6 「「なかったことにしよう」」
基本はお昼更新です。
境界堂・夜
静か。
時計の針。
コツ、コツ。
外はもう暗い。
ソファ。
マスターが横になっている。
額に、じんわり汗。
呼吸は少し荒い。
時々、浅くなる。
何かに引き戻されるみたいに。
「……ほんとに大丈夫これ」
シエル
手首に触れる。
脈。
測る。
「発熱していますね」
一拍。
「完全にオーバーロードです」
「オーバー……なに?」
「無茶の結果です」
ファニーは、じっとマスターの顔を見る。
さっきまで、あんなに強かったのに。
今は少しだけ、弱そうに見える。
ファニー
ぽつり。
「……バカだよね」
「ほんと、バカ」
「でもさ」
「助けに来るんだよね、絶対」
でも。
その手は。
そっと。
離れない。
看病開始。
テーブル。
コップ。
水。
「はい、水」
マスター
うっすら目を開ける。
「ん……」
手を上げる。
でも、空振る。
「あーもう!」
無理やり手を掴んで、コップを持たせる。
結果。
こぼれる。
盛大に。
「雑すぎます」
「うるさいな!」
「初めてなんだからしょうがないでしょ!」
マスター
ぼそっと。
「……洪水……」
「誰のせいだと思ってんの!?」
シエル
タオルで拭きながら。
「貸してください」
コップを取り。
ゆっくり。
角度を調整。
「少しずつ飲んでください」
マスター
こく。
こく。
ファニー
じー……
「……なんですか」
「いや、なんかムカつく」
少し静か
水を飲み終える。
マスター。
また目を閉じる。
沈黙。
ファニー
小さく。
「……ねえ」
「はい」
「さっきさ」
目を伏せる。
「怖かった?」
シエル
少し考える。
「……はい」
正直に。
「非常に」
ファニー
笑う。
弱く。
「だよね」
シエル
視線を落とす。
「ですが」
一拍。
「今は、違います」
「え?」
シエル
マスターを見る。
「帰る場所がありますから」
ファニー
一瞬。
止まる。
ゆっくり。
息を吐く。
「……そっか」
小さく笑う。
コップ。
かたん。
少し揺れる。
シエル
「?」
ファニー
「え?」
空気が。
ほんの少し。
歪む。
テーブルの上。
水滴が。
ふわりと浮く。
「……あ」
水滴。
ゆっくり。
ねじれる。
「制御してください」
「してる!!」
水滴。
ぴし。
弾ける。
沈黙。
「……今のなに」
「おそらく、ファニーの感情干渉型の能力強化」
「なにそれカッコよ」
「不安定ですが」
ファニー
ちょっとだけ。
得意げ。
シエル。
メモを取り出す。
「なにしてんの」
「最適な看病手順を構築します」
「そんなのあるの?」
「あります」
即答。
数秒後。
止まる。
「……なんで」
「どしたの」
シエル
小さく。
「正解が、出ません」
「どの選択も」
「最適解にならない」
「え?」
「数値化できない要素が多すぎる」
「この行動が正しい保証がない」
ファニー
じっと見る。
ふっと。
笑う。
「じゃあさ」
マスターの手。
ぎゅっと握る。
「これでいいじゃん」
「……それは」
「なんか」
「離したくないし」
シエル
少しだけ。
目を見開く。
ゆっくり。
視線を落とす。
自分も。
反対側の手を取る。
「……非効率ですが」
一拍。
「悪くありません」
「……んぅ」
二人。
ぴく。
マスター
寝言。
「……境界堂……」
「うん」
「鍵……ちゃんと……」
「施錠済みです」
「世界……入ってくるから……」
沈黙。
「なにそれ怖」
「比喩……ではなさそうですね」
「……プリン……守って……」
「そっち!?」
深夜
静か。
マスターの呼吸。
少し落ち着く。
テーブル。
コップ。
空。
ファニー
じー……
自分の手を見る。
「……さっきの」
「能力の再現ですか」
「うん」
にやり。
「ちょっとだけね?」
「“ちょっと”で済めばいいのですが」
ファニー
手をかざす。
集中。
空気。
わずかに歪む。
テーブルの上。
スプーン。
カタカタ。
「お、きたきた」
ぐに。
空間が曲がる。
スプーン。
ねじれる。
ありえない方向に。
「やめなさい」
「え、まだいける」
次の瞬間。
バキン。
沈黙。
スプーン。
粉砕。
キラキラ。
床へ。
「……あ」
「破壊しましたね」
「いやこれ元から脆かったって!」
「金属です」
シエル
眼鏡を押し上げる。
「俺も確認します」
「やめときなって!!」
シエル
無視。
本棚を見る。
「最適化」
一瞬。
空気が“整理”される。
本。
一斉に。
揃う。
美しく。
完璧に。
「おおー……」
次の瞬間。
ドサドサドサ!!
全部。
落ちる。
本棚。
歪んでる。
「なんで!?」
「構造強度を考慮していませんでした」
「致命的!!」
床。
本まみれ
スプーン粉砕
テーブルちょい歪み
沈黙。
二人。
ゆっくり。
マスターを見る。
寝てる。
ファニー
ひそひそ。
「……隠そ」
スプーンの破片が、カランと転がる。
「賛成です」
ファニー
本を積む。
雑。
シエル
整える。
完璧。
結果。
バランス最悪。
「なんで崩れるの!?」
「あなたが雑に置くからです」
「そっちが完璧すぎるからだろ!!」
「あ、そうだ」
棚。
プリン。
「これで機嫌とる」
「合理的です」
ファニー
一個取る。
手。
滑る。
ぐしゃ。
沈黙。
プリン。
床。
終了。
「……」
「……」
同時に。
天井を見る。
「「なかったことにしよう」」
朝。
光。
マスター
目を開ける。
「……ん」
体。
軽い。
「……あれ」
空気が、ほんの少しだけ重い。
周囲を見る。
違和感。
テーブル。
微妙に歪んでる。
本棚。
傾いてる。
床。
やたら綺麗(無理やり片付けた跡)
ファニー&シエル
正座。
満面の笑顔。
「「おはようございます」」
「こわ」
「よく寝れた?」
「体調はいかがですか」
「うん、それはいいんだけど」
周囲を指差す。
「これなに?」
沈黙。
「…芸術?」
「抽象表現です」
「誰の?」
0.5秒。
「「私たちです」」
「正直だねぇ!!」
マスター、ため息。
でも、少し笑う。
「まあいいや」
二人
「え?」
マスターが歩き出す。
――その瞬間。
視界が、わずかに揺れる。
ぐしゃり。
潰れたプリン。
―その奥。
白。
そこに、
“自分と同じ輪郭”が立っている。
表情はない。
目だけが、こちらを見ている。
「……」
瞬き。
消える。
事務所。
朝。
ファニーが何か言っている。
音が、半拍だけ遅れて届く。
「……っと」
こめかみを軽く押さえる。
「なんかさ」
視線をテーブルに落とす。
「プリンがぐちゃぐちゃになった映像が見えたんだよねぇ」
沈黙。
「ぎく」
「……」
目を逸らす二人。
マスター、じーっと見る。
「……あれ?」
「気のせい!!」
「錯覚です」
「ハモるねぇ!?」
「ほら!熱のせいだから!」
「まだ安静にしていてください」
「いや今のは絶対“何か”があったやつでしょ」
「ない!」
「ありません」
「強い否定!!」
マスター、小さく笑う。
「……まあいいや」
一歩、踏み出す。
今度は、ぶれない。
床の感触も、ちゃんとある。
「ちゃんと元に戻るから」
ファニー
びく。
シエル
一瞬だけ。
表情が緩む。
ファニー
小声。
「……バレてないよね」
シエル
小声。
「半分は」
「聞こえてるからね?」
屋根の上。
シロ。
下を見る。
ぐちゃぐちゃの室内。
鈴。
ちりん。
「……元気じゃの」
毛づくろいをする。
「よいことじゃ」
マスター「ねえ、僕のプリン知らない?最後の1個、ここに入れてたと思ってたんだけど…」
ファニー「ああああ!マスター!ほら、昨日のゲームの続き気にならない!?」
シエル「攻略本を参照すると、ここの土管の上で跳ねると1UPが取れるようです」
マスター「…はっ!まさか君たち」
二人「ぎく」「うっ」
マスター「僕抜きでゲーム楽しんだのかい!?ずるい!」
ファニー「…マスターって」
シエル「皆まで言わないで下さい」
マスター「どしたの?ほらゲームしよ!」




