表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/69

6 ポンコツ✕1:最強、生活に敗北する


■ 1日目:境界堂内


朝。

いつもの事務所。

湯気の立つカップが、静かに机を温めている。

——平和、のはず。

少なくとも、この瞬間までは。


マスター、鏡の前で固まっている。


「……髪、どうすればいいんだろうねぇ」


背中を流れる榛色。

完全に扱いきれていない。


「はい任せて。今日は“まとめる日”」


後ろに回る。

指先が器用に動く。


する、する、と三つ編み。


「おおー……」


軽く頭を振る。

髪がさらりと流れる。


「……いける気がしてきた」


「はいそれ死亡フラグ」


「実用性重視で良い判断です」


マスターは頷く。


「姉にそっくりだねぇ」


「マスターお姉さんいたの!?」


マスター、少しだけ考える。


「……いた、というか」


言いかけて、やめる。


「また今度ねぇ」


シエル、わずかに視線を細める。


「え、なにその“今は言わないやつ”」


「三日あるしね」


「では次。歩行です」


「そんな大げさだよ」


今度は、成功する。

静かに、綺麗に着地。


「お?いける?」


「……油断しないで下さい」


「ね?大丈夫…」


二歩目。

……問題なし。


三歩目。

何も無い。

本当に、何も無い場所で——


つまづく。


シエル、即座に手を差し出す。


「こちらへ」


軽く手を引く。


「……お世話になります」


「完全に介護なんだけど」




テーブル。

湯気。

黒い液体。


マスター、カップを持つ。

ふう、と息を吹きかける。


慎重に、慎重に——


一口。

成功。


「……よし」


二口目。

少し油断して、温度を見誤る。


「あちっ!」


「猫舌です」


「知ってるよぉ……!」


三口目。

今度はしっかり冷ます。

完璧。


「いけるねぇ」


四口目。

——なぜか急に勢いがつく。


「あっつ!!?」


「学習がリセットされています」


「なんでぇ!?」


マスター、涙目でカップを見つめる。


「僕、猫舌なのに……」


ちょっと拗ねた顔。


一拍。


「……でも、美味しいねぇ」



マスター総論。


「できることは増えたのに、できないことも増えてるねぇ」


「戦闘より消耗してるでしょこれ」


「日常は高難度です。ですが、適応は可能です」


「否定できない……」


マスター、コーヒーを置く。


カップが、すとん、と止まる。

——まるで最初から“そこに置かれる位置だった”みたいに。


「今の何」


「……最適化ですね」


「……便利だねぇ」


「いやそれ“生活チート”なんだけど」


「制御できていないので、ただの事故です」


「ひどい」




夜。

布団。


マスター、横になる。

髪が広がる。


「……もさもさする」


「切る?」


「怒られそう」


「合理的ではありません」


沈黙。


「……でも」


一拍。


「ちょっと、悪くないかもねぇ」


風。

静かに一日が終わる。



■ 2日目:商店街・怪異討伐


昼。賑やかな商店街。


タクシーがゆっくり停まる。


「到着です」


ドアが開く。


マスター、慎重に——

かがむ。角度を確認。


「来た、“頭上判定”」


すっと、降りる。成功。


「クリアです」


「ふふ、学習したねぇ」


一歩。二歩。

——三歩目で何も無いところに軽くつまずく。


「あっ」


「足元ガバァ!!」


「気をつけて下さい」


「境界堂さん、こっちこっち!」


依頼主が手を振る。


影が歪む。

看板の文字がズレる。


小規模な“認識攪乱型”。


「軽度です」


マスター、一歩前へ。


「そこ、戻って」


一言。

——怪異消滅。


一秒。


「……干渉時間、一秒未満」


「はい終了〜!」


依頼主「え、もう!?」


マスターは微笑み。

帰ろうとして——

暖簾に顔から突っ込む。


「あわっ!」


「だ、大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫です」


店から出る。

歩き出して電柱に正面衝突。


「…だいじょうぶ、です」


「ええ…?」



通行人たちの視線。


歩道の人々の視線が、ふっと集まる。

——榛色の長い髪。

——白のノースリーブタートルネック。

——タイトなロングスカート。

完璧なシルエット。


通行人A(小声)「……綺麗」

通行人B「モデル?」

通行人C「やば……」


「……だ、大丈夫……」


強がって歩き出す。


一歩。二歩。

ちょっとだけ、安定する。


「お、立て直し——」


コツン。

3歩目。

縁石に軽くつまずく。


「……まだまだっ!」


通行人A「……あれ?」

通行人B「さっきの人だよね……?」


「連鎖コンボ入ったぁ!!」


「回避スキルが未実装です」

「なお初期装備の可能性が高いですね」



自販機が目に入る。


「飲み物買おう」


マスター、小銭を入れてボタンを押す。

ガコン。


取り出し口に手を入れて——

ガチッ。


「えっ!!??」


挟まる。


「……あ、あれ……抜けない……」


通行人C「……え?」

通行人D「嘘でしょ……」


「ちょ、ちょっと!こうやって——」


ガチャガチャ。

スポン。


「……ファニーありがとう……」


ちょっと涙目。



さっきまでの“憧れの視線”が——


ざわざわ。


「綺麗だけど……」

「なんか……」

「大丈夫かな……?」


憧れが、揺れる。

完璧だと思った像に、ひびが入る。


——でも、その隙間に入り込む感情は、嫌悪じゃない。


むしろ、少しだけ。

手を伸ばしたくなる種類のものだ。


マスター、小さくため息。


「……なんでこうなるのかな……」


「一度戻りましょう。これ以上は被害が増えます」


「主にマスターの」


「否定できないねぇ……」


タクシーの前。


マスター、一呼吸。


「……よし」


ドアを開ける。

今度は——しっかりかがむ。


「いいよいいよ」


頭、クリア。


「上部安全です」


そのまま乗り込もうとして——

裾を踏む。

ぐらっ。


「わっ——」


シエル、即座に支える。


「足元注意です」


「……シエルありがとう」


通行人たち「……」


一拍。


くすっ。

優しい笑い。




■ 車内


ドアが閉まる。

静か。


マスター、ぽつり。


「……強いのに……」


「うん」


「はい」


「……なんで日常が弱いんだろう……」


「仕様だね」


「仕様です」


一拍。


「ただし——」


窓の外を見る。


「“嫌われてはいない”ようです」


車が走り出す。


窓の外。

さっきの通行人が、手を振る。


ちょっと心配そうに。

でも、少し笑っている。


マスター、それに気づいて——

小さく手を振り返す。


今度は、ぶつからない。


「よし、今日は“プラマイゼロ”ってことで」


——壊さずに終われた日、という意味で。

少なくとも、世界は。


「むしろプラスです。印象に残りましたから」


「……それ、いい意味かい?」


ファニー&シエル「……半々」





マスター「ドジっ子愛されキャラ爆誕!」「……はぁ」(重い溜息)

ファニー「落ち込んでる」

シエル「珍しいですね。通常は開き直ります」

マスター「だってさぁ……」「せっかく美女になったのに、これじゃドジっ子属性のせいでハーレム作れないじゃない」

ファニー「違う方向の落胆だった!?」

シエル「欲望があったのですね」

マスター「あれ?でも男に囲まれても嬉しくないねぇ?」「じゃあいっか」

ファニー「勝手に落ち込んで、勝手に復活した」

シエル「安定していますね」

マスター「褒めてる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ