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境界堂へようこそ 〜壊れかけの観測者の日常〜  作者: 白鐘
第八章 勝った代償は、僕だった
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8‐5 均しの獣


■境界堂


夜。

障子越しの灯り。

静かな空間。


マスター、座っている。

少し疲れている。


「いや〜今回さぁ……」

「被害規模、過去最大級でした」

「でもまぁ、綺麗に終わったねぇ」


その時。


とことこ。

足音。

――二歩分、遅れて影がついてくる。


全員、視線を落とす。

豆柴サイズの何か。


「いた!!!!」


座る。


じっ……

見る。

妙に“偉そう”。


ほんの一瞬。

瞳の奥だけ、獣が覗く。


「……何か言いたそうですね」

「絶対言うやつだこれ」


それは、口を開く。


「我に行く宛など無い」


空気が、わずかに張る。


「我は——大口真神(おおくちのまかみ)の眷属」


障子の灯りが、わずかに揺れる。


シエル、ほんの僅かに反応。

マスター、目を細める。


「名は――」


“音が、少し遅れる”


「――均神御命(ならしのみこと)


静かに。


「……ミコトで良い」


――さっきまでの重さが、ふっと軽くなる。



カノン、間近でしゃがんでいる。


「……反応遅延、約0.3秒」

「視覚ズレ確認。自己補正あり」


「はやっ!?」


ミコト、ぴくり。


クロード、視線だけ動かす。


「……安定していないな」


それだけ言って、黙る。


「いやもうこれ犬じゃん!!かわいいやつじゃん!!」


「……訂正します」

「“犬に見えるだけの何か”です」


「え、なにその言い方こわ」


小さな獣、じっとシエルを見る。


その視線。

“測るように”静か。


「分類に意味はない」

「あるでしょ!?だってこれ絶対モフれるタイプ――」


手を伸ばす。

触れる。


一瞬。


“触ったはずの感触が、遅れて来る”

――一瞬だけ、“触っていない感触”が混ざる。


「……あれ?」


もう一度撫でる。

今度は普通に柔らかい。


「え、なに今の」


「位相が固定されていません」

「触覚が遅れています」


「意味わかんないんだけど!?」


ミコト、しっぽを一度振る。


その瞬間、

空気の“ざらつき”が消える。


「今はこれで良い」

「“今は”って言った!進化するやつだこれ!!」


マスター、くすっと笑う。


「犬扱いされてるけど、いいの?」

「構わん」


一拍。


「軽い方が都合が良い」


「ほらやっぱ犬じゃん!!」

「理解を放棄しないでください」


「だって可愛いは正義でしょ!?」

「……否定はしない」


ほんの一瞬だけ。

耳が、ぴくりと動く。


ミコト、鼻を鳴らす。


「我はもう“神”ではない」

「だが“消える存在”でもない」


一歩、前へ。

足音が“軽すぎる”


「均すことはできる」


空気が、ほんの少し整う。


揺れていたものが、

“なかったことにはならず”

ただ、静まる。


「……あ」


さっきまでの疲れ。

ほんの少しだけ軽くなる。


「……確かに。“治療ではない”」

「削ってもいないねぇ」


「削りもせず、増やしもせず」

「流れを整えただけだ」


「医者ではないですね」

「神様“ってわけでもない”!」

「でも必要だねぇ」


ミコト、

しっぽを一度だけ振る。


「でもさ〜保護ってなに?ご飯とか?」

「当然だ」


「寝床は?」

「柔らかい方がいい」


「注文多くない!?」

「いいんじゃない?働いてもらうし」


「対価は払う」


マスター、手を差し出す。


「じゃあ――」

「うちで働く?」


ミコト、少しだけ考える。


ほんの一瞬。

“どこか別の位相を見る”


その後。


ぽす。

前足が触れた瞬間、空気がわずかに整う。


「契約成立だ」


「うわああああ仲間増えたあああ!!!」


抱き上げる。


「やめろ」


でも逃げない。


ほんの一瞬。

影だけが、狼になる。

――そして、誰もそれを“見なかったことにする”


シエル、少しだけ微笑む。


「……悪くない戦力です」


マスター、壁にもたれる。

ほんの少しだけ。

紫が、残る。


ミコト、ちらっと見る。

何も言わない。

ただ。

“流れを均す”


重さは消えない。

歪みだけが、整う。


息を吐く。


「……楽だねぇ」

「当然だ」


五人と一匹。

静かな空間。


でも。

“ちゃんと重さがある”


削られてない。

消えてない。


ただ、流れている。


「このチームさ……良い意味でバランスおかしくない?」

「ええ。“危うい均衡”です」


「いいじゃない」

「そのくらいが、今はいい」


一瞬の静寂。


障子――すぱーん。

開いたはずの位置が、

ほんの一瞬“ずれてから”揃う。

シロ。


「ほう」


全員、振り向く。


シロの視線が――

ミコトに突き刺さる。


「妾のポジションを狙ってきた若造は、おぬしかの?」


ピシッ。

固まる。


しっぽ、すとん。

――一拍遅れて、股の間。

がくがくがくがく。


「あっ、あっ……」


一歩下がる。


「めっ、滅相もございません!!」


さらに一歩。


「我はただ均すだけの存在にて!!」


床にごろん。

ヘソ天。


「どうか御慈悲を……!!」


完全降伏。


「はやっ!!!」

「判断が的確すぎます」


シロ、ゆっくり近づく。

タシ、タシ、タシ。


そして。

ぽん。

ミコトのお腹に足を乗せる。


「ひっ」

「……ほう」


じーっと観察。

数秒。


沈黙。

からの。


「弁えておるようじゃの」


足、軽く踏み込む。


「よろしい」

「ははーっ!!」


シロ、ふんっと胸を張る。


「境界堂のマスコットポジション――」


一拍。


「センターは妾なのじゃ」


――その一言だけ、空気が一段重くなる。


「異議なし!!全面的に支持いたします!!」


「これポジション争いの話なの!?!?」

「……命のやり取りより緊張感がありました」


マスター、コーヒー片手に。


「平和だねぇ」


シロ、ちらっとマスターを見る。


「ぬし、当然わかっておるな?」

「え?」


「センターじゃ」

「センターです」


「圧がすごい」

「同調圧力の怪異ですね」


マスター、ため息。


「……はいはい」


ミコト、まだヘソ天のまま。

小声で。


「……助かった……格が違いすぎる……」


「いや何から!?」

「存在の格差からでしょう」


その時。


すっ……

カノン、一歩前に出る。

目、キラッキラ。


「……素晴らしいですね」


全員

「え?」


カノン、ミコトをガン見。


「低コスト・高安定・自律均衡機構……」

「言い方!!」


カノン、ぐっと拳を握る。


「量産できませんか!?」


「やめろ!!」

「倫理的にアウトです」

「いやそれ以前に“神だったやつ”だからね!?」


ミコト、びくっ。


「む、無理だ!!」

「我は唯一個体であり——」

「“同じものは二度と生まれぬ”」


「量産されたら困るのじゃ」


「そっち!?」


カノン、少し考える。


「……残念です」


一歩下がる。

まだ名残惜しそうに見ている。


その隣。

クロード。

無言。


すっと立ち上がる。

くるり。

出口へ。


「帰ろうとしてる!!」

「関わらない判断ですね」


ドアに手をかける。


ぴたっ。

一瞬だけ止まる。

振り返らないまま。


「……増えたら、終わる」

「“均されたまま”な」


「なにが!?」


そのまま。

すっ……

静かに退出。


「判断が早い」

「賢明です」


マスター、コーヒーを傾けながら。


「うち、どんどん濃くなるねぇ」


シロ、ふんっと鼻を鳴らす。


「今更じゃ」


ミコト、小さく丸まる。


「……ここ、怖い……」

「大丈夫大丈夫!」


抱き上げる。


「やめろ」


でも逃げない。




空気:完全に平和。



■境界堂


日常。

いつもの空気。


「ミコト〜こっちおいで〜」


ミコト、とことこ。


「……順応が早いですね」


マスター、少し離れた場所から見ている。

無言。


その視線。

やけに――

“深い”


観察ではない。

“合わせにいっている”


「マスター?」


反応、ワンテンポ遅れる。


「ああ……うん」


マスター、ミコトに手を伸ばす。

なでる。

優しい。


指先が、毛並みに沿う。

“抵抗が、なさすぎる”


でも。

止まらない。


ずっと。


同じリズムで。

同じ圧で。

同じ軌道で。

――“誤差が、存在しない”


その動き。

正確すぎる。

優しいのではない。“最適化されている”


撫でているのに、“撫でるという処理を実行している”だけみたいに。


「……もうよい」


それでも。

続く。


マスター、小さく呟く。


「いいねぇ」


もう一度。


「いい」


さらに。


「ちょうどいい」


――“それ以外が、要らなくなる”


「……なにが?」


マスター、笑う。

でも。

“合いすぎている”


「軽い」

「削らなくていい」

「流れてる」


ミコト、ぴくっと反応。


その手。


ほんの少しだけ、

“力が抜けすぎる”


境界が、

溶けかける。


「このままなら――」


一瞬、言葉が“選ばれない”


「壊れない」


ミコト、目を細める。


「……やめろ」


――“均す側”ではなく、“止める側”の声。


低い声。


「え?」


その瞬間。


マスターの影。

ぴたりと止まる。

遅れて、

もう一つが追いつく。


“二重”

――気づいた瞬間だけ、そう見える。


紫。

一瞬だけ、滲む。


シエル、即座に反応。


「……検出」


空気が、戻る。

マスター、きょとん。


「ん?」


普通に戻る。

手も止まる。


「どうかした?」


静か。


ファニー、笑って誤魔化す。


「なんでもないよ!」


シエル、視線を逸らさない。

ミコト、小さく息を吐く。

一歩、近づく。


ミコト、ぽつり。


「……均す必要があるな」


ミコト、ふと視線を落とす。


マスターの右手。


ほんのわずかに、

“ここにない何か”を握っている。


「……」


近づく。

一歩。

空気が、わずかに整う。


「まだ、繋がっているな」

「え?」


マスター、手を見る。

自覚はない。

ミコト、鼻を鳴らす。


「半分、向こうだ」

「それ昨日言ってたやつ?」


「回収する」


ファニー、顔を引きつらせる。


「え、ここで!?大丈夫なやつ!?」

「今なら軽い」


ミコト、前足を上げる。


触れる――“少し手前”

空間が、ぴん、と張る。


見えない糸。

いや、

“流れ”


それを、引く。


「……っ」


マスターの指が、びくりと動く。


遅れて。

握る。

今度は――

“ちゃんと掴む”


「……あ?」


ミコト、ぐ、と引く。

抵抗はない。

だが、

“深さ”だけがある。


ずる、と。

何かが、

“こちら側に揃う”


その瞬間。

空気が、わずかに重くなる。

影が、ぴたりと一致する。


マスター、目を瞬かせる。


「……あー」


右手を開く。

遅れが、ない。


「戻った」


「え、今ので!?」

「……同期誤差、消失を確認」


ミコト、小さく息を吐く。


「軽い方だけだ」

「え?」


「深い方は、まだだ」

「……残っている」


マスター、少しだけ笑う。


「全部は返さない感じ?」


ミコト、ちらっと見る。


「返せば壊れる」


静かに。


「今は、これで均した」


沈黙。


「……便利すぎない!?」

「……依存は推奨しません」


ミコト、くるりと背を向ける。


「我は神ではない。だが――神であった“流れ”は残る」

「え?」


「境界が、緩んでいる」

「神社での接続過多……」

「加えて」


ミコトの視線、

まっすぐマスターへ。


「……馴染みすぎている」

「なにそれ」


「“優しさ”は最も強い起動条件だ」


静かに。


断言する。


「拒絶がない分、止まらない」

「止める理由が、存在しない」


ミコト、マスターを見る。


「壊す意志がないものほど、境界を侵す」


マスター、少しだけ黙る。


それから。

笑う。


「……怖いこと言うねぇ」


でも。

その目。


ほんの一瞬。


“紫が残る”


――誰も、それを指摘しない。


障子が、わずかに揺れる。

風は、無い。





マスター「よーしよしよし、わしゃしゃしゃ〜」

ミコト「や、やめっ…わふん」


ファニー「完全に犬扱いじゃん!」

マスター「だってかわいいし」


ミコト「我は眷属で——わふっ」

マスター「はいはい強い強い」


わしゃわしゃ。


ミコト「やめろと言って……っ」


しっぽ、ぶんぶん。


ファニー「説得力ない!」

シエル「身体は正直ですね」

ミコト「反射だ……っ」


マスター、手を止めない。

一定のリズム。


ミコト「……む」


一瞬、空気が静まる。


ミコト「……今」

マスター「ん?」

ミコト「……少し、揃いすぎた」


一拍。


ファニー「なに今の!?」

マスター「ほらほら〜」

ミコト「わふん……」

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