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4 握れなかった手と、握る手


夕方。


駅前。


人の流れ。

信号の音。


塾のビルの前。

ガラスの扉が開く。


小さな足音。

ランドセル。


「ママー!」


駆け寄る。

迎えに来た母親。


「おつかれさま」


自然に。

手をつなぐ。


笑い声。

二人で帰っていく。

夕焼け。

長く伸びる影。


――どこにでもある光景。


ファニー

ふと。

足が止まる。


一瞬。


視界が

わずかに歪む。


音。

遠くなる。

代わりに。

別の声。


重なる。


『うるさい!』

『勝手に触るな!』


振り払われる手。

空を掴む指。

冷たい玄関。


靴のまま立ち尽くす小さな影。

ドアは、閉まっていた。



ファニー

小さく息を吐く。

ほんの一瞬。

それだけ。


何もなかったみたいに。

歩き出す。


隣。

シエル。


視線は別の場所。

塾の看板。


「成績トップ」

「特進クラス」


文字。

整然と並ぶ。


フラッシュ。

机。

参考書。

赤ペン。

紙の音。


『まだ足りない』

『遊ぶ時間はない』


積み重なる数字。

積み重ならない感情。


正解しか、なかった。



現在。

夕焼け。

人のざわめき。


沈黙。


ファニー

ぽつり。


「なんか」


少し笑う。


「ちょっと」


一拍。


「マスターの顔みたい」

「ああいうの」


シエル

一瞬。


呼吸がほどける。


「……そうですね」

「確かに」


その言葉で。


さっきの光景は

“過去”に戻る。


二人。

歩き出す。


「早く帰ろ」


「ええ」


「マスター待ってるし」


小さく笑う。


「はい」

「帰りましょう」


境界堂。


扉。

開く。


空気。

少しだけぬるい。

生活の匂い。


マスター

ソファーから顔だけ出す。


「うん、おかえり」


一拍。


その声。

いつもの。

変わらない。


“帰ってきていい場所の、音”


「ただいま!」


「戻りました」


ほんの少し。

肩の力が抜ける。


テレビの音。

カサッ。

ポテトチップスの袋。


ファニー

ふと視線を落とす。


床。

テーブル。

ソファー周り。

散乱。


分厚い攻略本。

コントローラー。

テレビ画面。


―「STAGE CLEAR!」―


沈黙。


ゆっくり。

振り向く。


「マスター」


「うん?」


ファニー

にっこり。


「今日忙しいって言ってなかった?」


シエル

眼鏡を押し上げる。


「書類仕事が溜まっていると記憶しています」


「えっ」


視線。

机。

積み上がる書類。

未開封。


マスター

笑う。


「うん、それは〜」

「ほら、ね?」


沈黙。


「……締める」


「同意します」


「ちょ、待って」


二人。

同時に掴む。


「「マスター」」


「いやぁほら!」

「休憩も大事っていうか!」


「十分休んでるよね」


「むしろ回復しすぎです」


「ちょっと!?」


机。

強制着席。


ペン。

握らされる。


「まずこれから」


「終わるまでゲーム没収だよ」


「横暴だ!」


「自業自得です」


「ほら書く!」


マスター

しぶしぶ。

ペンを動かす。


――カリカリ。


五分後。


マスター

小声。


「……ねえ」


「なに」


「ちょっとだけ」


「仕事です」


「ですよねぇ」


その騒ぎの上。

天井の梁。

白い影。


シロ。


尻尾。

ゆらり。


「……平和じゃの」

「だからこそ、脆い」


鈴。

ちりん。


小さく。


「よいことじゃ」



そして。

深夜。


机の上。

最後の一枚。


マスター

ペンを置く。


「……終わった」


静寂。


一拍。


顔を上げる。

にやり。


「……ご褒美に」

「ゲームしない?」


ファニー

一瞬。

シエルを見る。


シエル

一瞬。

ファニーを見る。


0.5秒。


「「やる」」


マスター

笑う。


「よしきた」


テレビ。

再起動。

夜はまだ長い。


どこかで。

何かが、こちらを見ていた。




次の日。

夜。


テレビの光。

ゲームの音。


「STAGE CLEAR!」


「よしきたぁ」


「またやってる……」


「書類は?」


「明日やるよ」


「昨日も聞いた」


沈黙。


シエル

眼鏡を押し上げる。


「締めますか」


「待って」


しかし。

その瞬間。


――ノイズ。


テレビ画面が歪む。

音が割れる。

空気が。

重くなる。


「……あれ?」


「これは――」


足元。

影が伸びる。


床じゃない。

奥へ沈む。


マスター

ぽつり。


「来たねぇ」


次の瞬間。


三人の足元が消える。


精神領域

落ちる感覚はない。

ただ。

気づいたらそこにいる。


白い空間。

でも白じゃない。

どこか濁ってる。


マスター

周囲を見て。


「……うん」


一歩。

踏み出す。

――抜ける。


「え?」


「……は?」


マスター

少しだけ振り返る。


「大丈夫だよ」


一拍。


「ちゃんと帰ってこれる」


ほんの少し笑う。


「――やってみな」


すっと消える。


「「はぁ!?」」



マスター「ここ空気ちょっと重くてさぁ」「外で待ってるね」

ファニー「いや判断が日常すぎるのよ!?」

シエル「置き去りの言い換えが優しすぎて逆に怖いですね」

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