙動ではありません」


「説明が怖いんだって!」


教師、本気。

空白体。“そこにいない”位置にいる。


回避ではない。

その代わり、踏み込みが深い。


「……蓄積していますね」

「やめて聞きたくない」


『待って、それ僕の身体なんだけど』

『その動き、関節の可動域超えてるから』

『筋、切れるやつだからそれ』


『その負荷、残るだろ』

『身体って、そんな使い捨てじゃない』


教師、息を荒げながら。


「……なぜその動きに?」


「経験値の差かな」

「この先で覚える動きが、先に出てる」


「雑に言うとズル」


ファニー、即。


「雑じゃなくてもズルだよ!!」


シエル、小さく。


「未来予測と身体最適化の複合ですね」

「なお、人体負荷は考慮されていません」


「怖い怖い怖い!!」

「人体を消耗品みたいに言わないで!?」


教師、踏み込む。

空白体、前へ。


崩し。

足払い。

押さえ込み。

静止。


勝敗、確定。

空白体、わずかに考える。


「……遅いね」

「もっと短くできた」

「無駄な動きが多い」


「え…」

「……人間の限界を基準にしていません」


歓声、まばら。

生徒たち、ざわつく。


「え、今どこ蹴った?」

「壁」


「壁って、蹴って飛ぶ場所だっけ……?」

「動きが途中で増えてない?」

「ゲームのモーションキャンセルみたい……」


空白体、教師に手を差し出す。


「立てる?」

「……ええ」


空白体、小さく。


「壊れない前提で動くから、効率が落ちる」


『……』


『それ、違うだろ』

『壊れないから、続けられるんだろ』


静かに。


『続けるために、壊さないんだろ』



ほんの一瞬だけ動きを止める。


「……」


小さく。


「知ってる方が、いいだろ?」


「……ねえ、それさ」

「ええ、“今”ではありません」


空白体、答えない。

風が抜ける。

訓練場のざわめきが、わずかに遠のく。


新渡戸。


「……まあいい」

「仕事は完璧だった」

「完璧すぎたがな」


パン、と手を叩く。


「十五分休憩!」

「水分取っとけー!」


訓練場の空気が、一気に緩む。

生徒たちのざわめき。

笑い声。

ペットボトルの音。


空白体、視線だけ動かす。


「……騒がしいね」


歩き出す。

訓練場の端。

人の流れから外れる。


金網の向こう。

風が抜ける渡り廊下。

自販機が一台。

午後の光。


ファニーとシエル、追う。


「逃がしません」

「休憩時間だからね今」


空白体、止まる。


「……別に逃げてないよ」


でも。

足はもう、人の声が届きにくい場所にいる。


遠くで、生徒たちが笑っている。

それだけが、妙に遠い。



内側。

白。

マスター、膝を抱える。


『……戻るべき、なんだろうね』


遠くで、笑い声。


『……でも』

『回ってるんだよな、これ』


静かに。


『僕がいなくても』



外側。

空白体、わずかに眉を寄せる。


「……また騒いでる」

「……まあいいか」


シエル、短く。


「よくありません」

「このままでは“均質化”します」


空白体、視線を落とす。


渡り廊下を風が抜ける。

誰かの笑い声。

部活の掛け声。

缶コーヒーの落ちる音。


一瞬、引っかかる。


温度。

記憶。

断片。

眉が、ほんのわずかに寄る。


「……揺れる」


目を閉じる。


「切らないと」



内側。

マスター、ゆっくり立ち上がる。


『……消したつもりか』


一歩。

『それ、残るやつだよ』


静かに。

『選んできたから』


拳を握る。

『“選んだ記憶”は、消えない』



外側。

空白体の呼吸が、わずかに乱れる。


「……」


言い切れない。


「……来てる」

「干渉、増大。――境界が薄い」


カチ。

遠くで音。

シエル、即座に顔を上げる。


「……装置」

「カノンの再調整です」


空白体の視界が、揺れる。

景色が二重になる。

訓練場。

渡り廊下。

白い空間。


「……は?」

「待って――」



内側。

白。


だが。

今は“亀裂”が入っている。


向こう側。

光。

音。

笑い声。


マスター、顔を上げる。


『……開いてる』


空間の端。

薄く揺れる“境界”。

呼吸が止まる。


『今なら――』


駆け出す。

白い床を蹴る。

何も無い空間。

それでも走る。


向こう側では、空白体が“閉じようとしている”。

境界が、ゆっくり細くなる。


『待て』


届かない。


『待てって!!』


加速。

足が沈む。

白が軋む。

境界が閉じる。


その瞬間。


ガッ!!


マスター、両手を突っ込む。


指が、 “境界そのもの”に食い込む。

ビキビキ、と音。


「――っ」



外側。

空白体の身体が揺れる。


シエル、目を見開く。


「……内側から!?」


境界が、閉じきらない。

白と現実の間で、マスターが必死に踏ん張っている。


『……ふざけるな』


腕が軋む。


『勝手に』

『いない前提で回すな』


境界が押し返す。

冷たい。

重い。

合理的な圧力。


“静かであること”が、戻ろうとするマスターを押し潰そうとする。


でも。

脳裏。


ポテチ。

プリン。

コーヒー。

笑い声。


ファニー。

シエル。


『……残してんだよ』


歯を食いしばる。


『全部』

『僕が選んだんだ』


ミシッ。


境界に、亀裂。

空白体、額を押さえる。


「……ノイズ、増加」

「遮断できない」


『ノイズじゃない!!』


叩きつけるように。


『僕だ!!』


バチッ!!!!


境界が、裂ける。

白が崩れる。

光が流れ込む。


強制融合。

空気が震える。


「――は、っ」


融合体、膝をつく。

荒い呼吸。

紫の瞳が、不安定に揺れていた。


「……戻った?」

「……いいえ。“混在”」


喉がひとつ。

声がふたつ。


「最悪だねぇ」

「両方、うるさい」


「どっちもいる!!」

「不安定共存状態です」


融合体、ゆっくり顔を上げる。

その視線が、ファニーとシエルへ向く。


今までの空白体には無かった。

熱。

迷い。

ちゃんと、人を見ている目。


ファニー、息を止める。


「……あ」


融合体、小さく笑う。

少し疲れた顔で。


「……ごめん」

「もう少しだけ、待ってて」


声が二重に揺れる。


「すぐ戻る」

「戻したい」


シエルの瞳が、わずかに揺れる。


「……確認」

「内側人格、主導権を保持」


「いやその言い方!!」

「でも戻ってきてる……!」


融合体、額を押さえる。


「やめろ」

「やめない」


同時に重なる。


「今の方が安定してる」

「つまらないだろ、それ」


眉が歪む。

片方が押し込み、片方が引き戻す。


「戻る必要は――」

「あるよ」


被せる。


「非効率だ」

「知ってる」


「なら――」

「それでも選ぶ」


呼吸がズレる。

一歩、前に出る。


ファニー、掴む。


「置いてかれるの、嫌って言ったよね」


融合体、止まる。


「……強いな」

「ノイズだ」

「残したいノイズだ」


シエル、静かに。


「……選別が発生しています」



「どっちが正しいかじゃない」

「正しさは定義可能」

「違う」


一拍。


「どっちを選ぶかだ」


空気が、軋む。


「無駄だ」

「知ってる」


「なら切り捨てろ」

「やだね」


一瞬、笑う。


「面白い方、取る」


バチン。

静寂。

空白体、立っている。


「……時間切れ」


「……え」

「分離、再完了」


『……まあいいよ』

『通った』


空白体、歩き出す。

一歩。

わずかに、ズレる。


「……変化、確認」

「削りきれてない」


空白体の口元。

ほんの一瞬。

揺れる。


「……面白いね」

『でしょ』


小さく、笑う。



マスター「僕の身体、近接戦闘に対応してないの!」

空白体「……貧弱だねぇ」

「ぼくみたいに鍛えれば、普通にできることなのに」


マスター「未来基準で語るな!!」

「あとそれ“鍛えれば”の範囲じゃないからね!?関節の仕様から違うからね!?」

空白体「最適化すれば問題ないよ」

マスター「問題しかないよ!!」

「“壊れてから直す前提”で動くな!!」


ファニー「うわ出た、設計思想の違い」

シエル「ええ。“耐久消費型”と“継続運用型”の対立です」

マスター「僕は後者だからね!?」

「ちゃんと長く使う設計だからねこの身体!?」

空白体「効率は悪い」

マスター「人生はRTAじゃないんだよ!!!」


ファニー「でもちょっとかっこよかったよ?」

マスター「やめて!?複雑になる!!」


シエル「なお、筋肉痛は確定です」

マスター「やっぱりかぁぁぁぁぁ!!!」

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