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7 ポンコツ✕2:最強、ひとりでやらない


■ 3日目:境界堂


静かな朝。


マスター、テーブルにうつ伏せ。


「……もうヤダ……」


声に、力がない。

二日分の“日常ダメージ”が、しっかり蓄積している。


髪が広がる。

胸元にはYou Know Me。

――まったく知らない。


「ついに来たね、限界突破」

「二日保ったのは優秀です」


沈黙。

ふと。


「……あ」


ゆっくり顔を上げる。


「いいこと思いついた」


「嫌な予感しかしません」


マスター、目を瞬く。


一回。

二回。


外の音が、すっと遠のく。


■ 内側


真っ白。

境界も影もない、のっぺりした空間。


そこに、ひとり。

空白体。

何もない場所で、何もないまま立っている。


――普段通り。


外の視界だけが、薄い窓みたいに流れている。

そのはず、だった。


こつ。

音。


空白体、ぴたりと動きを止める。


こつ、こつ。

“内側”に、足音。


振り向く。

白の奥から、こちらに向かって歩いてくる影。


「……あ、いたいた」


軽い声。

マスターが、そこにいる。


空白体、目を細める。


『お前、ここまで来れるのか』


マスター、ひらひら手を振る。


「来れちゃったねぇ」


距離、ゼロ。

ためらいなく――


むぎゅっ。


空白体の手を、掴む。

柔らかく。

でも、逃がさない力。


『は?』


一瞬。

理解が止まる――が。


次の瞬間。

空白体の指が、わずかに動く。


“掴み返す”。


逃げるでも、振り払うでもない。

制御を取り返すための最短動作。


ぐ、と力がかかる。

白い空間が、ぴんと張る。


『……いや待て』


低く。


『それ、構造ごと持ってく気か』


マスター、にへら、と笑う。


「うん」


即答。

一拍。


「そぉーれ!」


ぐいっ。

引く――ように見えて。

違う。


支点をずらす。

空白体が“踏んでいる側”の座標を、ずらす。


『――っ』


一瞬、体勢が浮く。

踏み込み直す。


が、

その“直そうとした動き”ごと――

利用される。


くるり、と。

“内側”と“外側”が、反転する。

白い空間が、ぐにゃりと歪む。


上下も前後も消えて、

位置だけが入れ替わる。

空白体の視界が、裏返る。


一瞬だけ――“白”が残る。

ノイズみたいに、消えきらない。



■ 外側


す、と。

マスターの体が、姿勢を変える。

焦点が切り替わる。


視線が、すっと足元に落ちる。

まだ、“内側の白”が薄く残っている。

動かない。


一拍。


「……入力と出力が噛み合わない」


空気が締まる。

空白体、外に出る。

ほんの一瞬、バランスを取り直す。


内側から、声。


『うわ、押し出された』


軽い。

楽しそう。

空白体、眉をひそめる。


「……押し出された、じゃないだろ」


一拍。

手を見る。

さっき“掴み返した”感触が、まだ残っている。


「……利用された、か」


視線が、わずかに泳ぐ。

――“内側”の感触が、まだ抜けていない。


内側から、くすっと笑い。


『ナイス反応だったよ』


空白体、ため息。


「褒めてる場合か」


でも。

口元が、ほんの少しだけ歪む。


「……何やってんだ、お前」

『いやぁ、試してみたらいけた』


くすくす。


『こっちの方が楽そうだったし?』


「今の何!?入れ替わった!?」

「主導権の強制転位……興味深いですね」


空白体、小さく息を吐く。


「勝手に決めるな」


でも。

手の感触が、残っている。


“掴まれた側”の記憶。


一度、瞬きをする。

“焦点”が、現実に合う。


周囲を見渡す。

状況を一瞬で把握。


「三日間の雑務処理、か」


「いやいやいや、雑務って言った今!?」

「日常を雑務扱いはやめてください」


空白体、ちらりと二人を見る。


「うるさいねぇ」


一言で圧。

……のはずが。

視線が、ほんのわずかに下へ落ちる。



さっきまでの

ポンコツで柔らかい存在と


今の

無駄のない、研ぎ澄まされた存在


同じ“マスター”。


でも、

まるで別人。



ファニー、ふと目を細める。

視線が――下に落ちる。


「……ねえ」


空白体、反応しない。


「マスター」


呼びかけ。 視線は逸らさない。


「……それ」


シエルも、同じ位置を見る。


沈黙。


そこにあるのは――

胸元いっぱいに主張する、白地の文字。

“You Know Me”

しかも微妙にポップなフォント。


鋭い視線。

張り詰めた空気。

無駄のない立ち姿。

――の、中心にそれ。


ファニー、口元を押さえる。


「……ふっ」


シエル、ほんの一瞬だけ目を逸らす。


「……認識阻害を起こしそうですね」



空白体、ゆっくり視線を落とす。

自分の胸元を見る。

沈黙。


さらに一拍。


「……」


無言。

ほんのわずかに、眉が寄る。


「……これか」


低く。


「……誰だよ、ぼくを知ってるやつは」


『似合ってるよ』


即座に内側から追撃。

空白体、目を閉じる。


「……チッ」


顔を上げる。

何事もなかったように。


「で」


一拍。

呼吸を整える。


「次、何すればいい」


ファニー、耐えきれない。


「いや無理でしょそのまま進めるの!?」


シエル、淡々と。


「視覚情報のノイズが強すぎます」



空白体、立ち上がる。


背筋。重心。視線。

すべてが“正しい位置”。


フローリングも、段差も――

一切、引っかからない。


「チート来た」

「ええ。完全制御型です」


静か。


隙がない。

――ように、見える。


だからこそ。

シエルの視線が、止まる。


「……これは」

「なに?」

「呼吸が浅い」


空白体、指先を軽く握る。

わずかに――力が入っている。

すぐに緩む。

誰も気づかないレベル。


歩く。

スッ。

完璧な軌道。


だが――

一歩ごとに“調整”している。

毎瞬、“正解に修正し続けている”。


「最適化ではなく、過剰制御」

「あー……」


空白体、ちらりと二人を見る。


「……何だい」


「別に〜?」

「いえ、問題ありません」


「……なら」


一歩、間合いを詰める。


「遊ぼうか」


「え?」

「……遊ぶ、とは」


空白体、テーブルの上に視線を落とす。


そこにある、一本のペン。

指で、軽く弾く。 コト。

――転がる。


「これ」


一拍。


「取った方が勝ちでいい」


沈黙。


「……シンプルすぎない?」

「ですが、十分です」


ファニー、ニヤッと笑う。


「いいよ」


一歩前へ。


「後悔しないでよ?」


シエルも並ぶ。


「精度確認には最適ですね」


「……そうか」



テーブル。 中央に、ペン。


三人。 距離を取る。


静止。

空気が張る。


「合図は?」


「ないよ」


一瞬。


「は?」


次の瞬間――

三人、同時に動く。


速い。

だが――


空白体、最短距離。

無駄ゼロで手を伸ばす。


ファニー、横から差し込む。

軌道をズラす。


シエル、さらに外から。

角度で“出口”を塞ぐ。


カツン。

跳ねる。


空白体、追う。

だが。

一瞬。

着地が“重い”。


シエル、目を細める。


「……やはり」


「来たね」


ファニー、わざとタイミングを遅らせる。

フェイント。


空白体、

反応――


一拍、


遅れる。

ペンを掴み損ねる。


「……チッ」


目だけが、ペンの軌道を追う。


「……今の、ズレたな」


無言で修正。 だが、完璧ではない。


シエル、静かに踏み込む。

指先だけで、ペンに触れる。


止める。

だが――取らない。


「これは」


一拍。


「“速さ”ではありません」


空白体、視線を向ける。


「“合わせ続けている”」


沈黙。


空白体の目が、わずかに鋭くなる。

ほんの一瞬だけ、視線が止まる。


「……見てるな」


ファニー、くすっと笑う。


「ねえそれ、無理してない?」

「してない」


即答。


ペンが、わずかに震える。

次の瞬間。


ファニー、弾く。

ペンが、空中に浮く。


三人、同時に手を伸ばす。


だが今度は――

空白体、ほんの少しだけ遅い。


シエルが取る。

カチッ。

静止。


シエル、ペンを軽く掲げる。


「一手、頂きました」


空白体、息を吐く。

少しだけ長い。


「ほら出た」

「限界が近いですね」


空白体、肩の力を抜く。

その瞬間。

動きが、少しだけ“人間になる”。


「……仕方ないだろ」


ぽつり。


「この身体、慣れてない」


「はい出ました本音!」

「予測通りです」


空白体、眉を寄せる。


「未来のぼくは、もっとマシだ」


一拍。


「今のは……過渡期だ」


空気が、少しだけ軽くなる。


「じゃあさ」


にやっと笑う。


「その過渡期で遊ぼうよ」

「制御訓練も兼ねられます」


空白体、少し考えて――

ふっと笑う。

今度は、さっきより自然。


「……いいだろ。もう一回だ」


「いいよ」

「次は崩します」


ペンが、再びテーブルの上に置かれる。

三人、向き合う。


今度は――

“完璧”じゃない前提で。


「ラウンド2いくよ」


「今度は崩します」


「やってみろ」


軽やかな足音が、三つ。

“完璧じゃない強さ”が、ここから始まる。


空白体、肩の力を抜いた状態。

さっきまでの“張り詰めた完璧”が、少しほどけている。


「……来い」


「いくよ」


踏み込み。

今度は――

空白体、普通に回避する。


無駄はある。だが自然。


「……良いですね」


一歩。

空白体、踏み出す。


――床。

ほんのわずかに、引っかかる。


「……くっ」


止まる。

沈黙。


「……あれ?」

「今」


「……っ」


足裏を、わずかに擦る。


「……問題ない」


即座に歩き直す。

今度は完璧。


だが。

無言。

完璧な一歩。


次の一歩――


ゴン。


「……」

「……いたっ」


止まる。


ほんの一瞬だけ、

“次の最適解が見つからない顔”が浮かぶ。

次の瞬間には消える。


ファニー、口元を押さえる。


「……ふっ」


シエル、視線を逸らす。


「……く」


視線を逸らす。

一拍、遅れる。


「……笑わないで欲しいねぇ」


低い声。


「いや無理でしょそれは」

「回避不能です」


空白体、苛立ったように歩く。

今度は速い。

速すぎる。


――敷居。

……当たる。


一瞬、静止。


「……あっ」


ぐらっ。


手をついて、ギリ耐える。

完全に“人間”。


「はい来たぁぁ!!」

「急激に低下しましたね」


空白体、ゆっくり立ち上がる。

無言。

耳が、ほんのり赤い。


「……うるさいよ」


歩く。

慎重に。


一歩。

二歩。


――何も起きない。


空白体、ほんの一瞬だけ安堵する。


三歩目――


ズルッ。

盛大に滑る。


そのまま――

ズシャー。

完全沈黙。


空白体、うつ伏せ。


「……」


起きない。

呼吸だけが、わずかに荒い。

動かない。

数秒。


「……生きてる?」

「反応がありませんね」


一拍。


空白体、ぼそり。


「……死んだかもしれない」


「勝手に殺すな」


ゆっくり、起きる。

髪を払う。

何事もなかったように。


床を、無言で睨む。


「……今のは、床が悪い」


――言い切った。


「出た責任転嫁!!」

「環境要因に分類しましたか」


空白体、無言で歩き出す。

今度はゆっくり。

慎重。


角を曲がる。

勢いが足りない。


――ゴン。

壁に額ヒット。


「……うっ!」


「はい確定、ポンコツ美女2号誕生でーす」

「個体差はありますが、傾向は一致しています」


「……くっ!」


無言。

だが――

ほんの少しだけ、涙目


空白体、ぽつり。


「……めんどくさいな、これ」


「でしょ?」

「ようこそこちら側へ」

『いらっしゃ~い』


空白体、深く息を吐く。

さっきまでの“完全制御”はもうない。


「……三日、これか」


「うん」

「はい」


沈黙。


目を閉じる。

呼吸が、ひとつ深くなる。


二人のマスター。


片方は慣れてないポンコツ。

もう片方は慣れてるはずのポンコツ。


「最悪のシナジーだねこれ」

「観測価値は非常に高いです」


空白体、ぼそり。


「……帰りたい」 

『やだ』


一拍。


「……」

『だってさぁ』


少しだけ、間延びした声。


『せっかく“外”出れたのに、すぐ引っ込むのもったいないじゃん?』


空白体、眉を寄せる。


「……遊び感覚か」

『ちがうちがう』


くすっと笑う気配。


『休憩だよ』


少しだけ、笑っている気配。

でもその奥に、

ほんのわずかな“疲れ”が滲む。


一拍。


『ずっと張ってるとさぁ、壊れるでしょ?』


『……経験談だけどね』


――その声は、軽いのに。

どこかで一度、同じ場所まで行った人間の声だった。


ほんの少しだけ、声音が柔らかくなる。


『だから――ちょっとくらい、抜いていいんだよ』


沈黙。


空白体、視線を落とす。


「……ふん」


小さく息を吐く。


「……お前は、甘いな」

『そう?』


少しだけ嬉しそうに。


『でもさ』


一拍。


『それで上手く回ってるなら、正解じゃない?』


空白体、何も言わない。

でも――

さっきより、ほんの少しだけ力が抜けている。


「……今の」

「ええ。“緩和”ですね」


フローリングの上。

また一つ、軽い衝突音。


コツン。

またどこかにぶつかる音。


空白体、額を押さえて無言。

さっきまでの鋭さは影を潜め、完全に“扱いづらい身体”に苦戦中。


「……っ」


ほんの少し、目を閉じる。

その奥から。


『いたそうだねぇ』

「……黙れ」

『だって今のは痛いでしょ』


くすくす笑う気配。


『ほら、ちょっと貸して』


一瞬。


重心が、ふっと軽くなる。

足裏に“馴染む感覚”が戻る。


一歩。

今度は、自然に歩ける。


「……」

『ね?』


少し得意げに。


『こういうのは、“任せた方が楽”なんだよ』


空白体、目を細める。


「……分担か」

『そうそう』


軽い声。


『全部やろうとするから、しんどいの』


一拍。


足裏に、“自分じゃない安定”が戻る。

重さが、半分になる。


「……なるほど」

「中で役割分担してる?」


その時。

襖が――

バンッ!!

勢いよく開く。


「出来ましたーーー!!」


両手に、妙に発光してる装置。

ドヤ顔。


「元に戻る装置が完成いたしました!」


一瞬。

空気が止まる。


「はやっ!」

「三日と言っていましたが」


「二日で仕上げました!天才ですので!」

『……ほんと!?やっと元の身体に戻れる…!』


希望の光。

空白体、無言でそちらを見る。

ほんの少しだけ――

安堵。


カノン、首を傾げる。


「……?」


じーっと見る。

マスターを見る。

もう一度、見る。


「……あれ?」


一歩近づく。


「マスター、雰囲気が……」


さらに近づく。

ガン見。


「違くないですか?」


沈黙。


「気づいた」

「時間の問題でした」


『あ、やばっ』


カノンの目が、カッと見開く。

理解。

接続。

確信。


「もしや――」


一拍。


全力で。


「空 白 体 で す か!!!」


襖がびりっと震える。

近所迷惑レベルで響く。


全員「声デカい!!」


空白体、顔をしかめる。


「……うるさい」


カノン、テンション急上昇。


「え、え、え!?本物です!?未来個体!?」


ぐるぐる回る。


「データ!サンプル!観測!採取!!」


「落ち着け研究者!!」


「距離を取りなさい」


カノン、ずいっと詰め寄る。

空白体の顔を覗き込む。


「なるほど……制御の揺らぎ……過渡期……」


手を伸ばす。

触ろうとする。


「ぼくに触るな」


一言。

ピタッと止まる。


「はい!」


即停止。


シエル、一歩前へ。


「説明します」

「お願いします!」


「現マスター(女性化個体)が日常適応に苦戦中」


指差し。


『苦戦中です……』


「それを見かねた未来個体——」


空白体を見る。


「が、“押し付けられた”形で出現」

「……否定しない」

「ただし」


一拍。


「完全制御は維持できていない」

「つまり?」


「どっちもポンコツです」


全員「なるほど」


カノン、顎に手。

真剣な顔。


「……最高ですっ!」

「何が!?」

「どこがですか」


カノン、ビシッと指を立てる。


「比較対象が同時に存在することで!」

「制御と適応の差分データが取れるのです!!」


「……ぼく、帰っていいよねぇ?」

『同意見だねぇ……』


カノン、にこり。

装置を掲げる。


「ですがご安心を!」

「この装置で――元に戻せます!」


希望。

光。


「やっとか」

「長かったですね」


「ただし!」


全員「ただし?」


「調整が必要なので――」


にっこり。


「あと少しだけ実験させてください!」


沈黙。


目を閉じる。

呼吸が、ひとつ深くなる。


「……帰りたい」


『……やっぱりかぁ』


「延長戦入りまーす」


「想定内です」


フローリングの上。

ポンコツ×2。

研究者×1。

観測者×2。


「ではまず歩行データから——」


「断る」


『断りたいねぇ……』


コツン。

またどこかにぶつかる音。


一拍。


誰も、もう驚かない。


「はい記録更新」


シエルが当然のように言う。


「八回目です」


――ただし、さっきよりは少しだけ上手くなっている。

誰も言わないけど、ちゃんと前進している。



境界堂。

今日も、騒がしい。


“ひとりで完璧より、ふたりで不完全の方が、ずっと進む”



マスター「身体に煩わされないの楽ちんだねぇ」

空白体「……お前のプリンを食ってやる」

マスター「なんだって!?」

ファニー「最低の報復きた」

シエル「最も効率的な精神攻撃です」

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