4 勿忘草の丘、その選択
昼下がり。
南の島。
藤堂の簡素な家。
障子から光。湯気。静かな時間。
カイリとリオは、少し離れた位置で“観察”している。
中からは、笑い声と軽口。
妙に柔らかい空気。
「……なんか、思ってたのと違う」
「もっとこう、仕事人って感じかと思ってたけどな」
戸が開く。
藤堂が出てくる。
気づいていた顔だ。
「——見ているだけか?」
「……バレてた」
「そりゃそうか」
藤堂、軽く肩をすくめる。
「依頼、だろう?」
「……うん。でも」
「ここでいいのか、って」
一瞬の間。
藤堂は、家の中をちらりと見る。
ファニーの笑い声。
シエルの落ち着いたツッコミ。
そして——マスターの、ゆるい声。
「私“だけ”では対処できない」
きっぱり。
言い訳でも、誤魔化しでもない。
「だから回す。適材適所だ」
「……逃げじゃないのか?」
「違う」
間髪入れず。
「逃げるなら、最初から受けない」
リオ、じっと見る。
「ここは——“終わらせ方”を知っている場所だ」
一拍。
「実際に、それを見ている」
「終わらせ方……」
「壊すだけじゃない。残すべきものを、残す」
少しだけ、笑う。
「お前たちの案件は、そっちだろう?」
沈黙。
「……うん」
「……そうだ」
藤堂、背を向ける。
「中に入れ。話は通してある」
一歩だけ振り返る。
「大丈夫そうだ、と——私は判断した」
リオとカイリ、目を合わせる。
「……うん、大丈夫そう」
「だな」
カイリとリオ。
入ってから、ずっと喋っていない。
カイリは壁にもたれ、腕を組み。
リオは少し後ろ、静かに立つ。
視線だけが動いている。
マスターの所作
ファニーの間合い
シエルの視線
全部、見ている。
“無駄がどこに出るか”を。
ファニー(小声)
「ねえ、あの子たちずっと見てない?」
シエル(小声)
「ええ。“測って”います」
マスター、いつも通りコーヒーを傾ける。
「で、どうかな」
カイリ、即答しない。
一度、リオを見る。
リオ、小さく頷く。
「……うん」
一拍。
「合格ラインは超えてる」
「問題ありません」
「何その“審査通過しました”みたいなやつ!?」
「評価されましたね」
藤堂、短く。
「そういうことだ」
■双子の屋敷
空気が変わる。
広い洋風の屋敷。
静かすぎる廊下。
音が吸われる。
重い扉が開く。
迎えるのは、爺や。
背筋は伸びているが、どこか張り詰めている。
「……ようこそお越しくださいました」
深く一礼。
ファニー(小声)
「うわ、プロ」
シエル(小声)
「“仕える者”の完成形ですね」
マスター、柔らかく返す。
「こちらこそ。話は聞いているよ」
爺や、少しだけ視線を上げる。
その目は——
“依頼人”と“守るべき子供”の間で揺れている。
指先が、わずかに強く組まれる。
「……本来ならば、このような形で外部に頼ることは——」
言い淀む。
「爺や」
「いいよ、もう」
二人の声で、爺やの言葉が止まる。
「限界だったんでしょ?」
「だから出した。それでいい」
爺や、目を閉じる。
ほんの一瞬だけ、年齢が滲む。
「……お見苦しいところを」
マスター、首を横に振る。
「いいや。正しい判断だと思う」
「内側からは解けない構造でした」
「むしろよくここまで保ったよね」
爺や、深く息を吐く。
「改めて——お願い申し上げます」
姿勢を正し、言葉を整える。
「この家に巣食う“歪み”の解決を」
静寂。
マスター、少しだけ視線を双子へ向ける。
「依頼主は、誰にする?」
穏やかに。
だが、逃がさない問い。
カイリとリオ、一瞬だけ迷って——
「……オレたちだ」
「うん。これは、私たちの問題」
爺や、驚いたように目を開く。
「坊ちゃん、お嬢様——」
「任せっぱなしにはしない」
「“継ぐかどうか”も含めて、オレたちが決める」
爺やの手が、わずかに震える。
だが——
ゆっくり、頷く。
「……承知いたしました」
その声は、今までで一番静かで、強い。
「では——当家の依頼としてではなく」
一拍。
「お二人の依頼として、お受けください」
マスター、にこりと笑う。
「了解」
その瞬間。
バンッ
扉が開く。
足音。
複数。
迷いのない歩き方。
入ってきたのは、
双子の両親と、数名の親族。
視線が冷たい。
「お前たちが境界堂か。話は聞いている」
空気が変わる。
「依頼の報酬は出す」
一拍。
「出された分は働け」
ファニー(小声)
「うわぁ…」
シエル(小声)
「対価で縛るタイプですね」
父親の視線が、双子へ向く。
「カイリ、リオ」
声色が変わる。
「そんな下らない所に居ないで」
一歩、近づく。
「早く帰って来なさい」
母親はさらに一言。
「あなた達には、やる事があるのです」
「それ以外は必要ありません」
その目。
“人”ではなく
“道具”を見る目。
“完成品かどうか”を測る目。
沈黙。
カイリとリオ。
同時に、姿勢を正す。
視線が固定される。
「……畏まりました」
一拍。
「お父様、お母様」
その声は、
さっきまでとは別物。
感情が削ぎ落ちている。
そうする“訓練”を受けてきた動き。
ファニー(小声)
「いや普段とのギャップエグくない?」
シエル(小声)
「ええ。“役割”を選択しています」
そのまま、数秒。
マスター、何も言わない。
ただ、見る。
“選ばされた反応”と
“選んだ反応”の違いを。
静かに、線引きするように。
藤堂も、何も言わない。
だが、
ほんの少しだけ、
視線が鋭くなる。
親族側は満足したように頷く。
「では、任せる」
去っていく。
扉が閉まる。
静寂。
数秒後。
カイリ、ふっと息を吐く。
「……で?」
リオ、いつもの声に戻る。
「どうします?」
「戻るの早っ!?」
「切り替えが極端ですね」
カイリ、ニヤッと笑う。
「行くに決まってんだろ」
「ええ。“こっち”の方が都合が良いです」
藤堂、小さく息を吐く。
「……勝手にしろ」
マスター、微笑む。
「いいねぇ」
爺や、最後に一歩だけ近づく。
小声で。
「……どうか、お二人を」
「うん」
短く、しかし確かに。
「じゃあ、行こっか」
一拍。
「終わらせに」
……
…
勿忘草の丘。
風。
青。
静けさ。
一歩、踏み入れる。
その瞬間。
足音。
ワンテンポ遅れて聞こえる。
ファニーが違和感を感じる。
「……ん?」
リオが歩く。
一瞬だけ、
“位置がズレる”
シエル、即座に気づく。
「……今、ずれました」
「なあ」
振り返る。
「ここ、来たことなかったよな?」
沈黙。
全員、
“一瞬だけ自信が持てない”
マスター、静かに言う。
「……なるほど」
少しだけ、目を細める。
「これは、“場所”だねぇ」
風が吹く。
青が揺れる。
現実が、ほんの少しだけズレ始める。
「うわ、始まった」
「ええ。ここからです」
霧が、薄く、薄くほどける。
足元の草は“勿忘草”のはずなのに、踏むたびに色が遅れて変わる。
青が、半拍遅れて、青になる。
「……ねえ、今の見た?」
「ええ。“今”と“直前”が重なっている」
視界の端で、誰かが歩く。
いや、“歩いた記憶”が再生されている。
——若い男女。
祖父と祖母の、まだ“家”になる前の姿。
笑っている。
でも、その笑顔が一瞬だけ、今の顔に“上書き”される。
さらに——
爺やの姿。
若い。背筋が伸びている。声も少し高い。
『坊ちゃん、お嬢様。どうかご無事で』
「……お二人とも、どうか——」
声がズレて、二重に響く。
空間の中心。
古い屋敷の“核”が、丘の中に埋まるように存在している。
木と石と記憶で出来た、歪な心臓。
その前に立つ、カイリとリオ。
「……これが、うちの“中身”か」
「思ったより……綺麗じゃないね」
核が脈打つたび、
祖父の決断。
祖母の願い。
爺やの覚悟が。
断片的に流れ込む。
“家を守れ”
“血を絶やすな”
“役目を果たせ”
でも——その中に、微かに混じる。
“自由に生きてほしい”
矛盾した願いが、絡まり合っている。
「……強制と願いが、同時に固定されています」
「だからバグってんのか。どっちも“正しい”から上書きできないやつ」
カイリ、静かに笑う。
「じゃあ、選べばいいだけだ」
「うん。“継ぐ”って、命令じゃなくて——選択でしょ?」
二人、同時に手を伸ばす。
核に触れた瞬間——
ズレが止まる。
過去の声が、一つに収束する。
「——任せる」
静かに、確かに。
家は、“命令”から“託し”に変わる。
怪異の本体——
記憶の歪みが、形を保てなくなる。
輪郭が揺らぎ、崩壊を始める。
「はい、解散解散〜。原因解決っと」
「念のため固定だけ——」
止まる。
少しだけ、間を置く。
「ここは、穏やかに終わる」
空間が静まる。
音が、ひとつ消える。
ズレが収束し、丘は“ただの丘”へ戻っていく。
藤堂、小さく息を吐く。
「……過不足がない」
——ほぼ、終わり。
“何もなかった場所”に、戻る。
「……ふふふ」
「出たよその顔」
「嫌な予感しかしません」
カノン、なぜか一歩前へ。
「最終安全確認です!!」
「状況最適解装置の初お披露目です!」
装置、展開。
バチバチバチッ!!
「いや、それ今いらな——」
「おりゃーーーーーっ!!!!」
マスターに直撃。
一拍。
二拍。
沈黙。
ふわり、と。
髪が、ほどけるように伸びる。
榛色が流れ、腰まで落ちる。
骨格が、音もなく組み替わる。
肩が細く、腰がくびれ、重心が変わる。
服が、勝手に“最適化”される。
白のノースリーブタートルネック。
体に沿うタイトなロングスカート。
完全に——別人。
なのに、“中身はそのまま”だと分かる。
ファニー「……は?」
シエル「…………は?」
カノン「……あれ?」
「……うん?」
一歩、踏み出す。
バランスがズレる。
コツン。
近くの石に、つま先をぶつける。
「いっっっ!!??」
しゃがみ込む。即。
悶絶。
「ちょっ、いきなりポンコツ化してる!!」
「重心と歩幅が合っていない……!」
「え、えーと……成功、です?」
「どこがだよ!!!」
騒ぐ境界堂メンバーを横目で見る双子。
「……すごいね、境界堂」
「うん。“方向性が”すごい」
「とりあえず」
「帰ろう。これは外に出しちゃダメなやつ」
マスター、まだ足を押さえている。
「……カノンさん?」
「は、はい!」
にっこり。異様に明るい。
「あとで詳しく聞こうか」
「ヒッ」
丘が静まった、そのあと。
風だけが残る。
――のに。
“残り”のように、それは現れた。
「……ここ、さっきまで無かったよね」
「いや、“見えてなかった”だけだ」
“終わったから、出てきた”
「はい来ました、宝探しイベント」
「地層の歪み。掘れば出ますね」
適当な板で土を払う。 すぐに、硬い感触。
コツン。
木箱。
古びているのに、壊れていない。
まるで“触れられるのを待っていた”みたいに。
「……なるほどねぇ」
ゆっくり、蓋を開ける。
中には――
古い写真と手紙
ファニー、写真を拾う。
沈黙。
「……いやちょっと待って」
一拍。
「思い出、パワー系すぎない?」
「情緒が筋力で解決されてる」
写真。
若い祖母。
——薙刀で花を刈っている。
若い祖父、後ろで止めている。
「…ああ、懐かしい写真が出てきましたね」
「合理的ではあります。増殖対策としては」
「楽しそうだねぇ」
リオ、手紙を開く。
ほんの一瞬、ためらう。
「……読めよ」
目は逸らしたまま。
「……うん」
静かに、読み上げる。
『カイリ、リオへ
もし、これを見つけたなら——
私たちはきっと、うまくやれなかったのだと思う』
「うわ直球」
「誤魔化しがありませんね」
『家を守ることと、あなたたちの人生を守ること。
どちらも選びたくて、どちらも歪めてしまった』
風が揺れる。
『だから——
継ぐかどうかは、あなたたちが決めなさい』
リオの手が、わずかに震える。
『ただ一つだけ。
“選んだこと”からは、逃げないで』
一拍。
最後の一文。
『ここに、全部置いてきた』
少しだけ、インクが滲んでいる。
『——これが、私たちの財宝だ』
風が、止む。
沈黙。
風だけが、花を揺らす。
誰も、すぐには言葉を選ばない。
カイリが、ゆっくり息を吐く。
「……十分だろ」
「うん。これで、言える」
手紙を閉じる。
その下に、もう一枚。
小さな追伸。
リオ、少しだけ苦笑して読む。
『追伸
この花、放っておくと増えすぎる
適度に刈りなさい』
「現実強いなぁ!?」
「維持管理までセットですか」
「愛だねぇ」
藤堂。
「……形は違うが」
一拍。
「確かに、“残している”な」
「……受け取れる形で、置いていったか」
丘の上。
風。 静けさ。 青、一面。
ファニー、足元を見て。
「これ、“勿忘草”だよ」
少しだけ振り返る。
「意味、知ってる?」
シエル、静かに答える。
「“私を忘れないで”」
風が吹く。
青が揺れる。
――少しだけ、長く。
カイリとリオ、並んで立つ。
「……これが財宝?」
「……よく分かんない」
率直。
マスター、少しだけ笑う。
「いいんじゃない?」
一拍。
「わからなくても、選んだならそれでいい。価値は、あとからついてくる」
「選ばなかったものには、つかないけどね」
シエル、一歩前に出る。
「これは“財宝”です」
断定。
「誰かにとっては、ね」
相対化。
沈黙。
風だけが流れる。
しばらくして。
リオ、小さく言う。
「……もう一回、見てもいい?」
カイリ、少しだけ視線を逸らして。
「……別にいいけど」
ほんのわずか。 変化。
理解じゃない。 でも、確かに“残った”。
カノン、花を見ながら本気で考え始める。
「これ、半永久的に保存できますよ?」
「劣化なしで」
全員「やめろ」
……
…
屋敷。
重い扉。
開いた瞬間、空気が変わる。
温度が、わずかに下がる。
「……随分と遅かったな」
「無駄な寄り道でもしていたのかしら」
ファニー(小声)
「うわ出た」
シエル(小声)
「圧が均一すぎますね」
「量産型の威圧です」
カイリとリオ、一歩前へ。
今度は、 “従う顔”じゃない。
「依頼は受けた。そして、終わらせた」
「結果は、ここにある」
ざわり。
「……勝手なことを」
「誰の許可で——」
リオ、遮る。
「“選びました”」
一歩も引かない。
空気が切れる。
「継ぐよ。この家も、役目も」
「だからこそ、選ぶ」
「でも、“やらされる形”ではやらない」
静かに。
「自分たちで決めて、自分たちでやる」
沈黙。
数秒。
「……ふん」
一拍。
「ならばやってみるがいい!」
母も続く。
「まあ!親に歯向かうなんて!」
「……ああ、そうする」
「考え方まで縛られる理由はない」
振り返る。
その顔はもう、 “役割”ではない。
爺や、深く頭を下げる。
「……ありがとうございました」
頭が、少しだけ長く下がる。
「報酬タイムです!」
「ブレないねほんと」
「重要事項です」
マスター、少しだけ体重をずらす。
カツン。
段差に引っかかる。
「とっ……!」
踏み直す。失敗。
「まだ慣れてない!」
「重心ズレ継続中です」
「……大丈夫?」
「今日ずっと危なっかしいよね」
マスター、苦笑して。
「……まぁ、そのうちねぇ」
外。
空気が、軽い。
さっきまでの圧が、嘘みたいに消えている。
「……ねえ」
「ん?」
「ちゃんと選んだね」
確かめるように。
カイリ、少しだけ笑う。
「ああ」
風が吹く。
青が揺れる。
“財宝”は、そこにある。
もう、奪われない形で。
藤堂、少し離れた場所で。
「……選んだか」
一拍。
「その選び方でいい」
マスター「財宝じゃなくて草かぁ」
ファニー「さっき良いこと言ってたよね!?」
シエル「本当に同一人物ですか?」
マスター「いいこと言うのは趣味でねぇ」「本音はこっち」
ファニー「ダメな大人だ!」
シエル「知っていました」
カノン「草、保存します?」
全員「やめろ」




