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3 臨界到達まで、約三時間


■拝殿裏・内


空間が歪む。

音が遅れてくる。


怪異。

分裂。

増殖。

ノイズの塊。


でも――

増えているわけじゃない。


「……違います」


同じ動きが、

“0.2秒ずれて”重なっている


「は!?なにそれ反則!!」


“数”じゃなくて“層”


マスター、手を上げる。


「そこ、止まれ」


一瞬。

止まる。

――止まった“はずの位置”から、もう一つが滑り出る。


『“適用範囲:限定的”』


ズレる。

再起動。


マスター、目を細める。


「……効いてるんだけどねぇ」


効いてるのに意味がない。


ファニー、踏み込む。


「全部まとめて殴る!!」


確かな手応え。

“当たっている”


でも。

破断面から、

同じ断面が滑り込んでくる


「は!?くっついてるんだけど!?」


シエル、視界に情報展開。


「構造解析――」


止まる。


「……不可能」


一瞬だけ、言葉が遅れる。

初めて。


「基準面が存在しません」



荒御魂が

“重なりの中心”へ視線を向ける。


地を蹴る。一気に間合いを詰める。

まずは――引き裂く。


爪が、黒を薙ぐ。

ぐしゃり。

手応えはある。だが。

裂けたはずのそれは、散らない。


地面に落ちた黒が、そのまま“這う”


「……え」


ファニー、目を見開く。


裂いたはずの断片が、その場で増える。

にじむように。広がるように。

戻る。


荒御魂、低く唸る。


次。

噛みつく。


『――ガッ!!』


今度は逃がさない。中心ごと、噛み潰す。


だが。

ぐに、と潰れるだけ。

牙の間から、黒がはみ出す。

減らない。


それどころか。

噛み潰された分だけ、狼の顔に、絡みつく。

鼻先。頬。首元。

じわじわと、侵食する。


『……ッ、ガァ……ッ!!』


振り払う。だが、遅い。

黒は、 “外側から内側へ”滑る。


口元へ。

牙の隙間へ。

――入り込む。


「ちょ、ちょっと待ってそれ」


ファニー、一歩引く。


「それ、食べてるんじゃなくて――」


シエル、即座に補足。


「侵入されています」


その瞬間。

黒が、 自分から“流れ込む”

喉の奥へ。


『――ッ!!』


「うわ、最悪のやつだねぇ」


マスター、目を細める。


「“取り込んだら終わり”のタイプ」

「……抱えすぎだねぇ」


その間にも。

荒御魂の喉が、脈打つ。

――内側で、何かが“増えている”


『――ッ、ガ……ッ』


低い唸りが、途中で潰れる。


首元。

毛並みの下で、黒が“動く”

内側から、押し上げるように。


「……中、いってる」


ファニー、歯を食いしばる。


口元から侵入した黒が、喉を抜けて、胸へ。

“根を張る”


『離レ……ッ!!』


吐き出そうとする。

だが。

吐くたびに、

その隙間からさらに入り込む。


呼吸が、乱れる。

荒御魂の輪郭が、ほんのわずかに“揺らぐ”


即座に判断。


「侵食進行。内側から同化されます」

「時間、ないねぇ」


軽く息を吐く。


「じゃあ急ごうか」


「三位一体、同期します!」

「合わせる!!」

「一回だけ、通すよ」


三人。 呼吸が揃う。


その裏で。

荒御魂の瞳が、わずかに濁る。


『……ガ……ッ』


声が、ずれる。

胸の奥で、黒が脈打つ。


――どくん。


鼓動が、一拍遅れる。



シエル、構造固定。

ファニー、一点突破。

マスター、定義付与。


同時。決まる。

怪異、停止。

“完全固定”


「今!!」


貫く。砕く。

――通った。


そのはずの手応えが、抜ける。


砕けた“像”だけが残って、

実体が、そこにいない。


「……っ」


砕けた像が、揺れる。

消えない。

荒御魂の内側で、 黒が、静かに脈打つ。


外で起きた“結果”が、

――滑る。


「違う」

「成立していません」


世界が、巻き戻る。

音だけが、後から追いつく。


怪異、元通り。

荒御魂が、よろめく。


『……ハッ…、ァ……』


呼吸が浅い。

黒が、さらに奥へ沈む。

胸の奥――核に近い部分へ。


『“処理:無効化完了”』



「……は?」

「……今のは」


「当たってるのに、残らないか」

「なにそれ……どうやって勝つの…」

「勝利条件が、立ちません」


一瞬の間。

マスター、少しだけ笑う。


「ピンチ、ってやつだねぇ」



怪異、広がる。


距離が消える。

空間が詰まる。


ファニー、息を詰まらせる。


「……っ、近い……!」


息がしにくい。


「ちょっとこれ無理じゃない!?」

「……リソース不足です」

「撤退も視野かなぁ」


一歩、下がる。

地面がある。

だが、“次の一歩の位置が存在しない”

踏み出す先の地面が、“まだ来ていない”


「え、足場が――」

「退路が分断されています!」


逃げ道すら無効化。


荒御魂、暴れる。

空間が裂ける。


でも。

裂け目の向こうも、

同じ怪異。


『――ァァ……!!』


「……あっちも限界だね」


三人。

囲まれている。


でも囲みじゃない。

“どこにもいないのに、どこにもいる”


「……これ、さ」

「どうすんの」


「……答えがでません」


沈黙。


マスター、周囲を見る。

ズレた層。

重なった時間。

戻る結果。

一つずつ、確かめるみたいに。


「止めてもダメ」

「壊しても戻る」

「定義も通らない」


「……ああ」


小さく、納得する。


「これ、“壊される前提”で組まれてるね」


「は?」


ファニーが顔を上げる。


「じゃあどうすんの!?」


マスター、少しだけ考える。

ほんの一瞬。視線が、“奥”に沈む。


――いつもより、深い。


「……だったら」


一拍。


「一回、壊すしかないかなぁ」

「ちゃんと戻す保証はないけど」


軽い声。

そのまま、視線だけ二人へ流す。


「――終わったら、回収よろしくねぇ」


軽く言う。

まるで、散歩の帰りみたいに。


一瞬の間。

ファニー、目を見開く。


「は?」


シエル、即座に理解する。


「……意識消失を前提にしていますね」


マスター、肩をすくめる。


「たぶんねぇ」


笑っている。でも、目は笑ってない。


「戻ってくる保証、薄いからさ」

「ちょっと待って、それ――」


遮るように、ひらりと手を振る。


「大丈夫大丈夫」

「壊すだけだから」


その軽さが、 逆に重い。


ふわり。

柔らかい気配。


『……無理をするな』


少しだけ目を細める。


「するよ」


即答。


「しないと、全員詰む」


空気が一瞬、静まる。


「……なんか来た」


ほんの一瞬。

“均される”

ノイズが弱まる。


「……干渉が減少!」

「助かるけど……」


『ここでは足りない』


一拍。


『“繋げ”』


空気が、わずかに“戻る”


「……繋ぐ?」

『境界堂だ』


シエル、反応する。


「……なぜ、それを」

『“流れ”が、そこに集まっている』


静かに。


『分断されたものが、最もよく“通る場所”だ』


「見えてるんだ」


一拍。


『“結び目”だ』


マスター、少し笑う。


「なるほどねぇ」


怪異、再び増幅。

荒御魂、振り向く。


一瞬。

視線が、三人を捉える。


「……え?」


敵味方の区別が、ない。


『――マダ、イル』


一歩。

踏み出す。


「ちょっと待ってそれ違う違う!!」


次の瞬間。

和御魂の気配が、割り込む。


『……やめろ』


空気が、止まる。


「撤退しよう」

「マジ!?」


「ここで無理するのは悪手だ」

「同意します」



和御魂の干渉が“道”を作る。

――割れた。


だがそれは、道というより“削り取られた隙間”。

空間が、左右に押し分けられているだけ。

幅が、ない。


「……細っ!?」


ファニー、迷わない。踏み込む。

身体をねじる。肩を擦る。それでも止まらない。


「通れる通れる通れる!!」


勢いで、抜ける。

その直後。 隙間が、わずかに“戻る”。

マスター、目を細める。


「……閉じるね、これ」


一歩。

踏み出す“前”に、通った後の軌道を見る。

空間の“戻り”と“ズレ”を読む。


身体を傾ける。呼吸を合わせる。

押し広げられた隙間に、ぴたりと自分を合わせる。


滑り込む。

するり、と抜ける。

その背後で、さらに幅が削れる。


「え、ちょっ――」


シエル。

一瞬、止まる。


「幅、再計測――」


遅い。

隙間が、戻る。


「……っ」


踏み出す。

肩が、引っかかる。

ノイズが、触れる。


“削れる”


「――ッ!?」


一瞬、袖が“遅れて残る”。

袖だけが、空間に引っかかったまま切り取られる。

視界が、ズレる。


「シエル!!」


ファニー、振り向く。

マスター、手を伸ばす。


「そのまま来な」


シエル、判断を捨てる。

計算じゃない。


ファニーの通った勢い。

マスターの通った軌道。

その“残り”をなぞる。


重ねる。

滑り込む。

抜ける。


直後。

隙間が、完全に戻る。

空間が、噛み合う。


『逃がすか』


その声ごと、外側に弾かれる。




■鳥居


空気が戻る。重い。

“普通”なのに、妙に静か。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


シエル、 ほんのわずかに呼吸が乱れている。

袖の端が、消えている。


「……追跡なし」

「来ない、ねぇ」


一拍。


「来れないのかもね」


「え?」


マスター、神社の方を見る。


「“あそこ”から出ると効率が落ちるタイプだ」


「……局所最適型」

「領域依存の怪異」


「つまり……ホームじゃないと弱い?」


「その代わり」

「内部では無限に近い再生能力を持ちます」


「最悪じゃん!!」


「こっちの“定義”が通らなかった理由もそれだねぇ」

「分けて処理してる」


「ええ。“全体への命令”が無効化される」

「じゃあどうすんの!?」


ふわり。

まだ、残っている。

“静かな気配”


「さっきの、聞いた?」

「“繋げ”ってやつ?」

「……境界堂」


「ただ呼ぶだけじゃ足りないねぇ」

「“再接続”だ」

「再接続?」


シエル、思考整理。


「現在の状態は異常分離」

「本来一体であるものが、“処理上だけ”分割されている」


「だから戻すには」

「もう一回“正しい接続”を通す必要がある」


「それって……カノン?」

「接続の専門家だからねぇ」


ニヤリ。


「繋げてもらおう」


「出たーーー!!」


三人、走る。

街へ。


空気が変わる。

“現実”が濃くなる。


「ねえ」

「さっきより、静かじゃない?」


「……ノイズが減っています」

「違うねぇ“偏ってる”」


遠く。

かすかに。

“ざわつき”が一点に集まっている。


「……集約?」


「うん」

「向こうで“溜めてる”」


「え、それって」


シエル、ほんの一瞬だけ目を細める。


「……予測、出ます」


一拍。


「現在の収束率から逆算――」

「臨界到達まで、約三時間」


「さんじかん!?」


「到達時」


淡々と。


「荒御魂の出力が、制御限界を超えます」

「それって……さっきより強くなるってこと?」

「いいえ」


首を振る。


「“方向性を失います”」


一拍。


「対象指定なしの破壊行動へ移行」


空気が、少し冷える。


「つまり?」


マスター、軽く言う。


「見えてるもの全部、かなぁ」

「軽く言うな!!!」


シエル、続ける。


「加えて、領域依存が崩壊」

「え?」

「内部・外部の区別が消失します」


一拍。


「つまり」

「ここで起きてたことが」

「外に出ます」


「……街、巻き込むってこと?」

「はい」


一拍。


「最悪の場合」

「範囲は、止まりません」 


「“現実側の構造”も巻き込みます」


「は?」


マスター、肩をすくめる。


「簡単に言うと」

「世界ごと、ちょっと齧られるねぇ」


「形、崩れるかもねぇ」

「建物とか、人とかじゃなくてさ」

「“存在の方”が欠ける感じかな」


「ちょっとじゃないでしょそれ!!!」


ファニー、顔引きつる。


「なにそれ無理なんだけど!!」

「だから急ぐんだよ」


マスター、いつも通り。

でも目だけ、少しだけ鋭い。


「暴れる前に、繋ぐ」

「……増幅段階に入る前に、再接続が必要です」

「急げってことね!」


「その状態でも、“和御魂が抑え続けた場合”」


一拍。


「内部から崩壊します」

「どっちにしろ詰んでるじゃん!!!」




■境界堂・前


到着。

いつもの建物。

なのに。

今日はやけに頼もしい。


「ただいまーーー!!ってか助けてーーー!!」


ドア、開く。

カノン、即反応。


「おかえりなさい!ちょうどいいところに!」

「よくないよ!!」

「準備、できてる?」


カノン、目が輝く。


「はい!再接続プロトコル、組みました!」

「……早すぎませんか」

「ログはリアルタイムで取得していましたので!」

「盗み見てた!?」


「問題は一点」


視線、マスターへ。


「接続対象が“単一ではない”ことです」

「え?」

「マスター内部には――」


一拍。


「もう一層、存在しています」


静か。

マスター、肩をすくめる。


「まぁ、そうだねぇ」


声。

内側から。


『……なんだい』


「いや普通にいるからね!?」

「想定内です」


カノン、嬉しそうに前のめり。


「はい!想定内です!」

「あなたが言うと不安です」


シエル、淡々と。


「現状の構成を整理します」


指を折る。


・ファニー(感情)

・シエル(解析)

・マスター(定義)

・空白体(断絶)


「以上で“内部四層”」

「四層!?」

「はい。さらに外部に」


・荒御魂

・和御魂


「計六要素」

「多い多い多い!!」

「結論」


一拍。


「過積載です」


カノン、にっこり。


「なので、まとめます!」

「だからまとめるなって!!」


カノン、さらっと続ける。


「境界堂を中継して――」

「全部、同時に通します!」


一拍。


「順番にやると、間に合わないので!」


沈黙。

マスター。


「それ、壊れない?」


「ただし、リスクもあります!」

「あるんだ!?」


ちょっと考えて。


「えーと……」

「境界がそのー」

「ぐちゃぐちゃ?的な?」


一瞬、空気が止まる。


「軽く言うな!!!」

「曖昧すぎます」

「でもニュアンスは合ってます!」


シエル、補足。


「境界の消失」

「個体識別の崩壊」

「役割の混線」


淡々と。


「最悪の場合――」

「分離不能になります」


「それ“戻れない”ってこと!?」

「はい」


内側。


『……それはそれで、効率はいい』

「よくないねぇ」


「まぁ、壊れなきゃセーフでしょ」

「基準が雑!!」


カノン、元気よく。


「今回は安全設計です!」

「先ほど“ぐちゃぐちゃ”と言っていましたが」


「許容範囲のぐちゃぐちゃです!」

「人格の順番が入れ替わるくらいで収まります!」


「……定義を提示してください」

「えーと……壊れない程度です!」


シエル、ため息。


「……ですが、他に手段はありません」

「成功確率は低いですが」

「失敗時の損失よりは、期待値が上です」


「だねぇ」


空気、少し締まる。

ファニー、ぐっと拳握る。


「やるしかないってことね……!」


内側。

空白体、静かに。


『……ぐちゃぐちゃも、意外と楽しいかもね』

「…ぐちゃぐちゃは遠慮したいねぇ」


「でもまあ」

「綺麗に死ぬよりは、マシかな」



遠くで空気が軋む。

残り時間は、

――少ない。


いや。

もう、削られ始めている。


さっきまで三時間あったはずの猶予が、

もう“同じ三時間”には見えなかった。



マスター「僕、縫い物って苦手なんだよねぇ。布が血まみれになるし」

ファニー「それ苦手じゃなくて事件!!」


マスター「針ってさ、“どこ刺したか分からなくなる”よね」

ファニー「ならない!!全部指に刺さってるだけ!!」

シエル「確認不足です」


マスター「でも今回、“繋ぐ”じゃん?」

ファニー「やめてその例え!!」

シエル「不適切です」


一拍。


空白体「……でも、混ざるのは綺麗だよ」

ファニー「出た!!今いらない感想!!」


マスター「大丈夫大丈夫。血は出ないよ、たぶん」

シエル「不確定要素です」

ファニー「“たぶん”やめろぉ!!!」

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