8‐6 みんな、壊れろ。選べないなら。
■廃劇場
赤い幕。
軋む照明。
観客席は、空。
音が、遠い。
――いや、遠いんじゃない。
“届く順番がズレている”
中央。
ファニーとシエル。
背後から拘束。
首元に――
黒く歪んだ刃。
『動くな』
『どちらかが動けば、片方が死ぬ』
静か。
マスター。
そして――空白体。
並ぶ。
“同じ位置に、立っているように見える”
ほんの僅かに。
輪郭が、二重。
「……離してくれる?」
『交渉は無意味だねぇ』
『理解が早いな、人間』
刃。
わずかに食い込む。
血。
一滴。
――落ちる前に、音だけが先に響く。
その瞬間。
“順番が壊れる”
うるさい。
思考、遅い。
理由、いらない。
(守る)
それだけ残せ。
他、全部ノイズ。
顔、落ちる。
感情、削除。
優しさ?
邪魔。
「……ああ」
『なるほど』
重なるな。
混ざるな。
――でも、
割れる。
黒と白。
境界、裂ける。
紫。
知らない色。
気持ち悪い。
「「邪魔だ」」
ズレる。
遅い。
後が、遅い。
一歩。
いや、違う。
動いてない。
でも――
もう、いる。
距離?
知らない。
消えた。
(守る)
(守る)
(守る)
うるさい。
それでいい。
輪郭、揺れる。
確定しない。
いい。
そのまま来い。
――外から見れば。
融合体は、動いていない。
ただ立っているだけ。
無表情。
呼吸すら、ない。
なのに。
“目だけが、先に獲物を見ている”
遅れて、身体がそこに追いつく。
「……やば」
「止めないと」
怪異。
一瞬だけ、理解を止める。
『……何だ、それは』
融合体、答えない。
一歩。
気づいた時には、距離がない。
『――!?』
知らねえよ。
触る。
ズレる。
当たってるのに、
当たってない。
笑うな。
遅い。
全部。
怪異、嗤う。
『いい顔だ』
刃を押し込む。
ためらいはない。
肉を裂く感触を、確かに捉えている。
――はずだった。
当たっている。
だが――
“接触が成立していない”
「……ずれてる……!」
「それ反則!!」
融合体の手。
軽く振る。
空間が裂ける。
怪異の腕。
“存在ごと削れる”
『――なっ』
再生しようとする。
だが。
「……遅いね」
先に、見る。
あとから、世界が従う。
怪異、分裂。
逃げる。
だが。
「……無意味だよ」
空間が歪む。
分裂した個体が――
“同じ位置に圧縮される”
逃げるな。
無駄。
全部、同じ場所にいろ。
潰れる。
重なる。
終わり。
「……ジャマ、だ」
「……邪魔だ」
揃わない。
まだズレる。
足りない。
怪異、焦る。
刃を強く押し当てる。
ファニーの首。
血が、流れる。
融合体、止まる。
一瞬だけ。
“視線が揺れる”
血。
――ああ。
それは、
困る。
(守る)
止まるな。
止まれ。
うるさい。
―「……切れ」
速い。
決定。
迷い、ない。
――「……待て」
遅い。
でも、残る。
消えない。
ズレる。
ぶつかる。
混ざらない。
どっちだ。
決めろ。
決めるな。
(守る)
誰を。
空白。
うるさい。
埋めろ。
『選べ』
黙れ。
―切れ
――待て
―切れ
――待て
ノイズ。
割れる。
頭が、二つあるみたいだ。
先に来た方が、
現実になる。
後は、
最初から無かったことになる。
ふざけるな。
どっちもあるだろ。
(守る)
対象:
未定。
未定。
未定。
遅れるな。
追いつけ。
消えるな。
血。
近い。
もう、
時間がない。
―「切れ」
速い。
正しい。
簡単だ。
――「待て」
遅い。
でも、
重い。
うるさい。
両方、うるさい。
「……制御ではありません。上書きです」
「え、それって……」
「先に選ばれた方だけが、現実になる」
「どちらかが常に“後から消される”状態です」
「最悪じゃん……!」
遅れた側は、
“最初から無かったことになる”
融合体、わずかに歪む。
怪異、嗤う。
『迷っているな』
『選べ』
『二人か』
『それ以外か』
黙れ。
壊すか。
残すか。
(守る)
――何を?
空白。
空白。
空白。
ファニー、歯を食いしばる。
「……バカマスター……迷うな……」
届く。
うるさい。
でも、
消えない。
シエル、静かに。
「……こちらを優先しないで下さい」
やめろ。
それは違う。
違う?
何が。
融合体の足元。
ヒビ。
空間が、軋む。
「……優先順位が、崩壊しています」
(守る)
対象:
――
決まらない。
決められない。
決めろ。
紫が、揺れる。
一回目。
決定。
二回目。
否定。
世界が、ついてこれない。
空間が悲鳴を上げる。
鼻血。
遅れて、熱い。
でも、
先に壊れてる。
「……みんな」
届く前提じゃない。
いい。
届かなくていい。
一歩。
世界が、軋む。
遅い。
全部、遅い。
「壊れてしまえ」
軽い。
軽すぎる。
だから――
全部いく。
紫、揺れる。
一回。
足りない。
もう一回。
深い。
今回。
ズレたのは――
こっちじゃない。
空白が、先に来る。
追いつくな。
そのまま行け。
空気、消える。
音、死ぬ。
光、遅い。
世界、
邪魔。
畳め。
潰せ。
無くせ。
(守る)
うるさい。
いまそれじゃない。
「排除」
結果が先。
理由は後。
いらない。
裂ける。
広がる。
終わる。
まだ足りない。
もっと。
もっと。
触れた場所から、
“なかったこと”にする。
『――なっ!?』
遅い。
全部。
逃げる?
意味ない。
同じ場所にいろ。
全部、
ここに詰めろ。
重なる。
潰れる。
消える。
まだ残る。
しぶとい。
いいよ。
じゃあ――
世界ごと消す。
(守る)
――黙れ。
(守る)
――黙れ。
(守る)
――
うるさい。
しつこい。
消えろ。
「……全部、邪魔だ」
遅れて、
「……だから、消す」
順番、ズレる。
気持ち悪い。
でも――
止まらない。
壊せ。
壊せ。
壊せ。
限界?
知らない。
止まる理由、
ない。
空気が消える。
世界が、消えかける。
「シエル!!」
「ええ!」
拘束を――引きちぎる。
刃が食い込む。
血が跳ねる。
それでも、止まらない。
ファニー、走る。
「ふざけんな!!」
その声。
“先に届く”
融合体の視線が、僅かに揺れる。
だが――遅い。
処理が、続く。
「排除」
空間が裂ける。
その中に、ファニーが飛び込む。
音が、遅れている。
それでも。
「マスター!!!」
静か。
衝突。
抱きつく。
冷たい。
温度が、ない。
「こっち見ろ」
融合体、止まらない。
―「……排除」
空間が裂ける。
消える寸前。
「やだ」
一拍。
「勝手に終わるな」
「あたしの前で、消えるな」
腕に力を込める。
“消えるはずの存在”を、引き留める。
シエル、踏み込む。
血が落ちる。
一瞬、足が止まる。
それでも。
「あなたは……“選べる”」
わずかに、呼吸が乱れる。
「だから――止まれます」
融合体、視線が揺れる。
ほんの一瞬だけ。
“順番が崩れる”
「……間に合ってください」
ファニー、叫ぶ。
「選べよ!!!」
涙。
でも声は、ぶれない。
「どっちでもいいからじゃない!!」
さらに強く。
「ここにいるよ!!」
――逃げるな。
「“あたしたち”を選べ!!!」
その言葉。
処理に刺さる。
優先順位。
対象。
定義。
全部に触れる。
融合体の内部。
(守る)
対象未定。
空白。
そこに――
叩きつけられる。
ファニーの声。
ズレない。
逃げない。
“確定している”
「対象を――」
一瞬、言葉が詰まる。
血が、落ちる。
「……指定します」
一拍。
「我々です」
融合体、止まる。
世界も、止まりかける。
(守る)
――対象:確定。
紫が、ひび割れる。
ズレが、崩れる。
順番が、揃う。
一瞬。
完全に。
“同時になる”
瞬き。
「……無事、かい?」
ファニー、笑う。
涙ぐちゃぐちゃのまま。
「おっそ!!」
シエル、息を吐く。
「問題ありません」
融合体、崩れる。
力が、抜ける。
“役割が終わる”
紫が、ほどける。
黒と白が、分かれる。
床へ。
マスター、落ちる。
意識、途切れる。
最後に、かすかに。
「……先で、いい。君たちが」
その言葉。
今度は、
遅れずに消えた。
「……優先順位が固定されていますね」
「え?」
ほんの一瞬だけ。
気絶した瞳が、
“わずかに遅れて閉じる”
シエル、目を細める。
「この人は」
「必ず、俺たちを先に処理する」
ファニー、少しだけ笑う。
「ほんと、ずるいよね」
その時。
誰もいないはずの空間で。
“ほんの一瞬だけ”
紫が、遅れて消えた。
■廃劇場
静寂。
音が、遅れて戻る。
幕が揺れる。
全部、終わっているのに。
――まだ終わっていないみたいに、遅い。
マスター、倒れている。
呼吸、一定。
鼓動、一定。
“整いすぎている”
ファニー、膝をつく。
「……ねぇ」
返事、ない。
シエル、確認。
「……生存」
「ただし――過負荷」
鼻血。
ぽたり。
――落ちた後に、落ちる。
「……え」
マスターの右手だけ、ほんの僅かに遅れる。
ぴくり。
いや――違う。
“動いたこと”が先にあって、遅れて、指がそこに追いつく。
息を止める。
「……なに今」
低く。
「……右手だけ、別系統で動いています」
影が、止まる。
遅れて、重なる。
シエル、低く。
「……順番で動いています」
「戻ってないの……?」
「……完全には」
まぶたが震える。
一瞬だけ。
“開いている状態”が先にある。
遅れて、目が開く。
「……ん」
視線。
先にファニー。
次にシエル。
一拍遅れて、声。
「……大丈夫?」
「そっちが言うの!?」
抱きつく。
今度は、ちゃんと温かい。
マスター、ゆっくり起きる。
「……ちょっと使いすぎたねぇ」
軽い声。
でも。
“間が、揃いすぎている”
「……確認します」
「なに?」
「今、私たちをどう認識していますか」
一瞬。
止まる。
「……同時に、守ってるけど?」
「優先は、つけてないよ」
完璧な答え。
――床の影。
ほんのわずかに。
遅れて揃う。
シエル、目を細める。
何も言わない。
遠くで。
崩れた舞台が、音を立てる。
今になって。
まるで。
“さっきの出来事が、まだ処理中みたいに”
静寂。
ほんの一瞬だけ。
紫が、遅れて消えた。
■境界堂
夜。
マスター、椅子。
カップの縁を、軽く叩く。
「いや〜今回はちょっと無茶したねぇ」
「ちょっとじゃないからね!? 世界折りたたみかけたからね!?」
「出力は過去最大。観測不能領域に一部侵入」
「へえ、便利そうだねぇ」
「反省して!?」
――軽い。
でも、“分かってて軽い”。
とことこ。
「少しだけ均す」
「お願いできる?」
前足、ぽん。
――すっ
空気が整う。
見えない皺がほどける。
息を吐く。
「……助かるねぇ」
指先の震えが止まる。
カップの水面。
一拍遅れて、静止。
「それ以上はやらぬ」
「なんで?」
「混ざる」
一拍。
「境が、戻らなくなる」
影が、わずかに二重。
誰も触れない。
「明日は休み!強制!」
「療養という名のサボりだねぇ」
「監視は継続」
「休ませて!?」
深夜。
ミコト、マスターの右手をじっと見る。
一歩近づく。
「……そこにいるな」
空を噛むように、そっと口を開く。
次の瞬間。
マスターの右手が、“何かを離す動き”をする。
きゅ、と。
何も無いはずの空間から、“ズレ”だけが引き剥がされる。
■内側
静寂。
『……悪くない』
指先を眺めるみたいに。
『効率は良い』
『次は――揃える』
ほんの少し、笑う気配。
『……あの反応は』
言葉を探す。
『非効率だが』
ごくわずか。
『悪くない』
■境界堂
朝。
湯気。
光。
「ミコト〜ごはん〜」
「遅い」
「要求水準が上昇」
「元・神様だしねぇ」
「ほう、餌かの」
「みっ」
ぴしっ。姿勢が直る。
「序列!」
「明確です」
笑い声。
平和。
――その中で。
マスターの影。
一度、揺れる。
遅れて、重なる。
次の瞬間。
“今度は先に揺れる”
すぐ戻る。
誰も気づかない。
ミコト、水面を見る。
波紋が、二重。
「均しただけだ」
「…治してはいない」
湯気の向こう。
見えないヒビ。
一瞬。
“逆方向にも伸びる”
まだ、進んでいる。
誰も、見ていない。
「ねえシエル」
「これ、またやるの?」
「……やらざるを得ません」
「僕を呼んだ〜?」
「呼んでない!!」
マスターの影だけが、最後まで“どちらに揃うか迷っていた”
――まだ、選び終わっていないみたいに。
ミコト「……均す」
マスター「あぁ〜、これ肩コリにも効くねぇ」
ファニー「マッサージ機扱い!?」
ミコト「……応用だ」
シエル「本質を逸らさないでください」
マスター「でも軽いよ?」
一拍。
ミコト「……軽くしただけだ」
小さく。
「消してはいない」




