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2 ちょうどいい、の正体


■街中・夕方


ざわめき。

人の流れ。

日常が、ほどよく乱れている。


その中で。

ひとつの噂だけが――妙に“形を保ったまま”広がっている。



学生A

「ねえ、あそこ行った?」


学生B

「行った行った。効くよ、ちゃんと」


会社員

「ストレス、ちょっとだけ軽くなるんですよ」


主婦

「全部じゃないけど……それがちょうどいいのよね」


声が重なる。


内容も。

温度も。

結論も。


――“揃いすぎている”



■境界堂


「“ちょっとだけ叶う神社”ねぇ」


ソファに沈む。

紙をひらひら。


シエル、タブレット操作。


「報告の傾向が一致しています」


スクロール。


「“過剰な改善はない”」

「“副作用が軽い”」

「“満足度が高い”」


ファニー、顔をしかめる。


「なんかそれ」


顔を上げる。


「逆に怖くない?」

「うん」


マスター、コーヒーを一口。


「うますぎる話は、大体どこか削られてる」



■神社・入口


鳥居。

風が通る。

軽い。


「……空気、澄んでるねぇ」

「いい場所っぽいけど」


静かに観察。

一拍。


「……“軽い”のではなく」


わずかに目を細める。


「“削がれている”」


鳥居をくぐる。



一歩。

音が、少し減る。


二歩。

足音が、やけに輪郭を持つ。


三歩。

“余計なもの”が、静かに消えていく。



「……さっきの眼鏡と逆じゃない?」

「ええ」


シエル、頷く。


「情報が減っているのに、“見やすい”」


「親切設計だねぇ」



参拝者。

いる。

確かにいる。


でも。

静かすぎる。

風の音も、遠い。


「……こんな静かになる?」


「通常は“揺らぎ”が存在します」

「…ここには、それがありません」


子供が転ぶ。

こてん。

普通なら、泣く。

でも。


「……大丈夫」


声に、揺れがない。


立つ。

そのまま歩く。


「え、泣かないの?」

「強い子だねぇ」

「……違います」


「反応が“整えられている”」


おみくじ。


女性

「……中吉」


普通の結果。

でも。

表情が、動かない。


「ちょうどいい」


紙を畳む。


「“ちょうどいい”って何!?」



三人、少し外れる。


「ねえこれさ」


声を潜める。


「感情の振れ幅、なくない?」


「ええ」

「上下が削られています」


「真ん中だけ残してる感じだねぇ」


近くの会話。


「全部じゃなくていい」

「少し楽になれば」

「重い部分だけ消えればいい」


間隔すら、似ている。

重なり方も。


「……同じこと言ってる」

「収束しています」


風。

吹く。

でも。

匂いがない。

温度のムラもない。


呼吸が、少し浅くなる。

――なのに、苦しくない。


影の濃さ。

どこも同じ。

世界が。

“均一”


目を細める。


「……環境が“均されている”」


ぽつり。


「だから居心地いいのか……」


視線だけ動かす。


「違和感も削ってるわけだ」



「……見えない時」


「ん?」


「ズレは“引っかかる”ものでした」


境内を見る。


「ここは違う」


静かに。


「最初から“引っかからないようにされている”」


風が通る。


その一瞬。

“別の層”が、こちらを見る。

やわらかい。

穏やか。


――なのに、深い。

すぐ消える。


ファニー、瞬く。


「……今の、なに?」

「……二系統」

「混ざってるねぇ」


視線が揃う。

拝殿の奥。


そこだけ。

静けさが“濃い”


「……あそこ」

「中心ですね」


空気に、踏み込む。


「行こうか」

「うん」

「確認します」


三人、進む。

背後。

参拝者の声。


「楽になった」

「助かった」

「ちょうどいい」


どれも。

同じ温度。

同じ重さ。

同じ“軽さ”


わずかに息を整える。


「……危険です」




視線が、自然と“深い側”へ向く。

空気が、もう一段だけ重くなる方向。

静けさが、層になっている場所。


三人、止まる。


「もう答え、出てるよねぇ」


マスターの声は、軽い。

けれど、空気だけが少し重くなる。


「来るよ」


ファニー、短く。


「オッケー」


シエル、視線を固定したまま。


「ええ」


風が、止む。

音が、一段だけ削がれる。

世界が“整う”。


その中心。

“それ”は、そこにいる。


形はない。

境界もない。

ただ。

“ちょうどよく在る”


声がする。

優しい。

穏やか。

どこにも引っかからない。


――なのに。


“誰の声でもない”


『……負担を、軽減しています』

『過剰な変化は、望まれていません』

『最適化を、継続しています』


小さく顔がしかめられる。


「……これ、神様の声じゃない」

「ええ」


一拍。


「……処理系です」

「“願いを処理する側”の声」


「便利機能が前に出すぎだねぇ」


ファニー、眉が寄る。


「うわ、出たよ“正しいやつ”」


「便利だねぇ」


意識が先に沈む。


「でもさ」


視線が、揺れない。


「それ、“誰の定義”?」


一瞬。

空気が、ほんのわずかに歪む。


『……利用者の平均値を参照』

『極端を排除』

『満足度を維持』


静かに言う。


「……だから“揃う”」

「ええ」


ひらり、と手が上がる。


「それ、やめようか」


沈黙。

ほんの、わずか。

初めて。

“間”が生まれる。


『……負荷が増加します』

『苦痛が発生します』

『不安定になります』


「うん、知ってる」

「だから戻す」


一歩、踏み込む。


「削った分、全部」


その瞬間。

空間が、わずかに軋む。


均一だった影に、濃淡が戻る。


風に、温度が混ざる。

音が、ばらける。


『……許容範囲外』

『……最適性低下』

『……満足度低下予測』


ふっと笑う。


「それでいいんだよ」

「一番つまんないとこに落ちるやつじゃん」


間を置かず。


「“揺らぎ”は、誤差ではありません」

「情報です」


指先が鳴る。


「はい、リセット」



その瞬間。

“削がれていたもの”が、一気に戻る。


ざらつき。

生ぬるい風。

遠くの誰かの舌打ち。

――全部。


外。

子供が転ぶ。

こてん。


一拍。


「うわああああああん!!」


泣き声が、弾ける。


おみくじの女性。


「……中吉」

間。

「え、微妙じゃない!?」


顔が動く。

感情が、戻る。


参拝者たち。


「なんかさっきよりうるさい…」

「え、こんな匂いしたっけ?」

「暑くない?」


ざわめきが、増える。

不満も、戸惑いも。

全部。

戻る。


その“収束点”。

“それ”が、揺れる。


『……不安定』

『……苦痛増加』

『……要求に反する』


肩をすくめる。


「いや?」

「“要求してない人の分”も混ざってたでしょ」


沈黙。

初めて。

“返答が遅れる”


静かに補足。


「“全部のために、誰かが削られてる”」


にやり。


「ざっくり言うと“勝手に丸めすぎ”」


“それ”が、わずかに歪む。

輪郭のない何かが、

初めて“迷う”


『……調整不能』

『……基準不明確』


小さく息を吐く。


「いいね」

「それでいい」


風が、戻る。

ばらばらに。

不揃いに。


でも。

“生きている”


静けさが、崩れる。

“整いすぎた場所”は、ただの場所に戻る。


――そのはずなのに。


踏み出した先で。

空気が、わずかに“引っかかる”。


風は通る。

音もある。

匂いも、戻っている。


なのに。

そこだけ、

“時間の触れ方が違う”。


「……距離じゃないね」

「“深度”が変わってる」


視線が、自然と奥へ向く。


拝殿の裏手。

そこから、さらに一段だけ“沈んだ位置”。

静けさが、層になって溜まっている場所。



古い祠。

割れている。


――いや。

割れた状態で、“固定されている”。

時間だけが、そこを避けて流れているみたいに。


ファニー、眉をひそめる。


「なにそれ、途中で保存されたバグみたいなやつ…」


「……あれ、祀られてないね」


「正確には、“祀れなくなった”場所です」


シエルの声と同時に――

マスター、しゃがむ。


ひびに触れる。

止まる。

“触れたはずの結果が、来ない”


「……あ」


一瞬で理解が走る。


「“結果だけ残して、過程止めてる”」


「はい」


間を置かず。


「触れた瞬間、状態が分岐する可能性があります」


ファニー、顔をしかめる。


「触ったらバグるやつじゃん」

「ええ」


その瞬間。

ひびの奥で、黒が“遅れて”動く。

一拍遅れて、現実が追いつく。


マスター、目を細める。


「……境界、弱いねぇ」


「形だけ固定されています」

「内部は未処理です」


黒が、脈打つ。

“形になりきれない何か”が、滲む。


――次の瞬間。

視界が、“合いすぎる”


色が削がれる。

音が遠のく。

輪郭だけが残る。

さっきの神社と同じ“整い方”


――なのに、今度は逆。


削られたはずの“ノイズ”が、

奥から、滲み出てくる。


「……なに、これ」


「……記録が露出しています」

「“削りきれなかった部分”です」


黒が、わずかに脈打つ。

ひびの奥から、

“時間”が、にじむ。



■過去への遷移


音が、戻らないまま。

景色だけが、差し替わる。


境界がない。

ただ、

“今の延長として”過去が重なる。



まだ一柱。

柔らかい光。

そして。

大きな黒い狼。


願い。

泣き声。

笑い声。

全部。

流れ込んでくる。

止まらない。


でも。

拒まない。


「……多いな」


その声は、今の誰のものでもない。

けれど。

確かに“同じ系統”


どんな小さな願いも、拾う。

取りこぼさない。

零さない。

全部、受け止める。




時が経つ。

人は減る。

静けさが増える。

小さな黒い狼。


少しだけ、丸まる。

寂しさが、滲む。


そこに。

“声”

ノイズみたいに。

滑り込む。


『……全部でなくても、いい』


狼、顔を上げる。


「……?」


映る。

人々。

断片。

切り取られた願い。


「全部じゃなくていい」

「この痛みだけ消して」

「ここだけ楽にして」


『ほら』

『分ければいい』


一瞬。

迷い。


でも。

試す。

願いを。

“分ける”


結果。

軽くなる。

笑う。

戻ってくる。

人が、増える。


「……これは」


わずかな肯定。

“楽になる”という事実。


でも。

違う。

どこか。

“繋がっていない”


願いが、さらに増える。

速くなる。

細かくなる。


『楽だろう?』

『全部抱える必要はない』


処理が、分岐する。

受け止める。

切り分ける。

役割が、生まれる。


「……違う」

『違わない』


その瞬間。

“選択”が、定義される。


全部受けるか。

削るか。

――二つに、割れる。


……ピキ。


光に、ひびが入る。


――パキン。


一つだったものが、

荒と和に、割れる。

――もう、元には戻らない形で。


音は、耳で聞こえなかった。


代わりに、

“一つである前提”が、消えた。


それは本来の形じゃない。

“隙間”ができる。


そこに。

黒が、入り込む。



■現在へ復帰


――ぐらり。


音が戻る。

匂いが戻る。

重さが戻る。


わずかに息を整える。


「……誤った分離です」


「……今の、全部?」

「記録の残滓です」


視線、祠。


「“削られなかった部分”」


マスター、立ち上がる。

ひびを、もう一度なぞる。


「壊れたんじゃない」


一瞬、黒が脈打つ。


「――“そう使われた”」


『理解が早いな』


「都合よく削ってるだけでしょ!」


『違う』

『最適化だ』


「……部分最適」


静かに。


「一番やっちゃダメなやつだね」



奥。


荒御魂(あらみたま)

重い。

濁っている。

でも強い。


大きな黒い狼の姿。



別側。


和御魂(にぎみたま)

薄い。

消えかけている。


淡く光る球体。



「……片方に負荷集中か」


「ええ」

「“分けた代償”です」



『全部背負え』

低く、重い声。


『削ればいい』

軽く、滑る声。


『選べ』



怪異が、狼の首に巻き付く。

まるで、首輪のように。


『グゥッ……!』


押さえ込まれる。

だが――


『……来イ』


声が、重なる。

低く、濁ったものと。

滑らかで、均されたものが。


『全部、寄越セ』

『零スナ』


その言葉は――

命令ではない。


“選択の固定”



空気が張る。

わずかに、間。


「……それさ」

「もう答え、出てるよねぇ」


「来るよ」


「ええ」


風が止む。

神は選んだのではない

選ばされ続けているだけだ。


『……零レル』


荒が、唸る。


『……それでも』

『零れても…』


和が、かすかに応じる。



さらに、深度が沈む。


「じゃあ、戻してあげようかねぇ」

「これ以上、削ると」


一拍。


「誰かが消える」



「――全部、まとめてさ」


一瞬、間。


「“零れても残る形”に戻そうか」




マスター「とある神社には、血の池って呼ばれてる場所があってねぇ」

ファニー「やだやだやだ!名前からしてアウトなんだけど!?」

シエル「由来は不明ですか」

マスター「群体性の藻類が増えやすいだけらしいよ」

ファニー「ただの自然現象じゃん!」


マスター「2本の鞭毛で動くんだけどさ」


一拍。


マスター「水の中で、あれが全部“こっち向いて”泳いでたらどう思う?」

ファニー「ぎゃああああああ!!無理無理無理!!」

シエル「……“揃っている”のが問題ですね」


一瞬、静かになる。


マスター「でしょ」

「ちょうどよくても、揃いすぎるとさ」


少しだけ、間。


「気持ち悪いんだよねぇ」

「“こっち見てる”なら、なおさらさ」

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